フォーラムとブログ
SATOさん、コメントありがとうございます。早速"東京鉄道見たまま日記"拝見いたしました。実は東京メトロの記事がヒントになって"ハマのエム"の記事を着想いたしました^_^;。
ブロードバンド環境を手に入れ、ブログを立ち上げてみて思いましたが、TTY時代のフォーラムの会議室システムというのは、何とも化石のような歴史的遺物に感じられますが、しかしそのコメントリンク機能がコミュニケーションツールとして強力なものであったこともまた確かです。少なくともweb掲示板ではリソースを食う割りにスペックダウンしていて「使えない」ものであるという認識が旧フォーラムユーザーには根強いように思われます。
ただま、そのシンプルで優れた機能を自分の実力と勘違いするネットワーク管理者の出現を許したという意味では、旧フォーラムの会議室機能というのも功罪は微妙です。だもんだからスペックダウンしたwebフォーラムで金儲けできると勘違いしてしまう困ったシトが出てきてしまうんですね^_^;。
まだ若葉マークブロガーの私ですが、うろ覚えのトラックバック機能が強力なコミュニケーションツールとなることは漠然と理解できます。今後ともよろしくお願いいたします。
p.s.2ちゃんねる的ノリで盛り上がるのも楽しいかもしれませんね。
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Comments
タイトル フォーラム考
こんにちは。コメントという形でのむしろ新規アップのような形になるのをお許しください。
フォーラムをビジネスモデルと考えると戦略というものがあって当然で、それが民間向けであるとすれば顧客第一を目指さなければ市場からパージされかねない。いや私は市場がパージすべきものであるという持論です。
振り返ってみて某所。顧客第一という極めて当たり前のことはできていないし、誰も氏には期待せずでしょう。が、どんなバカでも戦略くらいは持って欲しいとは思います。
広場を作って遊具を用意せず、子供に勝手に遊んでもらいながら子供のゲームのルールにだけやたら厳しい、無料でさえ妙な空間を有料にするということはもう爆笑を超えて失笑ものです。強いて言うならその遊んでいる子供の姿を無断で写して公園内に展示しておいたら子供好きの人が入園料を払って写真を見に来る。そんな感覚なんでしょうか?
では戦略とはなんでしょうか? 次回はそのあたりを書いてみたいです。
Posted by: SATO | Friday, September 03, 2004 07:46 AM
SATOさん、コメントありがとうございます。せっかくですから、コメントを重ねます。
某所の件ですが、元々管理者は管理者らしい仕事を一切してこなかったわけです。それでいてルールだけはやたら厳しい。しかも厳しいだけではなく、運用が恣意的であったわけで、覚えめでたい会員には寛容である一方、気に入らない会員に対する処遇は執拗なまでに厳しいという点が問題です。ルールの適用は公平性を最大限配慮すべきです。ルールの運用はリーダー自身の自己規律によって担保されるものであるべきです。
スペックダウンで「使えない」webフォーラムの会議室システムですら、テーマ別のスレッドの切り分けが厳格に行えるならば、コミュニケーションツールとして一定の利用価値はあります。使い勝手が良いかどうかは定かではありませんが^_^;。
この辺はTTY時代の会議室システムでは、ある程度成り行き任せでも形になりましたし、何よりもほかに場所がない状況で書き手が集まったという事情が大きいといえます。多少"荒らし"に遭っても、書き手の連携で撃退したり無力化したりが可能な状況があったわけですから、管理者にとっては何もしないで問題を解決するという「成功体験」のみが記憶され、webフォーラム移行を何の疑問も抱かずに進めてしまう結果になったのでしょう。そういう意味では「元々戦略はなかった」というのが正確なところなんでしょうけど、それじゃ話が終わっちゃうんで^_^;、"戦略"の話として次なるコメントに期待してます。
Posted by: 走ルンです | Saturday, September 04, 2004 09:00 AM
タイトル 戦略
コメントどうもです。戦略のお話です。
金銭が絡んでいて「これは非営利だ」ということをいう人間がいます。某氏に限らずNPOとか称するとんまな理事も口走ることがあります。
「採算性がない」「こんな利益では生活が乏しい」金をもらっておいてこの言い草はないでしょうね。世界の中心で叫べば金でも降ってくるとでも思っているのでしょうか?
戦略は採算事業をやる以上「誰が出すか」その誰がに「どんなサービスをするか」この2つになると考えます。
金主が「顧客」じゃぁなくたって構わないんですよ。株主でも補助金でも。ただ顧客以外にそのターゲットを持ってきたら、それをわかりやすく顧客に説明して「俺達はあんたがたの金はあてにしない。だからアンタ方を神と見るカスタマーサービスはしない」と宣言すればよいのです。
だって大部分の顧客は「客だからいろいろ言える」と思っていますから。
補助金が金主ならそれが政府であればあるほど「政府批判」は止めて欲しいですね。金主に楯突くなら自力で金を用意しろ、その才覚がないなら飼い犬になれ。補助金をもらって精一杯政府批判をしているバカNPOに言ってやりたいです。
「企業」だって良いのです。スポンサーとしての存在。ならばどこからどれだけ支援を受けているか程度は説明してもらっても良いでしょう。そうすればその企業に好意的な人間だけが参加できると言う説明責任を管理者は守ったことになります。
さて某所、いったい誰を金主に見ているのでしょう? 少なくともそれは読者ではないということは日頃の行いで証明されています。さらに強弁を続けるのでしょうか? そういえば講演会は閑古鳥のようですね。
Posted by: SATO | Saturday, September 04, 2004 07:27 PM
タイトル 非営利の意味
こんにちは。私自身はNPOに直接関わったことはありませんが、ありそうな話です。平たく言えば、非営利というのは、活動の意義なり価値なりというものが、社会に広く認められていないということにほかなりません。成すべき事は説得的な啓蒙活動です。
お金の出し方というのもいろいろあるわけで、財やサービスの対価として払う場合、趣旨に賛同して活動の足しに寄付を行う、世論に訴えて立法府を動かし補助金として行政府に支出させる、見返りに配当を得る目的で出資する、利子を得る目的で貸し付けるなどなどですが、いずれの場合も黙ってお金を差し出す人は皆無であるということです。いかなる形であれ、人にお金を出させるのは容易ではありません。基本的には人をだますのでない限り、何らかの価値を認めてもらうところから始まります。これは言い換えるならば「信用」という言葉が当てはまります。
フォーラムでいえば、有償サービスは何らかの対価を会員に与える商行為であるはずなんですが、何がもらえるでしょうか。自分の発言をソースとした有料メルマガの配信を受ける悲しみ(笑)を共有することで、何か共犯者のような気分が味わえるかもしれませんが(爆)。
ま、ただNPOのことは詳しくありませんが、補助金を受け取る者は政府批判するなってのは、ちょっと違う気がします。政府は法に基づいた行動しかできませんから、何らかの要望を直接ぶつけても何もできない存在だということは理解しておく必要があります。彼らをコントロールするには世論に働きかけて立法府を動かして法律を作るしかないんですから、その過程であるべき姿を世論に訴えることは必要なことだといえます。それは現状を「おかしい」ということにほかなりません。
Posted by: 走ルンです | Sunday, September 05, 2004 10:33 PM
反論:NPOはやはり自主か飼い犬
コメントありがとうございます。是非是非ここで熱く議論をやっていきましょう。
>補助金を受け取る者は政府批判するなってのは、ちょっと違う気がします。政府は法に基づいた行動しかできませんから、何らかの要望を直接ぶつけても何もできない存在だということは理解しておく必要があります。彼らをコントロールするには世論に働きかけて立法府を動かして法律を作るしかないんですから、その過程であるべき姿を世論に訴えることは必要なことだといえます。それは現状を「おかしい」ということにほかなりません
はい。政府は実体のないもので、そこで働いている人間も「法律」という括りで行動規範を定められているもの。執行官ですね。
では法は誰が作るかというと国民が正当に選んだ議員になります。ガチガチの公職選挙法で不正なく選ばれた人間が決めます。
あはは。おかしいですね。まずこの前提が全くできていない。でも残念ですがこの流れは国民がしてしまっているわけです。責任は私かもしれないし、どこぞのゴンベイさんかもしれませんね。
ただ、お金を政府から受けるというのはこんな変な選出方法や執行方法でさえ勝ち残った施策で受け取れているわけです。悪法だと定義するならアナタはその悪法によってお金を得られたわけです。さあどうしましょう。批判したらアナタの金主は支給方法を見直しますよ。そうすればアナタは落ちるかもしれない、返せと言われるかもしれない。NPOの活動は尊いかもしれないけど、それが万人の納得する方法とはいえませんし、反対論者なら「無駄遣い」として廃止を声高に言うでしょう。
だから批判をするなら自腹でやってほしいのです。もしくは政府に頼らず自力で営業でもなんでもやれば良いし、資産を切り売りして活動すれば良いのです。だいたい人の金で世の中を変えようなんて論議そのものがプププです。
しかし、批判はせずに肯定して「配分方法を見直せ」という行為ならまだ認めます。自衛隊派遣を否定するなら北朝鮮の問題を具体的にどう解決するかのプランを持って臨んで欲しいわけです。
出しますよ~皆さん
「HAND-IN-HAND 手を繋げばみんな平和!」
どっか行け! バカ! こういうNPOには支給しないで欲しいです。
Posted by: SATO | Sunday, September 05, 2004 11:06 PM