« リスクを恐れない迷惑な人々 | Main | ワールド・アナザー・ヒストリー »

Sunday, January 22, 2017

忘れた頃のBrexit

トランプ大統領就任ばかりが報道される中で、イギリスのEU離脱が久々にニュースになりました。

英、EU単一市場から完全撤退 メイ首相が離脱方針表明  :日本経済新聞
ポンド安で市場は動揺しましたが、今は収まっています。冷静に見ればメガFTAと見做せるEUの関税同盟からの離脱と新たな個別FTA締結交渉と見れば、騒ぐような問題じゃないです。そもそも工業国同士で貿易収支はイギリスの赤字基調で、保護すべき農業・畜産分野はBSE問題もあって事実上壊滅状態なので、貿易協定に関しては揉める要素が少ないですし、金融に関しても、EU側にロンドンに代わり得る金融都市は見当たらない状況で、ダブリン、フランクフルト、ルクセンブルクあたりが色気を見せておりますが、中国返還でシンガポールに地位を奪われると言われた香港の金融市場が、人民元も国際化もあって存在感を増しているように、ロンドンのオフショア市場としての機能が簡単に他所へ行くことは考え辛いです。

EU側の懸念としてはイギリスに甘い顔をすると各国の離脱派を勢いづかせるという不安があるようですが、財政危機で離脱が噂されたギリシャが残留しているように、ユーロ圏諸国の離脱は現実的に不可能と考えて良いでしょう。となると独自通貨を持つデンマークやスウエーデンが離脱候補か?って話ですが、現行体制で経済好調を維持している両国の離脱はあり得ません。

27日にはトランプ・メイ会談が予定され、外国首脳との初会談になるとの報道もありますが、米英がすり寄って保護主義へ進むという議論は無意味です。イギリスにしてみればメガFTAから抜ける以上、EUに丸投げしていた主要国との通商交渉を進めるのは当然ですし、TPP離脱とNAFTA再交渉を掲げるアメリカにとっても、イギリスとの関係は重要になります。ただ立ち位置は似ていても同床異夢ではあります。

イギリスは民族資本こそ淘汰されたものの、工業を支える電力・ガス・水利や、市場アクセスを保証する港湾・運河・鉄道・道路などのインフラも整っており、技術者も多数いてそれらのリソースがあるから外資が集まってそうしたリソースを利用した生産拠点を持つことができたんですが、シェール革命で資源国の要素が強まるアメリカでは、トランプ政権でどれだけテコ入れしても、製造業の復活は難しいでしょう。しかもフォードやトヨタを標的とした口先介入にしても、支持者からは「よく言った」と褒められるとしても、名指しされた企業の自己申告で「これだけ雇用を生み出します」と言うだけで、政策としての検証のしようがないですから、結局自己満足で終わると見ています。

その中で物議を醸す国境税問題ですが、これが案外実現可能性が高いのです。これEUの付加価値税(VAT)や日本の消費税などで輸出還付金が国境調整としてWTOルールで認められており、アメリカには同種の間接税がないことを問題視してきた共和党主流派にとっては懸案だったもので、上下両院で多数派となった状況で議会を通しやすくなっているわけで、トランプ大統領自身は「複雑すぎる」という感想を述べてますが、議会を通れば拒否権を発動することはないでしょうから、実現可能性はそれなりに高いと言えます。むしろ法人税の国境調整という制度の宿命で、正しく申告されるか?という疑問は残ります。

あとCNN記者の質問に答えなかったことで話題のロシアとの関係ですが、噂として言われるトランプ氏の乱痴気騒ぎをロシア当局に盗撮されて弱みを握られているということですが、これクリントン元大統領の女性政務官との不適切な関係があくまで地位を利用した私的な関係だったことと比べると、新大統領はロシアの傀儡ということになり、事実であれば大変なことですが、それがCIA報告に含まれていたというのは、ちょっと考えにくい。アメリカの外交を一気に無力化しかねないことでもあるわけで、そんな報告を安易に出すとすれば、情報当局としておかしいわけですが、イラクの大量破壊兵器問題やスノーデン事件に見られるように、既に組織として劣化している可能性もあり、どう転んでもトランプ大統領が目指す強い外交姿勢は成り立たなくなり、世界を混乱させることになりかねません。

そのロシアですが、シリアのアサド政権を支援してイスラム国を抑え込もうとしており、トランプ大統領もそれを支持する方向のようですが、そもそもイスラム国を巡ってはイラクでもシリアでもシーア派政権の抑圧され、独立志向の強いクルド人勢力を欧米が後押しする中でスンニ派の受難が続き、それ故にスンニ派部族がイスラム国支持を打ち出して草の根で支えている状況があるわけで、イスラム国を終わらせるにはそんなスンニ派の受難を解消してイスラム国を孤立させることこそ重要なんで、米ロ接近は問題解決をもたらしません。むしろテロの脅威は増すことになります。

てことで、トランプ大統領のアメリカは、当面の経済の好調さと裏腹に、先行きに多くのリスクを抱えています。為替のドル円もその辺を睨んで円安の戻りが見られます。で、TPPからの離脱ですが、アメリカ抜きのTPPという機運は関係国から出ていますが、日本政府は及び腰です。日米FTAへの期待もあるようですが、元々工業製品の関税は低く交渉余地が限られる一方、高関税の農業分野では一層の譲歩を迫られますから、日本にメリットはありません。しかし安倍政権だからな。

首相、外交前面に施政方針 戦後秩序転換に危機感  :日本経済新聞
「戦後レジームからの脱却」を主張してたはずが「戦後秩序転換に危機感」を抱くって矛盾甚だしいですが、反対してた筈のTPPに前のめりになったように、アメリカに言われれば何でもやっちゃう安倍政権です。トランプに接近しすぎて意のままに操られる可能性はあります。これがホントの Trump Partner's Problem でTPP-_-;。日本の場合はむしろこれを機に自立してアメリカ離れを模索するチャンスなんだが。

問題の根源はグローバリゼーションで多国籍企業に富が集中する一方、職を失う中間層の下層シフトが止まらないわけですが、これ国内の所得再配分問題であって、通商交渉で解決できる問題ではないのですが、世界規模で進む法人税減税やタックスヘイブンを利用した課税逃れの横行もあって、所得再配分がうまく機能しなくなっている点も見逃せません。だからTPPを成長戦略の柱とする安倍政権の対応は論外ですが、TPP離脱やNAFTA再交渉を掲げるトランプ政権も問題なんです。Brexitに関しては、メイ政権の国内政策が見えないきらいはありますが、主権の回復で国内の格差対策に進む可能性は高いと見ています。何しろ19世紀に救貧法や労働法を確立したイギリスですから、政治プロセスの強固さは確実にあり、むしろEUのくびきを外れることはプラスです。

てな世界の動きの中で日本ではドメスティックな炎上騒動がありました。田園都市線の19日の遅延に関する民進党の藤末健三義委のツイートが発端です。

「30分以上の遅延で無料にすべき」 電車遅延を巡る民進党議員のツイートに批判続出、本人の見解を聞いた - ねとらぼ
それに対する本人の釈明がこちら。
田園都市線の遅延に関するツイートについて | 民進党参議院議員 ふじすえ健三
藤末議員の言葉足らずのようですが、叩いた人たちも含めて大きな誤解があります。運送約款上の事業者の責任は旅客を発駅から希望する着駅まで安全に輸送することであって、時間に関する責任は基本的にありません。だから遅延しても良いという意味ではなく、藤末議員の言う遅延を防止する仕組みですが、遅延の何が事業者にとって問題なのかに関する理解が乏しい点でしょう。

平日朝のピーク輸送にリソースを総動員して最大輸送力を確保している現状では、遅延は車両や要員の回転を悪化させて事実上の輸送力低下を招きます。つまり生産性が低下して事業者は損失を被るわけで、それを避けたいという事業者側のインセンティブは実質的に存在します。それでも遅延が発生するのは、端的に言えば乗客が多すぎて混雑が遅延をもたらす状況が常態化している点にあります。

だから東急は東名―首都高経由の通勤バスを走らせたり、田園都市線の定期券で地上のバスに乗れるサービスをしたりして混雑のピークカットに努めてはいますが所詮焼け石に水で目に見える効果は出ていません。大井町線急行の7連化も発表されてますが、やはり効果は限定的でしょう。都心直結の利便性もあって高齢化が進んでも住み替えで若い世代が入ってきますから、混雑はなかなか解消しないわけです。で、ホームが混雑すると危険ということで列車の駅進入が抑止されたりして雪だるま式に遅延が大きくなるわけです。

田園都市線に限らないんですが、特に首都圏の私鉄では割引運賃の定期客のためにピーク輸送力の増強を迫られる状況で、高度経済成長時代のインフレ批判のスケープゴートにされて低運賃政策を押し付けられたこともあり、全般的に投資不足の状況にあります。その意味で混雑対策として有効なのは運賃の値上げですが、批判が怖くてそこへは踏み込めない。結果的に混雑は放置され遅延が常態化してしまうという悪循環です。あるいは戦前の大阪市営地下鉄の建設費調達で使われた受益者負担税を復活させるかでしょうか。いずれにしてもハードルは高いですが。

今回もグローバルに始まってドメスティックに終わるスタイルだなあ^_^;。

| |

« リスクを恐れない迷惑な人々 | Main | ワールド・アナザー・ヒストリー »

ニュース」カテゴリの記事

経済・政治・国際」カテゴリの記事

鉄道」カテゴリの記事

バス」カテゴリの記事

大手私鉄」カテゴリの記事

都市交通」カテゴリの記事

Comments

経済学でベーシックインカムと並んで理論上は合理的だが実現性が乏しい政策の1つに混雑料金があります。

とはいえ、ICカードの普及率を考えたら、そろそろ定期券の割引を時間帯に応じて可変にしても良いような気がします。
通勤定期券の運賃割引をやめて普通乗車券の往復運賃×日数分とした上で、乗車駅の改札通過時刻に応じてICカードにチャージ(キャッシュバック)していく仕組みができれば、利用客にピーク時間帯を避けるインセンティブが生まれます(磁気定期は割引なし)。
ピーク時間帯はキャッシュバックなしで、早朝とピーク後から昼間の閑散時間帯にかけてチャージ額が増えていく設定にすればオフピーク通勤の促進につながるはずです。
ピーク時の通勤利用はキャッシュバックがない分増収になるので、それを原資に輸送力増強に充てられます。

国も鉄道会社も運賃政策について真剣に考えて欲しいものです。

Posted by: yamanotesen | Tuesday, January 31, 2017 11:35 PM

混雑の解消は日本の特に首都圏の都市鉄道には重要なテーマですが、人口減少が始まって事業者の投資意欲には期待できない中で、運賃政策は重要ですね。

そんな中で各社有料着席サービスの導入を進めてますが、人口減少による減収のカバーの意味合いの方が強い感じですね。

そんな中で鉄道ジャーナル3月号でロンドン地下鉄のIC乗車券限定で複数回乗車で1日乗車券の価格を上限とするユニークな運賃制度が紹介されてます。特定エリアの複数回乗車は観光客などの利用喚起になる上、ロンドンのケースでは割引対象となる3回目以降の乗車は結局ピーク以外の利用になるから事業者の負担にならないという意味で、日本でも導入可能ではないかという問題提起です。

折角IC乗車券を導入しながら、有効活用されているか?という疑問は確かにありますね。加えてオフピークや閑散時間帯の利用にはポイント還元といったことも考えられますし、日本でもやりようはあると思います。

その意味で問題提起しそこなった藤末代議士の炎上は残念なところですが。

Posted by: 走ルンです | Wednesday, February 01, 2017 09:24 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 忘れた頃のBrexit:

« リスクを恐れない迷惑な人々 | Main | ワールド・アナザー・ヒストリー »