北神急行電鉄経営支援の不思議
公共料金と見なされる鉄道運賃ですが、いろいろと不思議なことがあります。今回はそんな話です。まずは報道チェックです。
兵庫県など3者、北神急行支援継続 路線存続に危機感この北神急行電鉄という会社は、かなり変わった会社でして、新神戸で神戸市営地下鉄山手線と接続し相互直通していて、第三セクターのような雰囲気ですが、実は純民間企業で、阪急電鉄と神戸電鉄が出資、その後神鉄が2007年に不動産評価損発生で支援停止し、阪急阪神ホールディングスの連結子会社となっております。
とはいえ経営は苦しく、特に高運賃ゆえに利用者が伸びないことが悩みでした。とにかく営業キロ7.5kmで430円という高運賃で、且つ三宮へは市営地下鉄運賃が合算されるので、割高感はかなりあります。そこで1999年に県と市による年間5.4億円の支援を得て運賃を80円値下げし、350円としました。それでも割高ではありますが。
さらに2002年、トンネルを含む鉄道施設を神戸高速鉄道に譲渡し、自らは第ニ種鉄道事業者となることで、資産圧縮を行いました。第三セクターである神戸高速鉄道が第三種事業者として線路保有することで、固定資産税が減免されますから、この面でも支援策の性格があります。
記事にもありますように、1999年からの財政支援は10年間の予定だったわけですが、北神が3億円の経常利益を計上していることもあり、県は09年以降は支援しないと断言して協議会が休止していたものが、ここへ来て復活したわけです。支援がなくなって運賃再値上げとなれば、路線の存続も危ぶまれるということでの歩み寄りのようです。
そもそも北神線は計画段階から不思議テンコ盛りの路線でして、布引(新神戸)から東へ向かって市バス石屋川車庫付近の原田(阪急王子公園駅付近)までの地下鉄計画だったものが、なぜか北へ向きを変えて六甲山へ向かったのです。ゆえに市営地下鉄新神戸駅自体も、当初は新幹線と並行に東西方向に駅ができるはずだったのですが、南北方向に変更され、しかも新幹線下部の施工には旧国鉄から厳しい条件までつけられています。それでも建設され、1988年に開業しました。何らかの政治力学が働いた可能性はありそうです。
阪急と言えば、1970年大阪万博関連で、北大阪急行電鉄でひと山当ててます。北急は一応第三セクターですが、阪急グループが過半数の株式を保有する民間主導の会社で、江坂~千里中央~万国博中央口間のうち、千里中央~万国博中央口間は、計画中の中国自動車道の本線車道予定地に線路を設置し、万博終了後に線路を撤去する計画でした。車両も大阪市営30系の同型車を導入し、万博終了後に大阪市に車両を買い取ってもらう計画でした。それによって固定費負担の嵩む開業直後に特需で投資を回収し、車両売却で資産圧縮してますから、運賃を低廉に抑え、市営地下鉄と合算となる直通客にも負担の少ない運賃水準を維持しています。
この辺は大阪市の市営モンロー主義を逆手に取った感があります。江坂以北は吹田市域に属しますから、市の資産を市外で持つことに対する議会筋への説明が必要です。加えて万博輸送と千里ニュータウン開発関連輸送で、千里線を延伸して箕面線とつないで環状線とする構想を持っていた阪急にとっては、市営地下鉄の北進は自社エリアの侵食と映っていたようです。結果的に第三セクター設立で譲歩したものの、大阪市の株式保有割合を抑え込んで主導権を握ります。
あくまでも推測ですが、この成功体験が阪急を北神線建設に駆り立てたのではないかと思います。既に自動車道の新神戸トンネルが1976年に開通し、市営バスが三宮と箕谷地区を結んでいた状況を、関係が深まっていた神鉄沿線への侵食と映っていたかもしれません。加えて地下鉄の原田延伸は神戸線の並行路線となるわけですから、これを阻止した上で新神戸トンネルのバスに対抗することを考えたのではないでしょうか。加えてウッディータウンなど神戸市北部から三田市にかけての開発計画で発生する輸送需要を、神鉄だけでは捌ききれない可能性があるということで、神鉄谷上駅と三宮を直結する構想が浮上したものと思われます。ニュータウン開発が絡みますので、鉄道建設公団P線工事の指定を受け、利子補給を受けて建設が進みました。
しかし中間駅なしでトンネルだけの鉄道ですから、沿線開発の余地はなく、ひたすら神鉄沿線から発生する利用客を吸収するしかありません。乗客の獲得はあくまでも乗客自身によるルート選択の問題となります。となると7.5kmで430円という高運賃が大きなネックとなるわけです。
こういったケースでは、常磐快速線と緩行線の選択や東急新玉川線開業時のルート選定などで、運賃が高くても速くて利便性に優れたルートが選択される傾向がありましたが、北神線の運賃水準はおそらくそれを突き抜けたレベルだったのでしょう。利便性に優れていても高運賃の北神線ルートは選択されませんでした。さらに神鉄沿線からだと新神戸の市営地下鉄との運賃合算に神鉄運賃の合算が加わりますので、割高感が増すことになります。三田からだと、JRで大阪へ出て三宮へ向かった方が速くて安いなんてことにもなります。かくして県と市による運賃値下げのための財政支援という異例の事態となったわけです。
とはいえ劇的に安くなったわけではありませんので焼け石に水、それでも経常利益を出すまでにはなりましたが、累積債務が300億円以上ある中では、存続がやっとというのが実際です。その間に兵庫県では三セク鉄道の三木鉄道の廃止があり、県が支援を打ち出せないまま廃止を公約した市長が選ばれて廃止が実行されたわけですから、とりあえず利益を出している純民間企業への支援は、県としては納税者への説明がつきにくい状況です。
思えば神戸三田地区の開発計画は、バブルの時代の徒花だったかもしれません。気がつけば国際貿易港としての神戸の地位は低下し、近畿圏の中心都市である大阪市の求心力も長期低落傾向が否めない中で、東京の地価上昇が遅れて地方へ波及した結果、ある種の周回遅れ現象が起きているわけです。20年経ってもバブルの後遺症はなくならないのですから、地方の浮揚は道険しです。
それと東急新玉川線のケースを根拠に、鉄道運賃は価格弾力性が低いから、運賃を上げて線増などのインフラ投資を行うべきという議論が一部にありますが、北神線のケースで見る限り、かなりあやしい話となります。実際には乗客が感じる価格差の程度で、価格弾力性が出たり出なかったりするに過ぎないと見る方がよさそうです。そして価格弾力性が出ない水準でのインフラ投資による輸送改善では、改善による乗客の選択が混雑を助長する可能性すらあります。例えば東急田園都市線が段階的に輸送改善を重ねた結果、首都圏私鉄の最混雑路線になったというありがたくない結果が生じております。
大都市圏以外の地域では、実質的にクルマ社会となっておりますので、鉄道運賃よりもガソリン価格の方が影響が大きいかもしれませんが、最近明らかに値下がりしております。お盆シーズンの需要の落ち込みがよほど激しかったものと思いますが、結果的に小売在庫が拡大して値下げを余儀なくされたようです。その一方で軽油は下がっておりませんから、価格差が縮まっております。日本では乗用車はガソリン、トラックなど商用車はディーゼルという棲み分けがされてますので、マイカーの利用が手控えられた一方、手控えが効かない商用車向けの軽油は下がらないということでしょう。ここにも価格弾力性の差が見られます。乗客の選択でしか利用を増やせない北神の運賃補助がやめられない理由が透けて見えますね。
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