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Tuesday, December 21, 2010

法と正義の福知山線

JR福知山線事故で山崎社長を起訴したものの、本日やっと神戸地裁で初公判を迎えました。

JR西・前社長が無罪主張 尼崎脱線事故で初公判  :日本経済新聞
鉄道事故で鉄道会社の経営幹部を業務上過失致死で訴追すること自体、異例なことですが、事故の社会的影響を考慮した神戸地検の執念と言えます。

とはいえその論理構成は疑問があります。基本的な論理構成は、1997年のJR東西線開業に伴う直通運転のために600Rを300Rと急カーブ化し、快速電車を増発し危険性が増したにも拘らず、ATS設置などの防護措置を講じなかったとするもので、97年時点での事故の予見可能性が争点となります。

検察はJR西日本が隠蔽しようとしたとされる函館本線のJR貨物による速度超過による脱線転覆事故を例に引き、予見可能だったとするようですが、無理があります。

大都市部での線路付け替えを伴う改良工事では、用地の制約から運転条件が厳しくなること自体はあり得ます。しかも尼崎の事故現場では300Rに対する緩和曲線長不足でカント量不足な分速度制限もタイトになり、結果120km/hから70km/hへ50km/hの速度差の急減速が必要となるわけで、条件は厳しいですから、常識的にはATSで速度制限をかけるのが望ましいわけですが、法令上は設置基準が無かった時代ですから、このこと自体で法令違反を問うことはできません。

とはいえこれだけ条件が厳しければ、現場の乗務員から改善の声が上がるはずです。尼崎での東海道線との乗り継ぎのために遅延が許されない状況で、おそらく日常的にはダイヤ維持のため速度超過が起きていた可能性もあります。

他方JR西日本は労組間の対立を抱えておりまして、経営側も御用組合の優遇の一方、対立組合潰しに奔走する風通しの悪さが以前から指摘され、自殺者まで出す始末でした。加えてJR各社に共通するのですが、民営化初期に人員削減のために新規採用を手控えたため、国鉄から移行したベテランと、経験の浅い若手の間に世代の空白があり、意思疎通しにくい組織風土を抱えていたことも指摘できます。ベテランなら技でクリアできる場面を経験不足の新人は遅れを出して日勤教育のような懲罰的処分を受ける環境で、現場の危険性を上層部へ具申することが難しかったとすれば、それはルート変更当時の鉄道事業本部長だった山崎前社長よりも、風通しの悪い組織風土を変えられず、検察審査会で強制起訴とされた井出、南谷、垣内の歴代3社長の責任と言うべきでしょう。実際山崎前社長は安全輸送をうるさく言うということで、事故当時関連会社へ出向させられていたんですから。

というわけで、法と正義に照らして問題のある裁判です。事故関連の多数のエントリーをお読みいただければわかりますが、私は一貫してJR西日本の責任を指摘しておりますが、それでも山崎前社長の訴追には違和感を覚えます。直言居士でトップの覚え悪く左遷されていたのを事故で当時の垣内社長が引責辞任して敗戦処理を押し付けられた人を叩いても、JR西日本の組織体質は改まりません。

郵便不正事件の証拠改ざんをはじめとした検察の杜撰な捜査で問題になった検察の劣化ですが、失地回復は難しそうです。陸山会事件でも西松不正献金疑惑はシロ、水谷建設元会長の5千万円ヤミ献金の証言は水谷会長自身の公判で「信用できない」と証拠採用されず、残る世田谷区の4億円の土地取得を巡る問題で検察審査会が起訴相当とした件も、2004年と2005年の期ズレ問題に過ぎないことを指摘しております。

政治資金で土地取得が望ましいかどうかは置いといて、土地取得を契約時点で見るか冬季時点で見るかで記載日時が変わることはあり得ます。通常代金決済は契約に連動するわけで、終始報告書上決済時点と土地取得時点のズレは起こりえます。企業会計であれば代金決済時点で売主に資金を一時貸し付けた形となり登記時点で債権が土地という現物資産に振り変わるわけですから矛盾は無いわけですが、政治資金収支報告書ではそこまでの精密さは問われていないわけで、これを違法とする論理構成には無理があります。

あっちもこっちも不透明な日本の法と正義です。

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Comments

こちらのブログを以前から読ませていただいていたからかもしれませんが、JR西日本の山崎前社長の裁判には疑問を感じていました。
当方、2004年春まで関西だったのですが、新快速の遅延が当たり前になっていましたの。ダイヤに余裕がないことは実感していました。私鉄に対抗するためだったのでしょうが、さらにこちらで書かれている通り、それを維持できる技量の運転士を育成してこなかったという経営が、この巨大な事故の、真の原因だろうと思います。

Posted by: あかぐま | Wednesday, December 22, 2010 at 10:16 AM

コメントありがとうございます。

私も新快速のカーブ手前の急減速などを体験したことがあり、タイトなダイヤを実感しております。とはいえそれを技でクリアするというのはやはり異常なんで、本来は現場から改善を要求すべき問題です。

先日も事故現場で速度超過でATSが作動したことを公表しなかったと叩かれておりました。必ずしも公表は義務ではないにしろ、現場目線での改善の積み重ねが安全を作るという意識は希薄なのではないかと危惧します。

Posted by: 走ルンです | Wednesday, December 22, 2010 at 09:50 PM

検察だけでなくマスコミの報道にも疑問を感じますが、その背景には鉄道という専門性があると思います。

本来、事故の原因究明と責任追及は切り離すべきだと思いますが、裁判で旧事故調の報告書を証拠として採用するらしいです。それくらいしかまともな資料がないんでしょうね。

鉄道の専門家はJRに何らかのつながりがあって公平性に問題があるか、素人同然のなんちゃって鉄道アナリストのどちらか。しかし、法曹関係者やマスコミは鉄道の専門知識がない。それが、検察の疑問のある論理構成やマスコミの的外れな報道につながっていると思います。

Posted by: yamanotesen | Friday, December 24, 2010 at 04:24 PM

鉄道の専門性の壁は、信楽高原鉄道事故のときにも問題になりましたが、信楽事故では亀山CTCセンターの方向優先テコの存在が発覚しました。

既にJR西日本の起訴猶予処分が決まった後だったので、結局刑事訴追を免れたのですが、民事訴訟ではJR西日本に対して信楽高原鉄道と共同で賠償責任を負うという判断が出されました。

ここで言う「共同責任」というのは、JRと信楽の双方に責任を認めつつ、その負担割合については言及されないので、結局負担力のあるJR西に負担が片寄せされます。

法人企業への懲罰として民事訴訟で負担力を負わせるというのは一つの手でして、例えばトヨタ現地法人の役員のセクハラ訴訟で高額賠償を認めたアメリカの司法では、被告企業の負担力に応じた高額賠償が正義を実現するという考え方が確立しております。

日本の司法でも信楽の民事訴訟のような判断が出ることもあるわけで、専門性だけがネックというわけではなく、法人企業の法的責任の問い方がそもそも確立していないことが問題なのです。

Posted by: 走ルンです | Friday, December 24, 2010 at 11:15 PM

いつも興味深く拝見しております。

そう。
まさに同じこと・・・「法人への責任の求め方について」を
走ルンですさんの記事を読んで思っていたとこでした。
三菱ふそうの訴訟でも同じ印象を感じました。
検察の問題というより、仕組みや制度の限界、と感じます。

マスコミの酷さについては、そもそも事故当時の報道姿勢が
見るに耐え難い酷さだったので、何を今さら・・・・って感じです。

Posted by: ポポロ | Saturday, December 25, 2010 at 10:04 PM

毎度です^_^v。

そうなんですよね。どちらかといえば検察の問題というよりも、制度の限界ではあるんです。

しかし公判を重ね、国民の意識が醸成されれば、立法府を動かす可能性もあるわけで、やはりこのような社会的影響の大きい事故では、法人企業の責任を問うて欲しいですね。

下手すれば「会社のため」と言い訳できれば無法地帯にすらなりかねませんし。これこそ「巨悪を眠らせない」ことになるんじゃないでしょうか。

Posted by: 走ルンです | Saturday, December 25, 2010 at 10:26 PM

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