東電救済で始まる新たな失われた10年
枝野幸雄官房長官といえば、98年の金融国会で民主党案丸呑みの形で時限立法の金融再生法を成立させ、官僚や既得権擁護派議員の影響を排して気を吐いた政策新人類 の1人でした。銀行の破綻処理を定めた金融再生法は、その後預金保険法の改正で破綻処理法制として恒久化されましたが、未だに金融危機対応の上乗せ保険料が継続し、予定されていた銀行の信用度に応じた保険料の見直しは実現しておりません。
当時は長銀と日債銀という長信銀2行の破綻処理が待ったなしの状況で、新生銀行とあおぞら銀行に継承され、同時期に成立した早期健全化法と併せて都銀長信銀信託銀などの大手銀行こそ集約が進んだものの、地方金融機関などは相変わらず小規模乱立状況で、そもそも預金保険料の格差が銀行間の競争を促すはずの仕組みでしたが、小泉政権の郵政民営化と政権交代後の見直し議論の中で埋没し、折角既得権を遮断して成立した同法の趣旨は骨抜きです。まるで民主党政権の今を暗示するように。
官房長官、銀行に債権放棄促す 東電支援枠組みで :日本経済新聞東電の賠償のための公的管理スキームが民主党内で反対論が強かったことから、それをけん制する意味の発言だったようですが、完全にスベりました。東証で銀行株が売り込まれ、丁度11年3月期決算発表会見でメガバンク首脳は困惑を隠しませんでした。そりゃそうです。破綻処理しないはずの東電の公的管理で債権放棄は完全に制度の趣旨を逸脱します。
この人弁護士のはずですが、法律オンチ丸出しです。破綻処理しない融資先の債権放棄を進んで行う金融機関はあり得ません。そもそも東電のような信用力のある大企業にとって、銀行融資は資金調達の補助手段です。通常は自己資本+社債で資金の大半を調達し、銀行融資は長短のプライムレートなどの優遇金利を利用し、株式配当や社債金利の実質利回りに下駄を履かせる財務レバレッジが狙いで、無借金経営と言われるトヨタでも銀行借り入れは敢えて行います。
銀行は信用力に劣る中小企業や新興企業にリスクプレミアムを上乗せして貸すことで収益のバランスを取る形でリスクテイクします。銀行経営にとって、この融資ポートフォリオこそが利益の源泉であり、目利きが問われる部分です。大手企業向け融資では相対的に利益配分の薄い銀行に対して債権放棄を求めるならば、株主や社債を購入した投資家の責任を問うのは当然のこと、極論すれば株と社債を紙くずにしてからの話です。また債権放棄すれば東電の行内信用格付けも格下げを余儀なくされ、貸し倒れ引当金を積み増す必要があり、銀行の事業計画を狂わせます。枝野さん本当に金融国会の立役者?
一方で新機構を設立して東電の公的管理を行うスキームは、完全に預金保険法のコピーと言える代物で、原発保有の9電力会社に負担金名目で資金を拠出させる保険のような仕組みですが、負担金は原価に繰り入れられますから、「電気料金値上げは許さない」とする政府の説明はウソです。東電だけが負担する機構が立て替える賠償金の返済分となる特別負担金は、資産売却などのリストラで捻出することを念頭に原価繰り入れができない仕組みですが、この部分の説明を全体の説明にすり替える悪意を感じます。重複になりますが、負担金部分は電気料金に反映されます。反映されないのは東電のみが負担する特別負担金部分だけです。
で、結果的に賠償の原資としてリストラが求められ、賃金や役員報酬のカットが発表されてます。また保有資産として他社株式などの金融資産や土地建物などの不動産も売却対象として考えられますが、株式は取引先などとの持ち合い株が中心ですから、需給軟化で値下がりしてもある意味一蓮托生でよいでしょうけど、土地はそもそも発電所、変電所、送電線とその緩衝地帯など電力会社の事業に付随する部分は売るに売れないわけで、資産売却による賠償金捻出には限界があります。
加えて政府の言及する企業年金問題が難問です。JAL再建問題でも取り上げましたが、そもそも労働者の権利とされる企業年金の減額は、未払い賃金とされる企業年金の性格上ハードルが高く、例えば労使協議で合意したNTTの年金減額は厚生労働省が認可せず、裁判で厚労省に軍配が上がりました。年金減額は企業存続に係わるような事態に限られるという判断です。つまり破綻処理されない東電の年金減額は難しいわけです。
JAL問題でも紆余曲折はありましたが、自公政権時代には踏み込めなかった破綻処理にまで踏み込んで、政権交代を実感しましたが、今回はほぼ官僚の言いなりなのに、国民受けを狙って表面的な騙しがある分自公政権時代よりもひどいものです。何のための政権交代であったのか、思い返して欲しいところです。
政府の説明では東電の社債発行残高は5兆円規模で突出しており、破綻させれば日本の社債市場に混乱を招くというのですが、例えば日産自動車が震災後初の社債募集をして完全消化したように、社債は発行企業の信用力に依存するもので、東電の社債がデフォルトしたから他社の発行が難しくなるというのは大嘘です。もちろん社債を引き受けた保険や年金基金などの機関投資家は傷を負いますから、企業年金の利回りショートで負担増となる企業はあり得ますが、投資は自己責任原則が貫徹されるべきであることは言うまでもありません。少なくとも銀行の貸し手責任を問うならば当然問うべきです。この辺のグダグダぶりは自公政権以上かもしれません。
既得権を遮断して成立したはずの金融再生法も、実際の運用でグダグダになって、例えば二次損失を巡る瑕疵担保条項など盗人に追い銭のようなインチキが行われ、野党時代の民主党はそれを追及したわけですし、だからこそ政権交代しなければ折角の立法も骨抜きになると学習したはずです。自公両党は政権復帰を目指すならば妥協しちゃいけません。
あと電気料金問題には更に続きがあります。同様に総括原価方式が採用される鉄道運賃がここ20年ぐらいほとんど上がっておりませんが、国鉄民営化の成果であると共に、鉄道の場合は航空や自動車などとの競争環境の中で、値上げよりも原価の低減に経営の重点を置いてきたことが挙げられます。電力はといえば、戦後発足した9電力による発送電一体の地域独占事業として競争環境から隔離されております。
欧米では発送電分離は当然として、更に電力小売りに特化した配電事業まで参入自由となり、風力などの自然エネルギー利用を謳う新規参入事業者がシェアを伸ばし、結果的に自然エネルギー発電事業者の引き合いが増える形で伸びており、また不安定な自然エネルギーを売りやすくする仕組みとしてスマートグリッドが提案されているのですが、発送電一体の独占事業体である日本の電力会社の事業形態ではこうはなりません。競争があるから技術革新に投資され新技術が育成されるのであって、官が差配する競争回避的な無風状態では、現状維持の慣性が強くなり、結果的に技術革新を阻害します。
半世紀前に航空や自動車の発展でシェアを失う危機感が、東海道新幹線を実現させる原動力となったのであって、当時反対論が根強かったのですが、当時の国鉄幹部の突破力で実現しました。決して政府方針に従って計画されたものではありません。同様のことを電力事業で実現することが必要です。
東電の賠償支援の枠組みは、こういったことに一切踏み込まず、現在の電力の独占企業の業態を維持するものです。政府は賠償金を電気料金に転嫁しないことに問題をすり替えておりますが、停止した原発分の電力を賄う火力発電用の燃料費が嵩みますから、当然これは原価に繰り入れられ値上げ要因となります。加えて廃炉費用や事故処理費用なども当然発生しますが、前者は引当金が積まれているとはいえ、1基1千億円以上と言われる廃炉費用の実績値は不明で、引当金の充当だけで足りるかどうかはわかりません。
あと東電に限らず電力不足問題に付随して、大口需要家の減設問題がのしかかります。減設というのはザックリ言えば契約電力の切り下げで、電気料金が安くなりますので、自家発電の強化などでコスト負担がかかる大口需要家は当然実行するでしょう。結果料金収入が減って原価の固定費部分の比率がアップしますから、総括原価方式の下では値上げ要因となります。これは浜岡原発の停止で一転電力不足が心配される中部電力でも起こり得ます。
それと燃料費自体の値上がりも頭痛い問題です。ただでさえリビア情勢の不透明感から原油価格が上昇圧力にさらされる中、電力会社が火力発電用の燃料調達に動くことで更に値上げ圧力が増すわけですから、原価上昇で値上げ要因となるわけで、政府が何を言おうが電気料金が上がる傾向を押さえ込むことは不可能です。かくして東電を救うために余計なことをして、日本経済を負の連鎖に追い込むことになります。これが当ブログで度々指摘する「電力デフレ」のザックリとしたイメージです。
丁度バブル崩壊で懸念された銀行の不良債権問題の処理を先送りして失われた90年代となったように、電力問題が経済の足を引っ張る構図です。不良債権問題は、さまざまな制度面の支えでゼロ年代初頭にやっと出口が見え、欧米の住宅バブルと新興国の内需拡大に助けられて潤ったものの、リーマンショックで落ち込み、やっと回復が見えてきたところで、原発ショックで電力デフレとなり、結果的に10年代は新たな失われた10年が始まるという憂鬱な話です。
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