カトリーナの涙が洗い流したアメリカの虚飾
連日メディアで報道されるハリケーン・カトリーナの爪痕の悲惨さですが、被害が明らかになるにつれ、人災ではないかという疑問の声がわき上がり、ブッシュ政権の支持率を押し下げているのですから、何ともきな臭い話です。
ルイジアナ州ニューオーリンズといえばかつて欲望という名の電車が走ったジャズの故郷で、開拓時代に綿花の積出港として賑わい、黒人奴隷の労働収奪で経済を支えていた象徴的な街ではあります。ですがそのことが直接的に人種差別や貧困層軽視につながったと見ると、私たち日本人にとっては遠い対岸の火事にしか見えませんが、実際は違います。
農業主体の南部と五大湖沿岸を中心に工業化がいち早く進んだ北部との対立が南北戦争で決着し、アメリカが工業国へと舵を切る中で、産業構造の転換に乗り遅れた地域だったことを指摘する必要があります。ブッシュ大統領の出身地であるお隣のテキサス州では、油田開発もあってエネルギー産業が集積し、NASAを核とした航空宇宙産業が立地するなどで勝ち組地域となっているのと対照的です。
日本でも戦後石炭産業を国策で安楽死させたわけですが、雇用を守りながらの転換、縮小は実に半世紀を要する大事業となり、そのために多額の財政資金が投入されたわけですが、典型的な労働集約型農業である綿花輸出は奴隷制度の支えなしには成り立たなかったわけで、奴隷解放後アメリカの工業化の進捗の中で見捨てられ衰退を余儀なくされます。通常であれば衰退する農業部門から輩出された労働力が工業化初期の低賃金労働を支えて工業化を加速するもので、実際イギリスではエンクロージャーと呼ばれる貴族たちによる荘園の囲い込みによって農地を追われた農奴たちが、都市へ流入し労働者階級を形成する流れになっております。
しかしそのような動きはアメリカではあまり見られず、むしろ北部工業地帯などではアイリッシュ系など遅れてきた移民たちがブルーカラー層を形成し、南部から北部への人口移動は限定的でした。そのことがオールドアメリカの面影を残す観光都市としてのニューオリンズを規定しています。移民国家の実態はかくやというところですが、少子化対策で日本でも移民政策を採るべきと主張する人はいますが、決して妙手ではないことがわかります。有力産業の立地がなく他地域で職に就く機会さえない貧困層を抱え込んだ、税収の少ないルイジアナ州への連邦政府の財政支出は少なく、1960年代に作られた脆弱な堤防が満潮と高潮の重なりに悲鳴を上げて決壊したものです。
またハリケーンは台風と同じように進路の予測が可能であり、事前に避難する時間があったわけですし、実際避難命令が出され、ハイウエーを避難する人々の車が埋め尽くす映像もメディアに流されました。しかし実際には車を持てない、あるいは持っていても値上がりしたガソリンが買えない、あるいは避難先のホテルの宿泊費を負担できないなど、さまざまな理由で居残った人たちが大勢いて、彼らの救援や物資の配布で不手際が続き、被害を拡大したことが悲惨さを増長します。当然彼らは生き残るために商店などに残された生活物資を調達することになりますが、彼らを救援するはずの警察や州兵が略奪行為として取り締まった対応にも疑問が残ります。
何と言いますか、政府の役割について考えさせられます。主権者たる国民の負託を受けて正当化された公権力は、国民生活を守るために行使されることが期待されているはずです。にもかかわらず、アメリカでは連邦政府も州政府も市当局も、有効な対策を打ち出せずに、多くの人命を見殺しにしてしまいました。
奇しくも現在日本では選挙戦の最中ですが、小さな政府を連呼する候補者の声が空しく響きます。私たち国民が政府に求めるのはサイズの小ささなのか? そうじゃないですよね。普段は邪魔にならずに、いざというときに頼りになる政府こそが、国民の求める政府だと思うんですが、単純に財政支出を圧縮して小さくしましたとやれば、役割を終えたどうでもいい部門ほど財政圧縮に絶えて生き残り、本当に必要なことを行っている部門ほど、予算も人員も不足して何もできなくなるという矛盾につきあたります。結果として小さいけど余計なことばかりする役に立たない邪魔な政府を持つことになってしまいます。
というわけで、選挙結果次第では、日本国民として生きること自体が命がけのサバイバルゲームとなるのでしょうか。背筋が寒くなりますね。
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Comments
テレビを見ると、避難民のかなりの方々が有色人種であること、にある種の違和感を感じました。
Primera
Posted by: Primera | Monday, September 05, 2005 10:31 PM
日本でもここ数年、階層化や地域間格差の拡大などが見られます。その意味でけっして対岸の火事ではないと見ておいた方がいいでしょう。
Posted by: 走ルンです | Tuesday, September 06, 2005 08:28 PM