日出ずる国の日本円が超強い
世界中の経済が変調を来しています。やはり一番大きなニュースはロンドン銀行間オファー金利(LIBOR)不正問題です。
LIBORシステム問題 英米、08年から認識 :日本経済新聞英銀バークレイズの金利操作事件とされてましたが、不可解なのがLIBORを単独行で操作できるのかという点です。決め方は例えば米ドルであれば18行がそれぞれ、その日に他行から調達できると考える金利を午前11時までに申告し、英銀行協会がまとめるんですが、上下4行づつを除外して決めるため、極端な数字を申告しても参照されません。ゆえにバークレイズの担当者は他行の申告金利を予想して高め誘導ならばカットされない上限値で毎日申告するというほとんど神業のようなことをやっていたわけです。事前に談合されていたか、それに近い空気感があったということでしょうか。
あるいは毎日同じ傾向の申告がされていれば、それ自体かなり不自然なことですから、他行や当局も変だと思うはずなのに、ここまで見逃されてきたのは、ある種「阿吽の呼吸」があったのかもしれません。何だか東アジアのどっかの国のような話です。ただし不正と断定して損害賠償を求めるにしても、基本的に状況証拠ばかりですから、証明はかなり困難です。そもそもロンドンの金融街では伝統的な銀行融資自体は細り、LIBORはデリバティブ取引などプロ同士の相対取引を前提とする金融取引の参照金利という性格が強くなってきており、基準金利としての実質は空洞化していたとも見ることができます。ある意味不正を生む温床となっていたといえるかもしれません。
というわけで海の向こうの金融資本主義の最先端と思われていたロンドンの出来事が、日本人には既視感を拭えないものになっております。ロンドンといえば日本列島狂人化計画で指摘したJPモルガンの「ロンドンのクジラ」の巨額損失事件もありましたし、LIBOR不正への関わりも指摘されています。またユーロ危機でも元々通貨同盟に過ぎなかったユーロが曲がりなりにも機能した背景にロンドンの金融仲介機能があると言われますし、グローバル金融市場は元々リーマンショック後の再発防止機運で規制強化の方向性が打ち出されていただけに、規制強化は進むものと考えられます。
日本でも今、証券インサイダー問題で揺れていますが、元々規制の緩かったところに90年代後半の金融危機で規制強化に舵を切られ、旧大蔵省から金融行政を切り離し、銀行検査マニュアルの見直しや証券等監視委員会の設置などが行われた結果、さまざまな不正が明るみに出ているというわけで、時間がかかっているという点で日本独自の時間軸の流れはあるものの、おおむね日本の経験を世界が追体験する流れと見ることが可能です。世界の東の果ての日出ずる国は不始末も世界に先んずるわけです。
ということは、これから世界で起きることは、日本の経験を踏まえればかなり見通せるということでもあります。例えばスペインは典型的な不動産バブルの崩壊によって銀行が不良債権を抱えている状態で、処理を終えるには多大な時間を要するということは言えます。悪いことに日本と違って経常赤字国で財政出動の余地は乏しく、日本以上に時間がかかると見るべきです。
またリーマンショック後にアメリカとドイツで製造業が好調で、特にアメリカはGMの法的整理と政府の支援で自動車産業は復活しており、オバマ政権の製造業復権はある程度成功した形です。ただしドルの為替調整の結果と見ることもでき、丁度日本のゼロ年代の戦後最長景気時代と同じで、国内の設備投資はそれなりに出てきているものの、雇用には繋がらず格差拡大は進んでいる状況です。また新興国貿易の比重が高まっており、後述の理由で先行きは黄信号です。
この面ではむしろドイツの方が絶好調というべきでしょう。ユーロ危機で厄介なのは、元々経常黒字国のドイツはユーロ導入でユーロ圏諸国への輸出が為替リスクフリーとなり、域内輸出で稼いでいた上に、ギリシャなど南欧危機でユーロの信認が揺らいで、日米や新興国向け輸出でも優位にあり、ある意味南欧諸国の負担で輸出補助金を得ているようなものです。つまりドイツの本音はギリシャもスペインも破綻しない程度に危機が続いて欲しいということで、簡単に解決しないのはむしろ願ってもないことということになります。故に銀行同盟による金融行政統合には賛成しても、ユーロ共同債発行など政治統合は徹底的に値切っているという状況です。故に欧州危機は簡単に終結しないことがわかります。
しかしそのドイツにとってもいいことずくめとはならないのは、97年のアジア危機の再現の可能性が指摘されるからです。アジア危機の陰の主役は日本の大手銀です。バブル崩壊で不良債権を抱え、金融危機で規制強化に向かう中、所謂貸し渋りや貸し剥がしが横行しましたが、アジア危機も早い話、当時アジア進出を果たした邦銀がバーゼル銀行規制に対応するために資金を引き揚げた結果、アジア諸国は軒並み資金不足となり経済危機となったわけです。邦銀はこれに懲りて海外での融資に慎重だった一方、新興国には欧米銀の資金が流入し、特に欧州銀の協調融資は残高を膨らませてきていました。それがユーロ危機で資金を引き上げ、今年1-6月だけで26%減という状況ですが、どう見ても日米銀で全て肩代わりは不可能なんで、新興国は今後資金不足で経済が減速してきます。既に中国やインドはその傾向が出てきてますし、少なくとも資源国でない新興国の経済にはブレーキがかかる流れです。故にドイツもそうですが、アメリカの製造業復活には黄信号ですし、当然新興国向けに投資を拡大している日本企業も難しい局面にあると見るべきです。
しかしなぜ日本がグローバル経済を先取りしているのかというと、簡単に言えば日本市場の閉鎖性の影響と考えられます。元々市場経済は開放系で市場外の要素を市場内に取り込むことで成長してきたもので、80年代以降は新興国の台頭と冷戦終結による社会主義国の参入でグローバル経済が活性化されてきたのですが、その流れに乗り遅れた日本市場は擬似閉鎖系となり閉塞感漂う現状にあるわけです。しかし経済のグローバル化は同時に市場の外部の喪失を意味しますので、開放系であるはずの市場は、これ以上の外部がない閉鎖系となるわけで、ある意味市場経済の到達点が見えてきたということでもあります。そうなると元々閉鎖的だった日本市場で起きたことが世界で再現されるわけです。
日本の擬似的な閉鎖性は経常黒字国故に可能なことではあります。故に正確には完全な閉鎖系ではないのですが、輸出で国外市場への進出に意欲を示す一方、国内市場への海外からのアクセスには障壁を設けて温存じてきたわけで、その結果国内の無風状態の一方で長年の経常黒字の累積による世界最大の対外純資産となっているわけです。だから原発停止で燃料輸入が増大して一時的に貿易赤字を計上しても、分厚い対外純資産の利益配当が2011年で14兆円にも上り、経常収支で9兆円の黒字を計上する結果となっています。
逆に言えばこの分厚い対外純資産が日本の財政規律を緩める原因でもあるわけで、その気になればいくらでも借りられるから歯止めが利かず、気がつけばギリシャ以上の財政赤字の累積となっています。それでもスペインなどのように金利上昇しないのは、資産の裏づけがあるからで、政府や財界が言うように日本は消費税率が低くて増税余地があるからという説明は大嘘です。むしろマンデル=フレミングモデルと呼ばれる為替の変動相場制を前提とする理論モデルでは、経常黒字国の財政赤字は金利上昇ではなく通貨高をもたらすとされています。
ザックリと説明すれば、通常の経済主体であれば、借り入れを増やせば信用力の疑義から金利が上乗せされるはずですが、経常黒字国の政府の借り入れ拡大は、金利上昇の前に為替で直ちに調整されてしまい、金利上昇が現象として現れないというものです。もちろん仮定を重ねた上での理論モデルで実証的に証明されているわけではありませんが、90年代の橋本政権やゼロ年代の小泉政権時代に財政緊縮化したときに円安が進み、その後を引き継いだ90年代の小渕政権とゼロ年代以降では麻生政権と政権交代後の民主党政権で財政赤字が拡大した結果、円高が進んでいるという事実関係があります。もちろんこれだけで断定できるわけではないにしても、企業が悲鳴を上げる円高を阻止したかったら、緊縮財政で赤字を減らす方が良いということになります。
というわけで今回の消費税増税法案には、成長に資するものや減災投資など真に必要な公共事業は行うと明記されており、首相周辺は否定するものの、自民党が狙う大型公共事業復活が織り込まれております。こんなもん実行に移されれば資産の浪費で日本は国として衰退の道へ向かうことになります。つまり「日出ずる国」とか「課題先進国」といった呼称は、実は世界にとっては反面教師というありがたくない意味でもあるわけです。
むしろいつまでも解消しない通勤ラッシュの混雑解消や、3.11で顕わになった帰宅困難者を減らすためにそもそも東京への通勤を減らすための投資こそ、実は最重要の減災投資であるはずです。それを財政に負担をかけずに実現できる制度面での工夫は例えば前エントリーで触れたゾーン運賃による運賃一元化に都心へのアクセスチャージを潜り込ませる手法などですが、このような議論を積み重ねていくことが重要です。でないといつまでもエンガチョ切れない困った状態が続きます。
若干の補遺ですが、アジアでもドイツに近いポジションを獲得している国と地域があります。1つは台湾で、中国という巨大下請けを抱えていて競争力抜群です。もう1つは韓国で、北朝鮮の瀬戸際外交のお陰で通貨ウォンが安く評価されやすいことで、言うまでもなく最近の海外市場での強いライバルですが、1人当たりGDPの比較で台湾は日本の3/4、韓国は半分の水準で、且つ差は縮まりません。台湾にとっての中国、そして韓国にとっての北朝鮮は、ドイツにとってのギリシャのような存在と言えばわかりやすいでしょうか。日本には生憎こういった不肖のパートナーは見当たりません。つまり対アジア通貨でも円高は続きます。
(7月15日記す)
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