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Saturday, June 27, 2009

相鉄ラプソディ

26日、相模鉄道が始発からスト突入、約2時間後に解除されましたが、なかなかわかりにくいニュースです。本題に入る前に、枕話をひとくさり。

カフカの"変身"という小説がありますが、グレゴール・ザムザがある朝、自分が巨大な毒虫に変身していることに気づくという話です。親しい家族に助けを求めようと行動しますが、言葉を発することができませんから、家族からはただ気味悪がられ、遠ざけられます。終いには不都合な現実のある彼の部屋に近づきたくないから、家政婦を雇って部屋の掃除などをやらせるようにさえなります。そして彼は干からびて死に、件の家政婦によって掃き棄てられます。

先日衆議院で可決された臓器移植法改正案で、大した議論もないままに、脳死を人の死とするA案が可決成立したわけですが、心停止と違って脳死は医師による判定でしかわからないし、脳死でも自発呼吸を司る脳幹のみの損傷(脳幹死)と、大脳を含む脳全体が損傷した全脳死とがあり、改正案では全脳死を以て死亡とすることになっておりますが、判定はあくまでも医師が行うわけです。医師はおそらく移植医療推進のバイアスを持っているので、脳死状態の人がグレゴール・ザムザ、その家族を説得してドナーとして臓器提供を勧める医師が家政婦とすれば、カフカが描いたおぞましい世界は、めちゃくちゃリアリティのある話となります。家族は脳死を判定できず、医師の判定を信じて勧めに従うしかないわけです。

結局一般人である家族と医師との間には、埋め難い情報格差があるわけで、こういうのを経済学では「情報の非対称性」と呼び、市場の失敗を条件付けるものとされます。売り手と買い手の間に情報格差が存在する場合、市場は効率的に機能しないわけで、この観点からすれば、改正臓器移植法は大きな問題を孕んでいるということになります。枕が長くなりましたが、今回は「情報の非対称性」がキーワードです。

相模鉄道のストに関しては、メディアの露出度にバラつきがあり、取り上げ方にも疑問がある中で、東京新聞の記事が比較的バランスが良いようです。

ラッシュ直撃は回避 相鉄スト2時間で解除 来月4、5日の第2波も
要は会社側が鉄道事業子会社の分社をしようとして、そのやり方を巡って労組と対立したものです。正直なところ会社側の意図がよくわかりません。持株会社に事業会社をぶら下げる形態の会社は昨今増えており、鉄道会社でも阪急阪神HDなどの例がありますが、「経営の意思決定の迅速化」と説明される場合が多いですし、今回の相鉄でも、会社側の説明はそうなっております。

そして組合の対応ですが、基本的には分社化そのものに反対しているわけではなく、去年12月のバス分社を巡るストも回避されたわけですし、不動産などの事業分社化も結果的に同意しております。今回の鉄道事業分社化でも、分社化そのものには理解を示す一方、組合との協議を経ずに突然発表され、社員の転籍や株主総会の議案とするなどしたことが、労使協定違反というのが組合側の言い分です。

対して会社側は、組合の主張では組合に経営の意思決定権限があることになるということで却下、結局スト突入に至ったんですが、結局分社化を巡る労使協議を十分行い、スケジュールを十分考慮するという和解案を示して組合が受け入れ、スト解除に至ったわけです。それなら最初からそうしておけば、乗客に無用な混乱をしなくて済むものを。

正直に申しまして、今回のスト騒動、会社側に問題がありそうです。そもそも鉄道事業の分社化ですが、従来鉄道事業を核として進めてきたグループ事業に対して、バス、流通、不動産などはいずれも派生事業だったのに対し、鉄道事業を同列に置くという意味ですから、ある意味組合側の反発は当然です。鉄道会社としてのアイデンティティを棄てるということですから。そしてその結果得られる経営判断の迅速化は、つまるところ鉄道事業からの撤退も迅速に行えるということでもあります。

バス事業の分社化を巡っても、組合との対立から高速バス事業への参入時にタクシー会社の相鉄自動車にバス事業免許を取得させて参入する一方、相鉄バスの分社化に際して事業を移管するなど、組合との協議を避けているようにしか見えないのですが、これが会社側の言うところの「経営判断の迅速化」であれば、組合側が不審に思うのは無理もないところです。そこに見え隠れするのは、経営陣の保身ではないかということです。

正直なところ相模鉄道は今逆風下にあるといえます。主体的に開発してきた横浜西口の商業地としての地盤沈下は著しく、人口減少に転じて沿線開発も滞りがちな中、JRや東急との直通で東京都心へのルートを確保して沿線開発の梃子にしようとしているものの、JRとの直通を決めた後で横浜市からの横槍で、東急との直通も事業化されることになりました。

東横線/目黒線との直通では、車両限界が小さい路線への直通となり、折角11000系投入でJRと同じ2,950mmの最大幅が実現したものの、別規格の専用車を準備しなければなりません。また特にホーム可動柵のある目黒線との直通では、ドア中心間4,820mmの私鉄標準寸法によらなければならず、JR規格の均等割り付けとした11000系とはドア位置がずれます。加えて目黒線では6連ですから、8-10連の相鉄線に6連の目黒線直通電車の乗り入れは、かなり迷惑な話です。また当然西谷―横浜羽沢間だけの建設よりも追加負担も増えるわけです。加えて渋谷の再開発に未来を託す東急とは、横浜西口の商業利用を深化させたい相鉄とはライバル関係ですらあります。とはいえ横浜市の同意なしには事業が進まない相鉄にとっては、呑まざるを得ない話でもあります。

この辺の事情を考えると、相鉄経営陣が鉄道事業経営に意欲を失った可能性を指摘することはできるかもしれませんが、断定は避けておきます。あるいは都心直通構想が実現した後に、鉄道事業の切り売りを考えているかもしれませんね。JR、東急、小田急など、自社の鉄道事業を高く買ってくれそうなところに声をかけるのに、鉄道事業の分社と本体の持株会社化は好都合なわけです。だとすれば会社側は本心は明かしたくないでしょう

これ構図として何かに似てませんか。鳩山前総務相の更迭に発展したかんぽの宿問題とそっくりです。郵政民営化で持株会社の日本郵政に、郵便、窓口、郵貯銀行、かんぽ生命の各事業会社が子会社としてぶら下がっている形ですが、かんぽの宿売却は、かんぽ生命の赤字非中核事業であり、民営化後5年以内の2012年までに売却することが法令で定められております。

年間50億円もの赤字を出すかんぽの宿の早期売却は当然大きな課題ですが、より高値で売却する必要があり、また個別売却であれば採算性の低いものほど後に残って経営を圧迫しますから、一括で高値売却しようとすれば、あの方法しかなかっただろうと思います。そして結果的にオリックス不動産が落札し、西川社長には結果報告されていたはずです。

問題は持株会社方式の場合の、事業会社の経営のモニタリングに関してですが、かんぽの宿売却は、かんぽ生命にいる担当役員の責任で実行されたのに、政府の議決権は100%保有の特殊会社である日本郵政にしか及ばないわけですから、政府としてかんぽの宿売却に疑問を抱いたとしても、直接業務を管掌しない西川社長を攻めるしかないわけで、それが総務相更迭に至るドタバタとなったわけです。実は日本の会社法制では持株会社方式に関するコーポレートガバナンスには不透明な問題があるわけです。持株会社とすることで、社外に対して情報開示が阻害される要因があるわけで、言葉を変えれば経営陣は外野の声を気にせず事業の切り売りや組み換えができるわけで、制度の不備に起因する内外の情報の非対称性が拡大しますから、なるほど「経営判断の迅速化」が図れるわけです。

というわけで、枕話に沿って言えば、救急患者(事業)が脳死(赤字で中核事業といえなくなった)から、家族(株主)の同意を得て臓器移植(事業譲渡)しますという話になるわけです。法人格を備える会社の事業を切り刻むことは、法律上は問題ないですが、労働集約産業である鉄道などの運輸業において、労組との良好な関係は、事業経営にとってかなり重要なファクターです。思えば国鉄分割民営化も、磯崎総裁時代のマル生運動で労使関係が決定的に悪くなったことが起点ですから、今回の騒動が相鉄解体に至ることがないか心配です。

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