尼崎事故ATS、緩和曲線、非常制動etc.
意味不明なタイトルですが、様々なメディアでさまざまな視点から報道が続けられる中、いくつかの疑問が出てまいりました。正直なところJR西日本の安全思想に重大な問題があった可能性を示唆するものばかりで、当ブログでは早い時点で言及した記事をアップしておりますが、重大事故から何を学ぶかが重要ですから、目を背けずに見てまいりましょう。
ATSに関しては、新型のATS-Pへの交換工事実施中で、6月完成予定だったことで「新型ATSだったら事故を防げたのに」という論調が支配的だったんですが、本日のテレ朝サンデープロジェクトの特集で、ATS-SWでも速度照査機能を持たせることが可能という視点が出てきて、モヤモヤがひとつ晴れました。少なくともJR西日本の「新型ATS設置が間に合わなかった」という説明は成り立たないわけです。
既に私鉄では名鉄、南海、京阪の各社で、JRでもJR東海では行われている方法ですが、ATS地上子を2個縦に並べて速度センサーの役割を持たせることは可能です。簡単に解説すれば、2個の地上子間を0.05秒以下で通過したときにATSが作動するようになっていれば、地上子の設置間隔を変えることで、任意の速度での照査が可能となります。設置に当たって信号との連動を取る必用もありませんから、倉庫に眠っている予備品を活用するだけで可能です。
くだんのカーブの手前に設置しておけば、万が一速度超過の場合は警報が鳴って運転士に異常を知らせ、運転士はATSスイッチカットして制動をかけてカーブ手前までに所定の速度に減速すれば問題なく通過できます。万が一運転士が心神喪失状態にあったとしても(今回の事故でも運転士への指令及び車掌の呼びかけに応答がなかったことから疑われている)、非常制動がかかってカーブ手前で停止して事故が防げたわけです。
緩和曲線についての言及は、鉄道アナリストの川島令三氏が指摘してますが、300Rで必用な緩和曲線長の2/3程度しかないところで、曲線の外側レールを高くするいわゆるカントの規定高さ97mmを徐々につけるのに、やや勾配が急だった点です。当然通常よりも転覆限界を下げることになります。
しかしここで忘れてならないのは、福知山線上り線の事故地点の現在の線形が、96年のJR東西線開業時に直通化のために変更されたもので、以前は600Rでゆるやかに右カーブして東海道線と直行する手前で左カーブする線形だった点ですが、NHKの4/30の特集番組とTXの5/1の特集番組で言及されてはおりましたが、全体としてメディアへの露出が少ない気がします。
この点がなぜ重大かと言えば、JR化後の輸送力増強工事の一環として上り線の線路付け替えが行われたんで、緩和曲線長不足などの現況をJR西日本は承知の上で、手前での速度照査や脱線防止レール設置などの防護措置を講じていなかったということになりますから、安全思想が弛緩していたと言われても仕方ありません。いわゆるフェールセーフの考え方の積み重ねが安全を守るものであることは、スーパーひたち事故の記事でも記した通りです。
そして非常制動問題ですが、乗客の証言から直前に強いブレーキがかかって、先頭車が大きく左に傾いたことが明らかになっております。実際にどういったタイミングで非常制動がかかったのかは依然曖昧ですが、直線区間ならいざしらず、上記の緩和曲線上あるいは曲線部での強いブレーキによって車輪がロックした場合、セルフステアリング機能が働かずに強い横圧がかっかって転覆に至る可能性は高まります。
この辺は鉄道に詳しい方には釈迦に説法なんですが、少し解説します。車輪のレールに乗っている面のことを踏面と呼びますが、ここに内側から外側へ勾配がつけられていて、いわゆる円柱ではなく円錐面になっております。レールとの接触は点状になっているわけです。カーブを通過するときに遠心力で外側車輪はレールに押しつけられて接触点がフランジ寄りに移動し見かけ上の直径の大きいところで転がります。その一方で内側車輪はレールから離れる方向へずれて接触点が見かけ上の直径の小さいところで転がるわけです。鉄道車両の車輪は左右一体ですから、この結果左右車輪の転がりによる進み具合に差が生じて、いわゆるコーナリングフォースを生むわけです。これがセルフステアリング機能です。鉄道車両はカーブでは自動的にカーブに沿って曲がろうとするわけです。
この状態で強いブレーキがかかって車輪がロックして滑走したらどうなるかですが、車輪の転がりで生じるコーナリングフォースがなくなって、慣性の法則で真っ直ぐ進もうとしますから、カーブの外に飛びだそうとする力が増大するわけです。ですから速度制限のかかるカーブでは手前で速度を落としてから通過する必要があるわけで、カーブにかかってからの非常制動などは常識的にはあり得ない話といえます。
しからば誰が非常制動をかけたか? なんですが、いくら若い運転士とはいえ、専門職である運転士がパニックになって後先考えずにレバーを引いたというのは、可能性は皆無ではないけど現実的には考えにくいところです。とすれば2通りの可能性が考えられます。
1つは無線で呼び出しても応答のない運転士に代わって車掌が指令の指示または自らの判断で非常制動をかけたところ、運悪く先頭車がカーブにかかっていた可能性、もう1つは運転士の心神喪失状態が続いていてEB装置が働いた可能性の2通りです。特に後者は非常制動のタイミングの悪さに対して説得力があります。ATSもそうですけど、私たちは安全対策としての保安装置の装備を充実させれば安全と考えがちですが、機械任せだと細かい制御は難しく、場合によっては安全と逆方向に作用してしまう可能性すらあります。マンマシンインターフェースの設計の難しさは理解しておいた方が良いでしょう。
運転士の心神喪失による事故といえば、今年3/2の土佐くろしお鉄道宿毛駅で特急が終端駅に突っ込む事故がありましたが、やはりATSとEB装置の隙をついて発生した事故でした。首都圏ではメディアへの露出が少なすぎて見えにくいんですが、経営の苦しい第三セクターローカル私鉄で安全装備が不備だったこと、高速で終端駅に接近しながら非常制動など事故防護措置を取らなかった(取れなかった?)土佐くろしお鉄道の女性車掌の問題などが指摘されてますが、今回の尼崎事故とダブる要素も多々ありますが、メディアでは関連づけて報じた例は今のところ見あたりません。あと大阪で起きた救急隊員をはねた事故や91年の信楽高原鐵道事故など、今回の事故と関連づけるならば同じJR西日本を当事者とするこれらの事故にもう少し言及があって良いと思いますが、あまりありません。なお、信楽高原鐵道事故に関しては網谷りょういち氏の著書をご参照ください。
逆にスーパーひたち事故その他なぜか事故報道が目立つようになり、高速道でワゴン車横転のような、以前ならばベタ記事にもならないようなものまで取り上げられているのは、明らかにメディアの過剰反応といえましょう。
逆に軽量化の弊害がやや大きく取り上げられているのは、日比谷線中目黒事故のせいでしょうけど、川島令三氏の指摘はあくまでも低速走行時のせり上がり脱線に対する弱点という点の指摘であって、今回の事故とは別のメカニズムで、軽量化が即危険なような論調には同意しかねます。
というわけで、あくまでも現在時点でのメディアの事故報道に対する感想をまとめてみました。事故を風化させないことこそが、私たちにできることと考えます。
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Comments
ご主旨に全く同感です。土佐くろしお鉄道の件も、考えてみれば、今回の前触れのようなものでしたね。安全対策が後手後手に回っているのが情けなく思います。
JR東日本は、鶴見線など、決して運転頻度が高くない線路でも、行き止まりホーム進入時に速度照査を効かせるため、ATS-Pを導入していますよね。また、207系は、なぜABSがついていなかったのでしょうか。
民営化後、各社が独自の政策で展開していくのは結構なことですが、安全面では、もっと連携を取って欲しいと思います。
Primera
Posted by: Primera | Monday, May 02, 2005 04:29 AM
安全は、逆説的ですが当事者である事業者の危険に対する認識によって具体的に対策されるものです。
JR西日本はこれを機に認識を改めてほしいですね。
Posted by: 走ルンです | Monday, May 02, 2005 03:34 PM