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July 2011

Sunday, July 31, 2011

間違いだらけの事故報道

中国温州で列車事故が起きました。例によってメディア報道は滅茶苦茶なんですが、輪をかけて中国政府の発表や、事故車両を解体して埋めるとか、批判されて掘り返すとかの迷走ぶりを見るにつけ、日本の原発事故を髣髴させると感じるのは私だけでしょうか^_^;。

とりあえず現時点での当局の発表では、落雷で保安装置にトラブルが起きたことと、保安装置自体に設計ミスがあって、本来停止信号が現示されるべきところがそうなっていなかったことと、温州駅の当直が不慣れでトラブルの対応ができなかったということですが、これで事故原因がわかるはずもありません。

ただ、日本のメディア報道で幾つかおかしなところがありますので、とりあえず指摘しておきます。まずは高速鉄道事故という表現ですが、事故地点は在来線の改良で高速列車を走らせているところで、貨物列車なども混在する路線です。先日開業した北京―上海間の京滬高速鉄道とは一応別物です。それでも最高速250km/hで営業運転してますから、日本の整備新幹線と同等のスペックではあります。

ただしよく言われる4年ほどで日本の新幹線の4倍強を開業させたというのはやや異なり、京滬線のような純然たる高速専用線もあれば在来線改良区間もありですし、元々在来線自体が4ft8in1/2(1,435mm)の国際標準軌ですから、日本の新幹線とは前提が全く異なり、誤解を招く表現です。もちろん京滬線1,300kmほどを一気に開業させるなど急ピッチで整備されたのは事実ですし、十分なテストを実施しなかった可能性も否定できないところではあります。加えて車両も信号システムもさまざまなものが混在しており、システム全体の最適化はそれほど簡単ではないことも確かですが、それだけで危険と断じる事もできません。

鉄道はそもそも専用の走行路空間を占有し、保安存置で衝突を回避する仕組みが組み込まれており、この点で道路路や水路や航空路などの公共空間を利用する他の交通機関と比べて安全性が高いのが特徴です。またそれ故に安全性を担保しながら高速化することが可能なんで、この点は日本だろうが中国だろうが変わりません。

そして基本は安全に停止させる事で、現在はかなりの部分自動化されてますが、完全に機械任せではなく、人と機械が相互補完的に役割分担するマン―マシン系システムとなっております。またフェイルセーフといって、異常時に安全側へ作用する仕組みにしたり、非常時の扱いを規則やマニュアルで細かく規制することも行われており、機械装置の不具合だけでも、人為ミスだけでも直接事故につながる事はほとんどありません。

一例を挙げれば1991年の信楽高原鉄道の正面衝突事故ですが、極めて多くの因子が係わっております。詳細は省きますが以下に箇条書きします。

1. 信楽高原鉄道はJR直通列車受け入れのため中間に小野谷信号場を設置して2閉そくとし保安方式を票券式から特殊自動閉そく式へ変更
2. 終点信楽駅の場内信号機は停止定位で進入する列車を手前の地上子で検知してから進入を現示する仕様を無届で変更し、駅構内の短小軌道回路でチェックイン、チェックアウトを監視する特殊自動閉そくのシステム上問題を残した(法令違反)
3. 一方JR西日本は、京都から信楽へ向かう直通列車が信楽との接続駅の貴生川駅の構内配線から信楽の上り列車が小野谷信号場を発車できないように抑止する目的で方向優先テコを亀山CTCセンターに設置(法令違反)
4. それ以来信楽駅の上り出発信号機が赤から青へ切り替わらない不具合がたびたび発生し、設置工事を行った電設会社の信栄電業が要員を派遣し調査中だった
5. 事故当日も信楽駅の出発信号が切り替わらず、信栄電業社員による点検が行われ、信楽高原鉄道には列車を出発させないよう要請していた
6. にも拘らず信楽高原鉄道は誤出発検知装置の作動を期待し指導通信式による代用閉そく措置で発車を強行(代用閉そく運行の手続き違反)
7. 誤出発検知装置は働かず小野谷信号場の下り出発信号機は青現示のままでJRからの直通列車は通過(信栄電業社員による点検作業が影響?)
かくして最悪の正面衝突事故が起きたというわけで、これらの因子の1つでも作用しなかったら起きなかった事故ですし、三セク鉄道として経験の浅い信楽高原鉄道がJRからの直通列車受け入れという大事に混乱し、JR西日本も自社の都合で信楽側に通告なしに方向優先テコを設置しあまつさえ事故後撤去とマニュアルの廃棄という証拠隠滅行為に及んだもので、鉄道事故はそもそもそう単純ではないし、装置の不具合や人為ミスなど単一原因で起こるわけではないことはご理解いただけるかと思います。当時メディアは信楽高原鉄道の「安全無視の金儲け主義」を問題視するという頓珍漢な姿勢でした。同様に公判中の福知山線脱線転覆事故でも新型ATSを設置しなかった事が主要な論点となっており、的外れです。

というわけで、当局からは信号システムのプログラムミスがあったとの発表がありましたが、それだけで事故になるわけではなく、人為ミスも重なっているはずです。装置の不具合だけで事故になることはないですし、そもそも不具合は事前にテストで発見されてなければならないのですが、仮に見つけられなかったとして、平常営業はこなせていたわけで、むしろ非常時の取り扱いなど人為的な経験不足の要素が大きいと言えるかと思います。というわけで、現時点での当局の発表では事故の本質的な原因は特定できません。

逆にやや不謹慎な物言いになりますが、めったに起きない鉄道事故の経験はそれだけ貴重で、特に事故車両はさまざまな教訓を残してくれるものでもあるわけで、現場に埋めるというのは愚かとしか言いようがありません。起きてしまった事故を悔やむよりも、事故の教訓を活かし経験値を高める事が重要です。ま、その意味では原発事故も似ておりまして、めったに起きないだけに、不幸にして起きてしまった事故の検証は徹底して行われるべきです。未だに「想定外の津波が原因」と居直る原子力専門家がいますが、地震の時点で外部電源が喪失して非常用電源に切り替えられたところへ津波が襲って結果的に全電源喪失となりましたし、水素爆発も地震で既に配管が損傷していた可能性も指摘されており、中国の列車事故をどうこう言えません。

むしろ今回の事故は中国政府内部の政治対立が影響した可能性は指摘できます。思い出されるのが京滬線開業前に起きた鉄道相の汚職事件関与による更迭です。更迭された鉄道相が太子党と呼ばれる政府高官の子弟グループに属し、江沢民前主席に連なる人物だったのに対し、現指導部が共産党青年団(共青団)出身で、太子党の賄賂など腐敗体質の是正を叫んではいましたが、おそらく両陣営の力関係の変化があったた結果、鉄道相の更迭となったと思われますが、その結果鉄道省内部の組織がゆらぎ、現場に混乱が生じた可能性は否定できないところです。

メディアやネットの反応を見てではあるものの、鉄道省を運輸省傘下の鉄道局へ格下げが検討されるなど、政権中枢は政敵である太子党の粛清に動いている可能性もあり、国営メディアまで政府批判しているということで、これを「中国の春」と勘違いするメディア報道も見られますが、辞めない菅首相を巡る日本の政権の迷走劇とあまり変わらない政局報道に過ぎないと見た方が正確でしょう。あるいは福島の原発事故は東電のせいとする政府の態度に適切な対応ができないメディアの構図とそっくりです。

この手の組織の混乱は、1998年のドイツICEのエシュデ事故のときも見られました。フランスのTGVに遅れて開発されたICEですが、開発競争と直前に行われたドイツ鉄道の民営化による組織の混乱が背景にあります。高速列車用としては疑問のある弾性車輪の採用が問題視されましたが、タイヤ方式による輪軸交換のコストダウンが狙いだったもので、開発競争と民営化の混乱で、結果的に安全が後回しにされたものでした。その意味で今回の温州の事故と似た背景があります。

しかしその後ICEは改良を重ねて動力分散方式で330km/h運転を可能とし、次期ユーロスターの国際入札に勝利するなど、現時点では間違いなく世界のトップランナーの地位を得ているわけですから、事故の教訓は生きているといえます。逆にTGVの改良版のAGVは苦戦を伝えられます。

ちょっと気になる話としては、政府の復興財源確保策として、NTTやJTなどの国の保有株式の売却が取り沙汰されており、その流れで東京メトロ株の売却も言及され、お約束の猪瀬副知事がいたくお怒りといか。現実的には都の保有株式も同時に売却しなければ、都が支配的株主としてメトロを強引に都営地下鉄と統合させる可能性がありますが、現場レベルで都の経営関与を嫌うメトロの現場の混乱は避けられないと考えられます。鉄道を政治のおもちゃにするな(怒)。

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Sunday, July 24, 2011

百年復興で財源手当不要

先日、都内某所で行われた集まりで、興味深い話題が出ました。震災で被災地にボランティアとして入った人の報告などの話の後で、グループに分かれてのワークショップで、サラリーマンとして、会社勤めしながら被災地を支援する方法として、個人で休暇を潰してボランティアで汗をかくのもいいけれど、勤めている会社を動かしてそのリソースを被災地支援などの活動に振り向ける事ができれば、より大きな成果となるのではないかという事が話題になり盛り上がりました。

もちろん営利目的の企業が儲け抜きに動くのは普通は考えにくいんですが、例えば建設会社で保有する重機でがれき撤去などの作業を行えれば、かなりの力になる事は間違いありません。元々国の公共事業が減って動かしていない重機ならば尚更です。実際に行われた例として、被災地の宅配便の営業所で、交通網の寸断で日常業務が消滅した一方、全国から届く救援物資の配給が自治体のマンパワー不足で滞っていたときに、無償で代行したなんてこともありました。そうして被災者の生活再建を手伝う事で、宅配便事業者自身の業務の復興にもつながるわけで、営利の追求は日常を取り戻した後に行えばよいと考えれば、あながち夢物語でもない話です。被災地の生活支援は結果的に将来の企業の営利活動に結びつくと考えれば、ある意味企業の社会的責任(CSR)の本来の意味に近づくことでもあるといえるわけで、CSR=広報という思い込みに支配された日本企業のあり方に風穴を開けられるかもしれないと気づかされました。

復興が進まないということで、連日メディアを賑わしておりますが、がれきの撤去を全額国の負担とした1次補正予算で3,500億円が計上されておりますが、執行が208億円に留まっているということが国会審議で明らかになっているなど、復興の遅れが指摘されてますが、自治体が国に提出する申請書類の作成がネックになっているようです。折角予算措置しても、手続きがネックになるというのは、いかにも硬直的な対応です。民間の柔軟な対応と比べるべくもありません。

とはいえがれき撤去を全額国庫負担とすることに異論はありませんし、国直轄とせずに自治体が地元企業を使って作業を行うことで、被災地や被災者への生活支援とする意図もわかりますので、阪神大震災のときのように迅速に作業が進まないのも仕方ないところではあります。逆に国が差配して大手ゼネコンに丸投げすれば、迅速ながれき処理は進むかもしれませんが、被災地は阪神のときのような大都市部ではないので、がれきを撤去して更地にしたからといって、それで復興が動き出す環境にないなど、制約条件も大きいこともまた考慮する必要があります。更地にすれば放っといても土地利用が進む大都市とは条件が異なり、産業の再構築という重い課題も抱えているのが被災地の現実です。その意味で企業による被災地支援は、地元の細かなニーズを把握するのにも役立ちそうです。

一方で震災復興を口実とする増税議論ばかりが目立ちますが、この大災害も増税の口実にされる現実に眩暈がします。もちろん日本の財政状況が厳しい事は確かですが、それでも1994年までは財政赤字の累積額の対GDP比は8割程度で欧米諸国と同じような状況でした。それが95年以降、年を追って累積額が膨らみGDPの1.8倍の水準にまでなりました。その間何があったかといえば、阪神大震災で復興予算の大盤振る舞いがあったことを指摘しておきます。通常ならばケインズ効果で経済が成長し、税収増でカバーされるところですが、この頃から始まった生産年齢人口の減少、すなわち国全体の総所得の低下によるデフレの進行によって税収は低迷し、赤字が拡大していったのです。ちなみにマクロ経済現象のデフレーションとは別物ですので、念のため。

こんなどうしようもない日本の財政ですが、ここへきて欧米の財政問題も雲行きが怪しくなって着てます。1つはギリシャ問題で揺れるユーロ圏諸国です。ギリシャ問題はEUとIMFの財政支援で対応したものの、条件とされたギリシャの財政緊縮策が逆にギリシャの経済成長を阻害して税収が増えず、逆に利払いが増加することで、2次支援が必要となったのですが、今回は高金利に釣られてギリシャ国債を保有する民間金融機関にも一定の責任を問う形で、いわば部分デフォルトとも言うべきところまで踏み込んだのですが、これで危機が去るとは見られておらず、時間稼ぎ以上ではありません。それでも独仏など支援国側は(怠け者の)ギリシャ国民を助けるのになぜ税金を使うのかという国民感情もあり、22日の緊急首脳会合でギリギリの調整でやっと決まったものです。結局通貨ユーロの信認を守るための政治決着となりました。

この問題ですが、特に経常黒字国であるドイツなどでは、ユーロ安による輸出好調という副産物があり、問題をややこしくしてるところがあります。丁度2003-2004年の大介入による円安誘導で輸出主導で経済成長を実現したリーマンショックまでの日本と同じ構図です。震災の影響もあり日本でもドイツ車は売れまくりました。つまり支援国側にとっては心地よいユーロ危機ということで、政治的に解決困難となっているのです。ギリシャの例はどちらかといえば財政再建しないとギリシャのようになるという文脈で語られる事が多いですが、無理して財政再建すれば経済を痛め税収減と金利上昇でむしろ財政再建が困難になるという側面も見逃せません。

もう1つはアメリカの財政悪化ですが、リーマンショック対策としてオバマ政権が行った財政出動の結果、財政法に定められた赤字上限に近づいており、上限を超えれば一部デフォルトとなって投資家が傷を追うということで史上初めての米国債格下げなどで市場が反応しております。特に野党共和党が多数派の下院での調整が進まず、このまま時間切れの可能性が出てきました。まるで参院の与野党ねじれで特例国債発行法案が人質に取られた菅首相のようです^_^;。という具合に日米欧共に政治が機能しなくなっているのですが、日本にとっては慰めにもなりませんね。

というわけで、世界が日本に追いついてきた感がありますが、5月末にPFI法の改正が行われたのは朗報です。特に毀損した公共インフラの修復は、財政で手当てする必要があり、企業など民間の支援は本来は当てにできないのですが、今回の改正で公共部門の所有のまま運営権を民間に売却できるコンセッションと呼ばれる手法で、運営権を取得した民間企業の責任でリスクを取って投資を行い収益を得て回収するということが可能となり、仙台空港の復興などで用いられることが予想されます。ちなみに橋下大阪府知事が伊丹と関空の一体運用で伊丹空港の廃港を期待したのは制度の趣旨からいえば的外れです。

もう1つの改正点は民間側からの提案が幅広く可能になったことです。従来も民間提案は決して不可能ではなかったんですが、手続きが煩雑でしかもほとんど門前払いされてきた実態があり、今回のように被災地域が広域に亘り状況がそれぞれ異なる中で、民間の知恵が試される機会が広がったのは望ましい話です。あとはこれを実際に活用する事例が出るかどうかですが、冒頭の企業による被災地支援が具体的な事例につながる可能性は指摘できます。つまり冒頭で取り上げた企業による支援活動が実は将来の事業のリサーチプロセスとなる可能性が出てくるわけです。

しかし実際はゼネコン各社は、復興事業を当て込んでセメントや鋼材などの資材の調達は進めるものの、いつまでも彼らがイメージする復興が始まらず焦れているといいます。つまり仕入れ先行でバランスシートを悪化させているんですが、それならば尚の事被災地支援を通じて事業機会を模索する事が必要ではないかと思います。政府を当てにしていても仕事は来ないんですから。

そういう意味でメディアや野党が言うように阪神の時より遅いという言い方は、公共事業漬けの旧い日本から見た見方とも言えるわけで、このあたりは割り引いてみる必要があります。もちろん政府の対応のまずさはいたるところに見られますが、その辺を突いても大きな議論にはならないと感じます。

鉄道の復興も、茨城県のひたちなか海浜鉄道の全線復旧で、私鉄では三陸鉄道と仙台空港鉄道を除いて復旧は進みました。残る2社の復旧はかなり厳しい状況ですが、仙台空港鉄道は空港の復興と連動するとして、三陸鉄道は全く見通しが立ちません。JRでも津波被害を受けた7路線の復旧は白紙の状態ですが、JR東日本は集落の高台移転や国道45号線の復旧など地元の復興計画と連動させるとしております。このあたりは規模の大きいJR東日本だから可能なことでしょうけど、三陸鉄道はそうはいきません。

ただ、三陸鉄道は路盤や高架橋やトンネルなどのインフラ部分を県が保有する上下分離を行っており、これを公共インフラと見なすことができるならば、上記PFI法によるコンセッションの対象とする事はひょっとしたら可能かもしれません。とはいえ元々第三セクターである三陸鉄道自体は対象にはなりませんから、結局三陸鉄道に対する資本増強は必要になります。それを誰が引き受けるのかという重い課題は残るわけです。

バブル時代ならば西武あたりがタニマチ的に係わるなどの可能性はあったでしょうけど、その西武自身が経営再建途上では無理ですし、そもそも人口減少で本業の先行きが不透明な私鉄各社に過疎地のローカル線を救う余力はありますまい。あと残るはJR東日本ですが、自身も被災している状況で果たして引き受けるかどうか。上場企業として引き受けるメリットを株主に説明できる必要がありハードルは高いといえます。

鉄道の復旧では、被災地以外にもJR東海名松線の全面復旧が自治体の治山治水事業と森林整備事業を条件に動き出す事は取り上げました。

災害復旧ではないんですが、廃止されたJR西日本可部線の非電化区間のうち、可部―河戸間の1駅間が電化路線として復活することが発表されました。現在協議が続いていますが、元々広島市安佐北区の行政機関が集中し、住宅団地も造成されて市街化されていたところだけに、廃止以前から電化延長の要望があり、廃止後も復活の住民運動が行われていたものが実った形ですが、JR西日本でも路盤を敢えて残して話し合いの余地を残したわけで、冒頭の企業の役割として、消極的ながら営利に囚われずに路盤を残したことは評価できます。

電化路線としてグレードアップされた形での復活は、国の補助も助けとなりました。こういうニュースを聞くと、確実に時代は変わってきていることを実感します。ネックは踏切の扱いだそうで、新線となるので既存街路に新たに踏切を設置する事が問題になるとか。この辺の処理がJR7線や三陸鉄道の復旧で、線路移転や道路の復旧で話題になっている盛土化などに道を拓く可能性があり、目が離せません。

また広島の事例は、時間をかければ懸案の解決に道を拓く可能性を示唆します。その意味で被災地の性急な復興を煽るメディアの姿勢は大事な問題を見落としていると考えます。

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Monday, July 18, 2011

京滬トッキョキョキャキョキュ^_^;

つうわけで、7月1日に走り出した中国京滬高速鉄道ですが、日本のメディアを賑わせております。1つは開業後の初期トラブルに関してですが、初期故障そのものはつきものなんで、日本の東海道新幹線もそうでしたが、フィードバックを十分行って完成度を高めることが重要です。

もう1つは特許問題ですが、やや政治色の強い取り上げ方がされているのが気にかかります。中国に高速鉄道の技術供与を行うに当たって、川崎重工もJR東日本も特許申請をしていなかったようですが、国鉄時代からの国鉄とメーカーの関係から申請が難しかったなど、日本固有の問題がそこに潜んでいます。

分かりやすく言えば、そもそも日本の新幹線技術の知的財産権の帰属が曖昧だったということです。元々は国鉄単独のプロジェクトだった東海道新幹線は、いわば国鉄とメーカーの共同開発だったわけで、しかも国鉄分割民営化で国鉄が解体されたこともあり、権利関係が確定しないまま放置されていました。民営化後のJR各社も特に権利化はせず、国鉄時代に倣ってメーカーとの共同開発が続いており、JR各社の色はあったものの、欧米のようにメーカーが権利化するには至りませんでした。

とはいえ川崎重工は例えば米ニューヨーク地下鉄車両に関しては、米国内で必要な特許を取得しており、他社から市場を奪われないように対応しておりましたが、新幹線に関しては、開発主体が国鉄だったこともあり、また従来は国内向けにしか出荷されない前提だったこともあり、権利化されないままの中国への売り込みとなったわけです。今回はそこを突かれた形です。

一方、同様に中国に技術供与した独シーメンスは、最初から海外への売り込みを模索していましたし、特に中国への売り込みに当たっては、技術が模倣される事はある程度織り込み済みとして、主要国で特許を取得して対応しており、中国でも権利確定のために特許を取得していて、少なくとも輸出先で中国がライバルにならないように先手を打っているわけです。そのためライバルのボンバルディアとの共同受注のようなことも可能なわけで、新規開業を控えた車両の大量受注も柔軟にこなせるなど、国際ビジネスに慣れたところを見せております。

このあたりはBig3の一角と言われる仏アルストムも、韓国にKTXを売り込んだらライバルになったという風に同じようなミスをしており、お膝元のユーロスターの次期車両でも入札で独シーメンスに敗れるなどしていて、SNCF(仏国鉄)頼みの甘さが垣間見えます。とはいえ隙を突かれた日本にとっては慰めにもなりませんが^_^;。

あと一応中国側の言い分としては、中国が改革開放政策に舵を切って以来、一貫して技術移転を求めてきたわけで、その過程で中国は多額のライセンス料を支払ってきた事もまた確かです。その意味で技術移転に伴う技術の権利化は国策として重要なわけで、一概には責められないところです。むしろ私のような年代の人間から見れば、日本自身も欧米から猿まねと揶揄されてきましたし、実際知的財産権の意識は希薄で、1982年には米IBMの汎用機技術に関して、日立などから派遣された日本人社員がFBIの囮捜査で逮捕されるなどのニュースもありました。その後83年に司法取引で訴追は免れ、IBMとの民事訴訟も和解しましたが、当時やはり日本のメディアはアメリカによる日本たたきの一環として的外れな報道姿勢に終始しましたが、ホント進歩ないなぁ-_-;。

というわけで、日本のメディアの取り上げ方はかなり偏っております。また多くの技術情報が既に公開されている中で、どの程度権利化できるかといえば、かなり狭い範囲になるだろうと考えられますので、脅威を煽るのもいかがなものかと思います。申請時点から1年半後の公開を待つしかないのが現状ですし、公開されれば具体的な対抗策も見えてくる問題です。逆に公開されれば当事者の川崎重工から特許侵害を突きつける可能性もあり、現時点で騒いでも無意味です。

そもそも特許制度はグローバル化の時代にも拘らず国ごとに異なった制度になっており、統一の動きも緩慢です。ゆえにグローバルに活動する企業にとっては、主要国で特急を取得するのは半ば常識ですが、同時に手続きのコストも馬鹿にならず、コスト負担力のある大企業以外は事実上排除されてしまうなど、アイデアを保護するという特許制度の趣旨は活かされておりません。

それどころか特に日本企業にありがちなんですが、海外のライバルの基本特許の権利化の範囲を調べて権利の穴を見つけ、そこを狙い撃ちして特許申請して権利化し、製品化の段階でクロスライセンス契約を結んで特許を事実上無効化するような事も行われております。そのために研究開発費が費やされ、その割りに利益に貢献しないなど、問題点を抱えている状況です。だから研究開発費は決して少なくない日本企業から、高収益をもたらす画期的なアイデアが生まれない悪循環に嵌まっているとも言えるわけです。

ここで指摘したいのは、国ごとに異なる規制やルールが、グローバル化という現実を前に意味を変えているという現実です。良い悪いではなく、そのような現実に直面しているという現実認識の重要性です。永く国内市場に安住し、国内でしか通用しない慣習に慣れきったために、ルールは妄信的に守るものではなく創るものという認識に欠けるところが日本にはあります。

例えば国際会計基準(IFRS)に関して、日本は既に選択適用が可能な状況にあり、2015年にも強制適用が言われておりましたが、ここへ来てアメリカがIFRSに慎重な姿勢を見せると、一転日本の大手企業の中から慎重論が出てきて、政府は方針を見直しました。元々欧州が主体となって進められてきたIFRSに対して、アメリカの会計基準をすり合わせる作業は難航していたんですが、日本とは実務者レベルでかなりすり合わせが進んでいただけに、今回の政府方針は残念なところです。反対する日本企業の言い分としては、アメリカの会計基準で決算をしているのに、IFRSへの対応は困難ということですが、日本よりオープン化の度合いが高いアメリカの会計基準であっても、今やドメスティックな基準の1つに過ぎないのが現実であって、完全にグローバル化を履き違えております。会計基準に関しては、企業の財務状況を世界中の投資家に正しく伝えられるかが最重要の問題です。

またリーマンショックを受けてのバーゼル銀行監督委員会の大手銀行に対する追加の資本増強策が決まりました。いわゆる大き過ぎて潰せない(too big too fail)銀行に、平時に自己資本を摘み増しさせ、金融危機時に取り崩せる備えをさせようという規制で、サーチャージとも呼ばれますが、保有資産のリスク度合いに応じて銀行をランク付けして上乗せ率を決めることになり、邦銀では三菱東京UFJ銀の+1.5%が最大で、リスク資産の度合いが大きい欧米の投資銀行より緩和され、邦銀関係者から「快挙」の声が聞かれますが、銀行規制に関する歴史を紐解けば、決して喜べるものではありません。

1988年、バーゼルの国際決済銀行(BIS)規制、いわゆるバーゼル1が決まり、国際業務を行う銀行の自己資本比率8%以上が、92年実施(日本では93年3月期末)から適用され、バブル期に融資残高を膨張させてきた邦銀に自己資本増強を迫りました。

この規制によって過小資本とされた邦銀が一斉に資本増強に動いた結果、融資残高の収縮が起きていわゆるマネー敗戦となったという見方がされますが、実際は既にバブル崩壊による信用収縮期に入っていただけであり、80年代に貯蓄貸付組合(S&L)の連鎖破綻に直面したアメリカや、日本と同時期にバブル崩壊で銀行危機に直面したスウェーデンなど、金融自由化の現実が国内規制だけでは不十分との共通認識に立つもので、マネー敗戦論が言うように邦銀をターゲットにした規制ではありませんでした。むしろ保有株式の含み益の45%を自己資本に繰り入れるルールを押し込む事に成功し、邦銀の自己資本嵩上げに貢献しましたが、これがバブル後の不良債権処理を遅らせ、後に株安を契機とする金融危機を招く要因となったんですから皮肉です。

続いて2004年に公表され、2006年末から適用されたバーゼル2では、銀行のリスクアセットのリスク評価法が変わり、資産のリスク度合いに応じたリスクプレミアムの掛け目が0%から200%まで5段階に評価されるようになりましたが、ここでも邦銀が大量保有する国債の掛け目を0%とすることが認められ、邦銀に有利なルールとなりました。その結果邦銀の国債保有は促進されたばかりか、リーマンショック後の各国でも同様の動きが起こり、特にユーロ圏では表面上の信用度の高さに対して利回りの良いギリシャなどの南欧諸国の国債が好んで保有され、ギリシャショックをもたらすんですから皮肉です。

同様にオバマ政権下で財政出動を拡大したアメリカも、ゼロ金利やQE2で超金融緩和を続けながら国債消化を進めた結果、ドルの信認が揺らぐ結果となり、消去法で円が買われる状況となっております。例によって野田財務相が「重大な関心」を示しましたが、為替介入は直ぐには行われないと見てよいでしょう。何となれば政府の為替介入は昨年9月にしろ今年3月にしろ輸出企業の決算がらみのタイミングで行われた事を指摘しておきます。輸出で稼いだドルを円に換える機会を失った輸出企業に対する実質的な粉飾決算幇助であるということです。

オマケの話ですが、震災によるサプライチェーン寸断で4月5月と2月連続で日本は貿易赤字となりました。赤字自体は成り行き上の問題ですが、製品輸出が止まって原発事故で原油などの輸入が増えるタイミングと為替の円安誘導が重なったため、日本の国富が必要以上に流出した事は指摘できます。

そしてこれらの危機を踏まえて、大き過ぎて潰せない大手銀行が過剰なリスクテイクをしないよう、自己資本の質を高める規制がバーゼル3ですが、特にバーゼル2では信用リスクを示す格付け会社の格付けの評価ウエートが高かったこともあり、普通株など中核的自己資本(コアtier1)を重視するということで、バーゼル1では認められていた優先株や劣後ローン、株式含み益や税効果資産など実態の乏しい資本を除外した部分で4%以上を求められました。これもなかなかまとまらず難航したんですが、日本の大手メガバンクは辛うじてクリアできる水準でもありました。

そして今回のサーチャージはそのコアtier1の上乗せ分という位置づけですが、ザックリ見てきたように、必要に迫られて行われた国際ルールの協議で、日本は邦銀の都合ばかりを優先して間違ってばかりという状況です。むしろ日本の国際的プレゼンスをグローバル経済に資する形で普遍化する努力が為されないことが問題です。これで本当にグローバル経済を生き抜けるんだろうか。

そして地球温暖化防止問題でも、日本は岐路に立たされております。鳩山前首相が国連演説で表明した2020年のCO2の90年比25%削減の国際公約ですが、原発事故を受けて政府は撤回に動こうとしておりますが、一旦行った国際公約の撤回は困難です。むしろ原発事故の収束が見えない現状に世界は苛立っている中で、原発政策の継続と新興国への売り込みにも言及し、あまつさえ新興国の原発プロジェクトではCO2排出クレジットの取得をさえ主張し顰蹙を買いました。

その菅首相が今は脱原発を公言し、エネルギー政策を見直し再生可能エネルギーにシフトすると言うんですから笑っちゃいます。こう節操なく言う事をコロコロ変えるリーダーが信用されないのは当然のことです。地震の退陣の条件とした再生エネルギー買い取り法案にしても、本来は脱原発が目的ではなく、温暖化防止だったわけで、しかも非効率な太陽光発電を極端に優遇する内容ですから、実効性は乏しいどころか、原発推進を前提としたものと見るべきでしょう。実際閣議決定されたのは3月11日朝ですし-_-;。というわけでCO2削減目標の撤回は無節操なご都合主義といえます。

幸いというか、円高と電力不足を理由に製造業の海外移転の機運が高まっており、労せずして25%削減は実現できるでしょう。電力需要全体の1割にも満たない一般住宅の節電は、需給関係だけを見れば無意味であり、日本は今後大口需要化の減少で電力余剰時代を迎えることになります。わざわざ国際公約を撤回する必要はありません。

加えて税制の見直しが工場の海外移転を加速しそうだという点も指摘しておきます。具体的には今年度の税制改正大綱に盛られた日本企業の海外現地法人からの利益配当の課税免除がそれです。趣旨としては海外拠点で稼いだ富が海外投資に向かう傾向を国内投資に向かわせようという政策意図ですが、これによっていわゆる空洞化は促進されます。

からくりはやや複雑ですが、元々日本企業が海外で稼いだ富は、海外事業所や海外現地法人で所在国の当局への納税が発生するわけですから、そのまま日本の本社へ送金すれば日本でも課税され二重課税となるわけですが、日本の税制ではこの場合税額控除で対応していたので、実質国内との差はなかったわけです。それが海外現法の利益配当の送金分限定ですが、現地で課税されたものについては国内で課税を免除する事になりました。

これの意味するところは、これまで税制面では製造部門を国内に置こうが海外に置こうが、結果的に日本に本社を置く限り企業の税負担は変わらなかったわけで、とかく日本の法人税は高いと言われ、空洞化加速すると言われ、法人税減税の必要性の根拠とされてきました。実態はむしろ新制度の方が積極的に海外現法を利用して国外に出す方が有利になるということになります。国内ルールでも安易に弄るとろくなことにならない典型です。これだけ役に立たない政府だと、脱原発より脱政府と言いたくなってしまいますね。

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Saturday, July 09, 2011

いたみを伴う大阪副首都構想の迷走

九州電力玄海原発の運転再開を巡って迷走してますが、1つは九電のやらせメール事件の発覚、もう1つは唐突な全原発のストレステスト実施の2つです。詳述は避けますが、そもそも原発推進を国是としてきた中で、福島の事故が起きたことから続く迷走劇で、国のエネルギー戦略が揺さぶられているのですが、そもそも戦略と言えるような戦略があったのかどうか疑問です。政府の場当たり的な対応は、ある意味その結果ともいえます。そして情報が小出しにされる中、国民自身もあまり深く考えてこなかったということでもあります。

そんな中で注目したニュースはこちらです。

関空・伊丹運営権で国交政務官「民間売却は困難」 橋下知事は不満 - MSN産経ニュース
ちょっと解説が必要ですが、そもそもは行政刷新会議による事業仕分けで、関西国際空港への国からの多額の補助金拠出が問題視され,それを受けて国交省が成長戦略会議で提案した関空と伊丹の経営統合を軸とする一体運用を提案し、5月17日に国会で法案が成立したことを受けて、国交省市村浩一政務官が橋下大阪府知事を訪問し会談したというニュースです。

事業仕分け自体は、折角問題点を明らかにしながら、その後事業の復活が相次ぎ、例えばこの間演算速度で世界一となったスパコン"京"も、そうして復活したものです。やや脱線しますが、そもそも軍事利用の可能性が皆無である日本で、スパコンで世界一を取る意味はほとんどありません。"京"にしても、民間利用で投資を回収できるメドは立っておらず、遠からず無駄を指摘される可能性が高く、やはり戦略性の欠如が指摘できますが、この話はここまでにしておきます。

そんな事業仕分けで動いた珍しい案件として(笑)関空の経営問題があるのですが、そこで市村政務官が現状での運営権の民間売却(コンセッション)が難しいとの見解を示したのですが、それに橋下知事が不満を顕わにしたというニュースです。伊丹廃港論を唱える橋下知事としては面白くないということですね。とはいえ伊丹廃港論自体も兵庫県や地元経済界などから反対論がある中で、廃港するにしてもコンセンサスを得るのは容易ではないのですが、橋下知事がコンセッションで期待したのは、伊丹の廃港と跡地再開発にあると思われますので、元々同床異夢であったとも言えます。今回それが明らかになっただけと言えばそれまでですが。

とはいえ経営統合の対象ではない神戸空港まで持ち出して検討するというのは、コンセッションの意味付けとしてどうなのかということもあり、この点は橋下知事の言い分にも一理あるんですが、議論の前提が違いすぎて話がかみ合わないわけです。

伊丹と関空の事業統合については、大雑把に言えば伊丹の黒字で関空の赤字を内部補助するスキームと整理する事ができますが、それを可能とするのは、伊丹の利便性と、裏腹な時間制限と便数制限その他の制限の関係によるものです。加えて過去に騒音訴訟で被害者救済のための多額の補償金が地元に配られていることもありますが、現在でも30-50億円規模の対策費が国によって計上されております。これが新会社発足後は新会社の負担となるわけで、伊丹の収支がどうなるかは、必ずしも楽観できないという見方も根強くあります。

加えて2045年にはリニアが大阪まで開業するから、伊丹の高収益は終わるという議論もあり、このあたりは前原氏が国交相時代に言及していたり、橋下知事も伊丹廃港の根拠として述べるなどしておりますが、民間単独事業である中央リニアが果たして大阪に到達できるのかは現時点で未知数です。

という具合に話はまとまりそうにないんですが、一点共通しているのは、関西に副首都機能を持たせようという議論です。これが曲者なんですが、当事者たちは大真面目です。一応首都直下地震でも機能を失わないためのバックアップという位置づけで、過去の首都機能移転とはやや趣を異にしますが、基本的には大規模公共事業の口実と断言できます。

そもそも首都機能移転の議論は、東京の異常な地価上昇を抑えられないことから、東京一極集中を見直すために首都機能の一部を地方に移管しようということで、国会決議までされて候補地も明らかにされながら、バブル崩壊で首都圏の地価が下落したことで沙汰止みになりました。その後90年代半ばに生産年齢人口が減少に転じ、2005年には総人口も減少に転じるいわゆるデフレ現象により、首都機能移転の必要性も霧散しました。ここで言うデフレはマクロ経済現象としてのデフレーションのことではなく、生産年齢人口の減少による国民所得の減少の意味ですので念のため。

それとは別個に、近畿地区選出の国会議員などによる副首都構想というのがありまして、2004年、現民主党副代表の石井一議員(兵庫県選出:衆議院)が伊丹空港を廃港して跡地の国有地を利用して防災都市を建設し、国会、首相官邸、皇居などの分室を設置するというものです。95年の阪神大震災を契機に、同様の直下型地震が首都圏で発生したときの備えの必要性を痛感した石井議員が、廃港跡の国有地に世界の投資ファンドから資金調達して事業化するという構想を明らかにしたものです。

当時は小泉政権時代で、郵政民営化のほか都市再生を掲げて条件付きで容積率や建築基準の規制緩和を行った結果、首都圏では地価下落に伴い値ごろ感が出てきたタイミングとも重なり、再開発ブームが起きた一方、首都圏以外の地域は取り残された感がありました。そうした中で出てきた発想ということが言えます。

とはいえ首都圏の再開発ブームはいろいろ問題含みで進み、例えば耐震偽装事件は建築基準法の改正で強度検査が民間開放に併せて簡素化された結果起きた事件ですし、また国内製造業の製造拠点の統合、閉鎖による用地の供給増もあり、結果的に東京都心に多数の高層マンションが林立し、人口の都心回帰が起きる状況で、首都圏でも都心から離れたエリアや利便性に劣るエリアでは人口減が始まるなどして、例えば沿線人口の減少に歯止めのかからない相模鉄道のJR、東急と結んだ都心直通構想に踏み出すなどにつながります。

また耐震強度審査の厳格化によるビルの新規着工の滞留と相前後して再開発ミニバブルもはじけ、期待された地方都市への波及は結局幻に終わりました。これはリーマンショック以前に起きたことで、とりあえず再開発が一巡し生まれ変わった東京に対して、関西の再開発は燻り続けてきたという流れがこれまででした。

再開発を模索する動きとして京阪中之島線の開業と朝日新聞大阪本社やフェスティバルホールなどの建て替え構想と、梅田北ヤード跡地開発がありますが、前者は完全に失敗と評価できますし、後者も鳴り物入りで開業したJR三越伊勢丹の不調が影を落とします。つまりぶっちゃけ大阪の再開発は頓挫しそうな局面にあるということで、だからこそ中之島線で痛い思いをした京阪は、オフィス賃貸やホテル業で首都圏進出したり、果ては現地の投資ファンドと組んでベトナムへ進出したりして、ある意味大阪を諦める選択をしております。

その一方で東日本大震災で首都機能のバックアップの必要性にリアリティが出てきたとするのが、最近の議論ですが、結局大阪の再開発が進まないことに対する危機感の裏返しとも言えます。結局震災にかこつけたバブル待望論の域を出ません。しかし普段は使い道のないバックアップ施設の建設は、経済効果はほぼゼロ。むしろ維持費分マイナスと見るべきです。というか実際機能していない政府の機能をバックアップしても無駄だと思うが(笑)。

というわけで、この議論の大筋は、リニア開業で伊丹廃港→跡地に防災都市を建設し首都機能バックアップ→関空へ航空需要を集約しハブ機能強化、という流れです。この流れで関空と伊丹の経営統合を評価すれば、伊丹の廃港と再開発までコンセッションの視野に入れているということですが、やはり兵庫県選出の市村政務官は、神戸空港を含む関西3空港の役割分担で関西地区の航空需要を最大化することが、コンセッションの条件という現実的な見解を示したわけで、橋下知事の不満の原因というわけです。とはいえ副首都構想そのものは否定せず、むしろそのためにも航空需要を取り込んで関西地区の浮揚に繋げたいと考えていたわけです。

この辺が副首都構想派の政治家が一枚岩になれない部分ですが、例えば既に民間企業の多くが、関西に本社機能のバックアップ体制を構築していますし、国家機関でも日銀なら大阪支店がありますし、皇室は京都御所その他宮内庁関連の資産は元々関西に多いわけですから、改めて新しいハコモノは不要という考え方もあるわけです。現存する資産の活用策として首都機能のバックアップを行うということであれば、見えてくる景色はかなり違います。

あと重要な指摘としては、直下型地震のリスクは首都圏に限りませんし、内海で津波被害の心配がない東京湾沿岸の方が防災上優位にあるともいえます。大阪は津波が来ればほぼ逃げ場がありません。というわけで、震災を食い物にする議論はホントいい加減にして欲しいと思います。というわけで伊丹を伴う副首都構想でした^_^;。

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Saturday, July 02, 2011

電力使用制限令で狂うビズ

7月1日から予告どおり東電、東北電エリアでの電力制限令が施行され、自動車メーカーなどで休日の振り替えによる土日操業が始まるなど、さまざまな変化が見られますが、遡る1ヶ月前の6月1日に、節電を目的としたスーパークールビズなるものも始まっていて、アロハに半ズボンにサンダルのお父さんたちがビジネス街を闊歩する光景が見られるようになりました。

そんな中、町で見かけた奇妙な女性のファッションに違和感を覚えました。白いシャツに黒のボトムスでショルダーバッグを肩にかけながら、颯爽という感じではなくどことなくくたびれた感が漂っていました。よく見ろと脇に折りたたんだジャケットを抱えていたんですが、実は黒スーツの就活女子だったんです。そう、震災で自粛していた就活がスタートしたタイミングとスーパークールビズのタイミングがシンクロして、妙な風景が街に溢れます。

昔はそもそも女子の就職は結婚までの腰掛けで、寿退社なる用語も蔓延していたぐらいですから、就職活動では慣れないビジネススーツを着こなさなければならない男子ほどにはドレスコードが厳格ではなかったんですが、男女雇用機会均等法の施行以後、女性の社会進出は確実に進み、職場での差別も以前より減っているにも拘らず、むしろドレスコードの縛りが強くなるのですから妙な感じです。一方で若い頃ドレスコードに縛られてきた面接官のお父さん達はアロハで出勤ですから、変われば変わるものです(笑)。

戦前も、大正デモクラシーの機運の中、大正14年(1926年)に納税額の規制撤廃による男子普通選挙法が施行され、昭和3年(1928年)に初の総選挙となる一方、モダンガールと言われる職業婦人の台頭で婦人選挙権への関心も高まっており、女性の社会進出が希望的に共有されていた時代というと意外感がありますが、今とよく似た世相だったのです。当時は和装中心だった婦人ファッションですが、モダンガールの一部から洋装シフトが始まり、急速に普及していきます。近代的百貨店の台頭もこの時期の話です。

その一方で職業婦人の機能的な和装の仕事着として提案されたのがモンペですが、戦時ファッションと見なされたり、野良着のイメージが持たれたりして、戦後ブレークする事はありませんでした。一方で男子にはビジネススーツを着こなすというドレスコードが強制された中で、女子は会社支給のユニフォームを着用する事が定着したこともあり、女性用ビジネススーツはそもそも着用機会が少なく、モダンガール時代のフレームを維持してきたといえます。昨今の黒ずくめの就活スーツ自体は最近の傾向と言うことができます。

そんなドレスコードに狂いが生じている日本ですが、クールビズ自体は先進国に共通するファッションのカジュアル化と共振していて、大阪キタの陣のデパート戦争でも思わぬ結果をもたらしております。結論から言えば集客効果が現れたのはノースゲートビル東の専門店エリアのルクアと、ユニクロなどのカジュアルブランドのテナントを誘致したサウスゲートビルの大丸梅田店で、黒船襲来と言われた三越伊勢丹は、ブランドの壁を取り払った伊勢丹流の自主規格売り場が関西の消費者に理解されなかったようです。百貨店に来る客は高級ブランドを求めているのに、その気配を消してしまったのが誤算という要素もありますが、そもそも売れ筋が高級ブランドからファストファッションなどカジュアル系ブランドにシフトしており、百貨店の売り場の見せ方を変えても、そのトレンドには乗れないわけです。

百貨店の長期低落傾向は東京が先行しております。かつて総合スーパー(GMS)に追い上げられた百貨店が差別化のために多用したのが高級ブランドのショップ展開ですが、逆にそれが全国の百貨店を金太郎飴状態にし、また売り場作りをブランドに丸投げし、売上仕入れ方式で利益率も下がった結果、百貨店の競争力は低下します。その上バブル期以後、ブランド側も原宿や銀座に独自に路面店を展開するようになり、またそこに至らないブランドでも六本木ヒルズや建て替えられた丸ビル等のオフィスビルの低層のアーケード街が受け皿となって、独自に店舗を出すようになるに至り、百貨店の存在意義を揺さぶります。

そして打開策としてタカシマヤは自主仕入れに力を入れ、伊勢丹は更に進めてブランドの壁を取った自主規格売り場へと進みますが、一方でJフロントリテイリングでは、従来百貨店には馴染みのないユニクロやH&Mなどのファストファッションやセレクトショップをテナントに取り入れて、高齢化が進んだ百貨店の客層の若返りを図ったわけです。これは同時にファストファッションやセレクトショップをメインにテナントを集めてきたルミネなどのファッションビルと競合することでもあり、定価販売が前提の百貨店とショップ独自にバーゲンも行うファッションビルとの競争条件は優位とはいえないわけで、結局大阪の百貨店戦争も勝者なしとなる可能性が高いわけです。実際好調なのはオマケの位置づけの専門店ゾーンのルクアですから、大阪キタの陣は東京に続いて大阪の百貨店を衰退に追い込む事になりそうです。ちなみにやはり大増床工事中の阪急梅田店が工事の遅れからグランドオープンは来年秋ですから、三越伊勢丹が仮に持ち直したとしても、競合はますます厳しくなるわけです。

というわけで、だいぶわき道に逸れましたが、本題は節電問題です。節電ということで、クールビズ商戦が好調で、とりあえず低落傾向の百貨店も一息ついてはいるんですが、ファッションのカジュアル化という流れは百貨店を追い込んでもいるわけで、規制のない小売り業界の優勝劣敗は明白です。同様に節電で家電量販店が息を吹き返しましたが、百貨店から家電売り場が消えたのはかなり昔の話で、この分野も百貨店を衰退させた構造変化
とは無縁ではありません。

しかしま、こんな事やってていいのかという疑問は拭えません。元々企業の自家発電設備の合計は6,000万kw/hを超えており、全原発の停止をカバーできるわけで、PPSを活用すれば電力不足は起きないと早い段階から指摘しております。実際3月の計画停電実施時にも、PPS事業者は電力供給の余力を有しておりましたが、東電の計画停電要請で日本卸電力取引所(JPEX)の東電エリアの取引が停止したため、電力を届ける手段を失ったことも既に指摘しております。加えてPPS事業者にも電力使用制限令を根拠に余剰電力の東電への提供が要請された結果、新たにPPSとの契約を希望する需要家との新規契約は停止状態です。結局電力使用制限令は電力自由化阻止が最大の狙いと見るべきでしょう。

とはいえ節電のフレーズはメディアを席巻しており、相変わらず大本営発表ばかりで真実に迫らない報道姿勢で呆れます。テレビで節電を訴えるぐらいなら、午後0時から4時までの放送自粛した方がマシだぞ。国民は早起きして昼間のクーラーも我慢してるんだから、テレビ局も痛みを分かち合うべきです。とはいえ24日には間違いなくテレビ視聴世帯が1割程度減ります。え、何でかって? 地デジ化未対応世帯の視聴がなくなるからです。電力使用制限するなら、地デジ化を前倒しする手もあったよなぁ(笑)。

かく言う私も実は節電はやってまして、前年比2割程度の減ですが、東電に払う電気料金を減らしたいからです。結局罰則を伴わない小口や一般住宅での節電は、むしろ値上げされ、今後も値上げが続く電気料金を減らすためという動機が強いわけで、PPS解禁すれば東電は大きく収入を減らす事は間違いありません。結局東電を保護するための電力使用制限令というわけで、以前指摘したように東電のゾンビ化で日本経済が道連れになります。

尚、電力使用制限令自体は東電、東北電エリアのみですが、関西電力の唐突な節電要請もあり、またジャストインタイムのサプライチェーンで連動しているため、自動車メーカーの振り替え操業は全国規模となり、例えばマツダの土日操業に備えてJR西日本が広島地区で朝の列車2本の4連→8連に編成増強する一方、昼間は京阪神も含めて減車が行われるなどしております。東電の救済は高くつきます。

自動車メーカーのこの対応も疑問を禁じえないんですが、自動車に限らず外国製の機械製品を輸入すれば、生産国の電力を輸入したのと一緒で、自動車業界では既に日産がマーチをタイ生産に切り替えておりますが、この手の議論では必ず空洞化が言われます。

しかし例えばアメリカ国内で500ドルで売られるiPadが中国にある台湾企業の工場で生産されていることは知られておりますが、中国に支払われる代金は180ドルで、残り320ドルはアメリカ国内に落ちる付加価値です。これには流通マージンも含まれますが、ソフト開発も含めてアメリカ国内で雇用を生み出しているわけで、製造部門を国内に留めなければ雇用が失われるというのは正しくありません。むしろiPadでいえば180ドルの部分を死守しようとして320ドルの部分を削るようなマーケティングが平然と行われていることが問題なんです。しかもiPadではアップストアのソフトのダウンロードで生み出される有償ソフトの代金や、無償も含めてソフトから生み出される拡張現実などのリアルな経済活動は320ドルには含まれませんから、間接的な雇用創出効果は更に大きいわけです。その意味で節電要請に対して輪番操業などでピークカットするしか発想のない日本企業の限界も見えてしまったということでもあります。

というわけで暑苦しくもユウウツな夏が続きます。

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