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Wednesday, April 30, 2008

道路は続くよ何処までも

道路特定財源の暫定税率復活がが衆議院の再可決で決まりました。政府与党としては予定通りなんでしょうけど、直前の衆院山口補選での大敗北もなんのその、政権にしがみつく執念だけは凄まじいですね。この問題は度々取り上げてまいりましたし、国鉄改革との比較でも取り上げました。いわゆる道路公団改革の結果として、それまで料金収入と借入金だけしか財源のなかった高速道路の整備に道路特定財源が投入できるようになったいわゆる焼け太り問題も指摘させていただきました。ことほど左様に改革を標榜しながらその実内容はむしろ後退しているケースは、郵政民営化と軌を一にします。

ガソリン値下げはうたかたの夢に終わったわけですが、昨今の行動経済学の実証研究で、人は同額の利益と損失を蒙ったときに、損失の方が利益より2~2.5倍大きく感じるというのがあります。いわゆる損失回避バイアスと呼ばれるものですが、ガソリン税が元に戻ったことで2.6兆円の税収を取り戻したと政府が考えるならば、とんでもないことです。国内消費で5兆円超のマイナスインパクトを受けたのと同じということです。当然経済は停滞し、税収も不足します。ま、そもそも20兆円に及ぶ赤字国債の発行が決まっているなかで、2.6兆円の未来への付回しをするなというのは、どう見てもブラックジョークです。

ま、元々私はこれ以上道路は造るなと申し上げてきたわけです。実際洞爺湖サミットで地球温暖化問題をテーマとしたい意向があるようですが、道路を作って必要以上に生活空間を間延びさせることの弊害を真剣に考えるべきですね。昨今欧州から始まった鉄道復権の動きは、まさに温暖化防止に対する欧州の真剣さの表われなのですが、鉄道の通らない洞爺湖町でサミットという時点で、日本の本気度が疑われます。ちなみに、以前から鉄道ネタが多い週刊東洋経済の4/19号で鉄道革命が特集されてます。鉄道の今をコンパクトにまとめられており、おススメです。購入はこちらから。

実際には人口密度の低い欧州での鉄道復権は、平坦な途ではなく、公的助成なしには成り立たないのが鉄道事業の常識でした。しかし欧州の鉄道政策は、オープンアクセスを原則とする過激なもので、鉄道線路保有者に列車運行を希望する事業者の参入を妨げてはならないというもので、いわゆる上下分離原則なんですが、これによって各国鉄道が国境を越えた列車設定を行ったり、独カールスルーエのように都市交通事業者へ線路を開放するとか、ドイツ鉄道(DB)がとりわけ熱心な国際貨物列車などにより活性化されてます。そして人口密度の高いアジアへの売り込みも熱心ですが、国内事業の厳しさゆえに国外での事業機会を求め、規模の利益を追求しているわけです。台湾新幹線をフルターンキー(一括受注)ではないからやだ、と投げ出した某社の空気の読めてなさ加減が知れます。


翻って日本ですが、鉄道活性化は事業者ベースでの取り組みに留まり、整備新幹線のように将来展望の定かでない事業に拘泥するなど、欧州に後れを取っていることを認めざるを得ません。アジアが今後の鉄道プロジェクトの中心となりそうですが、事業規模からいってフルターンキーでの受注は難しく、本来台湾での欧州システムとのすり合わせの経験は貴重なものの筈ですが、あっさり捨ててしまいました。あれこれあった台湾高速鉄道ですが、ベトナムやインドなどアジア地域の先行事例としてコンサルタントとして台湾高鉄が名乗りをあげようという気運もあるようです。

あと税収不足で予算を執行できないと騒いだ自治体ですが、当ブログで地方独自課税にも言及しましたが、それと同等のことを発言したのは東京都の石原知事だけという体たらくです。地方の首長の本気度はこんなもんです。

後期高齢者医療問題もあって、当分解散もできない福田政権ですが、つまるところ政治の空白だけは今後とも続くわけで,JAPAiN(日本の苦痛)ならぬJAPAM(日本のジャンクメール)と言われかねない状況は続きます。

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Comments

日本の鉄道は、携帯電話メーカーと同じ末路を辿る事になりそうですね。日本の携帯電話は、一部消費者の高度な需要に阿って過度に高機能になった挙げ句、海外では決して受容されない複雑怪奇な機種ばかりになってしまいました。そんな機種ばかり生み出してきたメーカーも、そんな機種に基づくサービス戦略しか展開できないキャリアも、既に世界で戦える力は持ち合わせていません。ボーダフォンを買収したソフトバンクがJ-PHONE時代を彷彿とさせる多機種高機能展開に逆戻りし、真にシンプル路線であったツーカーがサービスを終了した辺り、日本人の宿痾が見て取れます。
鉄道についても同様で、多量の旅客を詰め込んで多頻度運行する日本のビジネスモデルは、世界の何処にも存在しないものです。人間を荷物扱いする鉄道会社も鉄道会社ですが、容量オーバーを承知しながら5分遅延如きで怒髪天を衝く乗客も乗客です。結局は、鉄道システムを複雑怪奇にする事で需要を捌かざるを得なくなり、日本の鉄道システムが世界から取り残される原因となってしまったのです。
新幹線に限らず、日本の鉄道は複雑怪奇なシステムが正しく運用される事を前提としています。一式で卸した所で、運用者に日本人と同程度の高度な技術がなければ一発で人身事故に繋がりますし、抑も海外にはそんな高度な需要は存在しません。ましてや、システムの一部分だけに着目するのであれば、なおの事日本の鉄道システムは役不足が目立ちます。少子高齢化で日本の鉄道会社がビジネスモデルを見直さなければならなくなる程に追い込まれて、初めて世界市場に通用するシステムを構築できるのではないでしょうか。

Posted by: 五月原清隆 | Thursday, May 01, 2008 at 01:26 AM

日本はガラパゴス化しているという指摘は、いろいろな人がしてますね。携帯電話だけでなく、地上波テレビも独自方式でデジタル化しようとしてますが、かつてNHKが肝いりで開発したアナログハイビジョン方式でスベったことは都合よく忘れたみたいです。

ま、しかし本物のガラパゴス諸島は天敵不在の楽園ですから、外部からの霍乱がなければ楽園でもあります。対して日本は、自由貿易の恩恵を最大限享受してきた国なんですから、自分たちだけの楽園ができるわけがないんで、その部分の意識改革が必要ですね。鎖国を貫いた徳川幕府をもってしても、黒船来航は防げなかったんですからね。

また明らかに以後の方が経済が発展し人々は幸せになれたんですから、くだらない先祖がえり幻想は捨てるべきでしょう。

Posted by: 走ルンです | Thursday, May 01, 2008 at 08:17 PM

カールスルーエはじめ、欧州の鉄道復権には目を見張るものがあります。かの地では、公共交通の維持のためには税金投入は止む無しとの考えがあり、公共意識の高いヨーロッパ的発想が源流にあるのではと考えてしまいます。
翻って日本では、地方の鉄道やバスは減便や廃止されてしまい、もはや車なしでは生活できなくなってしまいました。こういうときこそ市や県の出番のはずですが、現代の日本人は「もったいない」思想が行き過ぎており、赤字路線に税金を投入するなどといったら大叩きを食らうのがオチでしょう。車の利便性を過信しすぎている日本人の意識を変えない限り、公共交通機関の復権は難しいのでは。

Posted by: とおりすかり | Thursday, May 08, 2008 at 07:39 AM

コメントありがとうございます。ま、人口密度が必ずしも高くない欧州で鉄道が復権しているんですから、日本はまだまだやれることがあるということでもあります。

はからずもガソリン価格が上昇しておりますので、クルマ依存の揺り戻しはあるかもしれません。ただし郊外店に消費者が流れるのも、中心市街地の商店が消費者ニーズを満たしていない反映でもあります。そのくせ「駐車場がないから客が来ない、電車やバスがマイカーの邪魔」などといってアホな要求ばかりしています。まちづくりは民度が反映するものですね。

Posted by: 走ルンです | Thursday, May 08, 2008 at 08:20 PM

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