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Sunday, May 13, 2012

民主主義のお値段

なんてタイトルだと、ギリシャ総選挙後の政治空白の話になり、日本も衆参ねじれで消費税増税が決められないとかって話になりますが、各種世論調査で6割反対の消費税増税ができなくて何が困るのか不思議です。所謂「民主主義のコスト」の議論と一線を画す意味とご理解ください。

いろんなニュースがありましたが、個人的には陸山会事件の控訴が気になりました。そもそも日本の刑事司法制度の下では99%が有罪という状況の中(このこと自体がかなり異常な問題ですがここではスルーします)、一審無罪で控訴は通常行われません。理屈としては検察が立件できなかった以上、被告を刑事被告人の状況でいることを強いることは不適切という考え方によるものです。

仮に控訴する場合は、新たな証拠が見つかった場合など、上級審で判断が覆る相当な蓋然性があるかどうかを検察サイドで検討するのが通常で、たった3人の指定弁護士の判断だけでやるべきことなのかということに疑問が残ります。少なくともかなり説得的な客観的条件は示されるべきです。刑事司法制度も民主主義を支える重要なサブシステムであり、公権力が直接的に個人に及ぶもののであるため、その行使は慎重であるべきです。とはいえ一番焦っているのは、検察審査会の議論を誘導した疑いのある検察だったりします。一審で証拠採用されなかった3秘書の供述調書が検審に資料として提出されており、検察としてはあまり突っつかれたくないはずです。

あと地方でいろんな動きがありましたが、絶句したのはこのニュースです。

武雄市図書館、TSUTAYAが運営へ : 最新ニュース特集 : 九州発 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
図書館運営は小規模な地方都市にとっては悩みの種でしょう。論点としてTUTAYAを運営するカルチャーコンビニエンスクラブ(CCC)を指定委託先として図書貸出カードをTカードにしてTポイントを付与しようということなんですが、これは図書館の基本原則を逸脱したもので、ほどなくTwitterで炎上しました。

議論の根拠は日本図書館協会の図書館の自由に関する宣言で、1.憲法の基本的人権の多くと表裏一体を成す国民の知る権利を保持するために、2.すべての資料を入手し利用する権利を保障する事に図書館は責任を負い、3.権力の介入を許すことなく自らの責任で資料を収集し施設を整備して国民の利用に供し、4.かつてわが国で起きた国民の「思想善導」機関に堕した図書館の反省を踏まえ、5.外国人を含め公平に利用する権利を保障し、6.すべての図書館に妥当するもの、としているわけです。

そのために図書館は、第1に資料収集の自由を有し、第2に資料提供の自由を有し、第3に利用者の秘密を守り、第4にすべての検閲に反対する、わけです。つまり民主主義の重要なサブシステムの1つであり、図書館の公的な意義を理解しない樋渡武雄市長の構想は問題だらけです。

とはいえそもそも日本の公共図書館もかなり病んでいるのも確かです。図書館の性格上蔵書など収蔵資料の増加はスペースを圧迫しますし、コストしか生じない図書館は日本の地価水準では多くのスペースを与えられる事はまれで、自由に閲覧可能な開架式書庫はスペース効率も悪いですから、そのしわ寄せで閲覧スペースが貧弱という課題を抱えているわけです。

そのために図書の貸出に傾斜するわけですが、貸出は所蔵資料の保全という意味では紛失や物理的滅失のリスクを負うわけですが、それでも閲覧スペース拡充に比べたら安上がりというわけです。加えて蔵書購入の市民リクエスト制度とオンライン貸出予約制度はほとんどの公立図書館で取り入れられており、このことが大きな問題を引き起こしております。

出版不況が言われる中で、数少ないベストセラー本は当然図書館にリクエストされますし、入荷時点で2ヶ月以上先まで貸出予約で埋まることもあり、その場合一部の図書館でベストセラー本の大量発注が行われることがあり、その結果当該地域で当該本の売れ行きに少なからずマイナスインパクトを与えるということで、出版関係者から批判されております。とはいえ日本の再販制度の中ではその実態は必ずしも明らかにされてはおらず、国民の多くは知り得ない話です。

書籍の再販制度は先進国では日本以外は見られません。元々小資本の出版社が多い中で、書籍流通をシステム化してリスクをシェアして版元を保護する仕組みと言えます。その結果書籍出版のハードルが下がって表現の自由が実現しやすくなるというのが出版関係者の言い分で、実際に欧米に比べて日本の書籍類は比較的安値ではあります。しかし残念ながら必ずしも質が伴っていないのも確かなところで、タレント本やハウツー本など数が稼げるものは安上がりだけど、むしろ部数の見込めない学術書や専門書は高価です。図書館として収集すべき価値ある資料が後者であることは言うまでもありません。

そんな日本独自の出版事情の中で、上述のように公費で運営される公立図書館が市民リクエスト制度を採用するとどうなるかというと、リクエストが多いのは専ら安値のベストセラー本が中心で、しかも入荷後暫くは貸出予約で旅に出ているわけですから、開架書庫で自由に閲覧できるという図書館本来の活動から逸脱しているわけです。言い換えれば公立図書館は公設の無料貸本業に堕しているわけです。

そして出版業界にとってはベストセラー本で数を稼いで儲けられるから、高くて売れず儲けが少ない学術書や専門書が出せるのだという言い分ですが、実際には人口減少とネットの普及で書籍販売は右肩下がりの長期低落傾向が続いており、そうなると返品OKの再販制度が災いして配本数に対する実売数の歩留まりが悪化して収益を圧迫してしまいます。出版社は元を取りたいからタイトル数はむしろ増えているのに、実売数が伸びないから、八つ当たりしたくなるのも無理からぬところではありますが、再販制度の見直しなどの本質的な議論は避けているのが現状です。このことは日本に電子書籍が普及しないこととも関係しています。この問題はいいとこおあいこかも。

あと地方公立図書館には、郷土資料や地方議会や行政関連の文書等の収集保管があり、特に議会や行政関連の文書は市民が事後的にチェックできる、つまり市民監査の機会提供という意味で重要ですが、CCCにその能力がるのかは疑問ですし、Tカードで利用履歴が収集されるとなれば問題です。もちろん宣言自体は法律ではありませんから拘束力はありませんが、民主主義のサブシステムとしての図書館の公共性を的確に表現しており、故に公的に運営されなければならないわけで、民間委託はそれをを機能停止に追い込む事になります。財政の都合で民間委託するには問題があります。

加えて参考業務(レファレンスサービス)です。ジャンルを問わずちょっとした調べもので図書館は重宝な存在ですが、昨今はウィキペディアなどネット上の事典が気軽に利用され、グーグルなどの検索サービスも充実しているとはいえ、専門外の問題に体系的なアクセスをしようとするときに欠かせないサービスであり、また本のエキスパートとして司書が専門性を発揮できる分野ですが、日本では利用が低調で、専門職として欧米では高いステータスのある司書の地位も低いなど、日本固有の問題はいろいろありますが、CCCに委託して改善される可能性は皆無と言って良いでしょう。レファレンスサービスの充実はNPOなどの市民活動のサポートには欠かせないもので、行政の手の届きにくい問題を補完し市民の自助による問題解決という面で、中長期的には行政コストを圧縮する働きがあるものと言えます。

というわけでCCCに可能なのは、公設無料貸本業の顧客情報を利用したマーケティングぐらいですが、それを「利便性」と呼ぶべきなのかは微妙です。図書館の公設無料貸本業の側面を切り出して公的スペースをCCCに貸して図書館と別個にTUTAYAカフェやります、ということならば何も問題はない話ですが、利用者にとっても、またおそらくCCCにとってもメリットはあまりない話でしょう。

地方行政でこういったいかれた首長が出現することをどう評価すべきかはわかりませんが、大阪市の橋下市長がまともに見えてしまう現実(笑)にとまどいます。それだけ地方行政の直面する現実がシビアなんだろうと思います。出口のない閉塞感が地方を追い込んでいるということなんでしょう。

大阪市の橋下市長にしても、本人はそれほど変ではないのかもしれませんが、橋下人気に便乗するしょーもない人間は多いようです。例えばこんなニュースです。

新大阪と関空直結 四つ橋線、阪急・南海と接続構想  :日本経済新聞
現時点で詳細は不明ですが、元々構想されている地下鉄四つ橋線の十三延伸と阪急の新大阪連絡線の相互直通構想を膨らまして難波で南海線と結んで相互直通するということですが、軌間、電圧、集電方式、車両規格がすべて異なる両者の直通は難問だらけで、なにわ筋線建設より安上がりというには不確定要素が多すぎます。関空活性化を唱える橋下市長に模範答案を示したいということなのかもしれませんが。

また別にこんなニュースも。

大阪市営地下鉄、15年メド民営化 13年にも終電延長  :日本経済新聞
民営化自体の成否は注目されますし、終電延長も歓迎すべきことですが、同時に運賃初乗り20円値下げも検討されています。これも具体策は不明ながら、単純計算で1日の利用客230万人*20円*365日≒168億円の減収で、黒字の2/3が消える話です。値下げの誘発効果である程度の穴埋めはできるとしても、完全に取り戻すのは無理でしょう。むしろJRや私鉄との連絡運輸を強化して乗継割引の連絡運輸運賃を広範に設定する方が増収効果があるのではないかと思います。それでも地下鉄の場合は武雄市の図書館と違って民営化や民間委託が公共性を損なうことにはならないだけマシかもしれません。ただしいずれにしても地下鉄の値下げや利便性向上ぐらいで大阪市が活性化されると考えるのも無理があります。

とはいえ物理的に困難な地下鉄と郊外鉄道の相互直通を模索するよりも、運賃制度の工夫で郊外から大阪と新への人の流れを作り出す意味はあります。地下鉄で一律20円の値下げよりも、連絡運輸限定で40円値引きした上で、JRや私鉄にも連絡運輸で値引きを促す方が、結局新たな需要の掘り起こしの可能性があります。潜在的な需要を見極めた上で、機が熟すのを待ってなにわ筋線に着手するといったクレバーな方法を模索する方が現実的です。

というわけで、民主主義という社会システムはとかくモノイリではありますが、お金の使い方次第で快適さに差が出るシステムということで、言い古された事かもしれませんが、国民のリテラシー次第なんでしょう。「お値段」を上手に見極める賢い国民でありたいものです。

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Comments

こんにちは。いつも興味深く拝見しています。
武雄市は私の実家で、市長は高校の先輩といった感じなので、市役所や図書館には同級生や知人が多く、いろいろと話を聞いています。そこで驚くのは、図書館の職員ですら、NHKで全国に放送されたとかそういうレベルで大喜びという実態です。民主主義云々どころか、自分たちの首が危ないという危機意識がまったくありません。少なくとも、人件費が高すぎるなどと言われたら、それだけの仕事はしているぐらいの事はいえないものかとがっかりします。
武雄市民病院が民間に委譲された折には反対していた職員もそれなりにいましたが、Facebook なんかにからんでちょっと派手目の仕事をもらったら、ごろにゃんです。
いかれた1人の市長の下には、いかれかけた29人といかれそうな職員が300人いるってな感じでしょうか。

Posted by: エスペラ | Wednesday, May 16, 2012 04:08 PM

コメントありがとうございます。

図書館職員は司書の専門教育を受けている専門職のはずですが、専門職の矜持はないんでしょうかね。少なくとも図書館の自由に関する宣言は知っているはずですが。当然Tポイントカードによる個人情報収集の問題点もわかっているはずです。

武雄市民病院もニュースになってますね。こちらは専門外なので、敢えて触れませんでしたが、赤字だから民間委託というのは安直ですね。

とはいえ経済が冷え込み税収が減る中で、歳出削減は選挙のアピールポイントになるんですね。後で困るのは市民なんですが。

Posted by: 走ルンです | Wednesday, May 16, 2012 11:41 PM

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