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June 2005

Thursday, June 30, 2005

西武鉄道株主総会でも再建策決まらず

株主総会の集中日の6/29に、あちこちでヤジと怒号の株主総会がありましたが^_^;、そんな中のひとつが西武鉄道です。当ブログでは以下の記事を過去にアップいたしております。

西武王国激震、鉄道屋になれなかった堤義明
脱堤、西武鉄道は自立できるか?
コクド球団売却に動く!? 西武ライオンズの蹉跌
西武鉄道上場廃止の危機に会社再編
西武鉄道再生策のゆらぎ

 まずは日本経済新聞の株主総会特集の記事から見てまいりましょう。結局西武鉄道とコクド・プリンスホテルの一体再生という経営改革委員会案を決定できなかったわけで、西武グループの再生は一筋縄ではいきません。株主の立場からいえば、こんなニュースが流れていればちょっと待てと言いたいところです。
 あと厄介なのは、堤家の兄弟連名による名義株の所有権の確認に関する提訴で、東京高裁が堤家の訴えを認める決定を下したことで、下手をすれば堤家の持ち分だけで過半数という状況で混迷の度合いを深めております。
 この辺はもうどうにもならないほどにややこしい話になってまして、スッキリした解決を難しくしております。コクドやプリンスホテルの事業が西武鉄道の鉄道会社としての信用力に依存しているのは間違いないでしょうけど、特に最近のリゾート開発では、鉄道沿線から離れた地域でシナジー効果が期待できないばかりか、単体での収益性にも疑問が残るものばかりで、地方自治体のタニマチの如きものだったわけです。一方で赤坂、芝、高輪、品川など都区内のプリンスホテルは西武鉄道が家主でホテルがテナントという関係で、それゆえに西武鉄道は莫大な含み益を抱えているわけですが、逆にシナジー効果が高いだけに単体で売却して益出しすることははばかられます。
 一方のリゾート開発ですが、地方自治体に請われるままにタニマチぶりを発揮した堤義昭前会長の個人保証を裏付けに貸し込んだ銀行にしてみれば、切り離せば不良債権となるわけですから、一体再生で損益通算してしまいたいわけです。それと堤義昭前会長の個人保証で融資する姿勢というのは、日本の銀行の長年の融資慣習ではあったのですが、本来の事業の収益性に基づく信用創造とはかけ離れたものといえます。そもそもそんなおざなりな融資姿勢が解決を難しくしているといえます。
 また西武の前近代的なワンマン経営を銀行も追認していたとも言えるわけで、ある種の共犯関係が存在したともいえます。というよりも西武コクドグループの不透明な経営は以前からあったわけで、考えてみれば昨年5月の総会屋への利益供与が明るみに出て経営幹部が逮捕されたところから、一連の西武コクド問題が始まっていることは見逃せません。
 つまるところわかっていながら訴追できず、誰も猫の首に鈴をつけられなかった問題として、私たち自身が他人事にしないことを決意するしかありますまい。思えば後藤新社長は第一勧銀時代に総会屋利益供与を内部告発した人物でもあり、何たる運命の皮肉ですが、ある意味西武鉄道再生を請け負うには適任といえるかもしれません。しかし鉄道の利益を鉄道に還元して競争力を維持するビジネスモデルへの移行がかくも難しいとは、西武の闇は深いと言わざるを得ません。

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Sunday, June 26, 2005

JR見習運転士の実技訓練、福知山線事故現場取りやめ(読売新聞)

リンク: @nifty:NEWS@nifty:JR見習運転士の実技訓練、福知山線事故現場取りやめ(読売新聞).
 事故後ATS-P設置を条件に復旧し運転再開したJR福知山線で、再開2日目の6月20日に、現場カーブ手前で見習運転士が運転する特急列車がATSで緊急停止というトラブルがありました。
 見習運転士は「ブレーキ操作が遅れた」と証言してますが、はたして添乗指導員は何をやっていたのでしょうか。というよりも再開2日目じゃ添乗指導員だって的確なブレーキタイミングを見習に教えられたかどうか、疑問は残ります。
 以前から指摘してますが,拙速な復旧工事で運転再開した弊害が出たということは指摘しておきましょう。新しい保安装置を設置しての運転再開というのは、つまるところベテランも新人も新たに路線に習熟する必要があるわけで、再開前にある程度の習熟運転は行われたでしょうけど、実際に乗客を乗せて乗務するのとでは、プレッシャーのかかり方が違うわけです。そんなところでいきなり見習運転士に運転させるJR西日本の乗務体制は信じがたいものがあります。
 新しい保安装置に習熟するにしても、古い保安装置が生きている間に夜間線路閉鎖して訓練する方が、乗務員にとってもブレーキ操作のタイミングなど新旧の差分を把握しやすいわけですから、以前から当ブログで主張しておりますようにとりあえず旧ATSのまま運転再開する方が、安全面でも優れているということを申し上げておきます。
 ともあれ今後も大きなトラブルにならないように注意が必要です。

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Friday, June 24, 2005

横浜市交通局決算速報を読む

地方分権と交通政策の記事でも触れました地方公営交通の問題ですが、横浜市交通局の自動車事業と高速鉄道(地下鉄)事業の決算速報が出ましたので、ケーススタディとして見てみたいと思います。
 大まかなところですが、バスでは老人パス見直しによる分担金(自動車事業では収益の一部)減少とみなとみらい線開業の影響で営業収益が減少する一方、賃金切り下げなどのコスト削減で営業損失を前期より2億円減少させました。経常収支では一般会計からの補助金減少も利払いの減少が寄与し、また保有する土地の売却益で特別利益を計上して、純損益17.5億円の黒字となり、累積損失を21億円→3億円と大幅減少となりました。営業収入や補助金の減少を民間流のリストラで凌いで最終利益を計上するに至った姿は、ひところ言われた公営ゆえの非効率が過去の話になりつつある現状を表します。
 地下鉄ではみなとみらい線開業による都心部の利用減少を北新横浜~あざみ野間と踊場~湘南台間の利用増加がカバーし、収益増にバス同様のコスト削減効果もあって営業黒字13億円増の34億円を計上したものの、利払いが嵩んで70億円の経常赤字となりました。累積債務も70億円増、新線建設(4号線日吉~中山間)とホーム柵設置準備など設備投資資金の調達で借入金が増えたこともあり、次年度以降も営業黒字を継続したとしても経常赤字、累積損失増の傾向は続くものとみられます。
 どちらも借入金利の負担が経営を圧迫している現状が読みとれます。特にバスはリストラ効果とともに借入金利の減少が純利益を生み出しているわけで、逆に新線建設と設備の維持更新が必要な地下鉄では、むしろ金利負担が増えていることから見ても、実は地方公営交通の収支は金利負担で決まる傾向が読みとれます。
 昨今は地方債の発行が盛んで、横浜市は自治体としては東京都に次ぐ高格付けを得て低利で債権を発行できますが、それでも事業としての収益性に疑問のある地下鉄の新線建設では、必ずしもそれを活かせないのでしょう。
 あと過去の債務の大半が財政投融資である点に注意が必要です。特に横浜市では金利4%台のもので、制度として低利資金に借り換えることができない硬直的な仕組みが災いしております。97年に例外的に処理された旧国鉄債務問題に通じる話ですが、公営交通の経営上の最大の重荷は、国でやってる高利貸しの金利負担ということになります。そしてそれはやはり高利を約束して国民から集めた郵貯の利息を支払うための仕組みです。公営交通の赤字は郵貯の金利に化けているわけです。
 リスクテイクしない公的金融に潜む本質的な矛盾は解消されるべきですが、理念のかけらもない現在の郵政改革の政府案では、ユニバーサルサービスを盾に過疎地に局を設置しなければならないわけですが、それを可能にするには、現在の郵貯と簡保のように収益性の高い事業から内部補助して支えるしかないわけで、現状の収益性を維持するためには、発行事業体の信用でリスクプレミアムが変動する結果、金利が変動するはずの地方債や財投機関債の自主運用で、国の信用で決められた固定金利の債権と同様の収支を実現することが可能でなければならないわけで、暗黙の政府保証以外に実現可能性は限りなくゼロに近いといって過言ではありません。
 もちろん理論上は地方債にせよ財投機関債にせよ、プロジェクトファイナンス的な性格から民間や外国人投資家の引き受けの可能性はありますが、国債や政府保証債に次ぐ高格付けに見合う事業の収益性がなければ画に描いた餅となり、結局郵貯銀行と郵便保険の自主運用で塩漬けされ、やはり公営交通の赤字で金利を払う事態は変わらないのかも-_-;。

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Sunday, June 19, 2005

JR福知山線運転再開

関連ニュースをniftyから拾うと19日付で4本あります。

JR福知山線きょう運転再開、社長が始発運転台に(読売新聞)
福知山線 55日ぶり運転再開(共同通信)
福知山線、運転を再開=脱線事故から55日ぶり-安全性向上、課題に・JR西(時事通信)
JR福知山線・宝塚―尼崎間で55日ぶり運転再開(読売新聞)

 ATS-P地上子の設置、最高速度(120km/h→95km.h)や事故地点の速度制限(70km/h→60km/h)などを見直し、駅の停車時間も長くして安全に配慮しての再スタートということですが、その陰で工事開始時点での地元への説明が不十分だったり、ATS-P設置に関連するテストや乗務員の習熟運転も短期間で行われたことなど、泥縄の感は拭えない気がします。またATS-P車上子を持たないという理由で117系が福知山線から撤退することになりましたが、2扉で客扱いに時間がかかる同車だけに高価な保安装置を装備してまで使い続けることを嫌ったというのが本当のところでしょう。ま、何にしても10万人/日もの利用者がいる都市通勤線の長期運休という異常事態が解除されたことは喜ばしいところです。
 ただ失われた信頼の回復には時間がかかるものと思われますが、これから毎日の安全運行を続けることを通じて理解を得ていくしかないでしょう。その点で気になるニュースがないわけではありません。

JR
西日本「精いっぱい補償」、初の遺族合同説明会(読売新聞)

 補償に関する遺族説明会が18日に開かれて、JR西日本は手厚い補償を約束したようですが、信楽高原鐵道事故を他人事でやり過ごしたJR西日本への不信感は根強く、個別の交渉は難航が予想されます。それと事故の損失に関するニュースです。

安全の誓い、乗客に届くか=運休、振り替えの損失20億円以上-JR西(時事通信)

 鉄道会社にとって事故はかくも高くつく話です。事故を繰り返さないことの重要性を身に染みて感じて欲しいところです。
 ところでJR西日本が今年3月に発表した新中期経営計画(2004年度~2008年度)ですが、この事故の影響で見直しは必至と考えられます。特に東海道線山陽線普通車用の201系置き換え用に事故を起こした207系の後継車の321系7連36本252両の投入計画は見直される公算大と考えられます。
 元々国鉄タイプの旧型車の更新が遅れていたJR西日本にとっては、創業以来初めて減価償却費を超える額の更新投資を実施して、経営基盤を強化しようとしていた矢先の事故だったわけですから、当面の資金を事故の損失補填と補償に充てることを余儀なくされるのは致し方ないところです。逆に言えば大規模な投資計画を策定して予算を組んでいたことで、事故の補償の財源も十分に手当可能なわけで、その意味では不幸中の幸いだったのかもしれません。しかしこれでまたJR西日本の車両更新は遅れることを余儀なくされるわけです。
 ただし冷静に考えると、そもそも普通の120km/h化は新快速のスピードアップと中間駅の新設で必要に迫られていたわけで、既に次回改正で速度の見直しを発表している現状で考えると、321系投入によるスピードアップは当面見送りでしょうから、現有車両で無理のないダイヤで当面を凌ぐこと自体は可能でしょう。さすがにスピードダウンにクレームを付ける人もいなさそうですし。
 ただJR西日本は221系以来高性能車でスピードアップして車両運用効率を高めて収益性を高める路線を踏襲してきたわけですが、その結果高価な新造車は京阪神地区に重点投入せざるを得ず、またスピードアップと震災の復旧の先行で意図せざる乗客増があって、せっかく新造車を投入する片端から車両が足りない事態となって旧型車の置き換えが遅れたばかりか、旧型車の延命改造という前向きでない投資を余儀なくされてしまった従来のやり方を根本的に見直す好機と考えてほしいところです。
 JR東日本では極端な高性能を狙わずに省力化とコストダウンによって車両更新を加速して、結果的に大きな輸送改善効果を生み出しています。ローカル輸送でも両運モハにトイレをつけて乗客スペースが狭く少座席となったために混雑し、座席増設の上連結運転で使用されている125系と、最初から2連ワンマンで乗客スペースを十分取った701系の設計思想の違いは何なのか、よく考えて欲しいところです。

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Wednesday, June 15, 2005

三井物産元室長ら逮捕=5700万円詐欺容疑-排ガスデータねつ造事件・警視庁(時事通信)

リンク: @nifty:NEWS@nifty:三井物産元室長ら逮捕=5700万円詐欺容疑-排ガスデータねつ造事件・警視庁(時事通信).
 昨日流れたニュースですが、環境規制のあり方に関して考えさせられます。そもそもは東京都のディーゼル排ガス規制が始まりなんですが、DPF(ディーゼル粒子状物質除去装置)の装着でクリア可能との判断から行われた規制であり、三井物産をはじめ技術開発競争が起こって意図した結果が得られたと思いきや、商品化を急ぐあまりのデータねつ造となったわけです。何か三菱ふそうのリコール隠し事件と共通するものを感じます。
 そもそも日本の排ガス規制は、ディーゼルに関しては甘いところがあったのは確かですが、光化学スモッグ事件もあってNOx規制に比重がかけられていた結果、原理的に排出のトレードオフ関係にあるPM(粒子状物質)に関しては甘い規制となっていたわけで、東京都の規制はその流れに一石を投じたものとして評価できろものではあります。
 しかし実際はリーダーの無理解による安易さが、かかる結果を生んだといえます。空燃比の制御が難しいディーゼルエンジンで、低負荷時の希薄燃焼と高負荷時の不完全燃焼という相反する要素を後付装置で解決することの難しさをリーダー自身が理解せず、民間の尻をたたけばこういうことになるということです。所詮検査に立ち会う役人には技術を評価する能力なんかないんですから。
 特に大型車に関しては、中小型車では有効なコモンレールなどの燃焼技術でクリアすることが難しく、国の長期規制でも猶予がされている現状です。基本的には欧米のように燃料軽油の精製度を高めて粒子状物質の排出を抑えることも考えるしかありませんが、国内の石油精製プラントの更新に費用と時間がかかる現状を放置もできない中で、当局の規制の判断は窮屈なものにならざるを得ません。これまでの産業優先政策の延長線上では解決困難な問題といえます。
 ただDPFの有効性そのものは慎重な判断が必要ですが、現時点では否定的な観測をせざるを得ません。というのは、元々フィルターでの粒子状物質の除去は、常にフィルターの目詰まり対策という厄介な問題を抱えており、フィルターの目が粗いと本当に有害なミクロン単位の粒子を透過させてしまいますし、かといって目を細かくすれば、それだけ詰まりやすくなるわけで、排気管に蓋をしたような状況ではパワーロスも出ますし高熱にもなります。三井物産のDPFではバイパスと称する抜け道をわざと用意していたので、結局フィルターを通らない排気をまき散らしていたわけです。
 この問題への解決策は容易ではありません。製品によっては軽油に不純物として含まれる硫黄成分を潤滑剤として見込んだ仕様のものもあり、その場合精製度の高い軽油では使えないという悩ましい代物になります。
 となるとほかに有効な解決策はあるかどうかですが、今のところ日産ディーゼルで開発された尿素水噴霧方式ぐらいしかないわけです。今のところ日産ディーゼルと三菱ふそうが今年10月からの長期規制実施に合わせて採用を予定しており、DPFで対応を予定する日野といすゞに対してアドバンスを得た形です。ひょっとしたら勝ち組と負け組の組み替えが起こるかもしれません。

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Tuesday, June 14, 2005

地方分権と交通政策

ちょっとつかみどころのないタイトルですが、最近思うところが多い論点でもありますので、考えをまとめておきたいと思います。当ブログの悪い癖ではありますが^_^;、少々ややこしい論点に立ち入りますので、長文必至ですがよろしくおつきあいください(笑)。
 4/1付で廃止された名鉄岐阜地区600V線区と日立電鉄ですが、その後代替バスの利用者が大幅に減少したり、岐阜に至っては大野町などで岐阜市へ向かう代替バスよりもJR穂積駅へ向かう路線バスに乗客が流出し、岐阜市の空洞化が深刻化するなどの影響が出ているのですが、行政の対応は後手を踏むばかりか、問題点の把握すらできていないていたらくとなっております。市民生活に大きな影響が出ている現実に自治体が責任を負えないというおかしな現実をどう考えるべきなのでしょうか。
 岐阜といえば市民による廃止反対運動やLRT特区申請、仏コネックス社による買収提案など話題豊富だったんですが、終わってみれば最悪の結末となりました。市当局が結局問題を把握できなかったのか、その市当局の仲介がなければ買収交渉に応じないとした名鉄のかたくなな態度が問題だったのか、いろいろ見方はありましょう。しかし現行制度のもとではこれがたぶん精一杯だったのではないかと思います。
 岐阜市では同じ4/1付で、2003年度から岐阜バスへの移管が進められていた市営バスの移管も終了し、くしくも同日に岐阜市の交通体系はほぼ岐阜バスに一本化される形になったわけです。結局名鉄の岐阜地区からの撤退と地方財政の悪化による地方公営交通の縮小の2つが同時進行で起きたという点に、岐阜の特長が表れています。平たく言えば市営バスの撤退方針が実行段階にある岐阜市は、いかに市民が廃止反対を叫ぼうが名鉄の撤退問題で既に当事者能力を喪失していたといえます。
 地方公営交通の問題点は、結構複雑なんですが、昨今は全国的に見直しの動きが活発で、岐阜市と同日に熊本県荒尾市でも市営バスの民間事業者(産交バス)への移管完了で姿を消してますし、免許上は公営でも業務委託されたケースは東京都や京都市などの大都市にさえ顕れています。公営という経営形態ゆえの非効率が言われ、例えば乗務員の高給問題などが語られることが多いんですが、確かにある時期同一地域の民間事業者に比べて年収ベースで100万円高いということはあったようで、市民による指摘もされたわけですが、その後は賃金の切り下げや嘱託職員の採用などで人件費抑制はかなりの程度進んでいます。ただ同時期に民間事業者でも同等の動きがあった関係で、官民格差是正に至っていないケースが見られることもあります。
 それでも相変わらず公営ゆえの非効率で語られるケースが見られますが、現実はかなり変わってきています。蛇足ながら浜渦副知事更迭問題で揺れる東京都の石原知事も、就任当初都営交通の民営化方針を打ち出しましたが、その後の労使協議で一部営業所を東京都も出資する一応民間事業者のはとバスへ委託したにとどまります。公営では赤字でも民営ならば納税までするということも言われますが、公営でも余剰金を一般会計に繰り入れれば同じですから、経営形態が問題の本質ではないということは、郵政問題と同じです^_^;。
 むしろ公営特有の問題は、鉄軌道事業において顕著な問題です。例えば国家資格である動力車運転免許ですが、三セクを含む民間事業者では必須ですが、公営鉄軌道事業者では免除されます。明治期に確立したいわゆる鉄道事業の国有化原則の残滓なんですが、本来国の専管事項である鉄道事業を行おうとする民間事業者の場合は、国の事業としての鉄道事業と競合することなく補完することが求められ、そのことの認定を受けた証しとして事業免許が交付されるという法体系となっております。加えて実務においても営利を優先して安全無視をしないように動力車の運転を国が認める有資格者に制限し、事業年度ごとの収支報告を国に対して行うなどの細かい規制を行ったわけです。日本初のインターアーバンの阪神電気鉄道が路線の一部が道路併設の併用軌道だったことを隠れ蓑に官営鉄道の並行路線の認可を軌道事業として受けたのは有名な話です。当時軌道は道路交通の一部と見なされ、鉄道と比べて規制が緩かったのです。
 地方公営交通は、基本的に都市内の軌道事業がほとんどで、官営鉄道との競合は考えられず、むしろ鉄道利用者を駅に運ぶフィーダー輸送の担い手として相互補完関係にあるものと見なされました。また民間同様に事業免許の交付を義務づけられ一般財源と切り離した特別会計による収支報告を求められたものの、公営ゆえに民間事業者のように営利優先の安全無視も心配ないということで、現在に至る動力車運転免許の免除は生き続けたわけです。この辺は尼崎事故の制度的側面の記事でも触れましたが、時代の変化に取り残された制度的な抜け穴として指摘しておきます。
 バス事業は当然民間同様の規制を受けるわけですが、岐阜市のように鉄軌道事業を手がけたことのない自治体においても、財政事情が許すならば民間事業者の買収などで鉄軌道事業への参入をうかがったことはあると考えて良いでしょう。実際名古屋市も民間である名古屋電気鉄道(名電)の事業を買収したものでしたし、名電も買収を見込んで郊外線を建設し買収後はそちらを中心に事業を継承し(第一次)名古屋鉄道となる歴史を踏んでいます。公営交通事業は都市のステータスと考えられていたわけです。
 時代は下り、今や全国の自治体は財政悪化に歯止めがかからない状況で、その原因は別途いろいろあるんですが、そうなると赤字を一般財源で補填する公営交通事業がやり玉にあげられることになってしまいます。前述のように人件費の見直しなどはかなり進んではいるのですが、一方でモータリゼーションの進展による中心街の空洞化、いわゆるスプロール現象によって中心部に路線が偏在する公営バスは大きな影響を受けます。同時にバスゆえに増加するマイカーによる道路渋滞で定時運行もままならず、乗客からも見放されることにもなります。
 かつて都市のステータスとして参入した市営バスを維持できない岐阜市に名鉄の撤退はあまりに荷が重い問題だったといって良いでしょう。そればかりか電車優先運行への無配慮やノーガード電停の放置など、市内交通の利便性向上にはついぞ目が向かなかった行政の無能力ぶりに驚かされます。
 また市営バスの廃止と併せて考えると、市内の電車とバスの事業の独占権を要求したコネックス社の主張にも違った意味が見いだせます。彼らは日本の制度は良く知らなかったかもしれませんが、結果的に岐阜バスが市内交通全ての受け皿となる実態を意外にも正確に把握していた可能性はあります。少なくとも岐阜バスよりも自分たちの方がうまくやれると考えていた可能性はあります。
 ま、それでも提案に乗れなかった岐阜市には、そもそも権限がなかったわけです。バス事業も含めて交通事業の免許の交付は国の専管事項であって、岐阜市どころか岐阜県も手が出せない問題ですから仕方ないところです。
 既に廃止された岐阜の名鉄線ですが、生活圏の交通のあり方をその地域で自己決定できない現実は何を意味するんでしょうか。以前にも指摘したことがありますが、そろそろ国の権限で行われる交通事業の免許制度を見直し、地域交通については自治体レベルに権限を委譲してはどうかと思います。免許制度がそもそも鉄道事業の国家独占の産物ならば、地方分権で地域の交通に関して地域で自己決定できるようにすることは、先の見えない三位一体改革よりも実効性のある改革だと思うんですがね。

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Monday, June 06, 2005

ATACSが拓く未来

JR西日本福知山線の尼崎の事故で鉄道の安全性について関心が高まっております。中には新型ATS万能など誤解に基づくものも多数ありますが、鉄道の保安装置として画期的な新システムがJR東日本によって開発されておりまして、6/5付日本経済新聞のサイエンス特集に取り上げられておりますので、ご覧になった方も大勢いらっしゃると思います。
 現在仙石線あおば通~東塩釜間で走行試験を進めておりますが、サックリいえばGPSによる位置情報を地上の無線アンテナとの間で交信して、先行列車との列車間隔を制御する仕組みで、従来の閉そく区間(200m~1,000m)に1列車しか入れない固定閉そく方式に対して、理想的な移動閉そくのシステムとなり、理論上は20m間隔で列車を走らせることも可能です。
 従来の地上子方式や信号電流方式に比べて、電波を用いることで大量の情報を瞬時に伝送することが可能になるので、大都市圏の高密度輸送線区への導入が期待されます。電波を用いるので、当然ノイズや遮蔽などによる伝送ミスも起こり得ますが、無線装置の配置を工夫するなどで、ミスを検知し補正する機能を持たせることで、最大の課題をクリアして「技術的にはいつでも実用化できる」(開発担当者談)ところまできており、いずれ首都圏などで導入することを検討中ということです。
 まぁ何とも夢のような話でして、ATS-Pでは先行列車の位置情報に基づいて、地上子の配置を工夫することで移動閉そくにかなり近い機能を持たせられますが、それでも閉そく信号機を視認しながらの運転となります。
 ATCの場合はマシン優先で線路に流れる軌道信号回路を車上で読み取って、指令機によって乗務員へ速度を指示する仕組みで、地上の信号機を視認するする必要がないので、速度制限段を増やすことで、きめ細かい制御は可能ですが、信号区間ごとに段階的に速度を落とすために、無駄な空走距離が出て列車間隔を縮めることを難しくします。
 またATSがバックアップシステムであるのに対し、ATCはマシン優先のシステムであるために、作動を確実にするために三重系のバックアップが取られ、それだけ冗長なシステムとなっています。また信号区間に入ってATC信号を受けて初めて速度制限を指示されるので、乗務員があえて先回りをしない限りは、機械的に減速されるために、乗り心地を悪化させてしまうという問題もあります。この辺の問題をクリアするために、一部でデジタルATCが導入され、ATS-Pと同様に先行列車の位置情報に基づいた一段減速の停止パターンで速度制御を行うので、前述の空走距離の無駄を省けるようにはなります。
 それでもレールに流す信号電流によって情報を伝送するシステムですから、レール面の状態によってレスポンスに影響が出ます。油膜や粉じんによる汚損があれば、その部分は電気的に絶縁状態となるわけで、放置すれば危険ですから、周期的にレール表面を研磨してやる必要があります。しかしレールを研磨すれば鉄粉がレール表面に付着し、摩擦係数が高くなってせり上がり脱線の原因にもなりますから、研磨後に電車を何回も走らせて鉄粉をとばす必要があります。これはATC区間のみならず、伝統的な継電連動システムや電子連動システムにおいても同様で、鉄道線路の保守はなかなか手間がかかります。
 と、ここまで書けばJR東日本の意図が見えてきます。無線を利用した伝送システムを使えば、従来に比べて保守作業の省力化が可能になるわけです。もちろんシステム自体の安全性が高ければ、それ自身が将来の事故を防ぎますから、大きな意味で省力化の一部ととらえられます。かつ最小20m間隔も可能な保安装置を採用すれば、ピーク時間帯に列車増発も可能になるわけで、それも30本/時というようなアバウトなダイヤ管理ではなく、最混雑列車の直前にピンポイントで救済列車を挿入するというような形で、実態としての混雑を効果的に解消させるダイヤ設定が可能になるわけですから、新次元の輸送サービスの領域に入るわけです。ほとんど平行ダイヤで変更の余地がないといわれる首都圏の通勤輸送のピークタイムのダイヤに、自由度が増すことの意味は大きいといえます。

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Saturday, June 04, 2005

人口減少時代の公共交通

最近、少子化が盛んに言われ、出生率の低下が大問題とする論調がメディアをにぎわせていますが、当ブログでは関空二期工事関連で人口減少問題を取り上げて人口減少社会と公共事業人口減少社会と公共事業その2、関西3空港の命運人口減少社会と公共事業その3、それでも豊かな明るい未来で問題点を指摘しております。
 特に申し上げたいのは、既に高齢化が進捗し、2007年から始まる団塊世代の大量リタイアで労働人口が減少へ向かう現実に直面して、新生児が実際に労働力となるのは約20年後であることを忘れて、出生率を高めなければならないと言うのは、何の解決にもならないどころか教育費負担の分だけ経済を収縮させる悪手だということです。人口減少、労働力減少の現実を受け入れて、国全体として労働生産性を高めていくことこそが重要ということは申し上げておきます。
 大まかなイメージとしては、生産に携わらない高齢者をいかにうまく支え、それによって高齢者に偏っている貯蓄を若年世代へスムーズに移転させるかが問題となります。細かな論点に立ち入ると煩雑になりますので、交通の観点に絞りますと、高齢者はいつまでもマイカーで移動できるわけではないので、マイカー利用を前提とした道路整備やインフラ整備はいずれ行き詰まることとなります。
 高齢者が増えれば介護サービスの需要が増えますが、介護サービス関連の事業者にとっては、在宅介護であっても施設入所であっても、サービスを受ける高齢者が適度な密度で分布していることが、低料金で高品質なサービスを提供できる前提となります。その意味で人口密度の低い過疎地ほどサービス単価が高くなる傾向は否定できないわけです。つまりは高齢化社会こそスケールメリットが生きる都市の集積の便益が大きい社会といえます。
 しかし現実的には過疎に悩む地方ほど高齢化が進んでいて、必要な介護サービスを受けることが難しいわけですが、三宅島の火山噴火や中越地震での旧山古志村の孤立など、自然災害時のことまで睨むと、かなり背筋の寒い現実があるわけです。こういった地域に住む高齢者は、先祖伝来の土地を離れられない事情に縛られているわけですが、農地であれば転用や転売に農業委員会の承認を要する現在の農地政策の犠牲者と見ることもできます。農業分野への株式会社参入が広く認められるならば、保有する農地を現物出資して株主として配当を得るという形で土地資源を有効利用できて、大型農業機械の導入などで劇的に生産性を高めて、ものによっては輸出すら可能なほど競争力を高められるはずです。若者は地方に、高齢者こそ都会にという形こそが望ましいわけです。
 ただし、これは東名阪の三大都市圏への人口集中を必ずしも意味しません。むしろ三大都市圏は大型船舶の接岸が可能な水深の深い港湾が比較優位の条件となって発展してきたもので、人口減少下で内需中心の経済を想定する場合、暮らしやすい都市のサイズについての尺度は変化すると考えられます。特に高齢者にとっては、介護サービスの供給がスムーズに行えるという条件からいえば、道路渋滞を避けられない大都市よりも、中小都市に優位性があるということになります。きちんとした裏付けを取ったわけではありませんが、経験的に人口10万~30万人程度の都市が望ましいサイズということになりそうです。
 しかしこのサイズの都市というのは、実はモータリゼーションの影響を強く受けている都市でもあります。中心市街地の空洞化に歯止めがかからず、都市機能を低下させている都市が多いという現実があります。そういった中で、この4月に関東の日立電鉄が廃止され、代替バスに置き換えられて、なおかつ乗客が7割減というショッキングなニュースが流れました。曲がりなりにも首都圏の外縁部に位置する企業城下町で、産業集積も申し分ないところで、過疎地とはいえない場所だけにショックです。
 高齢化を前提に考えると、無人駅であっても安全なプラットホームで電車を待つのと、道路脇のバス停ポールで排ガスと粉じんを浴びながらバスを待つのとでは、ユーザーインターフェースに大きな開きがありますし、公共の道路を走るバスは、マイカーの増加による道路渋滞の影響を受けやすく、安心感に開きがあります。わかっていたことかもしれませんが、こうなるとバスで代替可能な輸送需要しかないからバス化することの正しさが問われます。あとテクニカルな問題ではありますが、鉄道とバスでは、準拠法規の違いから、同一事業者であっても別の認可運賃となる点も、代替バスへのスムーズな移行を阻害する要因といえます。
 ただし日立電鉄のように単行運転でワンマン化された路線では、実質的な労働生産性にバスとの有意差がなく、事業者サイドから見ればバス化による資産圧縮のインセンティブが働いてしまうという問題もあって、結局ローカル鉄道のバス化が避けられない流れとなっている現実もあります。最近は地方運輸局の判断で2連程度までワンマン運転を認めるケースもありますが、パッセンジャーフローを前提に乗務員による運賃収受を行うことでワンマン化による生産性向上をスポイルしてしまうという問題も避けられません。欧米標準のセルフ方式への移行がなければ、結局バス並の生産性に甘んじるローカル鉄道に明日はないことになります。欧米標準のLRTが日本で実現しない理由はかなりはっきりしていますし、この点をクリアしてこそ、省力化産業としてのLRTでありローカル鉄道という形で明日を拓くことが可能になると考えます。また高齢化、人口減少の中での交通政策という意味で、経済の外部性を発揮できるわけで、こうして適度な集積の中で高齢者介護サービスを最適化することが、社会保障負担の増大を防ぐ意味でも重要と考えます。

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