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Sunday, October 19, 2008

資本主義の聖地を目指す京阪電車

金融危機に揺れる2008年秋ですが、大阪の中之島に鉄道が乗り入れます。厳密には4本もの地下鉄が通過する大阪中之島ですが、軟弱地盤に阻まれて駅の設置はできませんでした。意外な鉄道空白地帯ゆえに今回の京阪中之島線の開業は、大阪にとって大きなニュースといえます。

前の記事で中途半端に取り上げましたが、中之島といえば江戸時代の廻船問屋の集積地であり、主にコメの取引で財を成したのですが、江戸時代のコメは各藩が集めた年貢の一部を幕府に上納、幕府も藩も家臣にコメを禄として配分していたわけで、国家財政を司る貨幣の役割もありました。

武家は禄として受け取ったコメを廻船問屋に売却し、金子を得て家を維持していたわけですが、間抜けなのは、そうして収穫期にはまとまった売り物がでますから買い叩かれ、得た金子で日常食用のコメを買っていたわけで、わざわざ商人に儲けさせていたわけです。儲けの分だけ搾取されていたわけですから、武家は常に火の車、加えて幕府から普請(土木工事)の命令を受けて散財させられていたのですからたまりません。国の公共事業に付合わされて財政を悪化させる地方自治体の如しです^_^;。

言うまでもなく諸藩の謀反を恐れた幕府の統治政策ゆえですが、こうして藩に普請を押し付けていた徳川幕府はさぞかし裕福だったと思いきや、藩からの上納米は役人への報奨で消えて、財政難にあえいでおりました。それゆえ度々コメ相場で財を成した廻船問屋などの商人から借金をしていたわけですが、当然付加価値を生まない近世の統治システムでは返す当てがあろう筈はなく、かくして度々小判の改鋳(通貨切り下げに相当)が行われ、必然的に悪性インフレに悩まされておりました。その結果財政はむしろ悪化して、最後はデフォルト(債務不履行)で切り抜けるということが繰り返されました。いわゆる徳政令です。ま、不定期の法人税と捉えれば、それなりに制度インフラと見なすことも可能ですが。うーん、何か日本の統治機構って、当時とあんまし変わらんなぁ。

これを商人の側から見れば、ある種政治的なデフォルトリスクと見なせます。また当時の農業は基本的に封建的制度下での地縁的労働集約に依存して維持されていたわけですから、働き手の必要な農家は基本的に多産で、過剰人口を抱えていたのですが、当然年貢米を召し上げられている状況で、十分な食糧確保は難しかったわけです。また農業技術も未熟で、風水害などで当てにしていた収穫が不足することも度々あったわけで、そうなれば年貢米の取立てが圧迫され、藩や幕府から借金の申し出も増えるわけで、貸すのはいいけど貸出が増えれば当然デフォルトリスクも高まるわけで、かくして毎年の各地の作付け状況や生育状況、風水害の有無などの情報を頼りに、リスクヘッジの必要性が高いコメ取引の先物市場が形成されます。世界初のデリバティブ取引と言われます。

かように金融先進国だったはずの日本ですが、1940年ごろからのいわゆる戦時体制で伝統をかなぐり捨て、中央官僚による規制と計画経済の体制へ移行、戦後も続きます。特に銀行の護送船団方式方式は改正日銀法が施行される98年まで続いた窓口規制で、民間の商業銀行といえども、日銀の指導に従って融資先を選別すればよい仕組みでしたので、金融機関に求められるリスクテイク能力が失われ、バブル崩壊後の長期にわたる経済停滞を招きました。今回の金融危機でも、直接金融中心で債券での運用が主体の欧米銀で、疑心暗鬼で市場機能が毀損した現状に対する緊急避難策として時価会計の凍結措置がとられたのですが、融資が中心で債券よりも株式保有が多い邦銀の間から歓迎の声が漏れるのが情けないですね。融資や株式は凍結対象ではありませんし、そもそも邦銀の財務は健全ではないのかい。さすが現役閣僚が90年代の日本の不始末を自慢する国だけのことはあります(笑)。

というように工業化以前の近世にまで遡る日本の資本主義ですが、中之島はその中心だったわけです。現在も日銀大阪支店や造幣局を中心に銀行が多数店舗を構える金融街です。当然多数の通勤者がいるはずですが、従来は近隣駅からの徒歩通勤とならざるを得なかったわけです。そこへ直接乗り入れる新線ですから、注目度は高いわけですね。

今年開業の新線の中では、東京メトロ副都心線との対比が適切でしょうか。こちらも従来はJR山手線で結ばれていた東京西側の池袋、新宿、渋谷の3つのターミナルを結ぶ路線という意味で従来とは毛色の違う路線ですが、こちらはどちらかといえば再開発ブームに乗った大江戸線現象のコンテクストで見ることが可能ですが、軟弱地盤で既に金融街が形成され、一方東京の副都心ほど商業エリアとしての意味は薄い中之島は、見方によっては阪神福島などで進む再開発事業との関連性もあるのかもしれませんが、ややニュアンスが異なります。路線立地からいって、開業日の19日は本来の利用者が見込めない日曜日でもありますし、開業後何ヶ月かしてからの平日の状況で判断する必要があります。

同時に京阪にとっては、寝屋川信号所までの複々線が天満橋で途切れていて、複々線の輸送力を活用し切れていなかった状況の打開という意味があり、潜在的な需要は期待できるわけです。従来、京橋でJRへ流出していた利用者を梅田至近の新設4駅に運ぶと考えれば、ターミナル容量拡大による需要掘り起こしは期待できます。その意味で大阪市営地下鉄千日前線と競合する阪神なんば線よりも有望と考えられます。

元々京阪はインターアーバンを目指していたのですが、日本の大都市では市内交通の市営主義が強く、20世紀初頭にアメリカで爆発したインターアーバン(都市間電車)が、都市中心部へ直接乗り入れていたのに対し、京阪でいえば天満橋での市電との連絡で我慢せざるを得なかった歴史があります。戦前にも梅田進出を画策して果たせず、子会社の新京阪鉄道も、国鉄との競合を理由に鉄道省から京阪本体とターミナルの分離が求められて大阪天神橋(*)と京都大宮というやや中途半端なターミナル立地に甘んじていたのですが、これが阪急との戦時統合後、戦後分離時に路線がつながっていないことを理由に阪急に召し上げられてしまうという不幸な歴史を重ねた京阪です。

*= かつての天神橋駅は、駅ビルを要する2面2線のコンパクトなターミナルでしたが、駅ビル正面ファサード部は壁が抜ける構造になっていて、都心方向への延伸の意思が認められます。
というわけで、興味深い新線の開業ですが、今後に注目したいところです。

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Comments

北浜、淀屋橋とも新線の駅と共通扱いになるのを
見れば複々線の変形、京王新線のような扱いでしょうか。
京王は初台、幡ヶ谷を廃しましたが、それが残った
とでもいうのでしょうね。

中間が複々線、末端(一番欲しいところ)が複線では
確かに利用度は半減、でもそこの解消が第一の考え
ではないでしょうか。開発などは後からついてくると
思います。

唯一終点が福島に近いということでJR、阪神の牙城に
京阪がなぐりこみをかける図式ができました。

でもなぁ・・京橋ー福島をJRから京阪に変えるというのは
考え難い、せいぜい京橋で落とした客を梅田方面まで
引っ張ることが可能になったというところでしょうか。

嬉しさも半分ってとこでしょうね。

一方、私は阪神ー近鉄の連絡は買っています。これこそ
JRに一泡だと思うのですが

Posted by: SATO | Thursday, October 23, 2008 at 11:22 PM

なるほど、京王新線に似ているかもしれませんね。中之島線は営業キロ3.0kmに対して京王新線は3.6kmですから、京王新線よりも短い新線開業なんですね^_^;。

そこに新駅が4つということは、かなり駅間が短いわけで、需要の掘り起こしを狙ったものと考えられます。実際にどの程度需要を掘り起こせるかは今後に待つしかありませんが。

阪神なんば線に関しては、近傍を並行する地下鉄千日前線の悲惨ともいえる利用度から、地域自体の基礎需要は期待しないほうが良いと思います。後は直通需要の掘り起こしですが、直通先の一方である奈良市は人口30万人の地方都市に過ぎません。

観光需要の掘り起こしはあるかもしれませんが、それよりタイガースとバッファローズに頑張ってもらって、両チームで日本シリーズを戦う方が需要に火がつきそうです^_^;。

Posted by: 走ルンです | Saturday, October 25, 2008 at 06:03 PM

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