国民国家のサスティナビリティ
米NY株式市場の変調で揺さぶられた1週間でしたが、とりあえずインフレ懸念は後退し、値を戻しています。インフレ懸念で米長期金利が上昇したことが嫌気された結果、買い相場を支えた投資資金が利益確定売りに動いた結果ですが、その影響は世界を巡り、東京の日経平均も一時27.000円台まで下げました。しかし米雇用統計が予想より悪く、インフレ懸念が払拭されて上げに転じた訳で、経済的にポジティブな情報で値を下げネガティブな情報で値を上げる倒錯相場が鮮明です。
今回のインフレ懸念は米中デカップリング、スエズ運河座礁事故、テキサス大停電、ルネサスの工場火災と重なったサプライチェーン分断による半導体不足に加えて、ハッカーによる米石油パイプラインの停止もあり、コストプッシュ要因が重なったことが大きな要素です。賃金上昇を通じた需要拡大によるデマンドプルインフレと違って、コストプッシュインフレは持続性はない訳で、FRBは一時的なインフレとして市場を鎮める発言を繰り返しました。イエレン財務長官も同様の発言をしており結果その通りだった訳ですが、雇用重視でインフレファイターとしての中央銀行の役割は脇へ置かれています。
ただ順調に見えるバイデン政権ですが、イスラエルとパレスチナの紛争が影を落とします。対中軍事強化で中東が手薄になった結果ですし、イラン核合意への復帰に対してイスラエルが不信感を高めている一方、イランもイスラエルに接近する湾岸諸国への牽制としてハマスへの武器供与をしており、構図を複雑にしております。イラン核合意復帰を模索しながら国内向けに親イスラエルの姿勢を見せざるを得ないアメリカの苦しい立場が見えます。
パレスチナ国家を目指すパレスチナ人を含め、それぞれの立場での合理的な選択をしている訳ですが、それが不幸な結果しかもたらさないのが悩ましいところです。とはいえガザ地区のパレスチナ人の死者に対してイスラエルは死者1桁ですから、自衛権に基づく報復としても非対称な訳ですが、自国民の生命を守るという大義名分を声高に主張します。建国の経緯からアラブ世界に割り込む形になったこともあり過剰防衛の傾向は強いですね。その意味でイスラエルのワクチン接種のスピードは驚異的ですが、対象はユダヤ人のイスラエル国民であり、単純労働をパレスチナ人などのアラブ系住民に依存している現実は、国内の深刻な分断を示します。
これある意味アメリカの人種差別よりも厳しい現実な訳で、アメリカならば同じ国民としてワクチン接種も受けられる一方、イスラエルは自国民以外の出稼ぎ労働者までは面倒見る気なしってことですね。そういえばアメリカもイギリスも他国に先駆けてワクチン接種を加速し、その効果で制限緩和に動き、他国に先駆けて経済を回復させており、冒頭の米国株安の原因の一部になっています。しかしそのために自国民優先でワクチンの輸出制限をかけたことは既に指摘した通りです。国民国家のエゴ丸出しですね。
そしてワクチン製造能力を有しながらワクチンが行き渡らず、コロナ克服を宣言して制限解除した結果、感染爆発したインドですが、人口大国で且つカースト制の影響で必ずしも国民にワクチンが行き渡っていなかったんですね。かくしてインド株と呼ばれる変異種の出現を許し、より感染力を増したウイルスを世界に拡散させてしまいました。変異種の影響で感染爆発したのではなく、感染爆発が変異種を生み出したので誤解なきように。
その意味では中国の感染封じ込めは成功したと言えます。実際発生地の武漢株は既に淘汰されており、世界に拡散したのは欧州株などの変異種であることも知られております。中国製ワクチンは所謂不活化ワクチンで、有効性はmRNAワクチンのファイザーやモデルナのものと比べると劣りますがWHO基準は満たしております。但し生産能力の問題から粗悪品があると言われてはいますが。
結局強い規制で感染を封じ込めた中国がいち早く経済を復活させたことは確かです。欧米はもちろん、Go To で経済を回そうとして感染を拡大させた日本も含めて、初動の不徹底が尾を引いていることもまた確かです。100年前のスペイン風邪のときも同様でした。感染を抑え込むことが最大の経済対策なんですね。
中国絡みではウイグル問題が取り上げられる機会が増えましたが、香港のように警察による市民の弾圧や活動家の拘束や刑罰の厳格化などの情報が見えているところと違って、ウイグルに関しては極端に情報が少ないのが不思議です。日本を福ぬ外国企業の駐在員や報道関係者もいる筈ですし、100万人規模の強制収容所で強制労働を強いられているとすれば、いかに中国政府が報道統制を敷いていても、当事者の声が漏れてくる可能性を閉ざすことは困難な筈ですが、今のところ一部西側メディアの報道と国外のウイグル独立運動メンバーの発言以外に事実を示す情報が無いんですよね。独立運動も西側の保守陣営の支援を受けており、中立性は担保されていません。
一方BrexitでEU残留派の多いスコットランドの総選挙でスコットランド国民党(SNP)が多数となり、EU復帰含みの独立を問う住民投票の実施を政府に迫ってますが、ジョンソン種層は認めない方針です。また仮に独立したとしても、スペインのカタルーニャやベルギーのフラマンなど加盟校に独立運動を抱えるEUが加盟を認めるハードルは高いと言えます。寧ろEUとの関係で言えば北アイルランドで宗教紛争が再開しており、こちらの安定化の方が英EU双方にとっては喫緊の課題です。
中国のワクチン外交への対抗の意図でしょうけど、バイデン大統領は途上国三毛に特許権の一時停止を宣言しましたが、これにはドイツその他から反論され、製薬メーカーも異議を唱えます。確かにmRNAワクチンのような高度な技術は公開したところで途上国で生産するハードルは高いし、寧ろ低温輸送や保管などや医療リソースの脆弱性など別の問題もあり、特許権の停止よりも先進国で増産して輸出代金を割り引いたりデリバリーや医療の支援をする方が現実的というのも一理あります。中国レベルの経済大国でもワクチンの品質問題があるぐらいですし。
とはいえ製薬会社は増産で莫大な利益を得ることもまた確かですし、デリバリーや医療支援は公的資金で行われるとすれば、やはりすっきりしないところはあります。よく考えたらこれ気候変動問題と似た構図ですね。先進国は率先して意欲的な脱炭素目標を掲げて実現のために技術開発を行う一方、途上国に対しては経済成長容認と技術供与で支援するという形ですが、これを経済成長に結びつけることが意図されています。ワクチンと似た構図ですね。
ということで、ワクチン供与問題の妥当な解決ができるかどうかは、より困難な脱炭素目標の実現の試金石でもあるという訳です。コロナの克服が世界規模で出来なければ、脱炭素など夢のまた夢ってことですね。より踏み込んで言えばコロナ封じ込めのために経済を止めたように、経済を止めればCO2排出は確実に減らせる訳ですが、経済成長を求めながら排出も減らすという二兎を追う作戦ってことですね。SDGsってつまりコロナと共存しながら経済を回すという先進国が揃って陥った誤謬をそのまま踏襲することになります。
逆に後進国の立場からは、僅かばかりの援助と引き換えに先進国にとって好都合な管理された経済成長の容認という訳で、成長の果実が手元に残る可能性は低いと言えます。SDGsに埋め込まれた欺瞞です。一方経済大国でありながら途上国扱いの中国の良いとこ取りは許さないってのがバイデン政権の狙いではある訳で、厳しい脱炭素目標も順守を求める一方、途上国支援の資金は中国にも負担させようという狙いですね。
同時に製造業の空洞化に対してEVや再エネ投資や鉄道シフトを言意識したインフラ投資など、ある意味中国の直近の成功体験をなぞっている訳で、グローバルサプライチェーンのハブ機能を国内に呼び込み、以て国内に安定雇用を生み出そうという狙いですが、うまくいくかどうかはわかりません。JR東海が進めるテキサス高速鉄道にとってはチャンスかもしれませんが、こうした国家間のエゴ丸出しの姿勢では、結局コロナも気候も解決は覚束ないと見るべきでしょう。国民国家が地球を壊すというリアルを認めざるを得ないんじゃないでしょうか。
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