間違いだらけの事故報道
中国温州で列車事故が起きました。例によってメディア報道は滅茶苦茶なんですが、輪をかけて中国政府の発表や、事故車両を解体して埋めるとか、批判されて掘り返すとかの迷走ぶりを見るにつけ、日本の原発事故を髣髴させると感じるのは私だけでしょうか^_^;。
とりあえず現時点での当局の発表では、落雷で保安装置にトラブルが起きたことと、保安装置自体に設計ミスがあって、本来停止信号が現示されるべきところがそうなっていなかったことと、温州駅の当直が不慣れでトラブルの対応ができなかったということですが、これで事故原因がわかるはずもありません。
ただ、日本のメディア報道で幾つかおかしなところがありますので、とりあえず指摘しておきます。まずは高速鉄道事故という表現ですが、事故地点は在来線の改良で高速列車を走らせているところで、貨物列車なども混在する路線です。先日開業した北京―上海間の京滬高速鉄道とは一応別物です。それでも最高速250km/hで営業運転してますから、日本の整備新幹線と同等のスペックではあります。
ただしよく言われる4年ほどで日本の新幹線の4倍強を開業させたというのはやや異なり、京滬線のような純然たる高速専用線もあれば在来線改良区間もありですし、元々在来線自体が4ft8in1/2(1,435mm)の国際標準軌ですから、日本の新幹線とは前提が全く異なり、誤解を招く表現です。もちろん京滬線1,300kmほどを一気に開業させるなど急ピッチで整備されたのは事実ですし、十分なテストを実施しなかった可能性も否定できないところではあります。加えて車両も信号システムもさまざまなものが混在しており、システム全体の最適化はそれほど簡単ではないことも確かですが、それだけで危険と断じる事もできません。
鉄道はそもそも専用の走行路空間を占有し、保安存置で衝突を回避する仕組みが組み込まれており、この点で道路路や水路や航空路などの公共空間を利用する他の交通機関と比べて安全性が高いのが特徴です。またそれ故に安全性を担保しながら高速化することが可能なんで、この点は日本だろうが中国だろうが変わりません。
そして基本は安全に停止させる事で、現在はかなりの部分自動化されてますが、完全に機械任せではなく、人と機械が相互補完的に役割分担するマン―マシン系システムとなっております。またフェイルセーフといって、異常時に安全側へ作用する仕組みにしたり、非常時の扱いを規則やマニュアルで細かく規制することも行われており、機械装置の不具合だけでも、人為ミスだけでも直接事故につながる事はほとんどありません。
一例を挙げれば1991年の信楽高原鉄道の正面衝突事故ですが、極めて多くの因子が係わっております。詳細は省きますが以下に箇条書きします。
1. 信楽高原鉄道はJR直通列車受け入れのため中間に小野谷信号場を設置して2閉そくとし保安方式を票券式から特殊自動閉そく式へ変更
2. 終点信楽駅の場内信号機は停止定位で進入する列車を手前の地上子で検知してから進入を現示する仕様を無届で変更し、駅構内の短小軌道回路でチェックイン、チェックアウトを監視する特殊自動閉そくのシステム上問題を残した(法令違反)
3. 一方JR西日本は、京都から信楽へ向かう直通列車が信楽との接続駅の貴生川駅の構内配線から信楽の上り列車が小野谷信号場を発車できないように抑止する目的で方向優先テコを亀山CTCセンターに設置(法令違反)
4. それ以来信楽駅の上り出発信号機が赤から青へ切り替わらない不具合がたびたび発生し、設置工事を行った電設会社の信栄電業が要員を派遣し調査中だった
5. 事故当日も信楽駅の出発信号が切り替わらず、信栄電業社員による点検が行われ、信楽高原鉄道には列車を出発させないよう要請していた
6. にも拘らず信楽高原鉄道は誤出発検知装置の作動を期待し指導通信式による代用閉そく措置で発車を強行(代用閉そく運行の手続き違反)
7. 誤出発検知装置は働かず小野谷信号場の下り出発信号機は青現示のままでJRからの直通列車は通過(信栄電業社員による点検作業が影響?)かくして最悪の正面衝突事故が起きたというわけで、これらの因子の1つでも作用しなかったら起きなかった事故ですし、三セク鉄道として経験の浅い信楽高原鉄道がJRからの直通列車受け入れという大事に混乱し、JR西日本も自社の都合で信楽側に通告なしに方向優先テコを設置しあまつさえ事故後撤去とマニュアルの廃棄という証拠隠滅行為に及んだもので、鉄道事故はそもそもそう単純ではないし、装置の不具合や人為ミスなど単一原因で起こるわけではないことはご理解いただけるかと思います。当時メディアは信楽高原鉄道の「安全無視の金儲け主義」を問題視するという頓珍漢な姿勢でした。同様に公判中の福知山線脱線転覆事故でも新型ATSを設置しなかった事が主要な論点となっており、的外れです。
というわけで、当局からは信号システムのプログラムミスがあったとの発表がありましたが、それだけで事故になるわけではなく、人為ミスも重なっているはずです。装置の不具合だけで事故になることはないですし、そもそも不具合は事前にテストで発見されてなければならないのですが、仮に見つけられなかったとして、平常営業はこなせていたわけで、むしろ非常時の取り扱いなど人為的な経験不足の要素が大きいと言えるかと思います。というわけで、現時点での当局の発表では事故の本質的な原因は特定できません。
逆にやや不謹慎な物言いになりますが、めったに起きない鉄道事故の経験はそれだけ貴重で、特に事故車両はさまざまな教訓を残してくれるものでもあるわけで、現場に埋めるというのは愚かとしか言いようがありません。起きてしまった事故を悔やむよりも、事故の教訓を活かし経験値を高める事が重要です。ま、その意味では原発事故も似ておりまして、めったに起きないだけに、不幸にして起きてしまった事故の検証は徹底して行われるべきです。未だに「想定外の津波が原因」と居直る原子力専門家がいますが、地震の時点で外部電源が喪失して非常用電源に切り替えられたところへ津波が襲って結果的に全電源喪失となりましたし、水素爆発も地震で既に配管が損傷していた可能性も指摘されており、中国の列車事故をどうこう言えません。
むしろ今回の事故は中国政府内部の政治対立が影響した可能性は指摘できます。思い出されるのが京滬線開業前に起きた鉄道相の汚職事件関与による更迭です。更迭された鉄道相が太子党と呼ばれる政府高官の子弟グループに属し、江沢民前主席に連なる人物だったのに対し、現指導部が共産党青年団(共青団)出身で、太子党の賄賂など腐敗体質の是正を叫んではいましたが、おそらく両陣営の力関係の変化があったた結果、鉄道相の更迭となったと思われますが、その結果鉄道省内部の組織がゆらぎ、現場に混乱が生じた可能性は否定できないところです。
メディアやネットの反応を見てではあるものの、鉄道省を運輸省傘下の鉄道局へ格下げが検討されるなど、政権中枢は政敵である太子党の粛清に動いている可能性もあり、国営メディアまで政府批判しているということで、これを「中国の春」と勘違いするメディア報道も見られますが、辞めない菅首相を巡る日本の政権の迷走劇とあまり変わらない政局報道に過ぎないと見た方が正確でしょう。あるいは福島の原発事故は東電のせいとする政府の態度に適切な対応ができないメディアの構図とそっくりです。
この手の組織の混乱は、1998年のドイツICEのエシュデ事故のときも見られました。フランスのTGVに遅れて開発されたICEですが、開発競争と直前に行われたドイツ鉄道の民営化による組織の混乱が背景にあります。高速列車用としては疑問のある弾性車輪の採用が問題視されましたが、タイヤ方式による輪軸交換のコストダウンが狙いだったもので、開発競争と民営化の混乱で、結果的に安全が後回しにされたものでした。その意味で今回の温州の事故と似た背景があります。
しかしその後ICEは改良を重ねて動力分散方式で330km/h運転を可能とし、次期ユーロスターの国際入札に勝利するなど、現時点では間違いなく世界のトップランナーの地位を得ているわけですから、事故の教訓は生きているといえます。逆にTGVの改良版のAGVは苦戦を伝えられます。
ちょっと気になる話としては、政府の復興財源確保策として、NTTやJTなどの国の保有株式の売却が取り沙汰されており、その流れで東京メトロ株の売却も言及され、お約束の猪瀬副知事がいたくお怒りといか。現実的には都の保有株式も同時に売却しなければ、都が支配的株主としてメトロを強引に都営地下鉄と統合させる可能性がありますが、現場レベルで都の経営関与を嫌うメトロの現場の混乱は避けられないと考えられます。鉄道を政治のおもちゃにするな(怒)。
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Comments
今回の事故はわからないことだらけです。
在来線の改良にせよ高速鉄道に地上信号機があったり、フェールセーフなはずの保安装置でブレーキが作動しなかったり。日本の新幹線では考えられないですよね。
記者の汽車知らずで、このままだと中国のでたらめな説明を追及できずに取り込まれそうな気がします。
Posted by: yamanotesen | Sunday, July 31, 2011 10:32 PM
ま、多分中国政府はこれ以上情報開示するつもりはないでしょう。ガス抜きが終わったと見るや堂々と報道統制するあたり、「中国の春」の期待を口にした言論人に恥かかせました。ま、原発問題で露呈した世論を金で買う国とどっちがマシかは微妙ですが^_^;。
Posted by: 走ルンです | Monday, August 01, 2011 08:57 PM