サイドバーの"AMAZON鉄道書"で取り上げたFREEに「情報はFREEになりたがる」という一節があります。電子回路の集積度の進化を示すムーアの法則でハード価格が下がり、コピーが劣化しないデジタル技術によって商品/サービスの1単位の追加にかかるコスト(限界費用)はゼロに近づき、経済学では十分に競争的な市場では価格は限界費用に収斂されるわけですから、コンピュータやネット関連でタダのサービスが出てくることが避けられないことを表すフレーズです。それに倣ったタイトルとしてみました^_^;。
「道路は違うだろ」というツッコミが聞こえてきそうですが、消費される時に占有されない(非競合性)ことと、1台の自動車の追加通行で費用発生がない(非排除性)という点で道路も同様の性格を持っています。これ丁度経済学で言う公共財の定義に合致します。この観点から道路はタダで当然ということは導けます。
少し違った議論として、そもそもネットの無料サービスは、ひと頃web2.0と言われたブロードバンド環境下でのネットの進化の過程で多くのものが顕在化してきているのが特徴です。通信インフラの進化によるコストの劇的な低下なくして、例えばトラフィックの負担の大きい動画のネット配信などは有り得なかったことです。同様に日本国内の道路整備が進んだことを指摘しておきます。とはいえビット(情報)の世界と違ってアトム(物質)の世界では、空間の輻輳は避けられず、ネットワーク上に渋滞するボトルネックが不可避となります。ムーアの法則が支配するビットの世界にはない空間占有はアトムの世界では避けられず、ネットワークが充実しても渋滞を引き起こすボトルネックは存在し続けるという点には注意が必要です。つまり渋滞対策は永遠に続くわけです。
とはいえ渋滞対策は道路整備だけではないこともまた注意が必要です。道路整備をしてもボトルネックが別の場所で現れて、さらに対策が必要になるわけですから、投資としての道路整備は、伝統的な投資収益逓減法則を免れないことになります。その中で道路整備を続けることの意味を問わなければならない局面が存在するわけです。
東名高速の盛土崩落の記事で、現在の高速道路が如何に矛盾した存在であるかを述べました。特に95年の永久有料化を引きずった現状の民営化スキームは、道路族の圧力で骨抜きにされ、(独法)高速道路保有・債務返済機構によるリースというのは、喩えればクレジットカードのリボ払いのようなもので、返済額が増えないから、債務の元本が減ったところで元本を増やしても痛みを感じない仕組みです。元本が増えれば利払いが増えますから本当は負担増となるのですが、それが意識されないという恐ろしい状況になるわけです。
そして45兆円あった高速道路債務が35兆円に減った2009年、唐突に行われた国土開発幹線自動車道建設会議が開催され、外環道練馬―世田谷間の新設と対面通行4区間の4車線化を決定したわけです。外環道はともかくとして、4車線化の方は完成しても増収効果はほぼゼロでしょうけど、今の仕組みならばそれでも道路会社は困らないのです。採算性を加味した道路建設の抑制効果は働かないわけです。ゆえに前原国交相は国幹会議の廃止を表明、今国会に法案提出の予定です。
とはいえ高速道路無料化の方は妙な形でトーンダウンしております。新年度予算で6,000億円を予定していた無料化予算は1,000億円に圧縮され、地方を中心に37の路線、区間での実施に留まります。加えて土休日1,000円をはじめとするETC割引の原資として拠出された3兆円のうち、残っている2.5兆円を道路整備に用途変更するということで閣議決定されました。公共工事の箇所付け情報が民主党から地方へ流れたことが問題視されましたが、例の幹事長室に陳情一元化した結果としてブレたように見えてしまいます。
もちろん既に保有機構に支払われていて、形の上では執行済みの予算の使途変更ですし、もっと言えばETCのセットアップ料金を掠めている財団法人道路システム高度化推進機構(ORSE)がETC普及の名目で拠出したいわゆる埋蔵金の類いでしょうから、財政負担は生じないのですが、そんなお金があるのなら、国庫へ返納して国債発行を圧縮することの方が重要ではないか、あるいは夏の参院選対策ではないかとメディアに書きたてられている通り、折角政権交代が起きたのに、以前と変わらないじゃないかという不信感が国民に出始めているのは要注意です。所謂政治と金問題で国会論戦も期待はずれですが、鳩山政権の支持率低迷は、むしろ改革姿勢の変節を国民が気にしているということでしょう。そういった意味で高速道路無料化の後退は見通しづらい気持ち悪さを感じます。
とはいえ6月に実施される無料化で、神奈川県の新湘南バイパスと西湘バイパスが含まれている点には期待します。というのは、今月28日予定のR134湘南大橋の4車線化で、戸塚から小田原まで事実上R1ルートのバイパスが完成しますから、現在少額の通行料が嫌われて大型車の通行が殆どない両バイパスに利用がシフトすれば、住宅が密集して生活道路の要素も強いR1の慢性渋滞が解消されることが期待できます。こういった目に見えた変化が実感されれば、必ずしも国民に理解されていると言い難い高速道路無料化への理解が進むと考えられます。
あと地方路線中心の無料化ですが、関連自治体の意識改革も重要です。高速道路ではありませんが、昨年9月に無料開放された埼玉県の富士見川越有料道路ですが、R254バイパスとして交通量が増え、沿道で開発が始まっております。過疎化が進む地方では、無料化された高速道路はメインストリートになるわけですから、高速道路を起点とした地域開発に意を砕く必要があります。また道路会社にとっても、管理するSA・PAは商業の一等地となるわけですから、料金収受部門のリストラと相まって、道路会社の収益性を高めることにもなります。
あと無料化で渋滞すれば事業が成り立たないとして高速バス大手の西日本鉄道が高速バス事業の縮小、撤退方針を明らかにしてますが、本音は2012年の九州新幹線博多開業で打撃を受けることの予防線でもあるでしょう。一方で上越新幹線を向こうに回して盛業の北陸道高速バスの例もありますから、収益性の高い高速バスで一般路線バスの内部補助をする現在のビジネスモデルが成り立たなくなることの方が問題と考えているのでしょう。これもタクシー無線などの既存インフラを利用したデマンド交通のような試みも一部で始まり、EVのカーシェアリングも将来の過疎地の地域交通政策で位置づけられる可能性があり、バス事業者の役割はひょっとしたら縮小するのかもしれません。
それとJR各社も抵抗しておりますが、少なくとも渋滞が予想されるならば、営業エリアに大都市圏を抱える本州上場3社とJR九州にはむしろ追い風になるのは高速1,000円渋滞でも実証されております。思えば開業以来赤字続きだった東京モノレールが黒字転換したのは、並行する首都高羽田線が渋滞するようになってからでした。ただし北海道、四国、貨物に関しては公的支援は不可避と考えられます。
ここまで来ると地域独占を前提に民間事業者に公共性を担わせる現在の交通政策の前提から見直さなければなりませんが、国交省はフランスに倣って交通基本法制定を考えているようです。ミッテラン政権時代に行われたフランスの画期的な地方分権政策により、交通サービスを地方政府の権限と責任において維持し、事業者に公共性義務を負わせない、と同時に新規参入を促し地域独占を否定するという、現在のEUの交通政策に反映された考え方です。ただし日本でやるには地方との軋轢を覚悟する必要がありますが。
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