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Sunday, September 09, 2012

維新澱臣で道州もない府市合わせ

民主主義のお値段で取り上げた武雄市の樋渡市長がいろいろやらかしてます。ネットストレージに個人の住所録や画像を公開設定で晒して指摘を受けて平謝りという状況です。ひと言で言えば不注意そのもので、IT市長とよいしょされている革新派首長の情けないリテラシーぶりをさらけ出しました。市のwebトップページをフェイスブックに移植したり図書館をCCCに丸投げして貸し出しにTポイント付与など、そもそも個人情報の取り扱いに無頓着だからできることなんですね。阿久根市の竹原前市長に並ぶ武勇伝に、武雄市民は後日その負の遺産に苦しむことになりそうです。

地方の閉塞感がこういったことを引き起こしているのでしょうけど、国政もまたしょーもない状況が続きます。参院で首相問責決議案が採択された結果、国会は事実上の休会状態でしかも消費税増税を決めた自身への批判を含む問責決議案に自民党が賛成に回り、結果的に三党合意を反故にしても良いという空気を作ってしまった自己否定っぷりに唖然ですが、もっと唖然とするのは総裁選に6人が名乗り出て、その顔ぶれがやし、しはら、いしば、べ、にがき、ちむらではいいしあたま(笑)。野党として政権奪還を目指すなら、社会の要請を踏まえてこう変わりましたというところを見せなければならないのに、見事なまでの馬耳東風っぷり。これじゃ支持率もあがるわきゃないです。

その点ここへきて原発ゼロやTPP慎重論など、選挙目当ての批判もあるけど、官邸デモが効いたのか、少しは国民の声を聞こうとする民主党の方がまともに見えてしまいます。というか、もともと芯のなさが民主党政権の特徴なのかもしれません。だから簡単に官僚や財界や労組に乗っ取られちゃうけど、逆にデモで動員をかければ簡単に揺らぐ政権の方が、国民目線では望ましいのかもしれませんが、あんまり考えすぎると夜も寝られないのでほどほどにしておきます^_^;。ただし偽造品の取引の防止に関する協定(ACTA)というネット規制の危険性のある国際条約を野党欠席の衆議院で単独採決したことは許しがたいところです。尤もこの問題は本来権力の監視役であるはずのメディアが、ネットメディアの興隆を認めたくない本音から無視しており、国民にはほとんど知られていませんが、欧米では反対デモが起き、日本以外の国が批准する可能性はほとんどありません。一方で国民生活に密着した交通基本法やツアーバス事故で国民の関心の高い高速バス新法などは先送りです。

そのメディアが連日報じる大阪維新の会の動向ですが、結局メディアは選挙がメシの種で、対立があればあるほど話題に事欠かなくて新聞は売れるし視聴率は稼げるしでありがたいわけで、その蜜の味を小泉郵政選挙で知ってしまったわけですから、今度は橋下大阪市長を祭り上げてネタにしたいわけです。また橋下市長も結構アドリブが効くメディアジェニックな存在なので持ち上げやすいのでしょう。かくしてメディアが仕掛ける国民不在の争いが国営放送のトップニュースにまでなってしまうし、それに乗せられて選挙が心配な政治家が群がり、さまざまな事情で主流派になれず官僚世界からはじき出された元官僚が誘蛾灯に吸い寄せられるように集まる構図です。

アホらしいからこれ以上は立ち入りたくはありませんが、文楽に対する橋下市長の対応には疑問符を禁じ得ません。もちろん伝統芸能であるだけで保護されるべきとも補助対象から外すなとも思いませんが、橋下市長が求めている興行成績の不振が補助金依存に原因があるというのは違います。元々1体の人形を大人3人で操る文楽は労働生産性が低いし、人形のサイズから大きな劇場での上演にも向かないので、元々コストパフォーマンスは悪く放っとけば維持すら困難です。それともジャンボマックスみたいな巨大人形を使って京セラドーム大阪で上演せよとでも言うのでしょうか。それぐらいバカバカしい話であるということを申し上げたいです。

また人形浄瑠璃のルーツを辿れば上方文化にとって重要であることは言うまでもありません。元々裕福な町民を担い手とする上方文化は、平安、鎌倉、室町と続く宮廷文化を教養として掘り起こしたことが起源です。言ってみればメディチ家のフィレンツェのような文芸復興が、江戸でも京でもなく大阪で起きたことに由来するもので、日本にとってはルネッサンスに匹敵する文化運動だったことに思いを致さない橋下市長の大阪愛はそもそも本物なのかという疑問が拭えません。上方がいにしえの京の宮廷文化を継承し近代に繋いだことで、日本文化のアイデンティティが醸成されたことを考えると、橋下市長の国士ぶりも偽者と言わざるを得ません。

ま、日本の保守層の日本文化に対する認識の弱さは今に始まった話じゃないですし、聖徳太子以来、律令制、仏教、風水、陰陽道、儒教、蘭学、明治以降の和魂洋才による今に至る科学技術偏重や昨今の新自由主義経済などという風に流転しているわけで、一貫性もへったくれもないわけですから、橋下市長だけの問題ではありませんが、橋下市長を支えるブレーンが見事に新自由主義者で固まっている点は、伝統的な支配層としての武家の作法そのままです。

その典型は交通局の民営化ですが、元々地下鉄、幹線バス、支線バスと3層のレイヤー構造を持った都市交通としては合理的な姿を壊す意味はありません。JRや私鉄などとの連携は課題ですが、トンネルを拡張してまで東京のように相互直通を行うというのは馬鹿げてます。むしろ市営交通をハブとして以前東京を念頭に言及した共通運賃制に近似したシステムは導入しやすい環境にあります。市営地下鉄が区割りに基づく区間制運賃というのも、やりやすい条件の1つです。あと地下鉄売店の民営化を打ち出して指定事業者まで決定しながら、こんな笑えるニュースになります。

大阪市営地下鉄売店、遠い再オープン 苦肉の策で交通局職員が店員に (1/2ページ) - SankeiBiz(サンケイビズ
所詮借り物の外来思想に依拠した机上の計画ではうまくいきません。そもそも受託企業はコンビニ2社ですが、コンビニの新規開店は改装やルート形成で3ヶ月はかかります。実務に疎いトップのイケイケドンドンは現場にも市民にもはた迷惑です。

ですから大阪都構想やその先の道州制などは推して知るべしですが、少なくとも地方自治に関する世界的な潮流は明らかに住民自治をベースとしたコミュニティ重視、基礎自治体重視の方向性ですが、大阪都構想は大阪市を解体して府直轄の特別行政区に再編するという話ですから、明らかに逆行します。むしろ例えば米ニューヨーク市が州から独立した存在であるように、大都市が都道府県から権限委譲を受けて特別自治市とする方が合理的です。丁度かつて行政機関だった郡から市制施行自治体が抜けていったような形にすれば、例えば平成の大合併で政令市になった相模原市がメリットが見えないというような問題もなく、合併特例債のような飴をちらつかせることなく基礎自治体の合併機運を高めるという意味で有効です。

道州制はむしろ地方にある国の出先機関の地方委譲の受け皿という議論から出たものですが、今の都道府県にその能力があると思われていないところに問題があります。例えば悪名高い後期高齢者医療制度で、厚労省が都道府県に保険者となることを打診して都道府県が断ったために、都道府県単位の市町村広域連合を組織するなどむしろ行政組織を複雑にしております。民主党の09年マニフェストでも地域主権として基礎自治体の強化が打ち出されていましたが、それを全国知事会はあからさまに邪魔しています。そして極めつけは消費税の地方税化の議論です。

ですから橋下市長が消費税の地方税化を言い出したときには大笑いしちゃいました。これ全国知事会の以前からの主張です。早い話が国にカネと権限を寄越せという話です。確かに理論上税収が安定している消費税は地方税向きなんですが、現行制度では徴税に難があって、担税者は消費者ですが、納税義務者は事業者とズレがあるために、徴税が難しい税源でもあります。故に国税が徴収しても滞納率が事業者単位で5割と言われるのに、都道府県と市町村のいずれが徴税するにせよ、滞納率が上がる可能性は高いと言えます。おそらくアメリカでは州税としている売上税がイメージされているのでしょうけど、連邦制で州政府と連邦政府の役割分担がはっきりしている中での話ですから、それを日本に移植する意味はありません。

というわけで、まだまだツッコミどころ満載の維新ですが、きりがないのでほどほどにしておきます。最後に上方文化つながりで、道ならぬ恋で京を追われた歌人在原業平がモデルと言われる伊勢物語の東下りで、「名にし負はばいざこと問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと」と詠んで舟の上の人々皆が泣いたという有名なくだりがあります。歌舞伎や人形浄瑠璃でも題材とされた他、男女の色恋沙汰が多数題材とされたのも、栄華を極めながら武家の統治に頭を抑えられた商人たちの屈折した心情が暗喩されているものです。

オマケ話で東下りの痕跡か、東京には言問、業平の地名があることはご存じの通りですが、この由緒ある地名に由来する業平橋駅がとうきょうスカイツリー駅に改称されました。欧米系アジア系を問わず日本語で難しいのが漢字かな混じり文が普通に使われていることと、ひらがなカタカナの使い分けの難しさということで、浅草や日光といった国際的観光地を抱える東武鉄道が外国人泣かせの駅名改称をやっちゃうのが不思議です。ワンダホー過ぎる東武鉄道のコテコテドメスティックなセンスに脱帽です(笑)。

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