都営DVにめげずに世界を目指す東京メトロ
東京メトロを巡るニュースがいくつかありました。1つは銀座線1000系のプレス公開です。
銀座線1000系車両 2012年春デビュー|東京メトロ技術の目玉は永久磁石同期電動機(PMSM)と操舵台車ですが、メディア報道ではこの部分は省かれて、レトロルックのハイテク省エネ電車という紹介に留まります。早い話が技術がわかる記者がいないわけで、原発事故報道と同じ構図ですが、深入りは避けましょう。
PMSMの評価は難しいのですが、直流電動機や三相交流誘導電動機(IM)より高性能で高効率と言われ、自動車の世界ではHVやEVは例外なくPMSMを使用している一方、鉄道車両での採用は、JR東日本E331系で直接駆動(DDM)用として用いられた以外は、東京メトロで丸の内線02系更新車と千代田線16000系での採用に留まります。鉄道車両用としては課題を抱えているからですが、初物好きの東京メトロらしいといえばらしいところです。
PMSMは回転子に永久磁石を用いますから、直流電動機で必要な整流子やブラシが不要になり、回転子が磁性体ですから回転子に誘導電流が発生せず、発熱がないので、密閉型が可能になり、塵が侵入しないのでメンテナンスフリーになりますし、ネオジムなどのレアアースを添加した強力なマグネットを用いる事で小型化も可能ですが、回転子の回転で固定子コイルに誘導電流が発生するため、楕行運転でも回生電力が発生し回転子に逆トルクが発生したり、架線電圧との相対関係で制御回路が損傷する可能性もあるため、主回路を遮断したり、車軸単位で異なる負荷条件に対応するために1C1Mの個別制御が必要になるなど、概して制御回路の構成が複雑になり、1C8Mも可能なIM使用のVVVF制御より高価になります。当然レアアース添加の永久磁石も、アルミなど導電体なら何でも良いIMの回転子より高価です。
一方で熱を出さないから密閉型が可能なので、ランニングコストは安くなると考えられますが、IMでも小田急4000系で密閉型が採用されるなど技術革新は進んでおり、他の事業者が追随するかどうかはトータルなコスト比較の評価に左右されます。
営団時代から電磁直通ブレーキで米ウエスチングハウスタイプのSMEEを採用したら、国鉄は自主開発のSEL、私鉄は国産メーカーNABCOのHSCが主流となるし、世界初の電気子チョッパ制御は、公営地下鉄を除けば阪神と国鉄で採用された以外は普及せず、直流複巻モーターの界磁分流制御をチョッパ化した界磁チョッパ制御が主流となり、大阪市交が開発に熱心だったIM式VVVP制御とあえて異なる直流分巻モーターを使用した4象限チョッパ制御を開発したものの追随者は現れず、コスト面から業界標準のIM式VVVFへ合流するなど、ひとりガラパゴスの傾向があるメトロだけに(笑)、今回のPMSM採用が同じ轍を踏まないとも限らないという意味で注目されます。
ちなみに千代田線ではメトロとJR東日本と小田急で、共通車両の構想も話し合われていて、小田急4000系はあえてメーカーを変えて対応しましたし、JR東日本E233系2000番台ではドア位置を私鉄標準寸法に合わせるなど協調姿勢を見せていた中で、16000系を送り出した東京メトロに対して、小田急とJRの担当者は内心「裏切り者!」と叫んだとか否とか(笑)。
1000系のもう1つの技術エポックである操舵台車ですが、やはりメトロらしい凝り性なものです。確かに銀座線は戦前の開業で急カーブも多く、曲線走行をスムーズにする必要はありますが、同時に他社との相互直通が行われていないという意味で、このような技術を試すのに適した路線とは言えます。JR東日本が革新的な無線伝送の保安装置であるATACSを独立性の強い仙台の仙石線で初導入するのとある意味似ていますが、上記プレスリリースで図解されているように、ボルスタ(揺れマクラ)とリンクで結んで連動するというメトロ的凝り性(笑)の産物である点が注目です。
そもそもボルスタ台車は今やメトロの他は阪急で採用されているぐらいの日本ではマイナーとなった技術ですが、現在の主流であるボルスタレス台車はそもそも営団時代に半蔵門線用8000系で採用され、業界に広がったものだったんですが、副都心線用10000系でボルスタ台車に先祖がえりしたものです。その間にJR西日本の福知山線事故があり、一部から危険性を指摘する声もあったボルスタレス台車ですが、福知山線の事故原因が明らかになる中で、ボルスタレス台車原因説はしぼみます。
もちろんボルスタレス台車ではボルスタを省略する代わりにやや複雑なボギー回転装置を組み込むわけですから、吊リンクを用いた大掛かりな古典的ボルスタ台車と違って車体直結空気バネとボルスタアンカーでボルスタを拘束し台車枠上面としゅう動させる現在のボルスタ台車との優劣は単純ではありませんが、業界標準とあえて違う道を歩むひとりガラパゴスな性格はある意味メトロらしいといえます。
この操舵台車ですが、メトロでは曲線走行をスムーズにする目的での採用ですが、南アではケープゲージ(3ft6in=1,067mm)での200km/h走行のための技術として開発されており、台車の前後車輪の左前と右後、右前と左後を固定して曲線に追随する方式ですが、同じゲージを採用する日本のJR在来線などでの高速化技術としてもっと取り組むことを考えて欲しいところです。
鉄道の高速化イコール新幹線整備という固定観念に囚われた日本では、在来線の高速化はあまり議論されません。しかし整備費用が嵩む新幹線整備に偏った対応には問題があります。例えば日立がイギリスへの売込みに成功したClass395ですが、ユーロスターも走る高速新線(STRL)を走り最高速225km/hですが、あくまでも近郊列車で、ドーバー地区とロンドンを結ぶ通勤輸送の一翼を担う存在です。イギリスのSTRLに限らず欧州各国の高速新線は日本の新幹線のような都市間高速列車専用のシングルファンクションではなく、貨物列車や通勤列車も走行可能なマルチファンクションなインフラです。
だからこそ日本に比べると人口密度の低い欧州各地で建設が可能ですし、そもそも昨今の欧州では200km/hクラスのスピードは近郊列車に波及しており、それ以前から160km/hクラスのスピードは当たり前だったわけで、欧州は日本と比べると都市規模の割りに都市圏が広域に及ぶ例が多い事と関係がありそうです。高齢化が進捗し人口減少が進む日本でも、今後地方の活性化を図ろうとすれば、相対的に小規模な都市に拠点性を持たせる必要は高いわけで、シングルファンクションの新幹線を作り続ける事は考え直すべき局面です。日本でも成田スカイアクセスでスカイライナーの160km/h運転が実現したように、160km/hレベルならば条件が整えば可能なんで、特に地方圏の都市近郊輸送の160km/h化を見据えた対応を考える必要はあります。
というわけで、東京メトロを中心に日本のガラパゴスぶりを縷々述べてまいりましたが、それと逆の動きもあります。
海外鉄道コンサルティング会社の設立について(PDF)関連各社からも発表されており、出資比率で明らかなようにJR東日本が主体ですが、話の流れからリンクは東京メトロにしました。
日本(にっぽん)コンサルティング株式会社(JIC)を立ち上げ、世界へ打って出ようというわけです。もちろん高速鉄道も扱われると思いますが、数が多い都市交通分野でのインフラ輸出がボリュームゾーンとなると思います。その意味で東京メトロの参加は意味のあることですし、私鉄から東急と京阪が参加しており、ハードとしての鉄道の売り込みに留まらず、沿線開発などソフト面で日本の経験を生かしたソリューションを提供できる期待があります。人口減少で国内市場が収縮する中、海外に収益機会を求めると共に、海外での新たな経験を国内にフィードバックして、収縮する国内市場でのサービス改善という難題にもチャレンジして欲しいと切に望みます。
最後に東京メトロ株売却問題ですが、安住財務相のこの発言をどう見るか。
東京メトロ株売却額、いくらになるかわからない=財務相 | ビジネスニュース | Reuters暗に東京メトロ株売却の難しさを示唆した内容です。前の記事で指摘したとおりのことが起きているわけです。関連法で株式保有を制限するとしても、衆参ねじれで法案が通らない可能性があり、特に野党自民党の石原幹事長に対して「あんたの親父は困った人だね」といったある種皮肉を込めた物言いに見えます。東京メトロを力で支配したいだけの東京都の対応は、ガラパゴスどころかイースター島のモアイ像のような意味不明の尊大さ以上の意味は見出せません。
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Comments
個人的にはメトロの新しいもの好きはガラパゴスだろうが何だろうが好感が持てます。高収益に支えられてのことですが、どの業界でもそうやって失敗を恐れず挑戦するからこそ、技術革新が進むのだと思います。
メトロがボルスタ台車に回帰するきっかけになったのは、おそらく中目黒の脱線事故だと思います。ボルスタレス台車の安全性に問題があるとは思いませんが、急曲線が連続する路線ではボルスタ台車に分がありますね。
福知山線の事故以降、在来線の高速化には各社とも弱気になった気がします。某鉄道アナリストではありませんが、鉄道サービスが量から質にシフトする中で、費用対効果の許す限りもっと熱心に通勤輸送の時間短縮に取り組むべきだと思います。個人的にはTXが通勤路線の1つの理想形だと思うのですが、国ももっと積極的に支援して欲しいものです。
Posted by: yamanotesen | Sunday, October 09, 2011 01:51 AM
まいどです^_^;。メトロのチャレンジ精神は独特ですね。しかも情勢変化に対しては面子に拘らず変える柔軟性も持ち合わせてます。その意味でガラパゴスは言い過ぎかもしれませんが、モアイ像よりはマシでしょ(笑)。このような得難いDNAを東京都の支配で殺すのはもったいないです。
先覚者ゆえに中目黒事故のような苦い経験もあるわけですが、事故後も変化が緩慢なJR西日本が大きなチャレンジに慎重なのとは対照的ですね。
とはいえ加古川線の電化で神鉄粟生線を危機に追い込むほどのポテンシャルを持っているわけで、ある意味都市近郊輸送の改善がアーバンネットワーク強化で見える化されているとも見ることができます。
Posted by: 走ルンです | Sunday, October 09, 2011 11:13 AM
ご無沙汰です。
ガラパゴスの件はすでに近いことが述べられていますが、ある条件下で開発されたものが、別の条件でも思わぬ形で役に立つということも案外あるものですので、独自性が問題ではなくてそれの活用方法、いわば企画力のおうなものが問題なのだと思います。日本は「ガラパゴス化」というより、日本全体が「下請け」になってしまっている気がします。
在来線でも160km/hが可能だといっても実現しているのは新線ばかりで、新線である以上、新幹線よりは建設費が安いのかもしれませんが、それでもかなりの費用がかかりますし、途中駅をどうするのかという新幹線の並行在来線問題と同じような問題もおきかねません。従来の線形のままの高速化の追求も今は下火ですね。どうしても悲観的になってしまいます。何か良い方法はないものでしょうか。
Posted by: takehope2 | Monday, October 10, 2011 10:49 AM
仰るとおりで、例えばアップルのiPhoneは、目新しい技術は用いないのに、今までにない商品となり、今までにない消費スタイルを提案しています。その一方で日本製電子部品が使われていると下請け自慢している状況は頭痛いところです。
中国高速鉄道事故や上海地下鉄事故で中国を見下すような報道姿勢が見られますが、日本の鉄道事情も世界のモノサシで見ればかなり変です。
近郊鉄道の高速化ですが、仰るようにTXにしろ成田スカイアクセスにしろ、新線区間での高速運転に留まる現状です。いずれも地価の高い首都圏のプロジェクトですし、駅が多いですから、下手すれば新幹線より高くついているかもしれません。その意味で首都圏ではもう無理かもしれません。
その一方で地方ならば道路の集約などで踏切を減らしたりして在来線での高速化の余地はそれなりにあると思います。その過程で利用の少ない小駅の廃止なども考える必要があるでしょうけど、逆に近距離の移動は道路交通に依存して棲み分けることで、地域全体のモビリティの向上を考えるという割り切りも必要でしょう。実際欧州や韓国ではそのような方向で動いてきました。
要は鉄道の利点を活かせるように選択と集中を行い、例えば中核都市から1時間で到達できるエリアを拡大するなどの形の取り組みが必要ではないでしょうか。どのみち過疎化、高齢化で地域が衰退するならば、思い切った取り組みが必要なのではないかと思います。
Posted by: 走ルンです | Monday, October 10, 2011 05:49 PM