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January 2005

Saturday, January 29, 2005

三菱ふそうの型式認証問題前進

相変わらず迷走を続ける三菱自動車の再建ですが、一方の三菱ふそうで新車の型式認証がストップしていた問題で、同社が提出した再発防止策が「評価できる」として国土交通省は28日に認証を与えました。ディーゼル排ガス規制で年度内に買い換えを迫られるユーザーへの対応をぎりぎりのところで可能にしたというタイミングです。
 一応再発防止策は「評価できる内容」ということで「機能しているかどうか四半期ごとにチェックする」としておりますが、メーカーの自己申告に支えられていて、国土交通省はメーカーのウソを見抜けないというリコール制度そのものの問題はそのままなわけで、これで再発防止になるかどうかは予断を許しません。
 リコール隠し問題が空前の拡がりを見せた2004年春以降、メーカー各社から届出られたリコール件数が増えているあたり、他社にしてみれば三菱の轍を踏みたくないでしょうから、当然の対応といえますが、問題が発覚しなければ異なった対応もあり得たとすれば、現行のリコール制度自体、何のためなのかわからなくなります。
 まして事前規制である型式認証の意味はずいぶんあいまいです。国土交通省の“お墨付き”をもらったところで、事後に問題点が発覚すればリコールを届け出て無償修理することに変わりはないんですから、事前の型式認証は形式的な手続きにすぎないわけです。にもかかわらず、今回の三菱ふそうの型式認証厳格化のような恣意的な運用がされてしまうと、ディーゼル排ガス規制絡みで買い換えを迫られるユーザーの選択肢を実質的に制限してしまうことになるわけで、政府による不当な市場介入と言わざるを得ません。
 結果的に三菱ふそうは新車の発売すらできなくなり、その間に日野が売り上げを伸ばし、いすずと日産ディーゼルは横這いということになりました。東京都交通局のような大口ユーザーの入札差し止め処分などの影響もあって、三菱ふそうは新車登録台数を減らし、資本も含めて純国産の日野が勝ち組になるというのは、意図された結果かどうかは定かではありませんが、アンフェアといわざるをえません。
 ま、この論点については証明のしようがないのでこれぐらいにしておきますが、事前の型式認証を厳格化することで、間違いなく海外メーカーの参入を制限する狙いは読みとれます。その結果、路線バスのバリアフリー対策として低床バスの導入を事業者に義務づける一方で、経験豊富な海外メーカーのバリアフリー対策車の導入を難しくしているわけですから、ユーザーであるバス事業者は、メーカーの言い値でノーマルより500万円アップといわれるノンステップ車を渋々買わされるわけです。このツケは運賃を負担する利用者にしわ寄せされるわけです。
 例えば国内大型4メーカーのうち、いすゞは中国に合弁で進出してますが、国内生産も続けてます。仮に国内向けバスも中国で生産して国内へ持ち込むことができれば、国内生産する他社より安く供給することは可能でしょう。しかし現実にはそういうことは行われず、国内向けは国内生産されているわけです。国内メーカーといえども海外工場で生産された車の国内での型式認証取得のハードルは超え難いようです。そのために縮む国内市場を4社でパイの奪い合いとなるわけで、かえってメーカーの手足を縛っているわけです。 そもそもリコール隠しの背景として自動車業界の競争激化でコスト削減を競い合った結果であることを考え合わせると、国土交通省のあり方の問題は重大な意味があります。
 そういう意味では1社ぐらい減らした方がメーカーの業績は安定するのかもしれませんが^_^;、国土交通省が意図的にそれをやって良い道理はありません。
 ま、それでも三菱ふそうを選ぶ大手ユーザーが私の地元神奈川県では網を張ってます。国が何を意図しようがしまいが、経済主体としての企業や個人が何を選択するかまでは口出しはできません。

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Tuesday, January 18, 2005

新幹線新宿へ?

ということで、あまりにばかばかしいんで、記事にするかどうか迷いましたが、記憶に留める意味で書くことにします。
 日本経済新聞1/5夕刊1面の囲み記事で新宿~大宮間に新幹線を作ろうという話が自民党で検討されているというものです。北海道(新青森~新函館)と北陸(富山~金沢車両基地)の新規着工が決まったものの、大元の東京~大宮間が既に15本/時と線路容量に余裕がない状況で増発が難しいのと、住宅地を通ることから110km/hの速度制限があることから、地下方式で260km/hで同区間11分程度を想定するというものです。
 まぁ考えるのは勝手ですが、6000億円と見込まれる財源が課題となります。北海道と北陸の新規着工については、未決着とはいえ直通により利用が増えるJR東日本にも負担させようという案が検討されているのは既報の通りですが(整備新幹線新規着工、三位一体もなんのその)JR東日本から利益を召し上げておいて、JR東日本の設備投資を手助けするというパラノイア(分裂症)的ナンセンスを大まじめに検討するってのは、もう笑うしかありません^_^;。
 仮に北海道や北陸新幹線が実現して増発の必要性が出たとして、対応を怠ればJR東日本が収益機会を逃すだけの話です。利益を召し上げるよりもそれを企業が再投資して収益機会を確保するってのが、普通の資本主義社会の考え方だと思うんですが、一方で企業の利益を奪っておいて、再投資の資金を渡そうって話ですから、どう考えてみても変なんですよね。これ決して中国共産党の話じゃないんで、何とも論評のしようがありません。
 イラン、イラク、北朝鮮といえばイラク戦争以前に「悪の枢軸」と名指しされたんですが、日本、キューバ、北朝鮮といえば? 答えは「最後の計画経済国家」だとか(藁)。

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Thursday, January 06, 2005

支線が元気な京浜急行

日本経済新聞1/6朝刊12面によると、京浜急行電鉄は羽田空港新国際線ターミナルに直結する地下駅の新駅を2009年12月に開業させるそうです。
 新国際線ターミナル自体は、A滑走路とB滑走路に挟まれたエリアに整備が予定されており、新設予定の第4滑走路による発着枠拡大と共に、主にアジア向けの国際定期便受け入れのための施設としてPFI方式(*)で整備が予定されています。東京モノレールも新駅設置を検討しているということで、駅周辺の整備も含めて両者の協議が05年度中にも始まる予定ということで、空港連絡輸送を巡ってほぼ半々にシェアを分け合っている両者の凌ぎ合いは続きます。

* PFI:Private Finance Initiativeの略で、わかりやすくいえば財政資金を使って民間からサービスを購入することに よる社会資本整備の手法。事業主体はあくまでも民間が担い、財政支出額を固定することで、民間のリスクとコスト管理によって、余剰金は利益に繰り入れが可能なので、それをインセンティブとして低コストで公共サービスを提供できるといわれている。

 沿線開発も一段落し、乗客の減少で電鉄各社の経営が苦しい中、増収増益を続ける京浜急行電鉄の躍進の素である空港線をさらに増収へと結びつけようとするわけです。空港を軸に羽田から全国へ“沿線”を拡張しようとばかりに、札幌や福岡の街中や地下鉄車内で広告を展開する京急ですが、新駅開業のあかつきにはソウルや上海でも広告が見られるかもしれません^_^;。
 京急といえば中間ターミナルの横浜での乗客の逸走で、東京側のターミナルである品川の存在感の薄さがあり、また京浜工業地帯の立地企業のリストラで他社に先駆けて乗客減少に直面した苦しい歴史があります。それを空港線延伸で跳ね返した格好ですが、かつては町工場の中を縫う場末感漂う都会のローカル線だった空港線を見事に生き返らせたばかりか、今や経営の柱にまで育ったわけですから、何が幸いするかわかりません。
 というよりも、何か京急は伝統的に支線が重要な役割を演じてきた感じがします。何より大師線ですが、六郷橋~川崎大師間が京急の全身の大師電気鉄道の最初の開業路線で、元々参拝客輸送を目的とした路線だったわけですが、人力車夫の組合からのクレームで川崎駅前へ乗り入れられなかったために、六郷川を越えて大森で官鉄線に接着を図ったことが、後のインターアーバンへの道をひらいたわけです。
 時代は下って昭和になると川崎や鶴見の埋立地に多数の近代工場が立地し、工員輸送を狙って傍系の海岸電軌を設立して川崎大師~総持寺(現京急鶴見と花月園前の中間)に路線を新設したものの、ほぼ並行する貨物専業の鶴見臨港鉄道が旅客輸送を開始することになって、海岸電軌は同社へ身売りされ同社の軌道線となった後に廃止されました。
 戦時中は国家総動員体勢で大師から桜本まで延伸され、再び工員輸送に沸いたものの、戦後川崎市による市電が別ルートで桜本へ達し、塩浜までの区間を市に摂取されて路線短縮を余儀なくされました。川崎市の構想としては大師線全線を譲受して環状線にするつもりだったようですが、京急は手放さずに凌ぎました。その後国鉄による新貨物駅(現川崎(タ))構想によって浜川崎から貨物線が延伸されることになり、ルートが重複する市電の桜橋~池上新田間は市電を単線化して貨物線用地を捻出したものの、池上新田から先は新貨物駅構内に飲み込まれて廃止、大師線も小島新田から先の廃止を余儀なくされました。後に市電は廃止され、大師線は残ったわけですから、なかなか皮肉な歴史のあやを感じます。
 そして川崎市は川崎縦貫高速鉄道の構想に大師線を組み込み、更に六郷川を越えて羽田空港へのアクセスを構想するも、財政難でとん挫する間に京急蒲田でのスイッチバックによる直通ルートが開設され、より低コストに実現させました。民間企業の面目躍如といったところでしょうか。
 大師線そのものは、やはり沿線立地企業のリストラの影響もあって、近年けっして営業成績が良いわけではありませんが、初詣輸送では大活躍します。割引の定期客ではなく、正規の運賃を払ってくれる優良客をまとめて輸送し、車両や要員はラッシュ輸送のない正月期間ゆえに本線から応援も出せますから、ほとんど追加コストをかけずに稼ぎ時を凌ぐわけですから、京急が大師線を手放さない理由はわかる気がします。
 そういえば三崎口へ達する路線も“久里浜線”と称する支線なんですが、どうも支線が元気というのは、京急の伝統なのかもしれません。

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Saturday, January 01, 2005

人口減少社会と公共事業その3、それでも豊かな明るい未来

正月早々不吉な話題を出すなとお叱りを受けそうですが^_^;、そうではないという話をいたしましょう。
 前の記事でも指摘いたしましたが、人口減少の直接の原因は高齢化にあり、特に団塊世代のリタイアを支える次の世代の人口が少ないことが、急速な人口減少の原因であると申し上げました。もう少し踏み込んで申し上げれば、戦後のベビーブームを産児制限で切り抜けたツケが出ているということです。その結果として2007年にも始まる団塊世代のリタイアを少数の後の世代の人たちが支える形になるわけです。その結果、世界に例を見ないスピードで高齢化が進むわけです。いかなる変化も前もってわかっていて対応できていれば、何も恐れる必要はありません。
 一般的な論調としては、生産年齢人口の減少すなわち労働力の減少が、日本の国際競争力を低下させるという認識だと思いますが、“その2”でも書きましたが、国際競争力が問われるのは貿易財に限られます。そして日本の貿易取引は対GDP比で10%程度でしかないんです。また輸出と輸入を相殺した純輸出の対GDP比は1.5%程度でしかありません。それでも7~8兆円、700億米ドル程度の規模になりますので小さくはないんですが、私たちの自意識とは裏腹に、私たちの依拠している国民経済は、圧倒的に内需に支えられているという点を力説したいんです。そして内需の規模で貿易取引の規模が決まってきます。つまり需要がなければ経済は動かないんです。
 さらに言えばその需要は企業が生み出す付加価値のうち、再投資に回すために内部留保される分を除いて労働者に還元される分(労働分配率という)によって基本的なサイズが決まります。
 ところが日本ではなぜか経済学者やエコノミストと呼ばれる人たちでさえも、日本はサプライサイド(供給側)に問題があって、それを直すことが“改革”であるとしか言いません。その結果、国内の消費者は忘れ去られてしまうわけです。そして消費者と労働者は集合としてほとんど重なり合う存在といえます。
 高齢化社会では、高齢者に対する扶助の問題が大きくなるわけです。これは年金制度のような社会的扶助制度に留まらず、仮に社会的扶助がなくても家族内扶助が代替すれば、やはり現役世代に負担となり、可処分所得を減らすわけです。その結果需要が縮んで経済が収縮する点はマクロ的には同じわけです。
 さて、そうやって将来の経済が縮む展望が見えてきたわけですが、回避する手段はあるんでしょうか。少なくとも高齢化による人口減少のカバーに現役世代を増やす手段は神の領域の話、すなわち不可能としか言いようがないわけです。仮に現役の外国人労働力を導入するとして、四半世紀後に彼らがリタイアするときに、同じ問題に直面するばかりか、彼らには家庭内扶助の可能性は皆無ですから、必然的に社会的扶助に頼らざるを得ませんから、より後の世代がむしろより厳しい現実に直面するだけで、ますます解決困難になるだけの話です。人類みな平等に毎年1歳ずつ歳をとる現実は変えられません。
 とすれば後は人口減少に伴う需要の減少、経済の収縮に合わせて設備のリストラすることで、現役世代の個人の収入を確保することこそが、解決をもたらすことになるということになります。で、実はそれは目の前の扶助を必要とする豊かな高齢者(本人の貯蓄高に関わらず年金など社会的扶助制度に助けられて消費できる階層という意味で)に必要なサービスを供給することで、少なくとも輸出企業で賃金を値切られるより確実に実現するわけです。さらにいえば身体能力の衰えた高齢者が必要以上に現役に留まることは、結局労働生産性を落としてしまいますし、若年世代の雇用を奪うことにもなりかねません。ジジイはとっとと楽隠居こそが正しい対応となります。
 そのためには既存ストックを有効活用して少ない投資で大きなリターンが得られるような投資に絞り込むjことこそが求められているといえます。例えば池袋駅構内の埼京線と山手貨物線の平面交差分岐を立体化することで湘南新宿ラインの大増発を実現するようなことがそれに当たります。同様に神奈川東部方面線(東横線大倉山~相鉄線二俣川間の新線計画)よりJR東と相鉄の横浜羽沢~西谷間連絡線計画が、川崎市営地下鉄計画よりも横須賀線武蔵小杉駅新設の方が、時代に適合した投資であると言えます。逆に公共と民間とを問わず、リターンの見込めない投資は単純に国民経済をいたずらに収縮させるだけの意味しか持ち得ません。
 間近に迫った人口減少社会に向かって、国の威信や輸出企業の競争力よりも個人の豊かさの追求こそが求められますし、そうすることで、実は豊かな未来が拓けてくるといえます。

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