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Sunday, April 07, 2013

ブラック化する日本のこれから

白川日銀総裁の後任の黒田日銀総裁が「次元の異なる金融緩和」を行ったということで市場が跳ね上がっております。ま、基本的に国債の買い増しですから、異次元でもなんでもないですし、実務面で反映されるのはこれからですから、実は何も起きていないのに市場が反応したというのが事実関係です。ま、根拠なき熱狂という意味でバブルの始まりはこんなもんでしょう。

気になるのは10年もの国債金利を指標とする長期金利が異常に低下し0.4%台というあり得ない値と示しています。このことの意味に無頓着の報道ばかりですが、一見良いことのように思える長期金利低下は、長短金利差の縮小を通じて金融機関の収益を圧迫することを意味しますから、むしろ金融機関はリスクを取りづらくなるということでもあります。つまり日銀の供給マネーは増えても民間融資は増えず、以前にも指摘したように国債とマネーの交換が政府と日銀と銀行の間で起こるだけということになります。

つまりお金は民間へ流れず、流動性が空回りする状況は変わらないわけで、デフレ脱却どころかそれ自身がデフレ要因になりますし、国土強靭化など無意味な公共事業のバラマキと、政府系金融や政府系ファンドなどのいわゆる埋蔵金の増加で、政府資産も膨張が見込まれますから、マネーの増加は政府の低稼働資産を増やす結果、国全体の潜在成長率を押し下げます。

まぁ百歩譲ってこれで人々の期待に働きかけてデフレ脱却できたと仮定しても、その先に難題が待ち受けます。仮にインフレ目標2%が達成されたとすると、国債価格が低下し長期金利が上昇しますから、日銀は大量保有する国債の処理に窮することになります。財政ファイナンスではないことを証明するためには保有国債を売らなきゃならないけれど、売れば国債暴落のトリガーを引く恐れがあり、結局国債売却ができないけれど、そうするとやはり財政ファイナンスだったと見なされて国債が売り浴びせされて長期金利が上昇します。整理すると国債暴落で銀行の資産が痛みますから金融危機となり、しかも長期金利上昇が景気を抑制するばかりか財政の悪化も同時並行で進みますから、結局財政赤字は拡大し、財政出動どころか財政緊縮化を迫られるということになります。回避するためには政府財政の緊縮化を進めるしかありません。国土強靭化などもってのほかです。

黒田総裁はリフレ派ではなく、クルーグマンやスティグリッツなどアメリカのリベラル派経済学者の立場に近いと言われますが、彼らはアメリカの経済データを見て日銀批判をしているに過ぎないんで、当然出口戦略も存在しません。とにかく将来のインフレ期待を生み出すために今、金融緩和をせよと言っているわけで、無責任ですし、今の金融緩和が将来のインフレ期待につながるということは、異時点間の貨幣交換で、それを繋ぐ係数こそ金利ですから、インフレが実現する前に金利が上昇するというのが正統派経済学の見解となり、変動相場制の下では金利上昇は為替の通貨高で代替されますから、論理的にも破綻しています。岩田副総裁などリフレ派は更にあほらしい19世紀の貨幣数量説の遺物です。フリードマンのマネタリズムもそれをモダンに化粧しただけで、いずれも実証的にはほぼ否定されてます。

というわけで白から黒に転換した日銀総裁の下でもデフレは止まらないということになります。一方でローソンをはじめ一部企業で賃上げの動きが伝えられていますが、実はコンビニ業界は以前からベースアップに積極的で、業績上昇に合わせて去年までも賃上げを行っています。ただしベース賃金が製造業よりも低く、波及効果はほとんどないのが実情です。つまり単にメディアが取り上げただけで、別にアベノミクスのおかげではありません。

あと直近の円安傾向で業績の上方修正が見込まれる自動車などの輸出関連企業でボーナスなど一時金を積み増したものの、ベースアップは見送られてますから、むしろ消費税アップを後押しするためのポーズと捉えた方が良いでしょう。輸出企業は消費税率アップで輸出戻し税の恩恵がありますから、ボーナスを弾むぐらいどうってことないわけです。むしろゼロ年代以降のベアゼロ春闘の定着や定期昇給の抑制、派遣や請負など非正規労働の拡大など、終身雇用、年功賃金で長期安定の雇用関係を育んできた日本的労使関係が崩壊し、賃金抑制圧力が増している現状です。その必然的帰結が日本企業のブラック企業化です。

元々終身雇用と年功賃金は、若年の低賃金を将来の昇給を約束することで安定雇用をもたらすものですが、企業業績のブレに対しては硬直的です。ゆえに繁忙期の残業や業績に応じたボーナスの支給などで微調整してきたわけです。重要なのは、こうした雇用慣行は労働者にも支持されていましたし、その労働者を組織した組合は、専ら賃上げ要求に絞ることができたわけですが、その一方である意味会社に人生を預ける形となり、過剰な忠誠心を求められ、それが有給休暇未消化やサービス残業などの温床となってきました。

それ故にバブル期には好調な企業業績と安定した物価の中で、労組の賃上げ一辺倒は成り立たなくなり、残業ゼロや時短や有給消化などに活動目標をシフトしますが、そこは企業内組合の限界で、目標達成はならず、そのうちにバブル崩壊や金融危機、デフレといった経済環境の激変で、むしろ雇用確保のために賃金抑制を呑まされる形で弱体化していきます。その間隙を突いて企業のブラック化が進行しているのが現状です。

そんな中で前回の安倍政権で取り沙汰された裁量労働制や解雇規制の緩和などがまたぞろ議論されているのですが、懲りない話です。これらは日本型雇用慣行が崩壊しながら、抜け殻のように過剰な忠誠心のみが求められる必然的結果として、現状では企業のブラック化を後押しすることにしかなりません。裁量労働制を採用するなら、それ以前に転職がキャリアアップにつながる欧米並みの転職市場が形成されなければ、単なるサービス残業の合法化にしかなりません。

また解雇規制についても、例えば欧米企業でよく行われるレイオフですが、工場の閉鎖や勤務シフトの削減で行われますが、あくまでも一定期間雇用主が正規賃金の一定割合を保証する形で行われますし、対象は特定事業所勤務を労働契約で明記している者で、元々レイオフの可能性が契約で明らかになっていることが前提です。日本でも総合職、一般職、地域限定職など正社員雇用の多様化は認められており、雇用契約で明記すれば済む話です。正規雇用の見返りに過剰な忠誠心を強いるツールとして解雇をちらつかせ、選別のツールとすることは許されません。

というわけで、新年度早々のネタがブラック企業というのもどうかと思いますが、現状は危機的です。申し上げにくいですが、鉄道事業者でもブラック企業と疑われる事例が存在します。

中日新聞:<はたらく>始業前出勤 強制か心掛けか 「出勤遅延未遂」責められた駅員が自殺:暮らし(CHUNICHI Web)
いや流石社員が体を張って新幹線を止めたり、2度も無人ディーゼルカーを走らせたり、2000年9月の東海豪雨で社長指示の逝っとけダイヤで70本以上の立ち往生を発生させるなど、枚挙に暇のない会社ですが、元々葛西現会長は国鉄時代から労務管理でのし上がった人物で、国鉄改革では改革派課長3人組の1人として知名度を上げました。しかしこの記事で見る限り、国鉄時代からの悪習である日勤教育を引きずっているようです。JR西日本でさえ尼崎事故で叩かれて見直しているのにです。

国鉄も労使関係が崩壊し、分割民営化により解体されたことを指摘しておきたいと思います。元を質せば磯崎総裁時代の生産性向上運動(マル生運動)が始まりですが、公社だった当事の国鉄で、東海道新幹線の開業した1964年から民間準拠の会計規則変更で資産の減価償却が始まったのですが、開業で引き渡された東海道新幹線により償却資産が水ぶくれ状態でスタートした不幸により赤字転落し、以後国鉄経営陣は黒字転換を模索するのですが、帳簿上の赤字とは裏腹に現金売上主体で潤沢なキャッシュフローを生む国鉄の事業ゆえに、経営陣に錯誤が生じた可能性は既に指摘しましたが、首都圏の通勤五方面作戦や電化、複線化などの動力近代化、全国新幹線網整備などの大盤振る舞いと共に、生産性を改善すれば黒字化できるという安易な発想で結果的に労務管理の強化に走ったわけです。何か昨今の日本企業のブラック化を先取りしているように見えますが、気のせいでしょうか。くしくもJR東海は国鉄の赤字化への関与が疑われる東海道新幹線を継承した会社ですが、そこで旧国鉄ばりの前近代的な労務管理がまかり通っているとすれば皮肉です。

それに比べればオーナーの手を離れた西武HDは、社員の手でスマイルトレイン30000系を登場させるなど、社員のモチベーションを高めている点は評価されます。その意味でサーベラスとの紛争は残念ですが、相手が大株主である以上、路線廃止などの無茶な要求に対しても、実現可能性の検討結果を説明するなどの対応は必要です。その意味で悪い冗談がこれです。

「鉄道に外資規制の導入も一考」 JR東海社長、西武問題受け :日本経済新聞
ブラック企業の助言など聞く必要はありません。サーベラスの態度豹変は確かに問題ですが、それをネタに外資規制とは悪い冗談です。航空法は制空権や有事の後方支援など安全保障に直結しているのに対し、鉄道にはそういった要素はありません。公共性を云々するならば、支配的株主を作らないための議決権制限、例えば20%以内などはあり得ますが、国籍は問わずとすべきです。例えば東京メトロの東京都保有議決権も制限の対象となるのは当然です。

鉄道業界では他にも相鉄の労使対立が世間を騒がせましたが、安全に直結する運輸事業では安定した労使関係は必須であり、ある意味日本的雇用慣行は望ましいのですが、現実はそれを許さない方向へ向かう可能性もあります。鉄道ウォッチャーとして気を引き締めたいところです。鉄道に限らず日本企業のブラック化は、結局解体された旧国鉄の轍を踏む可能性もあります。ある意味ソニー、シャープ、パナソニックなど家電メーカーの凋落は必然だったのかもしれません。

というわけで、新年度の新社会人へのはなむけとして、会社に人生を預けるなということは申し上げておきたいです。こんな社会しか残せなかった世代の自省も込めてですが。

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