つれないソブリン2012
正月らしく一年の計を書こうとすると、こんなタイトルしか思いつかない。困ったもんです。それぐらい2012年という新しい年が波乱含みであることは、おそらく多くの方と共有できるのではないかと思います。何と言っても欧州ソブリン危機の帰すうが気になるところです。
とはいえこの「ソブリン危機」という言い方は、金融の側からの見方であることは注意が必要です。起点となったギリシャの財政危機は、経常赤字国であるギリシャの国債が、ユーロ圏にあるために低金利で起債され、欧米中心に多くの金融機関に保有された事が問題の本質です。ギリシャの財政状況が明らかになるにつれ、国債金利上昇(価格下落)が起きて、金融機関の資産が毀損したわけで、つまり本当は金融危機であるということですね。財政赤字の連想で「日本がギリシャになる」という議論は皮相的でバカバカしい限りです。
かように経済や金融に関する発言は往々にしてポジショントークとなるわけで、欧州危機の問題では、EUにしろユーロ圏諸国にしろ、政治的に合意形成に時間がかかる結果、市場では相場が動いて損失が拡大してしまうために、政策対応を急かすニュアンスとなるのですが、目先を取り繕った緊急対応は、結局問題解決にならないのです。例えば08年のリーマンショック時に各国協調して財政出動してショックを緩和したものの、結果的に各国の政府財政を悪化させて、今回の欧州危機への政策対応を制約しているわけです。結局欧州各国は緊縮財政で乗り切るしか途はないわけで、景気を冷やす事が避けられないわけです。
この辺は90年代のバブル崩壊と金融危機で停滞した日本を見れば一目瞭然で、日本1国であれだけ世界は振り回され、例えば97年のアジア危機では、自己資本比率強化を求められた邦銀がアジアから資金を引き揚げたことで起きたものですし、そのとばっちりで韓国はIMFの管理下に置かれ、ロシア国債のデフォルトで、ノーベル経済学賞受賞者を擁するヘッジファンド大手LTCMを破綻させたのですから、それより経済規模の大きなEU諸国の金融危機が世界に与えるインパクトは遥かに大きいわけです。
とはいっても、日本の場合もそうでしたが、痛んでいたのは金融部門だけで、一般の事業会社はむしろリストラの本格化で財務力を強め、バブル期に膨らんだ銀行融資を返済しながら、むしろ内部留保を拡大してきました。実は欧州でもこの辺の事情は変わらず、おしなべて一般の事業会社は資金繰りに余裕があり、銀行の貸し渋りが直ちに経済の足を引っ張る状況にはありません。それどころか、危機に伴うユーロ安で域外輸出が好調な状況であり、丁度日本の2003-2008年の円安で日本の輸出が伸びたのと同じような状況にあります。
これは逆に言えばそれだけ日本企業の輸出競争力にはマイナスではありますが、だからといって為替介入で是正しようというのは無理な話です。逆にゼロ年代の円安局面ではそのメリットを享受してきたのですから、局面が変わったからどうにかしろというのは、企業のエゴでしかありません。変化に対応するのが企業経営のはずです。加えてゼロ年代の円キャリートレードは、主に政策金利の高かったユーロ圏諸国を中心にサムライ債などの形で調達されていましたから、当然その巻き戻しが起きれば円高ユーロ安に振れるわけです。円安は歓迎だが円高は困るというのは通らない理屈です。
それと2011年に行われた為替介入で、8月と10月に単独介入をしましたが、いずれもドル買い介入でした。実際には対ユーロでの円高が問題で、2011年の年初と年末でドル・円で5円、ユーロ・円で10円程度と影響は倍違うはずなのに、ユーロ圏諸国が為替介入を認めないために、とりあえず文句を言わないアメリカのドルを買っているのですが、当然効果はないわけです。実際ドル・円レートは比較的安定しており、当面大きく動く気配もありませんが、ユーロ・円は80円台突入すらあり得ると言われております。結果的に日本政府は過剰なドル買いポジションを取るばかりで効果のないことをしているわけです。
このあたりはTPPの議論でも指摘したところですが、TPPを軸とする関税撤廃の議論がいかに欺瞞に満ちたものかは、改めて指摘しておきます。わずかばかりの工業製品の関税よりも、為替変動の方が遥かに大きな影響がありますし、コメなど日本の高関税品は、国内の規制改革で解消可能な問題であり、わざわざ外圧を利用するような問題ではありません。というか、外圧頼みのあげくに国内改革を後回しにしたギリシャの現状をこそ見るべきです。日本がギリシャから汲み取るべき教訓はむしろそちらです。実際TPP加盟の経済効果の政府試算は10年でGDP2.7兆円アップということで、年率0.05%というほとんど誤差範囲でしかないものです。
あと財政再建、社会保障充実を口実に政府は消費税増税にまっしぐらですが、増税しても壊れた蛇口の如く歳出を減らせない現実を変えられない限り、財政再建は不可能です。それどころか仮にプライマリーバランスを黒字化できても、イタリアのように長期金利が上昇してしまえばどうにもならないのは既に指摘したとおりです。歳出カットがきちんとできない限り、将来の財政破綻のリスクは消えません。
とはいえ実際は日本国債は順調に消化され、10年もの国債金利は1%を割り込む水準で年末を迎えました。4日以降も大きな動きはなさそうです。結局融資先を見つけられない銀行が国債を引き受けている状況です。よく考えると、日本の商業銀行はいつのまにか国債の引受機関になってしまっていたわけで、政権交代で宙ぶらりんになった郵貯・簡保と資産内容に差がなくなりつつあるわけです。同時に政府は銀行に国債引受を期待するし、そのために震災対応を口実に健全行の七十七銀行にまで公的資金を注入し、また金融モラトリアム法の期限を延ばして見かけ上の不良債権を少なく見せたりしているわけですが、こうして政府が民間銀行に関与を強める構図は、実は欧米でも見られます。
アメリカでさえもリーマンショックを口実にゴールドマン・サックスなどの巨大投資銀行に銀行免許を与え、直接FRBから資金供給を受けられるようにした一方、それとセットのはずの金融規制は骨抜きにされ、幹部社員の高額報酬が復活しています。欧州ではECBが物価上昇を理由に金融緩和に慎重ですが、ギリシャなど南欧諸国の国債を保有する銀行への資金供給を通じて金融の安定を図っている一方、フランスやドイツが提唱するトービン税(国際金融取引税)などの抜本策はイギリスなどの反対で実現の見込みなく、むしろ優等生のドイツ国債ですらプライム市場で未消化になるに至っており、日本のように国債引受の政治的プレッシャーを受ける可能性も出てきます。つまり日米欧いずれも、バブルの後始末で政府は金融の安定に関心事が移り、再発防止は忘れ去られようとしています。となれば日本の失われた20年が世界規模で繰り返されるわけです。
そして確実に、日米欧共に金融機関の合従連衡は進み,規模は拡大しているわけです。つまり大き過ぎて潰せない(too big to fail)状態になります。その中で政府の関与が強まっていて、しかも政府は財政運営に苦労している状況ですから、大手金融機関による国債引受は結構普通のことになっていって、政府と金融の奇妙な共生関係で安定するというのが、当面の状況ではないかと思います。つまり国は国民よりも金融機関を向いて統治する状況になり、政治はますます機能しなくなります。いや、日本だけでなく、アメリカも欧州もです。今年アメリカは大統領選イヤーですが、オバマ人気は地に落ちているものの、代わりがいないために消極的にオバマ再選となるシナリオが現実になりそうです。今総選挙してもすんなり自民党に政権が戻りそうにない日本と似た状況といえます。
そんな中で将軍様の突然死で権力が世襲された北朝鮮に注目が集まりますが、平壌市民の見事な泣きっぷりを見る限り、案外安定していると見るべきでしょう(笑)。中国も指導部の世代交代で胡錦濤体制から習金平体制へ政権移行が行われる予定ですし、韓国も大統領選があります。加えてロシアも大統領選ですが、ここへ来てプーチン任期に翳りが見えてきており、確実と見られてきたプーチン勝利は怪しくなってきています。それでも案外ロシアが一番民主国家らしく見えてしまうのは気のせいでしょうか^_^;。
だからといってリーマンショックのような経済ショックが起きる可能性そのものは低いでしょうけど、逆に政府と金融の接近がますます進み、資金の流れの偏りが日常化するため、基本的には不安定な状況が続きます。しかし当局は金融の安定を模索するも財政の制約から、結局金融との手打ちに向かうことになりそうです。政府は財政悪化から国債消化を心配し、金融機関は資金の運用先として国債を購入するという構図が一般化すれば、イノベーションを誘発する民間投資は不活発となるわけで、ショックはなくても経済は停滞感漂う長期停滞局面が続く事になります。
つまり政府は財政のファイナンスに悩む事がなくなり、金融機関にとってはリスクを取っておっかなびっくり投融資するよりも、バーゼル2でリスク評価0と査定される国債に資金を貼り付けておけば、自己資本の健全性を保持しながら楽に資金を運用できるわけですから、この蜜月は厄介です。財政運営を金融機関の思惑が支配することになれば、事実上民主政治の空洞化となります。こう考えるとアメリカの反ウォール街デモの意味が鮮明に見えてきます。
この辺は国によって出現の仕方が違いますが、日本の場合は消費税増税議論に現れています。増税だけで財政が立ち直るわけではないのですが、それでもこのタイミングで増税に道筋をつける意味は、むしろ国債の信用力の維持と見るべきでしょう。つまり国債を大量に抱える銀行の支援なんですね。こんなもん国民は怒りを以て跳ね返すべきです。
あと整備新幹線問題でも、直接財政資金が投入されるわけではなりませんが、少額ながら使える資金があるからと垂れ流す事は慎むべきなんです。北海道新幹線の新規着工問題を例にとれば、24年後の2035年頃の完成を目安に着工として、単年度の金額を小さく見せているのですが、その資金をプールして運用して殖やして14年後に既存区間の改良とセットで10年で整備する形にすれば、完成時期は同じでハイグレードなものができるわけですね。どちらが良いですかというのが整備しても進化せんエントリーで述べたことです。つまりこういうバカバカしいことがノーチェックでどんどん進むようになるわけで、中途半端なハードを作ってしまえば以後何10年にも亘って制約条件となることを考えると、犯罪的ですらあるといえます。
あと整備新幹線が260km/hしか出せない事に関して補足しますと、別にハードとしてスピードアップが不可能というわけでも、制度として制約されているということでもなく、整備新幹線区間に関してJRの受益が貸付料として召し上げられてしまう仕組みの問題です。つまりハードの改良のためのキャッシュフローを生まないわけですから、JR単独ではスピードアップしようがないわけです。その一方で整備新幹線区間の手前の宇都宮―盛岡間でスピードアップが行われるのは、整備区間の開業で根元区間の利用が増えてキャッシュフローを生むからです。つまり民間企業として当たり前の投資効率の最適化の結果そうならざるを得ないということなんです。
ついでに東北新幹線の宇都宮以南と上越新幹線は最高速240km/hですが、ハードとしては260km/hまでは出せるはずのところを、人口密集地の関東平野では騒音規制への対応が必要な事、新潟止まりの上越ではスピードアップの必要性自体が低い事、加えてスピードアップされる東北新幹線からE1系やE4系など足の遅い車両を追い出す転用先となることなどから、追加投資の意味が当面見出せないなどが理由です。その結果、長野新幹線では高崎までが240km/hで、分岐点を越えた整備新幹線区間で260km/hになるという不思議な事が起きるわけです。
というわけで、政府と金融の蜜月の結果、民主政治が空洞化してつれないソブリンとなる2012年という展望となるわけです。
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