成田スカイアクセスの「車輪の下
ヘルマン・ヘッセの「車輪の下」といえば、幼少期より神童、天才と呼ばれた主人公が、周囲の期待に押し潰され転落の道に嵌まり、慣れない酒に溺れて川へ転落死する悲劇のストーリーですが、今の日本の若者の現状にダブります。
誰もニートやフリーターやハケンに成りたくて成ったわけじゃないのに、良い大学出て良い会社に入れば一生安泰という終身雇用幻想に囚われた大人たちの期待に応えられず、若くしてほろ苦い酒の味を覚えてしまう現状の閉塞感は将に「車輪の下」が体現されています。
どこで道を間違えたのかわかりませんが、やはり低利用度の北総台地に緑豊かなニュータウンを夢見た大人たちは、同じ場所がマイカー天国のスプロール現象(無秩序な郊外開発)の温床となった現実をどう見ているのでしょうか。7月17日の成田スカイアクセス開業の文字通り「車輪の下」問題といえる北総線問題を取り上げます。まずはこんなニュースから。
『北総線 運賃高く生活圧迫』 住民ら国を提訴成田スカイアクセスの開業日から丁度1ヶ月後の今月17日、沿線住民が成田スカイアクセスが北総鉄道に支払う線路使用料が安すぎるとして、それを前提としたスカイアクセス線の上限運賃認可をした国を相手に行政訴訟を起こしたもので、運賃を俎上に乗せる訴訟として前例がなく、注目されます。
とはいえ法令上は難易度の高い訴訟になりそうです。そもそも鉄道の運賃認可は、一定の基準を満たせば国は申請を認可しなければならないのであって、今回の訴訟も訴えの利益なしとして門前払いされる可能性もあります。
鉄道運賃は総括原価に基づく上限運賃の認可を受けて、その範囲内で5%程度の軽微な値引きは授業者の裁量で可能となっておりますが、例えば京浜急行電鉄で一部の駅間で値引きが行われたり、山陽電気鉄道では上限運賃を値上げした上で、改定前運賃を適用するなど、主に並行他社線対策として値引きされておりますが、一部に留まります。
総括原価というのは、売上-原価=利益の等式を売上=原価+利益と変形した右辺部分を指します。基本的には全産業平均の利益率に基づく適正利益を輸送原価に加算した総括原価を売上とバランスする水準とするものですが、積算根拠は直近の実績に原価各課目の経年変化の直近向こう3年間の平均値をレートベースで算出した推計値とするものです。年度ごとの減価償却費の推移や設備投資計画を反映させて算出された推計値が売上水準を超え利益を圧迫することを申請書類で示して値上げ申請され認可を受けるという手順となります。
逆に現在のようなデフレ状況では原価が下がることもあり得ますが、認可済みの上限運賃は事業者の権利として確定しておりますので、あえて値下げ申請は行われませんので、基本的にデフレは鉄道事業者には心地よい話になります。例外的に値下げ申請が行われたケースとして、特定都市鉄道整備促進特別措置法(特特法)関連の積立金取り崩しによるものがあり、特に1997年の京王電鉄のケースは全線に及んだという意味で異例です。当初10年限定とされた値下げ申請も10年後の2007年に値上げ申請を見送り、割安な運賃を継続しております。
当然成田スカイアクセスのような新規開業路線の場合は実績値が使えませんから、在来ルートやバスなど競合交通機関からの移転を推計し、申請運賃が適正水準にあることを説明しなければなりません。そして成田スカイアクセス(正式には京成本線(上野―東成田・空港第2ビル間)の高砂から分岐し成田空港に至る成田空港線)固有の問題として、全区間第二種鉄道事業となっていることに特徴があります。つまり輸送原価のほとんどは線路保有事業者への線路使用料支払いとなるわけです。
しかも線路保有事業者が北総鉄道、千葉ニュータウン鉄道、成田空港アクセス、成田高速鉄道の4事業者に跨っており、且つ旧住都公団線だった千葉ニュータウン鉄道は北総鉄道も第二種事業者となるなど、込み入った状況で千葉ニュータウン開発の歴史過程を引きずっております。今回の住民提訴は、そのうち北総鉄道が保有する高砂―小室間の線路使用料として支払われる年間約15億円を安すぎるとするものです。
北総鉄道自身は70年代のオイルショックや90年代のバブル崩壊で沿線開発が頓挫し、34万人とされた千葉ニュータウンの開発計画は縮小され実際は8万人規模となったものの、それでも沿線人口の斬増で2000年以来営業収益100億円レベルの単年度黒字を計上しております。それでも2006年3月で1,145億円の固定負債を抱え、毎年60億円の借入金返済を続け、会社も103億円の債務超過状態で、出資自治体と金融機関の資金支援で延命されている状況です。返済金も半分以上は利払い分ですから、元本返済には尚40年はかかる計算です。
そういう中で成田スカイアクセスのルートに組み込まれ、成長分野と見なせる空港連絡輸送を取り込めれば北総線自体の輸送原価低減による運賃値下げの期待があったのに、安すぎる線路使用料で北総線の高運賃が事実上固定されることに異議を唱えたということになります。この安すぎる線路使用料はスカイアクセス線運行に関わる北総鉄道の減収分の補填ということで、丁度JR貨物のアボイダブルコスト(機会費用)方式に準じた考え方のようです。一応民と民の間の契約事項ですから正当とはいえますが、北総鉄道が京成電鉄51%出資の連結子会社であることを考えると、所謂系列取引による不当廉売と取れないこともないので、裁判になればこの辺が大きな論点になりそうです。成田スカイアクセスの弱気で疑問を呈した新ルートの列車本数の少なさは、結局線路使用料負担を減らしたかったのですね。
| 距離 | 運賃(円) |
|---|---|
| - 3km | 190 (200) |
| - 5km | 290 (300) |
| - 7km | 350 (370) |
| - 9km | 420 (440) |
| - 11km | 480 (500) |
| - 14km | 540 (570) |
| - 17km | 600 (630) |
| - 20km | 650 (680) |
| - 23km | 690 (730) |
| - 26km | 720 (760) |
| - 29km | 750 (790) |
| 29.1km - | 780 (820) |
値下げ後でも首都圏の大手私鉄運賃の2倍以上という高運賃は異常ですが、オイルショックやバブル経済による資材の高騰に加え、開発計画の縮小で運賃収入が伸びなかったことが高運賃につながったものですが、それにしても地方ローカル私鉄並みの高運賃で、定期券の割引率が低く、更に京成線や都営地下鉄線などを介した合算運賃となることもあって、同水準の東葉高速鉄道が東京メトロ東西線の低運賃に助けられているのとは対照的に悪条件が重なっており、企業によっては通勤手当を認めなかったり、また場合によっては通勤手当の非課税限度額を超えて所得税負担が生じたり、北総線内各駅で京成カードでの定期券購入が可能だけど、定期券販売機に「限度額を超える場合がある」の注意書きまであるという笑えない状況です。勢い「北総監獄」とか「財布落としても定期券落とすな」などの自虐ネタの宝庫にもなっております^_^;。
結局よく言われることですが、甘い需要予測で事業着手したこと、また経済情勢の変化で事業費が高騰しても止められなかったことなどの結果が高運賃となり、また高運賃ゆえに沿線開発が進まず、会社が定期代を負担しても奥さんの買い物の電車賃は自己負担なので、首都圏近郊でもマイカー普及率の高いエリアになっており、割引のない定期外客が少ないから減収となる運賃値下げにも踏み込めず、沿線は郊外型大型量販店銀座となる一方、駅前は更地ばかりという状況です。
結局高運賃をどうにかしないと沿線開発にも踏み込めず堂々巡りという状況です。構図は高速道路無料化と似てますが、高運賃が利用忌避を生み沿線開発のきっかけがつかめないわけですから、マイカーから電車利用にシフトできるような運賃水準にしない限り、沿線への人口転入も限られることになります。このあたりは高速道路無料化エントリーのコメント欄で触れた交通基本法が制定されれば。地元自治体の意向を反映した運賃認可などが可能になります。また東京の地下鉄一元化問題で触れた大都市圏共通運賃なども取り組みやすくなると考えられます。
| Permalink | 0
| Comments (4)
| TrackBack (1)












Recent Comments