国土交通省ATS高度化に疑問
やや日が経っておりますが、こんな記事があります。JRや地方私鉄にも大手私鉄並の速度照査機能付きATSの設置を義務づけるということです。
尼崎事故の制度的側面の記事でも触れましたが、ATSに関する法令上の規定は
列車の運行状況及び線区の状況により列車の運転の安全に支障を及ぼすおそれのない場合を除いて設置すべしとしかありません。具体的には、例えば有田鉄道のような短距離の路線で全線1閉そくで1列車の機織り運行で、なおかつ運転速度が低い場合か、ATCなどより高度な保安設備が完備している場合には設置しなくて良いという除外規定があるだけで、具体的な方式や設置基準は定められていなかったわけです。速度照査機能の義務化は、その不備を補う意味では必要なこととはいえます。
現実にはこれから設置基準などを具体化することになるんですが、そもそも国鉄分割民営化の時点で法令の規定をより安全側である大手私鉄基準とすると、JR各線およびほとんどのローカル私鉄は違反状態になるために放置されたことを、18年も経ってから見直すという意味ですから、何ともお粗末な行政の対応と言わざるを得ません。
さらにいえば、大手私鉄で70年代に設置を終えた速度照査機能付きATSですが、各社で方式がまちまちで、例えば奈良電以来の伝統があった近鉄京都線と京阪本線の丹波橋での相互直通運転を中止に追い込んだり、他社線への直通運転を行うのに両方のATS乃至ATCなどの保安装置を装備するなどの無駄を生み出すことになってしまいました。これは当時の運輸省が鉄道事故の後追い的に大手私鉄各社を行政指導して整備した経緯から来るもので、当時既に公社化されてはいたものの、鉄道省時代から国の現業機関として交通行政の枠外におかれていた国鉄に対しては、権限を行使できなかったわけです。このことがJRに対する規制の緩さとして今日まで放置されると共に、純民間企業である大手私鉄に対する過剰な規制の姿勢が、大手私鉄をして行政に対する距離感をもたらしたといえます。つまり下手に事故なぞ起こそうものなら、行政によって締め上げられてひどい目に遭うという学習をしたといえます。
中小私鉄に関しては、経営上ATSなどの保安装置への投資を行う体力が乏しく、あまり厳しい規制を課すと経営が成り立たないという問題はありますが、その結果信楽高原鐵道をはじめ、島原鉄道、銚子電鉄などで正面衝突事故が起こり、さらに京福電気鉄道福井支社では正面衝突事故で廃業を余儀なくされる事態も起こり、今年起きた土佐くろしお鉄道の事故も、経営体力から保安装置の不備が放置されたことが指摘されています。
この点に関しては税制面の優遇や助成措置も検討されているようですが、保安装置への投資の重圧に耐えられずに廃線となる事態も心配です。
あと車体の強度や速度記録など、いくつかの規制が打ち出されておりますが、鉄道に関しては、安全技術について事業者や車両メーカー、信号機メーカーなどが情報を共有できるような国の研究機関を設置して、安全面のチェックを外部から客観的にできる体制づくりが望ましいといえます。残念ながら現状は思いつき的に規制強化が打ち出されているだけで、事故の記憶の風化と共におざなりになっていく心配があります。
事故は重大な外部不経済をもたらします。事故防止は事業者の努力に負わせるのではなく、国の関与によって安全レベルを維持することで、むしろ事業者の過大な責任を緩和し、鉄道事業の活性化につなげるという発想が欲しいところです。
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