ホリデーイールドマネジメント
連休初日の朝からツアーバスに追い込まれるムーンライトながらの過去記事が突然閲覧数が伸びました。言うまでもなく関越道藤岡ジャンクションのツアーバス事故を受けたのもですが、ツアーバスの問題点は既にいろいろ述べております。
特に乗合免許の高速バスとの関係で、コスト構造の違いがあることも既に指摘しておりますが、主に公共交通として乗客の有無に係わらず運行を義務付けられる高速バスと、最小催行人数に満たなければ運休できるツアーバスという視点と、ターミナルフィーの負担問題に絞って説明しました。
その他にも高速バスは公共交通であるが故に、交通バリアフリー法の適用を受けて、車いす乗車などの対応を迫られる一方、ツアーバスに義務はないですし、ターミナルフィー問題も、ツアーバス大手のウィラートラベルが東京と大阪に専用ターミナルを設置するなど、新しい動きもあって、ツアーバス問題も事業者ごとに取り組みの違いがありますし、高速バスを運行する地方事業者が、共同運行の大都市事業者のターミナルフィー負担の高さから逃げ出してツアーバスに衣替えするケースもありで、単純に高速バス=善、ツアーバス=悪という二分法も通用しません。
加えて今回の事故では、事故の損傷の激しさと、当該ツアーバスの乗客名簿をツアー主催の旅行会社が把握していなかったなど、特に中小旅行社と中小バス事業者に特有で且つ現代的な問題も内包しております。その意味で高速バスとツアーバスの垣根が払われる既定路線が決まった中での、中小の最後の稼ぎ時に起きた事故という側面も指摘できます。制度が変わるときにはいろいろな事が起きるものです。
また報道によれば、ツアー主催の旅行社ハーヴェストホールディングスが連休の多客時対応として運行社の針生エクスプレスに手配した臨時便ということで、国交省の夜行バス運行の指針で670km以内はワンマン運行可としていたのに従っていて、2時間ごとに休憩を指導するなど、一応の形式は整えていたのですが、始業時の点呼や運行記録などに抜けがあれば無意味ですし、ドライバーも運転暦10年のベテランとしつつ、運転暦は大型バスではなく大型車のものということで、新規参入の急増でバス運転手の質の低下は否めないところでもあります。
また大手事業者では組合との労使交渉もあって、あまりタイトな運行計画はそもそも組めないという要素もあります。この辺は組合を目の敵にしている大阪市バス問題にも通底しますが、組合に揺さぶられながらも事業を継続してきた事業者の経験値は高く、新規参入の中小事業者が「国の指針を守ってます」と言うのとは覚悟が違うわけですね。ツアーバスの普及で格安運賃で利用可能になったことは歓迎すべきですが、価格に惑わされず利用する交通機関を選ぶ乗客側の自己責任も問われます。
また基本的にワンドラなら危険、ツードラなら安全とも言えません。ツードラの場合交代運転手が仮眠できるから、良好な状態で乗務できるわけですが、ワンドラでも途中での運転手の仮眠時間を兼ねた長い休憩が取れれば良いわけで、実際乗合免許の夜行高速バスの一部路線で時間調整を兼ねて行われてますし、またJRバスドリーム号のように、三ケ日IC至近の操車場と仮眠施設を用意して途中交代で対応するケースもあります。JRドリーム号の場合は昼行便と組み合わせた乗務員運用で全体の生産性を調整しているわけです。
というわけで、ここまでが前フリですが、ツアーバス問題で見落とされがちな論点として、高速乗合バスの硬直的な制度や事業者の保守的スタンスの問題があります。高速乗合バスと言えども道路運送事業法の乗合バスの一種で、制度上特段の違いがないわけですが、どちらかといえば地域交通に特化され、運賃一つも公共料金と見なされて柔軟な値引きなどが難しいわけです。加えて上述のように交通バリアフリー法への対応は、座席数を減らさざるを得ない現実もあります。昨今の夜行高速バスでプレミアムシートが流行っているのは、座席減のカバーとバリアフリー対応の両睨みと見れば納得しやすいでしょう。
既存事業者の保守性は、例えばターミナル問題などがありますが、以前指摘した富士交通(現さくら交通)の失敗でJR福島駅前への乗り入れ拒否に遭うなどしてます。もちろんターミナルフィーの負担問題と表裏一体ですが、公共スペースであるはずの駅前広場への乗り入れが制限されるというのはやや違う話です。もちろん物理的な空間競合の問題はあるわけで、解決のために必要なコスト負担がルール化されていないなどの問題もあるわけで一筋縄ではいきません。
この辺はスカイマークなどの新規参入を迎え撃ったJALやANAの対応と同様ですが、航空分野ではLCCのビジネスモデルが認知されて、ピーチが本拠とする関空ではとりあえず1年をめどに着陸料免除を行い、またその間にLCC専用の格安料金のターミナルを建設して対応するなどしています。LCCの場合、ボーディングブリッジや牽引車など利用料の高い地上設備を使わない前提で、前進で退出できる駐機場に平屋のターミナルを配し、シャトルバスで近づいてタラップで搭乗とすることでターミナルフィーを削減する方向性を打ち出しており、成田でも同様の対応を進めています。ま、事業費削減を要請された茨城空港では既に実現していることではありますが。
それと航空分野では既に運賃の弾力化が進み、LCC以外でも早割は既に当たり前ですが、このキモは黙って正規運賃を出してくれる当日搭乗のビジネス客などの上客向け座席枠を残して、残りの座席を効率的に埋める手法が一般化したものです。これをイールドマネジメントと呼びます。
固定的な運賃で集客する限り、航空のように提供座席数を簡単に増減できない場合は搭乗率6割を超えると、希望する便の予約を断るケースが増えると言われます。つまり4割の空席を残した形にしないと、機会損失が発生するわけで、それをs前提にペイできる運賃水準が設定されていたわけですが、この4割の座席を最初から安く売ってしまえば、それだけ運賃収入を増やすことができますから、大元の正規運賃もその分下げられるわけです。結果的にLCCでは搭乗率8割にも達し、その分運賃を下げられるわけです。またweb予約を活用することで、この手のマネジメントが容易に可能になってきたと言う背景もあります。
鉄道ではJRの認可運賃は一律に近い形態で、届出制の特急、指定、グリーン、ライナーなどの目的別の料金プランを並存させることで、ある程度の弾力化を実現していますが、航空のイールドマネジメントには及びません。というよりむしろ、大量輸送を旨とする鉄道では、きめ細かい料金設定はむしろバックオフィス業務を増やすことになりますので難しいところがあります。加えて整備新幹線の場合はリース料の根拠となる受益の原資が特急料金分がメインですので、今後LCCなど航空からのアタックを受けても、簡単に対抗して値引きできません。
既存新幹線でも新幹線買い取り価格に上乗せされた長期債務の償還が終わるまでは同様ですから、値下げできないライバルを尻目に正規運賃で簡単に集客できる羽田―伊丹線が航空会社のドル箱になるわけです。しかもJR東海は長期債務の償還が終わったらリニアを作ると言っているわけですが、リニアが大阪まで到達する2045年まで航空各社が眠りこけていてくれる保証はありません。長期債務の軽減分は割引に回さざるを得なくなると考えられます。
やや脱線しましたが、バスの場合は地域の路線バスの認可運賃をベースに、高速走行によってもたらされる生産性向上分が超過利潤となるわけで、それを見越して高速路線では一般路線の賃率より割安な運賃が設定できるわけですが、一旦認可を受けた運賃は公共料金と見なされ、航空運賃のように柔軟な設定はできない縛りがあります。
実はツアーバスの台頭は、旅行会社の主催旅行として設定されているからこそ可能な、運賃の弾力化に秘密があります。ツアー募集段階から複数の割引プランを用意して、効率よく座席を埋めていければ、一部の座席を安く売っても、乗車率を高くすることができます。web予約で座席の販売管理も容易になりますし、楽天トラベルのように格安ツアーバスプランを売るための専用サイトまで登場し、中小の旅行会社でも簡単にツアーを組める条件が整ってきたわけです。
実は今回の事故ではその実態が明らかになりました。ツアーを主催した旅行社のハーベストホールディングスでは、直接集客の10人程度を除いてツアー参加者の名簿を把握していなかったという点です。そのために死者の身元確認が遅れるなどの弊害が出たわけですが、ちょっと変な話です。楽天トラベルはあくまでもツアーの代理販売をしたに過ぎないわけで、本来ツアー主催者が名簿を把握していなければおかしいんですが、これが常態化していたとするならば、楽天トラベルも責任を免れません。今後の解明が待たれます。
と同時に、高速乗合バスの運賃規制が現状にそぐわなくなってきている実態もあるわけで、運賃の弾力化が進めば、ツアーバスのあり方も見直さざるを獲なくなると考えられます。このことは鉄道は高速バスのアタックにも晒されることを意味しますから、廃止が相次ぐ夜行列車の復権はますます困難になります。
ただし気になるのが安全性の問題ですが、今回の事故報道では専らバス会社の安全管理やツアー主催の旅行社の対応など、従来ツアーバス問題として取り上げられてきた視点ばかりが強調されておりますが、もっと重大な安全問題があります。それは道路の構造上の欠陥です。
今回の事故は藤岡ジャンクションの上信越道ランプウェーが乗り越した地点で、高さ3mの防音壁が始まった場所にバスが刺さった事故ということです。確率的には可能性が低いとはいえ、大型バスがナイフで切り裂かれたような状態になったわけですから、事は重大です。壁が連続している場所での側面衝突ならば、ここまで損傷する事はなかったはずで、ありふれたツアーバス事故tとしてベタ記事扱いだったはずです。
あいにくメディア報道ではほとんど取り上げられておりませんが、同様の危険がある地点は全国に多数あります。規制を強化して安全対策をいくら補強しても、肝心の道路に危険箇所があるのでは意味がありません。道教にか亀岡で起きた無免許暴走事故でも同様ですが、そもそも通学路に指定されている生活道路に通過車両外とも簡単に乗り入れられる都市構造、道路構造に問題があるわけで、こういった場所では車道を狭めてでも歩車道を分離するとか、意図的な段差や障害物を設置して減速を促すなどの対策が取られるべきところですが、厳罰化を促すようなバイアスのかかった報道ばかりです。亀岡事故では高速道路無料化社会実験の対象となっていた京都丹波道路の社会実験終了で、国道9号線の渋滞が日常化していたことも遠因と考えられます。つまり社会実験を中止に追い込んだ自民党とそれを認めた民主党政権の道路利権に連なる連中が加害者というわけです。
というわけで、道路の危険箇所は高速道一般道を問わず多数放置されている現状があるわけですが、それを見直す契機になるならば、この悲惨な事故の犠牲者の鎮魂にもなると愚考いたします。
最後になりますが、そもそもGWとはなんぞやですが、民主党政権では休日の分散化も過大として取り組んできたはずですが、いつの間にか立ち消えとなっています。そもそも全国民が一斉に休んで一斉に行楽に向かえば混雑が発生するわけで、今回のバス事故も多客期の増発便だった事が示唆します。ツアーを組めば楽天トラベルが集客してくれて、電話1本でバスも簡単に手配できて、満席で走らせてしっかり儲けているのに、事故の対応も含めてお粗末なサービスしか提供できない現状は、結局限られた稼ぎ時を逃さない企業サイドの最適行動でもあるわけで、休日を分散し行楽需要を平準化できればそもそも安かろう悪かろうなサービスは選別され淘汰されるのではないかと思います。この観点からも今回の事故は政府の不作為の犠牲と断じることが可能です。
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Comments
>ありふれたツアーバス事故としてベタ記事扱い....
最近やたら交通事故のニュースが増えているのは、現場の映像を流せば良いので取材費用が比較的安く済むというマスコミ側の事情もあるようです。しかも日銀の金融緩和などといった小難しい話よりも、わかりやすくて視聴者や読者のウケが良いらしい。道路の安全対策はもちろん重要ですが、報道の質の低下も垣間見えた気がします。
Posted by: yamanotesen | Monday, April 30, 2012 03:58 PM
最近のメディア報道の劣化ぶりは仰るとおりですね。今回の事故でも思いつくまま論点を並べたら、これだけ出てくるのに、専ら事業者の責任、ツアー主催者の責任などに矮小化されています。
奇妙なのは新聞もテレビも横並びでほぼ同じ報道姿勢なのが不気味です。この調子で小沢裁判や消費税問題が報じられているのかと思うと眩暈がします。多様な論点を抽出してこそ、国民の知る権利を代弁する報道の自由が意味を持つんですから。
Posted by: 走ルンです | Monday, April 30, 2012 08:45 PM