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Sunday, December 04, 2011

公営交通民営化大阪の陣

やー、怒涛のような大阪W選挙で維新の会が大阪市長と府知事を独占するという結果となりました。とにかく自民から共産まで、選挙前距離を置いていた既存政党は、選挙結果あを受けて戸惑っているようです。一部には擦り寄るような発言もあり、得票差が示す勢いに恐れをなしているようです。

しかし法改正が必要な大阪都構想は実現可能性はほとんどなく、そもそも戦時体制で東京府と東京市を国の命令で統合し、既成事実として地方自治法をすり抜けた東京都自体が矛盾に満ちた存在です。皇居と国会と官庁街がある千代田区プラスαを特別自治区として国が直轄し、他の22区を通常の市にするという方法もありますし、中京都構想を掲げる河村名古屋市長と大村愛知県知事は、同じ都の文字を用いながら県市連合を目指しますし、新潟県と新潟市が提唱する新潟州は、中核都市が広域行政を兼ねる形の別の提案ですし、横浜市とさいたま市は政令市の独立による都道府県レベルの権限を要求するなど、百家争鳴状態です。もちろん背景には現行の地方自治制度が実態に合わない現実があるわけですが、そもそも政令市の要件緩和で無理な市町村合併で市域が広く過疎地を含む政令市まで現れ、必要とされる行政能力が備わらないなど、今後かなり議論を重ねる必要があります。ということは、日本国ではほぼ実現可能性がないということが含意されます(笑)。

橋下氏が掲げる政策で、大阪副首都構想というのがあり、こちらは与野党の有力議員の一部も賛同しているようですが、その中身はリニア新幹線の大阪延伸と引き換えに伊丹空港を廃港して跡地に高度防災都市を建設するというもので、実現しても2050年以降、つまりほとんど可能性ゼロということです。教育改革もほぼ不可能でしょう。

そういう中で、唯一実現可能性があるかもしれないのがタイトルの公営交通民営化ですが、実は大都市で成功例はなく、実現すれば大阪市が初めてとなりますが、選挙期間中の橋下氏の発言などを見る限り、正直ちゃんと理解しているかどうか疑問が残ります。

大まかな構想では黒字の地下鉄と赤字のバスを持ち株会社で結びつけ、地下鉄の黒字でバスの赤字を内部補助させるという計画で、早速持ち株会社設立が準備されるようです。大都市の公営交通民営化では、石原都知事が1期目の頭で都営交通の民営化をぶち上げ、組合の反対であえなく頓挫。当初営業所単位での民間委譲は、結局不採算路線の運行と抱き合わせということで手を上げる事業者が現れず、それでも都営バスの一部営業所を東京都も出資するはとバスに運行委託するなどでコスト圧縮は進められました。

その一方で特別区各区で、地下鉄の開業に伴う都営バスの路線縮小に対して、地域ニーズを掘り起こす形でコミュニティバス事業が活発となりましたが、その入札は民間事業者に取られ、中には都営バスの基幹路線と競合するケースまで現れる始末で、結局都営バスの改革はうまくいかず、また都営地下鉄に関しては、猪瀬副知事のメトロいじめに終始する始末で、結局こちらも進まないわけです。

もう1つ記憶に留まるのは中田市長時代の横浜市ですが、こちらは外部有識者による検討委員会まで発足させて完全民営化の答申を得たものの、やはり実施段階でいろいろ問題が出て、結局バスも地下鉄も市営のまま現在に至ります。バスに関しては一部路線の民間移管と一部営業所の廃止の一方、余剰車両と乗務員を活用した新路線設定などのチャレンジも行われ、経営改善は図られているものの、仰々しい民営化方針はどこへやらです。

といった具合に大都市の公営交通に関しては民営化の成功例はないわけですが、中小都市では浜松市や岐阜市、荒尾市、三原市などで、地域の有力事業者に移管されて廃止されたケースが多く、いずれも地域に有力な民間事業者があって受け皿となり、結果的に民間事業者にとっても地域独占と運営の効率化で経営改善につながったと見ることができます。地域交通に関しては、地域独占と効率化の両立が鍵となるようです。

となると大都市で公営交通の民営化がうまくいかない理由が見えてきます。つまり元々集積度の高い大都市では、参入希望が多く独占事業が成り立ちにくいという現実です。とはいえ大阪市の市営モンロー主義は度々指摘されてきたところですし、東京でも結局山手線の内側まで路線を延ばした例は京成本線、西武新宿線、京急本線の3例に留まるように、鉄道に関しては大都市ゆえの問題があるわけです。

鉄道に関しては建設費が壁になるのは直感的に理解できると思います。特に多数の地下構造物が存在し、後から作るにはそれを避けたり仮受けしたりしなければならないなど制約も多いですし、特に大阪は軟弱地盤で建設費が嵩むという事情もあり、結果的に民間の参入は限られました。

東京では同じ時期に東急新玉川線と京王新線が整備されました。いずれも全額自己資本で整備された民間の地下鉄もどきですが、新玉川線9.4kmに780億円、京王新線3.6kmに480億円を投じたもので、両社共当時の鉄道資産額を倍増させる経営インパクトとなった大事業です。当然経営は苦しくなり、当時各社で競って進められていた車両冷房化で後れを取り、東急のツリカケ車や京王のグリーン車^_^;を延命させる結果となりました。鉄ちゃん的には嬉しい話ですが(笑)。

対して東京メトロの前身の帝都高速度交通営団(以下営団と記す)や東京都や大阪市などの公営地下鉄は補助金が投入されており、トンネル躯体などのインフラ部分の70%相当という高率な補助率です。線路、電路、信号、車両などの設備や動産は対象外なので、結果的には総事業費の半額相当ぐらいですが、それでも補助なしで塗炭の苦しみを味わった民間事業者とはそもそも前提が異なります。

この辺の事情は大阪も同じで、京阪本線の淀屋橋延伸は重荷だったため、近鉄との合弁事業だった奈良電気鉄道を突然近鉄が株式取得に動き、傘下に収めて最終的には近鉄京都線となるのですが、京阪は奈良電の株式取得に応戦したものの、淀屋橋延伸の負担で資金を集められず全く歯が立ちませんでした。またDC600Vから1500Vへの昇圧も後回しとなり、電気容量の制約から編成が7連までに制約されていた結果、複々線区間の延伸という追加出資も強いられるなど、厳しい経営を迫られました。

その点難波線を自力で建設した近鉄は流石と思われるかもしれませんが、これも大阪万博関連事業の名目で、街路の千日前筋の整備と並行して市営地下鉄5号線と同時施行でコストを圧縮しており、京阪が自前主義に拘って苦しんだ轍を踏まなかった結果です。一方でそれと直通を計画された阪神難波延長線は事業のメドが立たず、京阪中之島新線と共に三セクによる三種事業者を建設主体とする償還型上下分離で実現したものです。ちなみに村上ファンドに狙い撃ちされた阪神を阪急が合併したのは、なんば線開業で近鉄の影響力が増して近鉄神戸線になるのを嫌ったからということも言われます。合併後のシナジー効果の薄さを見ると、あながち外れともい言えないところです^_^;。

というわけで、大阪都心部へ路線を延ばした大手各社は、結局公的支援を得て実現したわけで、それがなければ環状線内は市営地下鉄の金城湯池となっていた可能性があります。ここまで書けば、猪瀬副知事が提唱する地下鉄一元化案は前提を失うことがご理解いただけると思います。大阪市が「JRも京阪も近鉄も阪神も環状線内の路線は大阪市に一元化しろ」と言えば相手にされませんね。

これがバスになると一転参入障壁が低くなるわけで、実際戦前、都営交通の前身の東京市電は、民間の円太郎バスの参入で乗客を奪われ、経営が苦しめられます。加えて震災復興のための起債も膨らみ、市財政が危機的状況となる中、早川徳次がI率いる純民間企業の東京地下鉄道の事業参入を許し、また自前の都市計画で策定した地下鉄計画路線の事業免許の民間売却で東横電鉄系の東京高速鉄道の進出を許し、両社の統合で営団ができた経緯につながります。国も東京市に地下鉄が作れるとは考えなかったのです。いわゆる戦時統合ですが、結果的に東京地下鉄に併合された円太郎バスも都営交通に統合され、逆に戦後、都心進出を窺う民間バス事業者に対して、相互乗り入れの形で対応しながら営業エリアを守り続けたのが現在の都営バスということです。この辺は大阪市も事情は似たり寄ったりで、環状線内の民間バスは基本市営バスとの相互乗り入れ路線として営業エリアを防衛したもので、地下鉄の敵をバスで打つが如し、市営モンロー主義の実態です。とはいえ流石に新規参入事業者までは規制できず、風穴があいています。

といった中での民営化構想ですが、東京や横浜と比べれば、それなりに実現可能性はあるように見えます。何より公営地下鉄で初めて、累積債務を一掃した完全黒字を達成した点は大きいと言えます。ただしこれも戦前に建設された御堂筋線の寄与が大きいわけで、線区別収支は公表されておりませんが、どう見ても千日前線や今里筋線などで苦戦していることは間違いありません。それでも新線建設を打ち止めにすれば、御堂筋線以外の路線も償還が進み、黒字化する可能性はありますが、未だに新線建設構想はくすぶっております。

その際たるものは、四つ橋線の西梅田―十三間の延伸で、いわゆる梅田北ヤードの再開発を睨んで検討が進んでいるようです。とはいえ阪神梅田駅が支障する現在の西梅田駅からの延伸は物理的に不可能で、更に西梅田駅南方はJR東西線北新地駅と一体化されていることもあり、西梅田駅の移転を伴うルート変更も非現実的です。ただし新大阪連絡線(十三・神崎川―新大阪―淡路)の免許を保有していた阪急電鉄が、神崎川―新大阪―淡路間の免許を失効させる一方、十三―新大阪間は保持していて、四つ橋線との相互直通に意欲を見せている状況もあり、傘下に収めた阪神の梅田駅移転のような荒業を仕掛けてくるならば、一気に実現に向かう可能性があります。合併のシナジー効果を図る意味もありますが、阪神がすんなり言う事を聞くとも思えませんので、実現可能性を心配することはないのかもしれません(笑)。

逆に心配なのが、橋下氏が知事時代から注力してきた関西国際空港の活性化問題で、アクセスルートとなるなにわ筋線構想に踏み込む可能性もあります。運営主体が曖昧な現状から、市営地下鉄または後身企業に事業を担わせる政治判断が起きる可能性もあり、そうなると市営地下鉄の400億円程度のささやかな営業利益など簡単に吹っ飛びます。当然地下鉄の利益でバスへ補助する民営化スキームそのものが成り立たなくなるわけです。

こんな心配は杞憂かもしれませんが、ひとつ気になるのが橋下氏の選挙戦中の発言の中に「地下鉄は民営化すれば安くなる」というような趣旨の発言があったと伝えられる点です。鉄道運賃は電力料金などと同様総括原価方式で申請し認可を得る仕組みですが、JR、大手私鉄、大都市地下鉄などの事業者に関しては、類似する事業者ごとにグループ分けされ、その中での平均的な原価積算を参照し、平均を超える(減価の低い)事業者には超過利潤の受け取りを容認する一方、平均未満の(原価の高い)事業者には利益の源泉となる報酬率を制限し、合理化努力を促すヤードスティック規制が課されている点を指摘する必要があります。つまり市営地下鉄の黒字は、こういった規制の中での薄利であり、常識的には値下げ余地は乏しいわけです。ちなみにヤードスティック規制がかからない地方中小私鉄の運賃は上がる一方で、客離れの原因にもなっています。

そもそも大阪市営地下鉄の運賃水準は高めですが、これは軟弱地盤で建設費が嵩んだことの影響によるものです。交通局職員の高賃金をアピールしたかったのかもしれませんが、人件費比率9割のバス事業と違って、地下鉄事業は固定資産の規模が過大で、その資本費負担のウェートが高く、賃金の抑制が運賃を下げる可能性はほぼありません。こういった基本的なことを橋下氏はおそらくご存じないのでしょう。このことが市営交通民営化の躓きの石となる可能性は高いといえます。

というわけで、残念ながら大阪の維新ブームは、成果を生まない一過性のものとなる可能性が高く、09年総選挙で有権者が民主党に託した望みが裏切られた事の二の舞となる気がします。選挙結果に一喜一憂するのではなく、相手を本気で説得する本物の政策論争をしなければ、結局この閉そく感は打開されないと見るべきでしょう。というわけで、現下の欧州危機でどう対策が打たれ、結果的にどう克服されたかは、10年後20年後の日本の直面する現実の道しるべとなるでしょう。イタリアのように政治家の入らない実務家だけの内閣が発足するケースもあり、どうせなら、官僚主導でも責任の所在を明確にする意味はあります。というわけで、欧州をよく観察しておきましょう。

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Comments

> 法改正が必要な大阪都構想は実現可能性はほとんどなく

ってことは無いんじゃないでしょうか?
(都構想の善し悪しはともかく)

Posted by: n_waka | Thursday, December 08, 2011 01:23 PM

国の政治の体たらくを見て、実現可能性があるとお考えですか。だとすればお目出度いです。

都構想の是非はともかく、地方自治制度の矛盾が明らかになってきていて、何らかの制度変更が必要な状況ですが、年金しかり普天間しかり八ッ場ダムしかり、まともな議論は全く進まないまま現状維持される現実が今の日本なんです。残念ながら。

Posted by: 走ルンです | Thursday, December 08, 2011 10:19 PM

いえ、もっと単純なハナシで。
住民投票で過半数をとって、国会に送られた都構想を、「信念をもって」反対出来るような政党や議員はおらんでしょう?

年金の問題も、高齢者の選挙権なくならない限りは抜本的改革なんかできないと思いますし(^_^;)

Posted by: n_waka | Friday, December 09, 2011 09:47 AM

住民投票まで行けばですが、おそらくかなりハードルが高いと思います。そもそも都構想を有権者が本当に理解しているかも疑問ですし。

それ以前に官僚が何かトラップを仕掛ける可能性もあります。ま、むしろ官僚の暗躍を橋下氏がバラす可能性もあり、これはこれで楽しみではありますが、仮に住民投票までこぎつけたとしても、何か法的な瑕疵を言い立てて無効とされる可能性も無きにしも非ずで、しかもメディアまで同調すれば「なかったこと」にされかねません。政治家が結局力を発揮できないとなるのが一番リアルな結末ではないでしょうか。

Posted by: 走ルンです | Friday, December 09, 2011 11:32 PM

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