鉄道書評、民営化で誰が得をするのか
今年は国鉄民営化20年の節目の年ということで、国鉄民営化の総括のようなことをずっと考えていたのですが、テーマが大きすぎてなかなか書けずにいたところ、この本に出会いました。
民営化で誰が得をするのか―国際比較で考える (平凡社新書 384)鉄道書というわけではないんですが、いわゆる「民営化」の国際比較という視点は、なかなかユニークです。タイトルでわかりますが、筆者はやや民営化に懐疑的な立場ですが、英国のサッチャー改革の意義などの理解はありますので、そのそもサッチャー改革と小泉改革の違いすら理解できない日本の多くの論客よりはましです。
ただし新書版のボリュームでは、十分に語り尽くせないせいか、やや誤解を招くような表現が見られるのは要注意です。例えば英国の国鉄改革については、比較的あっさりとしか触れてませんが、線路保有会社と多数の列車運行会社間のコミュニケーション不足といった表現に留まっております。以前サイドバーでご紹介した鉄道改革の国際比較に、詳しい経緯が書かれておりますので、そちらもご参照ください。英国の鉄道改革は、ひとことでいえばサッチャー改革の正当な後継者をアピールしたい当時のメージャー首相によって推進されたのですが、実際は運輸相に丸投げしていて、運輸相は運輸相で原理主義的に制度をいじくり回し、列車運行の入札に応札が殺到するなど、混乱の極致でことが進み、当の運輸相がスキャンダルを暴かれて辞任するに至り、当面国営で残す筈だった線路保有会社のレールトラック社をいきなり民間に払い下げて、しかも初年度から黒字化を意識づけて改革成功をアピールしようと功を焦った結果、必要な保守作業が手抜きされたものでした。結果的に選挙で大敗を喫するんですが、この辺、小泉改革の正当な後継者をアピールしながら、閣僚のスキャンダルと年金問題で墓穴を掘った安倍政権に似てますね^_^;。
ひとことで民営化といっても、目的や手法はさまざまで、上場による政府保有株式の放出にしても、公募して抽選とした日本のJR,JT,NTTのケースと、一部従業員に有利な条件で売却したサッチャー政権下での国有企業民営化のケースとでは、かなり趣きを異にします。これはひとつには労組の反対に対する切り崩しという側面もありますが、いわゆる大衆資本主義という観点から、株式が一部富裕層が集中保有して富を独占することへの国民感情の配慮と、個人株主を増やして国内株式市場の厚みを増すという目的もあったようです。この辺は新規上場時に公募価格を吊り上げて、結果的に1年以内に値崩れして国民を損させたNTTの場合と彼我の差は大きいですね。
それと最近日本でも多く見られるようになったPFI(Private Finance Initiative)やPPP(Pubric Private Partnership)なども、民営化の文脈で整理されており、最近では英国をはじめむしろこちらの方が主流となりつつあるようですが、日本でPFIといえば、中部国際空港のようなインフラ整備に偏っている印象があります。本来は整備に留まらず、期限を切って運営も民間に委託し、整備費用を償還後国へ返還するなど、ソフト面を重視した仕組みです。PPPに関しても、行政とNPOの共同事業という形態をとるケースが多いのですが、日本では行政側がNPOを安い下請け程度にしか認識していないケースが多く、問題をはらんでいます。例えばこんなニュースがあります。
湊鉄道線存続へ住民出資の「第4セクター化」検討現地の詳しい事情はわかりませんが、第四セクターなどという造語までして、要するに自治体が受け皿三セクへの出資を渋っているので、代わりに市民から寄付を募ろうということです。心配なのは、地縁的NPOが往々にして寄付金強要機関となる可能性があることでして、NPOの運営がどれぐらい透明に行われるのかが問われます。これなどいわゆるPPPに分類される事例ということになるでしょうけど、自治体が増税して得た資金を出資するという方が、地方議会の監視が効くという意味で、本来は望ましい形です。NPOでなければならない理由は問われます。
あと日本の三公社をはじめ、日本航空や電源開発など、政府出資の特別会社の株式放出で政府が得た売却代金の行方なんですが、本来は赤字国債の償還に使われるはずですが、今のところ公式発表はなく、日本経済新聞に'05.9.3付でおそらく独自取材の結果と思われる図表を掲載しているに留まります。しかも国債償還の推定値は31.3兆円ということで、国債発行残高からすれば微々たる数字です。そういえば大阪のJR東西線(建設線名片福連絡線)の整備主体となる三セク大阪高速鉄道の政府出資分を「NTT株売却益活用事業」とうたっていたことが思い出されますが、全部ではないまでも、一部官僚のタンス預金になっている疑惑はあります。これを餌に利権政治屋を手なづけているとすれば、本来財政再建が目的だった筈の民営化が食い物にされたということにもなります。このあたりは参院で与野党逆転となったのですから、国政調査権を活用して切り込んでほしいところです。
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