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Sunday, May 25, 2014

悪霊も大爆笑の日乃本新喜劇

ニコライ・フセヴォロドヴィッチ・スタヴローギンは、地主階級の未亡人ワルワーラ夫人の一人息子で、類いまれな美貌と頭脳の持ち主ながら、決闘3度に少女凌辱など放蕩三昧のニヒリストで、作中人物のキリーロフに「自分が何も信じていないことすら信じていない」と言わしめたほど。そのニコライの家庭教師を務めた縁でスタブローギン家の食客となった元大学教授で進歩派のステバン氏に、ワルワーラ夫人がある日スタブローギン家の農奴シャートフの妹でワルワーラ夫人の養女ダーシャとの縁談を思いつき、強引に話を進めようとしますが、その気が全くないステバン氏は困って留学中の息子ピョートル・ステバーノヴィッチ・ヴェルホーヴェンスキーを呼び戻して相談します。ピョートルは「政治的詐欺師」を自称するテロリストという裏の顔を持ち、文学サークルを装った政治組織を作って、ニコライをリーダーに祭り上げます。ニコライは百も承知で好きにさせます。

ドストエフスキーの代表作「悪霊」の冒頭部分のダイジェストですが、革命前夜のロシアを見事に描き切った作品です。政治組織の内ゲバで仲間を粛清し、内部はさらに混乱し、当局に拘束された革命家ネチャーエフの事件から構想し、ピョートルはネチャーエフがモデルと言われます。それ故革命後、ネチャーエフに同情的だったとされるレーニンによって反革命作家の烙印を押されたといういわくつきの作品でもあります。そういう意味で美味しんぼ騒動のように、創作に対する政治介入が易々とできてしまう日本って-_-;。ま、作者の格の違いは比べるべくもありませんが。

専制国家内部での上流階級の自堕落と中流階級の不満が出会った不幸というところに普遍性を見いだせます。内ゲバの末あさま山荘の攻防戦に追い込まれた日本の連合赤軍は、当時大学進学率3割と、現在の半分の水準だった時代背景を考えると、進歩派中流家庭の鬼子と言えますし、アラブの富豪の出自であるビンラディンの元へ聖戦士を夢見る意識の高い若者がアルカイダに参集する構図は変わりません。もう少し言い換えると、最大多数の最大幸福を標榜する民主政治は、中間層の厚みを前提にする限り、中間層の満足度を高める政治システムと言えますから、テロ防止の強力なツールになるわけです。

いち早く近代の扉を開いた西欧に対し、ロシアの立ち位置は微妙です。ありていに言えば辺境ということですが、宗教的には東方正教に属し、むしろローマカトリックに対してさえ正統派を自負する存在でもあります。そして欧州では例外的にアジア的な大帝国を築いた国でもあります。その意味で主権国家の定義と共に近代の始まりとされる30年戦争終結とウエストファリア条約の発効によって、ローマ教皇庁の支配を終わらせ国家を超える存在としての宗教が否定されたわけですが、ロシア自身はその枠外にいて、封建領主の土地囲い込みによる封建農奴の追放と都市流入という西欧の近代と異なった歴史過程を踏みます。ある意味アジア的な専制国家の下、古い中世の仕組みが温存された社会だったわけです。

ウエストファリア条約自体は、主権国家が宗教を選択できるとしているものの、想定されているのはカトリックかプロテスタントかという二択だったわけですが、イギリスが拡大解釈してイギリス国教会をでっち上げたように、一定の汎用性があったわけで、皮肉なことに東方正教のロシアやムスリムのオスマン帝国などにも援用可能なわけで、結果的にアジア的大帝国は延命することになります。このことの多義性はいろいろ厄介なんですが、例えば万世一系の現人神にあらせられる国家元首とか、政府の上位にある党とかが簡単に定義できてしまうという側面と共に、西欧世界と直接軍事的に対峙していたオスマン帝国は解体されますが、遠いインドや中国には直接軍事的には関与せず、軍備の威嚇を前提としながらですが、帝国の政体のまま貿易を独占するなどして搾取するという関係が築かれます。いわゆる植民地貿易ですね。

こういった西欧世界のロジックに直面してきたロシアの立ち位置の微妙さは、ウクライナ問題にも影を落とします。近代主権国家を定義した西欧では、今や主権国家の枠組みを見直す可能性のある国家統合の途上にあります。EU自体は歴史的に交戦を繰り返してきた独仏両国の妥協の産物ですが、統合と言えば聞こえは良いものの、2度の大戦で疲弊し、米ソ冷戦下で常に両大国の圧力に耐えてきた西欧世界に対し、アジアでは帝国が温存されアメリカは孤立主義で帝国化し、ロシアでは社会主義革命でソビエト国家が成立し、実態は計画経済の帝国として機能し、ソビエト自体は解体されたものの、ロシア共和国はなお強大で、且つ旧ソ連を形成していた各国への影響力を保持しようとしている状況で、自らも帝国化の道を歩み始めたと見ればわかりやすいところです。結果的に周辺国への加盟拡大で、域内貿易を拡大することで、見かけ上の成長が実現するわけですから、ある意味かつての植民地貿易にも比肩しうる欺瞞が潜んでいます。

というわけで、かつて先進国と途上国の間に越えがたい壁のあった時代には、少なくとも先進国では民主政治のシステムが有効に働いて国内の所得格差は縮小傾向にあったのですが、東西冷戦の終結と新興国の台頭に、金融自由化ととIT革命の影響もあって、国家間の格差は縮小する一方、国内の所得階層間の格差は拡大し、特に先進国では中間層の下層シフトが顕著となり、上記の中間層の満足度が低下することになります。つまり民主政治が機能しなくなってきているわけで、悪霊で描かれた革命前夜のロシアの状況が普遍性を持つという不幸を甘受する羽目に陥っているということでしょうか。9.11のような直接的なテロ以外にも、移民排斥やヘイトデモなども同じ文脈と考えられます。また、政治のポピュリズムによって、そういった国民の気分に政治が反応し、国家間の対立へと発展する傾向もまた顕著となります。

という中で、中ロ間で天然ガス供給をはじめ、接近の動きがあるという報道がありますが、その一方で中国は中央アジアのカザフスタンなど個諸国との関係を強化したり、ウクライナにまで核の脅威から守るという友好条約を親ロ派と言われたヤヌコビッチ政権時代に締結するなどしてロシアの近隣国に手を伸ばしている状況ではありえない話です。

というか、中国自身が世界の帝国化の趨勢を横目に見ながら、共産党の一党独裁をやめられない状況にあるというべきでしょうか。元々22省5自治区4直轄市2特別行政区に区分された多民族連邦国家で、共産党支配がなければ国家統治が成り立たない状況がある上に、急成長で都市部を中心に拡大した中間層が、とりあえず現状を支持している状況です。中国を囲む各国が帝国化する中では現実的な選択ではあります。とはいえ民主政治が確立していないため、所得配分の歪みを是正することができず、ウイグルのテロ事件などが防げない状況です。意外なことですが、中国指導部は長期政権を安定的に維持している日本を手本にしているそうな。そういう意味で民主党の政権交代の失敗は、悲しいかな取り返しがつかないことかもしれません。

ロシアの苛立ちには「オランダ病」と言われる資源国のジレンマもあります。新興国の工業化で資源争奪戦が激化した結果、資源価格は上昇しているわけですが、その結果、オーストラリアやブラジルなどの資源輸出国は貿易黒字になり通貨高のため、工業製品の輸出競争力が低下してしまうというものです。ロシアも同様の状況にあるわけですから、経済制裁で通貨安となっているロシアの現状はことのほか悪くないということは言えるかもしれません。経済関係の希薄なアメリカは別として、EUも日本もロシアの石油や天然ガスは、中東と並ぶ生命線でもあるわけで、これ以上の経済制裁には踏み込めないのではないかと言われています。

これに苛立つアメリカは、シェールガス革命に沸く国内事情もあって、従来戦略物資として原則輸出禁止としてきた石油やガスなどの輸出を強化する動きを見せています。これは禁輸のためにアメリカ国内のガス価格が著しく低下してしまい、掘削コストのかかるシェールガスやタイトオイルの開発にブレーキがかかっているという裏の事情もあり、ロシア制裁のために日欧への輸出を戦略的に進めるという流れになるとすれば、どちらに転んでも日本には悪くない状況は期待できます。ただし落とし穴もあります。

時事深層 INDUSTRY ヘリウム不足、 ロシア混迷で深刻に 日経ビジネス2014年4月21日号
シェールガスは成分の関係で在来型の天然ガスと比べていろいろ問題点もあります。その1つが精製過程で副産物として得られるヘリウムの生産が縮小するという問題で、、アメリカは今のところ世界へ輸出しておりますが、ヘリウムも禁輸される可能性があり、そうなるとコイル冷却で大量のヘリウムを必要とする超伝導リニアがとん挫する可能性が出てくるというものです。そういやナチスドイツへの経済制裁としてドイツへのヘリウム供給を止めたことが思い出されます。

第一次大戦でドイツの飛行船ツェッペリン号の空爆でイギリスの工業力は壊滅的打撃を受けたわけですから、ヘリウム禁輸は当時としては当然と考えられていたようですが、その結果ドイツが意地になって開発した大型飛行船ヒンデンブルク号は水素ガスを用いた結果、試験飛行中に爆発炎上するという事故を引き起こします。一方で改良が進んで高速で飛べる航空機の発展もあって、飛行船の歴史は一旦途絶えるわけですが、超電導リニアは第二のヒンデンブルク号になるのでしょうか。

というわけで、マルクスの有名な言葉「歴史は繰り返す。1度目は悲劇として、2度目は喜劇として」に倣えば、悪霊のニコライも腹抱えて大爆笑中かも。

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