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Saturday, December 08, 2012

アセット・バブル・エコノミクス

勘の良い方ならピンと来るタイトルかもしれませんが、はなからネタバラシしておきます。英語表記だと

Asset Bubble Economics
あるいは短縮表記だと
ABEnomics
というわけで、11/7の自民党安倍総裁の日銀法改正まで踏み込んだ追加金融緩和発言に対する海外メディアの反応、というか政治家による中央銀行への圧力発言として揶揄されたものです。国内でも財界、官僚、経済学者などから突っ込まれ、修正を余儀なくされました。それでも円が売られ日本株が買われて当人ご満悦のようですが、低位放置されていた日本株買いのきっかけになっただけで、2/14の白川日銀のバレンタインプレゼントと本質的に変わりません。つまり別エントリーでフォローしたように持続性のない一時的な動きに過ぎません。

ただし片や市場との対話を求められる中央銀行総裁に対し、金融政策に何の権限も持たない政治家という違いがあります。白川総裁はとりあえず市場にサプライズを与えることに成功しましたし、このこと自体は中銀総裁の仕事としては上出来だったのですが、問題は上出来すぎて日銀の金融緩和が万能に見えてしまい、その後の政治家やメディアの勘違いを生んだことでしょうか。安倍発言もその1つに過ぎないんですが、取引のネタ探しに鵜の目鷹の目の市場関係者が喰らいついた結果、勘違いを拡大させております。これがOECD加盟国として責任ある立場の国の話なので頭痛い話です。

日本では政治家による口先介入のような出来事には昔から事欠かないのですが、海外メディアの評価は至って厳しいものです。結果として上記のような報道姿勢となるわけで、ほとんどまともな論評には値せず、哄笑されていると見るべきでしょう。それもそのはず、リーマンショックやギリシャショックの記憶も生々しい中で、日本発の経済危機すら連想させるニュースだからです。

そもそも紙幣を刷り増してインフレを起こすという議論自体が、現在の経済学では否定されております。例えばこんな議論です。

財政ファイナンスをやってはいけない | トレンド | 東洋経済オンライン | 新世代リーダーのためのビジネスサイト
すごく端的でわかりやすいですが、ひと言で言えば「おカネを貸すのとあげるのとは違う」ということです。日銀による国債買い取りオペ自体は、民間が保有する国債と貨幣の交換ですから市場への貨幣供給という意味で金融政策の範疇ですが、国債の日銀直接引受となれば事実上の財政ファイナンスとなり、実は日銀法ではなく財政法で禁止されています。ですから、本気ならば財政問題として政治家が国会論戦を経て実現するのが法的に正しい道筋であって、日銀に圧力をかけるのは筋違いです。

また市場関係者からも例えば円安恐慌のようなリアルな心配が出てきています。所得の上昇を背景とするデマンドプルインフレと過剰マネーで資産価格が吊り上がり、円安で資源価格上昇が生活を直撃するコストプッシュインフレはではそもそも意味が違うんで、ABEnomicsは効果が出ても後者となるのです。なるほど資産バブル経済政策(Asset Bubble Economics)ではありますが。

この辺は自民党の憲法草案にも共通しますが、法の成り立ちをこの人たちは本当に理解しているんだろうかと思います。憲法は国家のあり方、公権力のあり方を定義するもので、基本的人権を有する国民を主権者として、その付託を受けて国家があるのであって、その逆ではありません。いわゆる立憲主義というもので、基本的人権は自然に備わっているいわば天賦のものということですね。で、憲法を前提に基本的人権の具体化、概念の拡張を図るのが民法や教育基本法などの基本法と呼ばれる法律であり、逆にさまざまな理由で基本的人権に制限を加える必要がある場合は、個別法で具体的に記述することが求められ、国家といえどもその記述に反した公権力の行使はできないというのが近代民主主義国家の立憲主義の考え方です。個別法は例外規定であって、憲法の理念や基本法の概念規定の原則を損なわない範囲に例外を限定することで法秩序が保たれるわけです。

こんな釈迦に説法みたいな話を立法府の住民に対して投げかけなければならないほど、この国の政治は劣化しているわけですね。しかも権力の監視役たるメディアはこぞって選挙を煽りまくっておりますが、選挙公報や政見放送などが公職選挙法で保護されていることは意外と知られておりません。選挙活動のネット解禁が進まないのは、政治家の怠慢もありますが、既存メディアの既得権益を侵すから、議論すら報じられないという状況なんですね。その結果アラブの春など世界で社会変革を引き起こしたネットメディアは日本では機能せず、それどころかACTAのようなネット規制の議論ばかりが進んで世界から総スカン食っている状況で、今や選挙は既存メディアのネタに成り下がっているのです。

しかも2日に中央道笹子トンネル上り線の天井板落下事故が起きても党首討論を中断しなかったり、7日に三陸沖で地震が起きても政見放送は予定通りなど、本当にメディアの劣化も深刻です。日本のメディアは深刻な事故や災害よりも選挙が大事なんですな(怒)。

で早速笹子トンネル事故をネタに「公共事業減らすからこんな事故が起きる」というような発言がネットにも現れましたが、はて、完成から35年の笹子トンネルの代替トンネルの計画なんてあったかいなという話ですね。こんなあからさまな問題のすり替えがまかり通ると考える人がいるということ自体が信じられません。

コンクリートの寿命は50年ぐらいと言われますが、山陽新幹線のトンネルのコンクリート崩落に見られるように,打設方法が不適切だと劣化が早まりますし、それ以上に日常の保守点検で不具合が確認できていれば、補強工事を行うなどして回避できた事故です。そういえばNEXCO中日本は2009年に東名高速で盛土崩落を起こしています。当時のエントリーで減価償却について解説いたしました。高速道路は国が保有し高速道路会社にリースされる仕組みであり、日本の会計法では減価償却が行われません。

というよりも、正確には公共インフラである道路は経年で滅失しないと見なされていて、道路公団時代から減価償却は行われていなかったのですが、鉄道が事業用資産として減価償却され生み出されたキャッシュフローで補強や更新などの追加投資がされる結果、適切に保守されて長期間安定して利用されるのに対して、新規着工重視で料金プール制を取り入れた道路公団の高速道路は、適切な保守のインセンティブが元々なかったわけで、公共工事が減ったからトンネルが壊れたわけじゃありません。同じように整備区間の開業により発生した線路使用料収入を新たな整備費用に充てる整備新幹線の将来に不安を覚える理由でもあります。

Going concern という言葉をご存知でしょうか。「継続企業の前提」と訳され、日本では主に上場企業の会計監査の基準として認識されているのですが、もう少し理念的な意味がある言葉です。そもそもなぜ株式会社に法人格が与えられているかといえば、将にこの Going concern が理由です。個人事業を別の個人が継承するには、事業用資産の査定や譲渡、取引口座の書き換えなど煩雑な手続きが山のようにあるわけですが、法人格を有していれば代表者の書き換えだけで済むわけで、遥かに低コストで事業を継続できるわけです。

同時に株式会社の怖いところとして、投資詐欺のようなことが可能な仕組みでもあるわけで、いわゆる割の良い投資話を持ちかけて出資を仰ぎ金銭を詐取する事件は後を絶たないわけですし、オリンパスのように損失隠しで買収先企業の過大評価するような不正経理事件も少なからずあります。最近では米ITの名門HPがM&A絡みで不正経理を疑われているなど、洋の東西を問わない問題でもあります。

つまり株式会社とは出資者である株主の付託に応えて事業を行い、継続的に利益配当をもたらすべき存在というわけで、当然そのためには期別決算の数字を作ることに腐心するのではなく、事業環境の変化に対応しながら継続的に利益を出し続けるべき存在でなければならないわけで、そのためには投資家を騙したり顧客を騙したりするようなやり方は継続性に問題があるわけですし、鉄道のようなインフラ企業においてはインフラの良好な保守が問われるわけで、そのために資産の減価償却が会計制度として導入されたわけです。

といってもこれは戦後の話で、戦前はそのようなものは制度化されておらず、故に鉄道のようなインフラ企業は投資を重ねるとバランスシート上の資産が膨張し、水ぶくれ状態の資産に対する利益率(ROA)が低下するから、例えば既存線の延長は別会社にして、政治家の口利きなどでうまくすれば補助金をせしめてとか、別会社で開業した路線を資本の論理で買収して自社路線に組み込んだりといった形で事業形成してきたわけですが、戦後のインフレで戦前期の資産水ぶくれが解消し、減価償却で車両や設備の整備や保守がシステム化され経営が安定した結果、世界に類を見ない私鉄王国となったわけです。

私鉄経営は国鉄改革の手本と見なされたものの、逆に減価償却が導入された結果、利益が圧縮して国鉄が赤字体質になったという見方も可能で、その結果全般的に鉄道は投資不足となり大都市圏の通勤ラッシュの混雑は解消されず、地方路線の投資不足は鉄道の存続自体を危うくするなどの弊害も出ています。こういった点は道路公団民営化の議論では全く触れられておりませんし、大阪市の市営交通民営化や東京都の地下鉄一元化でもスルーされてますが、禍根を残す可能性があり心配です。

この辺は仮定を重ねた議論になるのですが、もう1つの今とは違う現在があり得たかどうかは興味深いテーマではあります。この辺を逆手に取って設備投資を止めて黒字廃線となった両備バスの前身の西大寺鉄道の事例は、鉄道事業に限定して Going concern に反すると見るか、元々非電化の特殊狭軌線では事業継続が困難だったからバス事業に転身して存続を図ったと見るか、あるいは廃業した井笠鉄道は何を間違えたのかなど、この観点から交通事業を眺めるといろいろと気づかされることも多々あります。

というわけで、NEXCO中日本はそもそも交通量の多い地域をフランチャイズとしている結果、相当緩んでいた疑いがあります。例えば笹子トンネルでは天井支持具のボルト止め部分の打音検査は行われていなかったとか、後に1回だけやったとか、証言を二転三転させており、そもそも日常業務としての保守業務がかなり疎かになっていたことが疑われます。東電の原発と同様、カネのなる木を得た企業は堕落するということでしょうか。そういえばJR東海も-_-;。

というかJR東海はまたかなり特殊な事例ですが、そもそも東海道新幹線の生産性の高さ故に鼻息が荒いんですが、その結果在来線輸送はかなりおざなりですし、またリニアは新幹線買い取り代金の償還が進んで利益が増えると法人税が増えるから使っちゃえというノリで進めている道楽です。ま、それ以前に日本の生産年齢人口の減少で輸送需要自体が伸び悩み、JR東海は痛い目を見るとは思いますが。

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Comments

(A)相変わらず無駄に長い(B)文章で(E)ええかげんな記事をアップしてますな。

金融政策と財政政策を同時に行われてしまっては、本当に日本経済が復活してしまいかねないからねぇ。

日本はもう成長しないと信じてる人たちにとってはアベノミクスは信じたくないだろうからね。

日本の再起を受け入れられなくても、残念ながら、もう動き出してしまったよ。
せいぜい悪あがきしてな。

Posted by: oyoyo | Thursday, December 20, 2012 at 10:24 PM

直近の円安と株高は、米景気の上向きによるリスクオン状態によります。

とはいえ日本政府の財政出動が本格化すれば、直ちに為替が反転して円高になりますから、元の木阿弥です。市場動向に一喜一憂しても意味がありません。

それ以上に先進国の政治家が中央銀行の独立性を損なう発言を平気でしちゃうあたりのお下劣さを自覚できていないのは問題です。

Posted by: 走ルンです | Thursday, December 20, 2012 at 11:13 PM

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