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Sunday, March 23, 2008

似て非なる道路と国鉄

まずはサイドバーでご紹介した国鉄最後のダイヤ改正―JRスタートへのドキュメントについてですが、特に貨物関連の記述が焦眉です。赤字の元凶として国鉄部内からの安楽死説が言われる中で、再建監理委でもまとめきれず、結局国鉄自身で民営化後の適切な事業規模から逆算して、貨物列車のトレインアワーを各地域へ割り振ることで、否応なくヤード系から直行系輸送システムへ移行させたことで、逆に貨物は存続できたわけです。

本州3社+3島会社+全国1社の貨物会社の7社体制という方針は決まっても、具体的な肉付けは国鉄再建監理委の手に余るものでしたので、当時の国鉄幹部による旅客会社の分割境界の設定や直通列車に関する取り決めその他、国鉄自身で決めざるを得なかったのです。また、実際に国鉄が回答を用意しなければ、役人に踏み込まれて現場が掻き回されるという危機感も共有されていたことが読み取れます。つまりは国鉄自身が変わらなければならないという思いを抱いていたわけで、国鉄改革が成果をあげ得たことはこの点に尽きるといえます。

それから20年、私たち国民の前に、道路公団と郵政の民営化の茶番を見せ付けられたのですが、いずれも国鉄改革とはかなり事情が違います。郵政に関しては、過去にも何度も取り上げておりますが、今回は道路問題について考えます。

改革続行の試金石は道路財源で指摘したとおり、道路財源問題は、元々小泉政権、安倍政権時代からの積み残しで、流れとしては、いわゆる道路公団民営化関連で、大赤字の本四公団の債務償還に道路特定財源を充てた結果、2007年度から道路特定財源に約7,000億円の余剰が出るので、それを一般財源化しようという話だったんですが、安倍政権時代に道路計画を積み増して、余剰金額を圧縮した上での形ばかりのものになりました。

その上、そもそも道路公団民営化の仕組みそのものにも、道路特定財源の使途拡大の仕組みが組み込まれております。元々道路公団が手がける高速道路は、料金収入と借入金で整備し、道路特定財源は一般道の整備に使われるものとして、全く別立てだったのですが、道路公団改革で、いわゆる新直轄方式と呼ばれる仕組みが導入されて、高速道路建設に道路特定財源を投入できる制度の道すじができたものです。

簡単に申し上げますと、道路公団改革では、高速道路の資産と負債は、(独法)日本高速道路保有・債務返済機構が管理し、各高速道路会社は、営業権を付与されて高速道路の料金収受やSA・PAのテナント料収入などのフローを得、機構にリース料を支払う存在となっております。つまり資産も負債も持たず、キャッシュフローの管理だけを行う機関を株式会社化したわけで、トップは旧公団や国交省の天下り役人ですから、何のことはありません、実態は高速道路利権の山分け機関に過ぎないのです。また上記の新直轄方式によって、従来は高規格自動車専用国道など、例外的な扱いだった直轄方式とは異なり、機構に道路特定財源を入れることで、高速道路整備を継続できる仕組みとなったわけです。

国鉄改革を見てきた私たちとしては、何か悪い夢を見ているような感じですが、JR発足当初に新幹線を新幹線保有機構が保有し、本州会社各社がリース料を支払って、それを機構が債務返済に充てるという上下分離の仕組みを取り入れたのですが、これは後にJR各社の発議によって、重要な事業用資産として直接管理すべきということで売却され、現在はJRの資産となり、対応する負債もJRへ移されました。その際に資産価格の査定を細工して、非償却部分への上乗せで2兆円ほどの鉄道整備基金の財源を確保し、整備新幹線その他の鉄道整備に国の支出分として拠出し、リース料で償還する仕組みが作られ、国鉄改革で宙に浮いていた整備新幹線の財源が確保されたわけですが、道路公団改革でとられた手法というのは、いわば新幹線の上下分離に別財源で整備新幹線の整備財源を投入できる仕組みとしたことになります。この仕組みを用いれば、道路特定財源を、抑制するはずだった高速道路整備にいくらでも回せるわけで、つまりは道路特定財源に余剰が出ればいくらでも箇所付けできてしまうわけです。

元々道路会社は資産も負債も持たず、料金収入などのフローの管理だけを担当するわけですから、公的な財源投入で作られる新路線はむしろ増収効果があるわけで、反対する理由もないし、また法令上も反対できない仕組みです。ほんとアントキノ猪瀬直樹のインチキぶりに腹が立ちます。かくして全国の知事から暫定税率廃止反対の大合唱となるわけです。

自前の資産で利益をあげて税などで社会へ還元するからこそ、民営化は意味があるわけですし、採算性を度外視した投資は、利益に貢献しない不良資産を抱え込み利益を食い潰すことになるからこそ、無駄な投資の抑制効果があるわけですが、道路公団改革にはそれがないどころか、従来なかった道路財源の投入を可能とすることによって、破滅的に無駄遣いにまい進することになるわけです。というわけで、JRが新幹線の資産買い取りをしたことは、民間企業として健全経営を維持する意味で重要だったこともまた再確認できます。

というわけで、多少の混乱は予想されますが、暫定税率の時間切れ廃止は、民主政治のコストと割り切ることで、国民的には容認できることといえるのではないでしょうか。

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Comments

いつも興味深く拝見させていただいております。今回は特に関心が高いテーマでしたのでひとこと。

道路とはそもそも、土地があって、そこに人の活動があれば必然的に出来るもの。「そこに道はできる」などと表現されたりしますが。
一方で鉄道は、線路だけでは機能しない。列車が計画的に運行されてはじめて機能する。
私はこの2点が鉄道と道路のもっとも似て非なる点、いわば「男と女」くらいの違いだと思っています。

財源について考えてみると、道路は「人の動き」を優先して、みんなが負担する税金で後追い的に整備されてきた。渋滞問題が起き、それを解消するのが整備の手順です。それでは社会経済的に無駄も多いので、のちに燃料等にかけた税金を全額道路整備に使う(=道路整備の上限とする)という考え方ができ、少しは需要を先取りして整備するスタイルに落ち着いた。
一方の鉄道は「列車の動き」が優先なので、その列車の運行を担う事業者の負担で路線が計画・整備され、その費用は利用者に運賃として転嫁されてきた。しかし見込み通り乗ってもらえなければそれは事業者の負担です。
両者のこの原則は成立経緯も踏まえると至極当然なような気もしますが、その考え方を道路側から大きく変えようとしているのが今の特定財源問題かな、と思ったりもします。

で、今後を考えてみると、鉄道は事業として成立しない路線は廃止せざるを得ない。ただし全部の赤字鉄道が今すぐ廃止されても困るので、公共がちょっと支援すればやっていけるところは助けて頑張ってもらう。そんな図式かなと思います。
一方、道路は渋滞のひどい都市部以外は道をつくる必要のある場所が殆どなくなり、燃料にかける税金が余りだした。このため、高規格道路ネットワークを計画して造り、踏切解消のための鉄道立体化や地下鉄、地下街整備などにも使途も増やしてきた。それ自体は意味のあることだと思うのですが、要は税金をかけて行う道路整備が、優先順位としてどうかだと思うのです。

今、道路特定財源は、暫定税率廃止か一般財源化かが議論になっていますが、この極端な論点だけで議論を終わらせるべきではないと思います。徴収した目的以外に転用するのは理屈に合いませんが、だからといって「ガソリンが高騰したから暫定税率廃止」というのはあまりにも低レベルな議論で、その結果クルマのムダな需要が増え、道路整備にも環境対策にも別の税金投入が必要になるならば、それは本末転倒な話です。
そもそも、鉄道や道路といった交通インフラは、需要レベルの地域差が激しく、建設と維持管理に莫大な作業量を要することもあって、とても供給側の考え方を全国一律で整理することは難しい。これは鉄道が実例を示したわけです。ですから、燃料に付加する税金収入は、どこにどれだけ投入できるかの議論がまずなされるべきです。
そして、今は別の次元で議論されている地方分権と一体となって、地方が税金を投入した事業全体を「経営」する観点に立ち、今後の道路整備のあり方、燃料に付加する税金のあり方について住民を含めた議論ができるようにすべきと思います。

そういう考え方で今後国がリーダーシップを発揮してもらえるのならば、私は10年間の暫定税率継続に大賛成するのですけれど…。

Posted by: ほねぶと | Sunday, March 23, 2008 at 12:05 PM

コメントありがとうございます。道路特定財源の問題ですが、現在は暫定税率問題にフォーカスされて、ガソリンが安くなるかどうかというレベルの議論に終始しているのがはがゆいところですね。

実際は、暫定税率の廃止問題のみならず、道路特定財源の一般財源化問題や、欧米諸国で実績のある環境税導入の可否など、関連する問題が多くて、なかなか一筋縄には議論が進まない問題ではあります。それゆえに議論が錯綜し、なかなか現実解の落としどころが見えてこないわけです。ですからそれぞれの立場で、優先度の異なる議論がなされ、混迷の度合いを強めてしまう傾向はあります。

さりとて人は千年の時を与えられてはいないわけで、そんな中で何らかの現実解を得ようとすれば、つまるところ優先順位をどうつけるかという問題になるわけで、その判断は政治にゆだねられるべき問題です。

しかるに日銀総裁人事問題で露呈したように、政治プロセスが脳死状態ですので、国民の立場からは、ある程度の混乱は覚悟せざるを得ないところにきております。現在の政治状況を作り出したのもまた国民の選択である以上、それに伴なうコストは割り切って負担しましょうというのが、成熟した民主国家の国民の態度かと思います。

とはいっても、可能な限り議論の場は多く提供され、激論が交わされる状況にならないと、結局のところ本当の問題点が共有されるに至らず、誰にとっても不磨の残るストレスフルな結果を招来しかねないわけですから、せめてネットの世界では、さまざまな見方が並存する状況が望ましいところです。本来はマスメディアに多様性があるほうが望ましいのですが。

鉄道と道路の違いはそのとおりなんですが、記事の趣旨は、国鉄改革20年の軌跡をテンプレートとして用いた道路公団改革の評価ということで割り切りました。厳密に言えば、道路は本来は公共財といって、厳密に定義すると「非排除性」という難しい概念で説明しなければなりません。

簡単に言えば、供給される財やサービスを需要側が私的に購入したり、供給者に賃料を払って私的に権利を得る形の一般財と違って、利用者の私的占有を伴なわないことが要件なんですが、この定義からすると、日本の高速道路の位置づけは微妙です。少なくとも道路公団改革以前の、通行料と通行料を担保とする借入金を財源にしていた時代の場合、運営主体が公的機関である以外は、民間の一般有料道路との違いはないわけで、事実、日本道路公団の設立には、東急による多摩田園都市開発に関連するターンパイク事業のアイデアを横取りしたものと言われます。

鉄道も場合でも、実際に運賃を払って利用する乗客や荷主の立場から見ると、私的占有があるとは言いがたく、その限りにおいて公共財的性格を有するわけですが、道路と鉄道では、そのあり方に大きな違いがあるわけです。

この辺の条件の違いを勘案して社会的コストとしての公的補助を同一条件で比較するというのが、いわゆるイコールフッティングという議論になりまして、例えば本州と四国のどこに橋を架けるかといった政策選択の問題で、費用便益分析では差がないから3案全て実施という結論を回避できるのですが、これまたややこしくなるので、この辺に留めておきます。

あと、環境税問題に関しましては、私は現行制度の看板の架け替えならばあまり意味はないと思っております。道路特定財源がそうであるように、実際にはノーチェックで使途拡大がされてしまうのがオチです。また国民に当事者として痛税感を持ってもらう意味からも、あえて新たな負担として考える方が良いと思います。それと国内排出権取引市場を整備して、例えば地方の森林整備で得た排出権を電力会社などに買い取ってもらうことで、地方の活性化にもつながると思います。

それと暫定税率廃止に伴なう税収減問題でも、2兆6千億円の税収が消滅するが如き議論がありますが、いわゆる減税効果による可処分所得上昇で有効需要を創出しますので、それによる消費税や企業法人税の税収増が、中立的な推計で1兆3千億円ほど見込まれます。もちろん前提条件によって振れ幅が大きいのですが、この程度の税収減に対しては、歳出削減努力で対応すべきではないかと考えております。

というわけで、さまざまな議論が可能なテーマですので、取扱注意でもあるわけで、私もその辺は注意したいと考えております。

Posted by: 走ルンです | Sunday, March 23, 2008 at 04:23 PM

ども、はじめまして。
上のコメントで、減税効果で税収増が1兆3千億円とありますが、どこにのっていたでしょうか。または、どのように計算されたのでしょうか。
ご教授ください。お願いいたします。

Posted by: biaslook | Monday, March 24, 2008 at 02:18 AM

申しわけありません。私自身、チラ見&うろ覚えモードなんで、改めて出典を求められても即答に窮するんですが^_^;、それじゃ許してもらえないでしょうから、ザックリ解説させていただきます。

簡単に言ってしまえば、減税によって家計へ戻されたお金が消えてなくなるわけではないということです。見かけ上消えるケースとしては、タンス預金かアングラマネーぐらいしか考えられません。預金の場合には、金融機関の仲介機能で投資に回りますので。

また企業物流や社用車の維持費の低減などで企業の増収要因にもなりますので。法人税による公共部門への回帰という流れもあります。

それと貨幣流通が多段階に起こり、通常は20回転ぐらいらしいのですが、いわゆる信用乗数による乗数効果というやつですが、このように多段階に渡って波及することを勘案すると、悪くても消費税相当の5%、最大で同額程度までのブレの範囲内と考えれば、ザックリ半分というのは妥当なところかと思います。

Posted by: 走ルンです | Monday, March 24, 2008 at 06:19 PM

「公的な財源投入で作られる新路線はむしろ増収効果がある」とのことですが、高速道路会社は道路管理もしていますから、一概には言えないのでは?
NEXCO東日本の道路管理費用は年間983億円です(17年度)。営業路線延長は約3350kmですから、だいたい2900万円/km・年となります。
これは結構大きい数字ではないでしょうか。もちろん交通量の少ない路線では管理費用は安くなるでしょうが、あまりにも交通量が見込めない=収入が見込めない路線の建設は支持しないでしょう。もっとも、そんな計画はまず住民やマスコミにも反対されるでしょうけど。

Posted by: とおりすかり | Thursday, May 08, 2008 at 08:10 AM

いえ、保守費用は通行量、正確には通貨重量の関数ですから、全てフローに属します。通行料が道路リース料+保守費用の水準を超えている限り利益は出ます。ですから財源がある限り計画はどんどん進むことになります。

で、結局機構が監理する債務がいつまで経っても減らないから、45年後の無料化も空手形となりますが、幸いその頃には責任を取るべき人はほとんど生きていません(笑)。嗚呼無責任。

Posted by: 走ルンです | Thursday, May 08, 2008 at 08:28 PM

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