井笠まさかのイカサないビンゴ
井笠鉄道が破綻の記者会見を開いたのが今月12日ですが、全国区では知名度も低く地味なイメージながら、非電化の特殊狭軌鉄道としては大規模な路線を持ち、また廃止が1971年と同種の鉄道としては後年まで営業していたこともあり、鉄道ファンには知られた存在でしたし、昨今はいすゞを中心に大都市圏では見られなくなった20年モノの旧年式のバスを多数保有することでバスファンにも知られた存在でした。
異様なのは突然死とも言える経営破たんの異常さですが、現地の土地勘のない私の裏の取れていない推論であることをお断りした上で、スッキリしない背景など雑感をまとめたいと思います。例によってかなりとっ散らかったエントリーですし、何らかの情報を持ち合わせているわけではありませんので、それらを期待する人はスルーしてください。まずはこちら。
井笠鉄道(株) | 倒産速報 | 最新記事 | 東京商工リサーチ末尾の直近3回の決算を見ていただきたいんですが、2009年度に関しては僅かながら黒字決算だったものが、10年度に赤字転落、11年度も僅かながら赤字拡大しています。売上も右肩下がりですが、おそらくリストラ及ばず損益分岐点を割り込んでしまったということでしょう。
そもそも現金で売上が立つ旅客営業の運送業の破たんはかなり特異な話です。なぜなら燃油代や整備費用などの調達は掛売りで後払いが普通ですから、収支がどうあれキャッシュフローは潤沢なはずで、今回の井笠鉄道のようなことは起こりにくいはずです。加えて定期券、回数券、プリペイド式乗車カードなど、サービス供給を起点にすれば先払いとなる売上もありますし、その観点からいえば10月というのは、新年度スタートの6ヶ月定期券の買い替え時期に当たり、通常月よりも現金収入が多いはずなのにも関わらずの破たんです。しかも定期券、回数券、バスカードの払い戻しには応じられないとしているので、明らかに入金された現金が右から左に消えるような異常事態だったわけです
道路運送法に限らず公共交通関連の業法では、廃業は6ヶ月以上前の通告が義務付けられていて、今回は明らかに違反ですが、これを盾に井笠鉄道の法令違反を問うても意味がありません。なにしろ清算して廃業するわけですから、責任を果たす主体が消滅するわけですから。そうなると会社清算では定期券などの前売り乗車券類は一般債権に分類され後回しとなるわけです。業法よりも基本法である会社法の適用が優先されます。
気になるのがこの異常事態を誰も事前に認識できなかったのかという点です。ここまで資金繰りが悪化していれば、おそらく当事者の経営幹部は資金繰りに奔走していたはずで、回避できなかったのかという批判は意味がありません。回避可能ならとっくに手を打っていたはずです。
そうなると会社に融資してきた銀行はかなり前から危機を察知していたはずですが、防げなかったのでしょうか。運転資金融資で資産の根抵当を取っていて優先弁済されるはずですから、むしろこちらの方が責任を問うべき対象です。加えて株主です。井笠鉄道の筆頭株主は井原市に本社を置くタカヤ繊維という会社です。聞き慣れない会社ですが、元々この地域は倉敷を中心にアパレル関連産業N’の立地が見られる場所で、集積地というほどではないにしても、平凡な田園地帯でもなく、それなりに産業立地のある地域です。タカヤ繊維もそんな1社ですが、昨今は電子部品関連で売上を伸ばしているということで、成長企業として売り出し中の地場の星のような会社のようです。とはいえ運輸事業とは全く接点はありません。
井笠鉄道は1964年に近畿日本鉄道が資本参加しており、近鉄グループの一員としておりましたが、近鉄自身の経営建て直しで2004年にグループ離脱しております。おそらくこのときに近鉄の持ち株の受け皿として地場の有力企業が協力したということなんだろうと思います。以下推測ですが、安定株主の斡旋に地元銀行が絡んだ可能性は大いにありそうですし、タカヤ繊維自身も井笠鉄道の株主としてガバナンスを働かせる意思は持ち合わせていなかった可能性があります。とすると、ここへ来ての急速な資金繰り悪化は銀行が資金を引き上げたという可能性が示唆されます。
資金繰り悪化の原因として大きなものとしてはもう1つ、経営者による横領というのがあります。千葉県の調子電気鉄道の社長による借入金着服は記憶に新しいところですし、危機にファンが立ち上がってぬれ煎餅のネット購入を呼びかけ、更に会社も経営建て直しに尽力して危機を脱しました。首都圏に立地していてファンやサポーターの援助が得やすいレアケースではありますが。
横領を働くような経営者ならば修羅場の前に逃げ出すでしょうから、井笠鉄道は当てはまらないと見てよいでしょう。となると、ますます銀行の融資スタンスがどう変化したかは検証されるべきでしょう。といいますか、最近銀行が補助金絡みで企業から資金を引き揚げる動きが全国的に見られ、良からぬ噂も耳にします。幾つかありますが、雇用調整助成金の申請を融資条件としたり、通常融資を信用保証協会の与信枠融資に切り替えさせたり、モラトリアム法と言われ中小企業金融円滑化法の期限が来年3月に迫る中で銀行が資金引き上げに動き始めたというところです。特にモラトリアム法は金融庁の検査マニュアルで円滑化法適用融資先を不良債権から外せるという飴が銀行に与えられており、国会の混迷で再延長は見込みゼロだけに、企業の突然死を助長する2013年問題として認識しておく必要があります。その中に交通事業者が幾つか出るかもしれません。
あと乗合バスの生活路線補助でも以前から良からぬ噂を耳にします。大雑把に言って生活路線補助は、1日3便以上で10km以上乗客15-150人以上、1便当たり5-15人といった基準がありますが、地方のバス事業者では補助金を得る目的で便数を増減することが行われているということを耳にします。その結果、減便で乗客離反が起きるのはもちろん、逆に増便しても乗客の利便性向上に繋がらない閑散時間帯のアリバイ作り的な増便が行われたりということが行われているということですが、今回井笠鉄道の破たんで両備グループの中国バスが年度内の運行を肩代わりするものの、路線廃止や減便で便数ベースで半減ということですから、元々無意味なアリバイ作り運行が行われていた疑いがあります。このあたりも事業者の自発的な対応なのか、銀行による”指導”なのかは定かではありませんが、補助金を当てにしないと会社経営が成り立たない状況になっていたことは窺えます。同時に補助金では地方のバスは救えないということでもあります。
実はこの地域は補助金を巡る話題の豊富な場所でして、古くは両備バスの前身の西大寺鉄道の廃止問題に遡ります。1910年開業という老舗企業で3ft(914mm)という特殊な軌間を採用した変り種ですが、他社線との直接連絡のない孤立線というのも変わっています。とはいえ岡山市内の後楽園は岡山電気軌道番町線と川を挟んで端で徒歩連絡可能でしたし、途中の財田は山陽本線東岡山と接続していました。並行バス路線がなかったこともあり、また西大寺観音院会陽(はだか祭り)輸送で賑わったということで、意外にも黒字路線でしたが、1962年、国鉄赤穂線伊部―東岡山間の開業で役割を失い、同年9月に廃止されました。軽便鉄道には珍しい黒字廃業でした。
両備バスは国鉄線開業により廃業に追い込まれたとしてその後補償を求める運動を展開します。とはいえ元々赤穂線開業を見込んで設備投資を抑制していたことと、戦前通例となっていた国鉄線開業に伴う私鉄線廃止補償を見越した経理操作で帳簿上の黒字決算をしていたとも言われ、補償交渉を有利にするための粉飾決算だったともいわれます。しかし戦後公社化された国鉄による補償制度はなくなり、空振りとなったことで補償獲得の請願や運動を重ね、1965年に申請66年に申請額の4割と大幅減額ながら支払われました。
その後鉄道建設公団の工事線が既存私鉄と競合する事例が湖西線(江若鉄道)、井原線(井笠鉄道)、阿佐線(土佐電気鉄道鉄道線)などで発生しましたが、西大寺鉄道のような補償は行われなかったものの、線路敷の一部を用地として買収する形で事実上の補償としていて、西大寺鉄道の補償獲得運動が影響した可能性はあります。皮肉なことに井原線は国鉄再建法で工事中止で宙に浮き、地元出資の第三セクター鉄道「井原鉄道」として開業しますが、それが鉄道廃止でバス専業となった井笠鉄道から乗客を奪う存在となりました。その意味で井笠鉄道は補助金で持ちこたえたものの、そもそも存在意義を見失っていたと見ることもできます。その井笠鉄道を追い込んだ井原鉄道が1億円超の累積赤字を抱えているんですから、自治体は踏んだり蹴ったりですが、そもそも地域の交通をデザインする発想が欠如していたとも言えます。
この辺は去年3月に閣議決定されたまま店晒しになっている交通基本法が絡む分野ですが、交通基本法自体はその名のとおり基本法であって、いわゆる業法などの個別具体法ではありませんので、むしろ自治体の統治能力がより問われるという意味で、今回の井笠鉄道の破たんを防げたかどうかは微妙です。逆に交通基本法を根拠に明日なき補助金漬け行政の泥沼に嵌まる自治体も現れる可能性もあります。とりあえず道路運送法に基づき来年3月まで運行を引き継ぐ中国バスを擁する両備グループの小嶋代表の「公設民託」発言も、自治体の統治能力を問うていると見れば納得できるものです。西大寺鉄道の補償問題で執念を見せたように、地元では「両備は儲かることしかしない」という言われ方をしたりもしますが、営利企業の役割をこれほど明確に示せる経営者が地方企業にもいることは幸いです。逆に公共性を人質に取って利用者不在の経営を平然と続ける交通事業者の多いことを嘆くべきでしょう。
以下余談ですが、岡山、広島両県に跨る井笠鉄道の営業エリアは歴史の所産です。広島県の2ft6in(762mm)軌間の両備軽便鉄道(両備福山―府中町・神辺―高屋、両備バスとは別法人)のうち、電化路線の福山―府中間を国鉄が買収して福塩南線とし、非電化支線の神辺―高屋間を別会社の神高鉄道が引き継ぎ、既に笠岡―井原・北川―矢掛間を開業していた井笠鉄道が高屋線として井原―高屋間を建設し、神高鉄道を合併し、井原―神辺間を同社神辺線としたもので、そのために非電化特殊狭軌の軽便鉄道としては路線規模が大きくなったものです。都市規模の問題もあって、本社のある笠岡よりも福山に路線が多く集まっていて、岡山県、広島県双方のバス協会に加盟し、バスカードも別という点でハンデキャップを負っていたとも言えます。しかもバスカードが磁気カードからICカードに移行する流れに乗れず、岡山県側では他社がICカードに移行した結果、磁気カードが共通カードの実体を失って井笠鉄道専用カードと化していたために、カード所持者は債権放棄を強制されたわけで、井笠鉄道自体も明確なビジョンを持たないまま漂流したと評することが可能かと思います。
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