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November 2006

Saturday, November 18, 2006

民営化が見送られた横浜市営バス

横浜市では、中田市長の諮問機関の諮問によって、市営地下鉄と市営バスの民営化方針が答申されましたが、そのうちバス事業について決着を見ました。結論は市営のまま維持されることになりました。

横浜市バス、再編問題が“決着”13路線を暫定運行
以前に横浜市交通局の決算に関する記事をアップしておりますが、横浜市の場合地下鉄とみなとみらい線の開業による乗客減少で低落傾向にある中で、関連民間事業者との調整による路線再編で縮小した上で、完全民営化するという方針が示されました(参考:横浜市営バス事業のあり方に関する答申)。

答申自体はなかなかしっかりした検討がなされ、横浜市の交通政策との整合性に配慮されているものではあるのですが、完全民営化という目標は、かなり挑戦的なものといえます。地方公営交通は、事業体としては自治体の一般会計から分離された独立採算の事業体で、公共企業体とも呼ばれ、法人格こそありませんが、元々株式会社に改組すること自体はさほど難しくありません。いわゆる民営化を狭く解釈すれば、株式会社化すればいいわけですが、横浜市は完全民営化まで踏み込みました。

その可否はともかくとして、公営交通のまま補助金を頼みに事業を続けても、将来の盛業が見込めるわけではありませんので、自ら資金調達して自らの責任で事業を行える事業体へ移行できるのであれば、たとえば需要に見合った事業の縮小局面をより効率的に実行できるという意味で望ましい姿ではあります。問題はどうすればそうなれるかなんですが、ザックリ3通りの方法が考えられます。

1.交通局のバス部門を切り出して株式会社化する。
2.路線または営業所単位で既存の民間事業者へ事業を譲渡する。
3.市営バスの枠組みを残したまま、路線または営業所単位で民間事業者に運営委託する。
横浜市としては、1.を目指したようですが、結果的に市営形態は維持される形で決着しました。

無理もない話でして、市の一般会計からの補助金を得て維持されている現状ですから、株式会社化して新規に民間事業者となっても、それだけで収支が好転するわけではありません。また、既に民間に譲渡された岐阜市営や荒尾市営と比べると、事業規模が大きすぎて、既存事業者による引き受けも、引き受ける事業者の負担が大きくなるので難しいということで、結果的に消去法で市営維持となったわけです。また民間への事業譲渡の際に、市債の一括償還が必要になることも、一時的に市の財政を圧迫するので無理という事情もあったようです。

よく言われますが、公営だから非効率というのは、既に過去のものになっておりまして、余剰人員の削減や超過勤務の解消や一部給与の」見直しにまで踏み込んで、人件費の圧縮が進められており、かつてとは様変わりしているのですが、それでも収支が好転しないのが現実なんです。この辺が公営交通の直面する現実なんですが、元々人件費比率が高いバス事業では、一旦赤字転落した事業を黒字転換させることは、公営民営の別を問わず困難なんですが、それでも民間事業者ならば、採算性重視で路線再編も機動的に行えますし、最近では地域子会社への分社化など、株式会社ならではの事業見直しも可能になっており、法制度の制約を受ける公共企業体では真似のできない部分です。また関連事業でシナジー効果を狙うとか、採算性に優れる高速バス事業へ参入するなどで、全体としての収支をバランスさせるといったことも行われておりますが、法制度の制約もあって公営交通では難しいことが多いのです。

あと民間事業者は最初から利潤動機に基づく営利事業であるのに対し、公営交通は、独立採算は求められるものの、営利を目的としない事業であることが、問題を複雑にします。仮に利益が出た場合、議会の承認を得て一般会計の歳入とすることはできますが、多額の利益が出るようならば、適正運賃への値下げその他の還元策が求められるために、結果的に利益を出せないという変なことになってしまいます。民間事業者でも利益の中から税金を納めるわけですから、制度上の違いはありますが、お金の流れ自体はあまり違わないのですが、事業に対する姿勢の違いが、路線の改廃や人事労務管理などで判断の差を生んでしまうわけです。ですからけっして怠けているわけでもサボっているわけでもないのに、収支が悪くなってしまうわけで、制度上の限界といえます。

というわけで、規模こそ縮小されるものの、市営で維持される横浜市バスの悩みは尽きないわけです。ただし民間事業者と異なった判断で路線を運行するということは、民間営利事業では採算性の点でサービスが供給されにくい路線があるということで、そういった路線が実際の市民生活に不可欠なものであるならば、民間事業者の事業を補完する事業としての可能性はあるわけですから、むしろ市営ならではの路線などで、需要を掘り起こし、採算ベースに乗るならば民間へ移譲するなど、民間事業者とは異なった事業のアプローチとして前向きに生かす方向性もあるわけで、言ってみればNPO的な活用法は考えられます。公営バスとしては比較的収支は良い方である横浜市営バスだけに、単純な事業縮小、撤退へと向かうのではなく、ひと味違う将来図を期待したと思います。

参考:

市営バス路線の再編成の概要
市営バスの廃止路線に対する暫定運行措置について

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Thursday, November 16, 2006

固定資産税駅ナカ課税強化へ

かねてより東京都がJR東日本に対して示していた駅ナカショップの固定資産税強化方針に対して、総務省が認める方針を出しました。

(11/15)固定資産税、「駅ナカ」課税を強化――総務省
ちょっと整理しますと、元々鉄道用地や駅施設などの鉄道資産に対しては、市町村税である固定資産税評価を1/3とする優遇措置があったのですが、それを一定の基準に従って店舗部分について宅地並み課税とするということです。具体的な基準については今後詰めることになるようです。

そもそもの発端は、JR東日本による駅ナカビジネス強化の流れが、駅前などの商業施設と競合するということで、税の優遇を受けながら、改札内という閉鎖エリアで優越的な商業行為を行っているという類いのイチャモンだったわけです。ま、その言い分自体はわからないではありませんが。

ただ実際に改札を出て街を見れば、駅前にコインパーキングなどというのがありふれた風景になってきております。都内でも駅前商店街は必ずしも賑っているわけではなく、魅力のない商売してて、改札内で買い物されたらたまらないということならば、何ともエゴ丸出しの話です。そう、デジャビュですね。規制のためなら縦割りも何のその商業施設と病院の立地規制?改正都市計画法成立で改革逆行で取り上げた問題と似ています。既成市街地の衰退を郊外店や駅ナカショップのせいにして、規制を加えようという動きという風に理解することができます。

ただし、やや趣きを異にする部分もあります。元々鉄道資産への固定資産税評価の減免は、鉄道事業者が資金繰りなどの都合で鉄道用地を処分したりして、輸送業務に支障しないようにという意味もあるのですが、逆に鉄道資産であるが故に、簡単に転売できない現実があることから、流動性の低さに対する補償措置という側面もあります。いずれにしても固定資本比率の高い鉄道事業者への税制面での優遇ではあるわけで、それなりに意味のある減免措置ということはできます。

とすると「公共性を隠れ蓑に税の軽減を受けながら、改札内で優越的な商業行為を行っている」という批判は、必ずしも当たらないわけで、課税強化するにしても、やや根拠が弱い気がします。ただし例えばルミネなどJR東日本の駅ビル事業に関しては、従来から商業施設として扱われていたわけで、ある意味商業施設部分への課税という意味では、それなりに整合性はあるわけで、なかなか悩ましい問題です。ま、ただ東京都の課税強化に関しては、JR東日本への影響は数億円と言われておりますので、直ちに経営面で重荷になるということはなさそうですが、他の自治体が追随するとすれば、営業エリアの大きいJR東日本だけに、影響は大きいかもしれません。

ただし直接的な影響というよりは、むしろ首都圏以外の地域での駅ナカビジネスの抑制といった形の影響になる可能性があり、むしろ東京一極集中を助長するおそれがあります。むしろ過疎地域などでは、無人化されて用途を失った駅舎を、格安な賃料でテナントを誘致するなどして、駅の集客に役立てるというような方向性も考えられるわけで、一律右へ倣えというわけにはいかないのではないでしょうか。

また元々JR東日本の駅ナカビジネスが、国鉄改革の置き土産の一つである旧国鉄余剰人員再雇用問題で抱えた社員の処遇のためという側面もありまして、本体の鉄道事業は、国鉄時代に特定地方交通線の転換があり、また人口減少で中長期には輸送量の自然増もなくなり、むしろ労働力確保が難しくなるなどの問題もあって、省力化を進める必要があるわけですから、余剰人員対策として鉄道事業以外の事業の柱が必要ということで、今まで試行錯誤が繰り返されました。

結果として駅ナカビジネスをはじめとする物販が、Suica事業と共に柱として育ってきたわけで、やっと目に見える成果が出てきたところでの課税強化ですから、やんぬるかなとの思いはあるでしょう。やはり収益の柱と考えられていたデベロッパー事業では、例えば長野新幹線で頼まれもしないのに安中榛名駅を開業させたはいいけれど、人里離れた立地で利用はさっぱり伸びず、駅周辺の土地造成やライフライン整備に付き合わされた自治体はいい面の皮、熊の生存エリアだったこともあり、熊出没時避難マニュアルのある唯一の新幹線駅(笑)となるなど、結構失敗も重ねております。

また一説によれば、そもそも国鉄改革の狙いは、戦後大陸からの引揚者の雇用の受け皿として当時の国鉄が大量採用したために、国鉄組織の年齢構成がいびつだったこともあり、大量の退職者が出て給付が肥大化する前に公務員の共済年金から外しておきたい官僚の悪巧みだったとする説もあります。ま、ありそうな話ですが、動機は何であれ、国鉄民営化自体は、わりとうまくいったと評価することはできます。合理化の失敗で民営化まで1年のこのタイミングで大量採用に走る郵政公社とは違います。

(11/12)郵政公社、合理化進まず・人手不足、予定外2100人採用
ま、それやこれやのもろもろの矛盾が解消されるわけでもなく、ひたすらご都合主義の改革は続きます。

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Tuesday, November 07, 2006

都営地下鉄07年度黒字化

少し前の報道なんですが、忘れないように取り上げます。

都営地下鉄、初の黒字に・07年度
特に大江戸線の貢献が大きいようです。南北線と同時期の開業だったことから、都心のマンションブームに乗っかり、沿線人口がふえたことと、つくばエクスプレスの開業で流入が増えたことなどが寄与しているようです。

驚くべきは、利用者数でも大江戸線がトップということでして、工事が遅れて事業費が膨張し、バブルの後遺症を心配されたのがうそのように好調な大江戸線ですが、大規模装置たる大都市地下鉄では、減価償却が進み事業費を賄う借入金の元本償還の進捗で利払いも年々減少するわけですから、一旦黒字転換すれば、経常的には黒字は継続し、さらに黒字幅も経年で拡大するわけですから、何十年後かには累積債務の償還も間違いなく終わるわけです。利用の多い大江戸線が車両サイズは一番小さいというのがなんともシュールですが^_^;。

リニア方式の小断面地下鉄についてですが、私はあんまり評価しておりません。平均駅間距離1kmの都市内地下鉄で、駅部は開削工法で非常時の乗客整理でコンコース階とホーム階を分けることや、避難階段の広さなどが法令で定められている状況で、車両を小型化することで節約できる土木工事量は多くはないので、実際大江戸線の工事費用は300億円/km以上と、新宿線と大差ない水準です。車両が小型な分、急曲線を使って公共道路下に線路を収めることで、民地下の通過に伴う用地買収を回避できる利点はあるものの、地価水準の高い東京では、焼け石に水だったようです。

あと検修を行う馬込工場への入出場回送で自力回送ができないために、牽引用のELを用意しなければならないなど、効率性に疑問点があります。もちろんその辺も大断面の普通鉄道方式との比較検討の上の決定ではあったのでしょう。特に相互直通予定の東武東上線と東急池上線の双方にキャンセルされて、高い建設費の償還に苦しんだ三田線の先例があっただけに、仕方ないところなのかもしれませんが、利用者が増えてくれば、当然のごとく輸送力の天井が来ることも考えざるを得ないわけですから、悩ましいところです。

ま、ただ今は再開発ブームに沸く東京ですが、人口減少とともに地方からの流入が減ってくれば、さすがに人口減少の影響を受けないわけではありませんから、人口減少が来るのと輸送力の天井のどっちが早いかだけの問題かもしれません。また都市集積が極限に近づきつつある東京のこれ以上の開発は、経済合理性よりもヒートアイランド現象の進展による不利益が上回る可能性もありますので、ある意味物理的限界が見えている状況は望ましいのかもしれません。

ただし言うまでもありませんが、こう言えるのは大江戸線が東京都心に立地しているからであって、集積度の低い大阪でリニア地下鉄の整備が進むのは、都心の一角をよぎる長堀鶴見緑地線はまだしも、今里筋線まで作る必要があったのかどうか、都市規模の違いを考えると、東京で言えばエイトライナーのような路線ですが、さすがに東京都も手が出ませんね。

まして実質ニュータウン鉄道でしかない横浜市営地下鉄で、既存線のブルーラインと規格の異なるグリーンラインの整備というのは、狂気の沙汰としか思えませんね。需要さえつかめれば、ある意味固定資本の負担はいずれ償還されるわけで、むしろ日々のランニングコストの低減の方が、将来への負担を軽くするということは指摘しておきたいところです。

関連記事:

Sunday, November 06, 2005
都営地下鉄、大江戸線効果で乗客増加

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Friday, November 03, 2006

ニュースな世界史を学ぼう

全国の高校で履修偽装が発覚し、対策として70時間を上限に補修事業を行うことちなったそうですが、ホント教育課程までインチキが入り込むとはまぁ、末期症状ですな。

ま、原因ははっきりしておりまして、大学受験制度に問題があるわけです。特に有名私立大学の少数科目受験は、つまるところ偏差値のかさ上げ効果があるわけで、主に地方の国公立大学に対して優位性をアピールできたわけです。ここを変えない限り、問題の根本的な解決にはなりません。

幸い少子化で学生数が減少している局面であり、大学全入が現実的になっている現状もありますので、国家試験として高校卒業資格試験を多科目で実施し、合格ラインを突破した者には好きな大学の好きな学部学科へ進学できるようにするのが望ましいところです。そうすれば国公立も私立も、学生獲得のために特徴あるカリキュラムを組む必要がありますから、大学間で健全な競争環境が構築され、従来のように大学のブランド化で学生と親から受験料、入学金、授業料、教材費、寄付金をむしり取り、試験のネタ本として教授の著書を買わせて、いわば内輪で学生を消費してころがすようなことができなくなります。

加えて高校の卒業生の習熟度が明示されるわけですから、それを前提としたカリキュラムを組むことで、授業内容が従来よりも劇的にレベルアップされますので、国際競争力の高い人材を輩出することとなり、日本の未来も安泰です。加えて外国の優秀な学生も吸引できれば、テロ対策で内向きになっているアメリカからの人材流出の受け皿が狙えます。なにより学生が勉強するようになることは喜ばしいところです。

ということで、大物政治家まで出張ってきて「受験生に配慮せよ」とは、どこまでもおバカな話です。ズルした方が悪いんだから、配慮なんか必要ありません。場合によったら卒業生にも補修を受けさせろというもんでしょ。あ、そうか、そうしたら政治家もお呼びがかかるのか^_^;。

んでもものごと良い方に考えた方がいいですね。そもそも世界史は覚えることが多くて、週2限程度の授業で1年かけてダラダラやっても身につかんけど、短期集中でやれば覚えやすいんで、それだけ身につくというもんでしょ。まして今回の事件と関連付けて覚えれば、確実にものになるし。そうすれば例えば北の核実験が戦前のジュネーブ軍縮会議で叩かれて国際連盟脱退に追い込まれた日本との比較とか、核武装直前の中国との類似性とかが見えてきて、ニュースの見方が広がるぞ。少なくとも「対抗して日本も核武装」なんてほざくアホな政治家にはならずに済むぞ。

50基以上の軽水炉原発を国内で稼動させ、IAEAの査察に協力しながらNPTの優等生を演出してきた日本が、核武装できるわけないのは、小学生でもわかるぞ。やっちゃえば北朝鮮以上に世界中から非難囂々だべし。んでも米ライス国務長官が間髪置かず「核の傘」発言をしたように、半身になってるアメリカをけん制することはできるけど、脅しでほかの国を動かすって、なんか将軍様の国みたいだぞ。

それに若いんだから、仮に目先の受験に失敗しても、来年やり直せば済むこと。むしろ世界史という得意技を獲得して選択科目で活かす目が出てくるし。てなわけで、安倍首相が掲げる教育改革のお手並み拝見です。

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小田急線高架化訴訟、住民敗訴で結審

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Thursday, December 08, 2005
小田急線高架化訴訟で原告適格の範囲拡大
注目の最高裁判決が出ました。ま、内容そのものは想定の範囲内でして、日本の行政訴訟は上級審ほど行政側有利という流れは変わらなかったわけです。

以前の記事でも述べておりますが、行政訴訟に対して、従来司法は、原告適格を厳しく見る傾向が強く、事業用地の地権者にしか「訴えの利益がない」として門前払いする傾向が強かったのですが、今回の最高裁の判断で、原告適格の範囲を都の環境アセスメント条例の適用範囲内の地権者にも認められたという点では、新しい判断が出されたことになります。つまり直接土地を収用される地権者のみならず、騒音その他の環境変化による影響を蒙る地権者まで対象を広げたわけで、半歩前進ではあります。

しかし本来は、私権制限を伴う都市計画で、特に受益者が広範囲に及ぶ交通インフラの整備においては、利害調整の範囲をあまり限定的に考えると、多数の暴力による少数者の圧殺につながりけねないわけで、基本的人権との齟齬が生じる恐れがあるわけです。そのことを公序良俗違反と考えれば、公益に基づく善意の第三者による告発のルートはあってしかるべきかと思います。

というのは、結局小田急線の事例でいえば、線増工事自体の必要性を否定することはできないとしても、それを「公共性」の錦の御旗で圧殺すると、多くの受益者にとって不利益を招くこととなります。例えば成田闘争の顛末などが良い例ですが、地権者同士でも対立を生んだのみならず、千葉県の土地収用委員会が召集できない異常事態が放置されて、東葉高速鉄道の建設過程で、たった1人の強欲な地権者に振り回されて用地買収費が高騰したばかりか開業が遅れてしまう事態を招いております。つまり公共工事の地権者への補償が高騰することで、無用な摩擦が生じているわけです。さらにおそらくこのことは周辺の地価を吊り上げて、民間の開発行為にも多大なコスト負担を強いていると考えられます。このような事態を公共の利益の観点から善意の第三者が告発できることは重要です。

また別の観点として、司法のこのような態度が、行政訴訟に際して行政側に原告適格の判断を司法に求める行動を起こさせ、原告団の分断と時間稼ぎを許してしまうことも問題です。その結果、資金に乏しい原告側が訴訟を維持するハードルを高くしてしまうわけですし、ここで時間稼ぎをしている間にも、事業は止まらずに実行され続けるわけですから、結果的に既成事実が積み上がって、後戻りできなくなくなります。当然行政側はこれを狙ってくるわけですが、行政訴訟が実効性を持たないということになれば、権力の濫用に対する歯止めにならないわけです。かくして行政に影響力を行使する少数の利害関係者に利する流れとなりますが、その果てが夕張市の破綻であったり、福島県や和歌山県の談合事件であったりするわけです。こうなる前にブレーキをかけられることは重要です。

ひとつ考えられるのは、環境アセスメント条例を見直して、事業の進捗過程に市民参加プロセスを導入し、プラスマイナスの影響評価を先に徹底的に出した上で、公益が最大となるチョイスを行うように制度を変えることは考えられます。いわゆる戦略的アセスメントとでも呼ぶような仕組みで、意思決定に市民参加プロセスを取り入れることが考えられます。その意味で最近決定された下北沢地区の再開発事業で、小田急線は地下に潜ることになったにもかかわらず、都市計画道路の整備に絡んでもめているのを見ると、東京都の学習能力ってお寒いなぁ-_-;。

思えば東京西郊の商業地区の幾つかは、戦後の焼け跡闇市から発展したものがあり、現在でも下北沢、三軒茶屋、下高井戸、荻窪、吉祥寺などに面影が残っております。人同士が体をかわしながら行き交い、向かい合う店同士の軒がつながった傘要らずの集合市場が、高地価で権利関係の複雑な東京に多く残っているのが不思議ですが、立派な建物がなくても、市民生活の必要から人やものが集積したまちが賑っているのが象徴的です。

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