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Saturday, May 01, 2021

コロナでクエンチするリニア

サイドバーの川辺謙一氏の著書を読んで、予想以上の超電導リニアの技術的完成度の低さに驚きました。皮肉ですが、南アルプストンネル静岡工区を巡る静岡県との対立も、寧ろ時間稼ぎになるかもという皮肉な構図にさえ見えてしまいます。その辺も含めて、ある意味コロナ禍は中央リニアのプロジェクトを見直すチャンスでもある訳ですが、JR東海は情報開示に消極的ですし、メディアの動きも鈍いということで、現時点での見解をまとめておきます。

但し技術面での課題に関しては、川辺氏の著書に詳しく且つわかりやすくまとめられておりますので、ここでは繰り返しませんが、1つ超電導リニアの中核技術である超電導コイルのクエンチ現象には触れておきます。通常の鉄道であれば鉄車輪と鉄レールで支持、案内、走行の3つの機能を支えている訳で、19世紀以来の技術的蓄積のある枯れた成熟した技術ですが、リニアでは車載の超電導コイルで行うことになります。

超電導コイルにはクエンチと呼ばれる超電導現象が消失するトラブルがあって、既に実用化されているMRIやNMRといった超電導機器ではしばしば起こります。安定化対策はされているものの、発生確率をゼロにはできません。500km/h走行中に発生すれば列車の挙動が不安定化することは避けられません。実際国鉄時代の宮崎実践線ではクエンチに悩まされましたが、山梨実験線では公式には起きていないことになっています。

JR3社の最終赤字1兆円超 西日本は過去最大の2332億円:日本経済新聞
元々JR東海の財務面でのリニア事業の不透明性に疑問を抱いて、実現可能性は低いと考えておりましたので、コロナ禍の逆境の話から始めます。JR3社の赤字決算自体は予想されたことであり、昨年時点で赤字見込みは発表されておりましたが、JR東日本5,779億円、JR西日本2,332億円、JR東海2,015億円で3社合計1兆円超の大赤字となりました。

ただ中身は各社様々で、JR東日本はホテルやモノレールなどの関連事業で評価損が発生して減損処理により見込みより赤字拡大となりましたが、JR東海については赤字幅は微減しております。とはいえ米中デカップリングのエントリーで指摘したように、前期利益に対して凡そ6,000億円の減益です。JR東日本は関連事業の不振による評価損ですから、あくまでも帳簿上の赤字拡大なのに対し、運輸事業のウエートが高いJR東海は、実入りの減少ですから、より深刻と言えます。しかも東海道新幹線のウエートの高さもあります。ビジネスユースが多い東海道新幹線ですから、それでも山陽や東北など他の新幹線よりも利用の戻りはあるし、客単価が高く値引きの必要も薄いなど優位です。

またリース料の発生する整備新幹線と違って自前資産ですからその面での優位です。実際2020年10-12月期の四半期決算では黒字を計上しています。東京都の Go To 解禁で利用が戻った結果ですが、ほどなく感染拡大による年末年始の帰省自粛や年明けの金杞憂事態宣言再発出で赤字転落しています。コロナ禍が長期化すればよりダメージを受けるという意味でぜい弱な財務構造です。

一方でこのニュース。

JR東海、リニア総工費1.5兆円増 難工事対応、7兆円に:日本経済新聞
元々新幹線保有機構にリース料を払って旧国鉄債務償還の原資とするスキームに対して、株式上場を控えたJR東日本が東京証券取引所から主たる事業用資産が自己保有ではなくリースでは上場基準を満たすのが難しいという助言を受けて、東海と西日本に呼び掛けて新幹線買い取りを国に発議したのが始まりです。

それを受けて国は東海道、山陽、東北、上越の4新幹線を再取得価格法という時価法で評価しなおし、更に整備新幹線その他の鉄道整備財源として鉄道整備基金への拠出金を上乗せして25年ローンを組んでJR3社に課したうち、JR東海の負担分が5.1兆円ですが、これJR東海が中央リニアの名古屋までの自前建設を打ち出した時の事業費が同額で、当時2014年着工2025年開業というスケジュールを示しておりました。これつまり、東海道新幹線買い取りで発生する減価償却費をローン返済に充てる一方、ローン終了後はキャッシュフローの余剰が発生する訳です。それを投じればとりあえず名古屋までなら開業できるということで、加えて開業後の運輸収入の増加分で大阪延伸を図れば、総額9.1兆円でリニアを完成させることができるという計算が立つ訳です。資金繰りがつくから単独事業で可能ということですね。

その後当初中間駅設置費用の地元負担を自己負担したりして事業費は見直され、また名古屋開業も2年延期で2027年になりという風に変化はしていますが、資金面での基本的な事業のスキームは変わっておりません。安倍政権が決めた3兆円の財投資金投入は、JR東海の資金繰りを支援して大阪延伸を最大8年前倒しするというものです。この辺ちょっと入り組んでますが、現在総額9.3兆円、内名古屋まで5.5兆円で、財投の3兆円は融資ですから、最終的にはJR東海が全事業費を負担することになります。さて、ここで問題です。リニアの1.5兆円の事業費膨張は今後どんな影響をもたらすでしょうか?

さしあたって3兆円の財投資金がありますから、直ちに資金ショートは起きません。但し開業スケジュールは大きな狂いが生じます。2027年の名古屋開業は資金面からもほぼ絶望的です。はて、元々静岡工区の未着工で2027年の開業は絶望的ですから、実は当面さほど困らないのです。不思議ですね。しかし当然大阪延伸を繰り上げるための財投資金投入だった訳ですから、名古屋開業が決まらない以上大阪延伸はいつになるかわからない状況になります。但し据え置き期間3年を過ぎると利払いが発生しますが、現行の低金利下では大きな影響はないでしょう。

てことで開業スケジュールが流動化する訳ですが、それでも事業の見直しは難しく、開業時期か延び延びになって事業費も膨張を続けという具合になり、何のための事業かが曖昧になっていくということになります。この状況でコロナ禍が長引くとすると、おそらく長引くでしょうけど、JR東海の経営体力は急速に失われることになります。しかし財投資金投入で公的性格から事業の見直しは困難なので、JR東海のお荷物になるということになります。なまじ財投資金を入れたために、JR東海も引くに引けなくなってしまった訳です。

名古屋リニヤ談合だがやで指摘したように、財投資金投入したがために事業の公的性格を問われ談合事件として告発され一審判決は出ております。事件としては談合を問うには無理筋なんですが、大林組と清水建設は罪状を認め先に有罪判決を受けており、分離公判となった大成と鹿島にも有罪判決が出ています。

事件のあらましは大成建設を中心にゼネコン4社が希望する鉱区の工事受注を談合で決めたというものですが、難工事となるトンネル工事などでの発注者となる鉄道事業者とゼネコンとで入札前の技術的な打ち合わせはありますが、有罪の決め手となった証拠が、工区別の予定価格と受注希望を表にまとめた星取表と呼ばれるエクセルワークシートでして、大成建設の営業部長の示唆で大林組の営業員が作成したとされています。これ早い話ゼネコン同士の仲間割れなんですが、それを誘発したのが、上記のようなJR東海の厳しい予算管理の結果です。

しかし実際の工事で予想以上の難工事に加え、工事現場でのコロナのクラスター感染も起きて工事が止まり、静岡工区の未着工問題を抜きにしても2027年の開業スケジュールは無理な状況だった訳で、寧ろ静岡県を悪者にして工事の遅れの言い訳になるという倒錯した構図が見えてきます。財投資金投入の責任を政府もJR東海も問われないという意味で好都合ではあります。

となると、見えてくるのがいずれかの時点で静岡県の言い分を退けて着工することですが、これ成田や辺野古などで繰り返されたことと同じです。加えて言えばそれが本来はJR東海という1民間企業の事業に対して、国が関与したばかりに起きることになります。その結果ただでさえ難工事が予想される静岡工区の着工はますます工事の遅れの原因になり、終わりの見えない工事が延々続く事態です。尾張名古屋は遠い^_^;。

純民間投資ならば株主が異議申し立てするでしょうから、いずれ事業の見直しに進む可能性はありますが、なまじ国策となっているがために、コーポレートガバナンスが働かない可能性があります。海外原発事業でコケた東芝がそうですが、不正経理で損失を隠して迷走し、上場維持のために内外の投資ファンドに増資を引き受けてもらった結果、その投資ファンドに翻弄されているばかりか、その1つのCVCキャピタル・パートナーズ出身の車谷社長の保身のためのバイアウト提案までされて醜態をさらしています。キオクシア(旧東芝メモリー)という金の成る木を持ている点も東海道新幹線を持つJR東海と似ています。

一方コロナが長引けばJR東海の収益構造を確実に弱らせます。またリモート会議が普及して出張自体が減るとすれば、ただでさえ生産年齢人口の減少でビジネス需要の減少が見込まれる訳ですから、コロナを口実にリニア事業の中止する決断は不可能ではありません。しかしそうはならないでしょう。JR東海はとんでもない重荷を背負ったかもしれません。

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