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Saturday, September 11, 2004

神奈川の新線計画はどのように変更されたか

webmasterさんにいただいたトラックバックへの反応が遅れている間に、JR東と相鉄の相直の報道がありました。これで神奈川の新線計画はまた変更を余儀なくされるわけですが、変更の歴史を紐解けば、神奈川に、横浜や川崎に固有の問題が見えてくるかもしれません。というわけでこの記事を書くことにいたします。
 旧運輸省の都市交通審議会横浜・川崎部会の初めての答申が出されたのが1966年7月。建設すべき5路線と検討すべき1路線が答申されました。

   1号線  伊勢佐木町~吉野町~上大岡~戸塚~湘南台
   2号線  神奈川新町~横浜~吉野町~磯子~屏風ヶ浦
   3号線  本牧~山下町~伊勢佐木町~横浜~新横浜~勝田~元石川
   4号線  鶴見~末吉橋~日吉~勝田
   5号線  大師河原~川崎~末吉橋~元住吉~宮前平~百合ヶ丘
   6号線  東京~勝田~二俣川~湘南台~平塚

 事業主体は1~4号線が横浜市、5号線が川崎市、6号線は未定とされていました。この答申に基づいて、横浜市は1号線伊勢佐木町~上大岡間と3号線伊勢佐木町~横浜間の免許を取得、事業主体の決まっていない6号線の二俣川~平塚間を相模鉄道が免許を取得し、それぞれ整備を開始します。
 1号線と3号線の接続駅である伊勢佐木町は、首都高速神奈川1号線との調整で根岸線西側から東側に変更され、関内となります。また3号線本牧方面への分岐を想定した上下2層ホームとなりましたが、本牧延伸は実現せず、後に計画されたみなとみらい21線によって可能性が絶たれます。本牧方面への分岐線の線路スペースはホーム拡張に使われました。
 横浜~新横浜間も、当初計画ではほぼ直進する形で、おそらく六角橋付近を通るものだったと思われますが、民地下を通るルートで地上権設定が必要なため住民の同意を得られず新横浜通り地下を通る現行ルートに変更されました。
 港北ニュータウン開発計画の進捗に伴って具体化した新横浜から先のルートですが、結局勝田は通らず茅ヶ崎町付近にセンター北駅が設置されて4号線との接続が想定されました。さらに終点の元石川も、おそらく当初は新横浜元石川線と田園都市線の交点付近が想定されていたようですが、田園都市線にあざみ野駅が開業すると、たまプラーザとあざみ野の中間点となってしまうため、たまプラーザ接続かあざみ野接続かで東急と対立、そのしこりからあざみ野は地下鉄接続後も急行が通過しておりました。横浜市の言い分では、たまプラーザでは市境に近く恩恵を受ける横浜市民が少ないということだったようですが、結果として利用者の利便性が犠牲にされたのは残念です。
 2号線は京浜急行線の混雑緩和のための別線線増線ですが、輸送量の増加が他線より早く頭打ちとなり必要性が薄れて立ち消えになりました。
 4号線も計画は二転三転、目蒲線改良と東横線線増計画(目黒線として実現)に連動して東横線日吉からセンター北・センター南を経て中山方面へ向かい、相互直通を行う計画となりました。港北ニュータウンと東京都心を直結することで、港北ニュータウン開発に弾みをつけようというなかなかバブリーな計画でした^_^;。結局陽の目を見ず、現在リニアミニ地下鉄として整備が始まった横浜環状鉄道計画へとシフト、日吉~センター北~中山間が工事中です。しかし元々第三軌条集電でトンネル断面の小さい横浜市営地下鉄と別規格の新線を建設するってのは、トンネル断面縮小による多少の工事費削減効果以上に、スケールメリットを活かせないマイナスが大きいと思うんですが、きちんと検討された形跡は見当たりません。都営大江戸線では汐留と浅草線新橋を結ぶ回送線を作ってバッテリーカー牽引で馬込工場へ入場させるなど苦労してますが、横浜市でもセンター北かセンター南に渡り線を作って新羽にでも持ってくつもりでしょうか。中山方面も途中は農村地帯で、地下鉄が似合わないエリアです^_^;。
 5号線もまた数奇な経過を辿ります。1985年の運輸政策審議会で国鉄貨物線の活用が提言され、武蔵野南線の旅客化が検討されることになりました。財源を得られずに全く具体化しなかった5号線計画が、武蔵野南線梶ヶ谷ターミナルから分岐して新百合ヶ丘までの「川崎縦貫高速鉄道」計画に衣替えしました。一見既存ストックの活用でリーズナブルな新線計画に見えますが、東急田園都市線と小田急線の駅勢エリアで東京都心につながらない新線が具体化することはなく、また有数の貨物幹線である武蔵野南線の旅客化も全く具体化することなくバブル崩壊を迎えます。そして再度市営地下鉄として川崎~元住吉~宮前平~新百合ヶ丘のルートで事業化が模索されますが、市長選挙の争点にまでなりながら、市民へのヒアリングで計画の見直し作業が行われ、特に利用客の想定の甘さが露呈して頓挫しています。当分具体化の気配はありません。
 そして6号線ですが、二俣川~平塚間の免許を取得した相鉄では、二俣川~いずみ野間を開業させ、いずみ中央への延伸を経て湘南台までは開業しましたが、先への延長は頓挫しています。元々湘南台の西方に大規模ニュータウン計画があったのですが、バブル崩壊で頓挫し、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスに化けました。緑園都市で見せたように沿線開発で開発利益を還元しながら新線建設を進めるビジネスモデルが頓挫したわけですから、現在も免許を保持する平塚への延長線は、実現可能性は低いといえます。それどころか駅前ロータリーが営業マンのパーキングエリア(笑)と化しているいずみ野駅周辺の開発も止まってしまい、東京直通に活路を見いだしたい相鉄ですが、やはりバブル時代に計画された神奈川東部方面線(大倉山~新横浜~鶴ヶ峰~二俣川及び新横浜~尻手~川崎→羽田空港方面)では投資額が大きくて実現は難しいところだったわけです。そういう意味で今回のJR東との相直運転は渡りに船といえましょう。
 実現までに長期間を要する鉄道新線計画ではありますが、二転三転する神奈川地区の計画は、自治体の開発計画の不確実さに翻弄された点が特徴的といえます。「独立型都市を目指す」横浜市の意気やよしですが、東京の衛星都市としての現実に対する認識が弱いのではないかと思わずにはいられません。ヤレヤレ-o-。

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Comments

横浜は食文化を見るとその傾向がわかると某ライターが書いておりました。なるほどと頷けます。その傾向とは
「まぁ旨く、手ごろで量が多い」これだそうです。
横浜スタジアムで出すスナックの類が最たる例で、量の比較的多い炒飯に餃子を3個付けるとかシューマイを2個付けるとかして金額を少し上げているようです。
味はというと「そうでもない」名古屋に一瞬似ていますが、あちらは旨くないと客は来ません。この辺味音痴の東京のお隣ゆえ味までは問わないのでしょう。
さて、食文化から見ると横浜は「シューマイをあっさり乗せる柔軟性とその見てくれを無視したガサツさ」が同居しているどうに思えます。
計画変更が多いのは、裏を返せばそんなに計画にこだわらずその時々で最善のものを判断しているのではないでしょうか? 4号のリニアも新し物好きの横浜人の姿そのものです。
似たような東京人はプライドが高くて横浜のように柔軟には行きません。外国文化に晒される機会が多かった横浜ならではの国際的バランス感覚を羨ましくも思います。

Posted by: SATO | Sunday, September 12, 2004 at 03:25 AM

新規に記事をアップするほどの内容ではないので、コメントで返させていただきます。
 柔軟といえば聞こえは良いけど、結局ビジョンがなく社会の変動に翻弄されているともいえます。横浜の東京とは違ったポジションとは何なのか、きちんと考えているとはとても思えません。
 リニアにしても、都営大江戸線が環状地下鉄として計画され、放射状に延びる既存線と交差するために地下深くを通らざるを得ないことと、特に営団半蔵門線の工事で民地下を通るところでの地上権設定に手間取った経緯もあって、可能な限り街路下にトンネルを通すために小回りの利くリニアを選択したというのが一応の公式見解です。効果があったかどうかは別として^_^;。一応ランニングコストについても、馬込の工場への入場時に自走できないために牽引車を用意しなければならない点なども考慮して、通常の車軸駆動方式と同等で済むという検討結果に基づいての採用です。横浜環状鉄道に関しては、工事費を抑えたいという意向以上の話は聞こえません。

Posted by: 走ルンです | Sunday, September 12, 2004 at 10:42 PM

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