上辺の株価
中国恒大リスクはとりあえず市場が織り込んで株価は戻しております。懸念された2兆円相当のドル建て債の利払い実行を中国恒大が発表し、一部投資家は利払いを確認していないとしながら、猶予するとしており、連鎖パニックは起きていません。リーマン以来の市場ショックに馴れたせいか投資家の冷静さが目立ちます。加えて表面上動きを見せない中国当局も危機回避に動いたと見られ、影響は限定的との見方に傾きました。
この辺統制が容易な中国当局ならではかもしれませんが、日本のバブル崩壊やリーマンショックと違って当局の対応に対する期待が市場関係者で共有されているが故の安定という何とも皮肉な現象ですが、上辺の株価は戻しています。但しこれはこれで問題を抱えている訳なんですが。というのは終わらないアベノミクスで指摘した異次元緩和の弊害としての長期停滞に類似した状況が米株式市場にも見られる点です。端的に言えば株価水準が高すぎることが投資家に迷いをもたらしているということです。
高すぎる株価の弊害の1つ目は配当利回りの悪化です。売上から仕入れと諸経費を差し引いて法人税を支払った後の最終利益が次期繰り越し分を除いて役員報酬と株主配当として処分される訳ですが、株価が高くなれば株主は取得価格の上昇によって配当利回りが悪化する訳です。一方で元々の株主にとっては株価の上昇は売却で差益を得られるチャンスでもある訳です。
所謂インカムゲインとキャピタルゲインですが、どちらも取得価格が安ければ安いほどリターンが大きくなる訳です。故に株価の上昇は必ず天井がある訳ですが、緩和マネーの株式市場への流入で上昇を続けた結果天井が見えなくなってしまった訳です。株価は天井をつければ必ず下落しますから、その前に売って利益確定する必要があり、実際多くの投資家が利益確定売りをしているにも拘らず、その後また上昇を続ける株式市場について行けず、安全資産の米国債に資金が流れた結果、国債金利の低下で結果的に株式投資が優位になるという循環に陥っている訳です。
企業は企業で高すぎる株価を維持するために余剰資金を配当へ回したり自社株買いで株主還元したりして株価維持に努めます。その結果妙なことが起きており、株式市場へ流れ込んだマネーの多くは成長投資へ回らず株主還元と株価連動報酬による役員報酬という形で山分けされている訳です。これは事業の業績に応じて配当や報酬を得るのではなく、単なるマネーゲームになっている訳ですね。こうなるとリスクを取って新製品開発や新市場創造を行うインセンティブは失われます。中国恒大問題のような市場リスクが顕在化して株価が一時的に下げても直ぐに回復するということは誰も先行きに自信を持てない状況ということになります。株価維持が自己目的化する訳です。
一方M&Aはやりやすい環境ですが、大企業が成長力のある新興企業を手に入れることで自身の成長性に下駄を履かせる効果はあるものの、事業統合によるシナジーがなければ必ずしも成長に寄与する訳ではありません。それどころかGAFAなどIT大手が典型ですが、勢いのある同業のスタートアップ企業を買収して未来のライバルを取り込み競争を回避するとなると逆に成長にマイナス効果をもたらします。米民主党が反トラスト法適用で企業分割を含む規制を模索するのはそのためです。
という訳でアメリカでも量的緩和の継続は成長率を圧縮する効果が見えており、米FRBが年内にテーパリングを開始し更に早ければ来年半ばには利上げに踏み込む出口戦略を示唆して市場に織り込ませようとしています。また半導体や資源の供給不足によるインフレも現実に起きており、対応を迫られてもいる訳です。この点はマイナス金利にまで踏み込んで尚インフレが起きない日本のアベノミクスでは金利を下げても現金や国債への過剰需要で実質金利も下がらないのとは異なり、実質金利はマイナス圏にある訳ですが、それが成長に結びつかないことも認識されているということですね。
日本同様マイナス金利に沈んでいる欧州ECBでも量的緩和の終了は意識されていますが、日本ほどではないもののドイツなどではやはり貯蓄過剰で貯蓄投資バランスからインフレが起きにくい中で、気候変動問題への貢献に向かいます。気候変動リスクは大まかにはフィジカルリスクと転換リスクの2つに分けられます。前者は気候変動による異常気象による暴風や豪雨による風水害の増加や干ばつや山火事被害、農業被害などの現実的な被害のリスクで、後者は石炭や石油に依存しない新エネルギーへの切り替えに伴うコスト負担のリスクです。
現状では前者が過小に後者が過大に評価されており、企業によるグリーン投資が進まない理由となっておりますが、後者には例えば石炭火力のようにグリーン投資の進捗で確実に座礁資産になるといった事情もあります。要は既存インフラが座礁資産となればインフラ保有企業への融資が不良資産化することを意味しますから、それを防ぐ為にEUのタクソノミー(分類)に従って融資先の選別やグリーンボンド投資を銀行に求めることで余剰資金を誘導しようということです。
思い出されるのは日本の高度経済成長時代の日銀の窓口規制ですが、当時の通産省の産業政策と連動して銀行の融資先企業の業種別の配分などを指導していたものです。個別企業までは明示しなかったものの、マクロ経済の調整を担う中央銀行によるミクロ介入ともとれますし、インフレ率など短期のマクロ調整を担うはずの金融政策としては越権行為の可能性もあります。
そして実際80年代後半のプラザ合意後の円高ドル安対策として金融緩和を続けた結果、窓口規制だけでは消化しきれない銀行の余剰資金が不動産に流れ込んでバブル経済をもたらした訳です。また余剰資金の増加は銀行融資による信用創造の拡大の結果銀行向けの貸出金利である公定歩合の調整の機能を低下させます。公定歩合を下げても市中に有り余る資金があればわざわざ日銀から借りるまでもない訳ですね。
ECBの政策も長期的な脱炭素目標の達成には有効かもしれませんが、本来短期的な調整である筈の金融政策として取り組むべきなのかは疑問がありますが、現実的にフィジカルリスクと切替リスクの調整を期待するカーボンプライシングで値付けされた炭素価格が安値水準にある限り難しい訳です。炭素税や排出量取引などで炭素価格上昇を誘導する政策は国の役割ですが、EUにおいても未だ不十分な水準です。その意味でEUが打ち出した国境炭素税で世界を巻き込もうとしている訳です。そんな中で日銀も遅ればせながらの政策を打ち出しました。
「グリーン金融」市場育成に一役 日銀、開示ルール促す:日本経済新聞基本的には銀行に開示ルールを課して融資先を選別させてグリーン投資に見合う資金をゼロ金利融資する仕組みです。日銀が個別融資先を選別する訳にはいかないので、あくまでも銀行の自主的な取り組みとしてのグリーン金融に対してゼロ金利で資金提供するということですね。銀行から国債を高値で買い取っても日銀当座預金にマイナス金利が課されますから直接融資で優遇するということですが、果たして機能するかどうか。それ以前に政府の脱炭素の取り組みの本気度が問われますが、まず炭素税の導入から難題です。
そもそも政府の本気度を疑わせる事実として3.11後に50基の石炭火力発電所建設計画が出され、内13基は地元の反対や事業者の判断出て書きされたものの、残りは建設が強行されています。こんな国は先進国ではほかにないですし、仮に稼働期間40年とすると2060年代まで現役となる訳で2050年カーボンニュートラルに反しますしECBの議論で出てきた座礁資産そのものですね。
その一方で既に大手メガバンクでは内外の石炭火力発電事業への融資を停止しており、また自然災害の多発で保険金支払いが膨らむ保険業界では、気候変動の原因となる石炭火力事業への保険引き受けが忌避されております。長期に亘って資金を管理しなければならない金融機関は既に動き始めており、日銀の対応は周回遅れ且つ効果も乏しい訳です。一方中国はこんな動きです。
習氏、海外の石炭火力建設中止を表明 国連演説で 米欧との対立激化を回避 気候変動の目標深掘りは見送り中国では国内で既に石炭火力の新設は止めており、それに留まらず既存石炭火力の稼働停止も行われております。代わってLNG火力を新設してますが、国内で停電が相次ぎ必ずしも切り替えがスムーズに進んでいる訳ではないようです。加えて中国によるLNG爆買いは元々日本が世界に先駆けて活用してきたLNGの価格を高騰させ、冬の電力危機の原因にもなりました。そんな中国が石炭火力輸出を停止すると宣言した訳です。
「中国より日本の石炭火力の方が高効率で環境にやさしい」というロジックに乗って途上国への石炭火力を日本が輸出しなくても中国が穴埋めするという見立ては完全に否定されました。主要国では日本だけが突出して気候変動対策に後ろ向きという現状です。中国に関して他にもソーラーパネルの設置拡大で再生エネ比率を急速に高めておりますし、国土の砂漠化防止の観点から植林を進めているのも新しい取り組みです。
勿論森林をCO2吸収源とするカーボンネガティブ政策で化石燃料の活用の余地も残す訳です。国土の森林面積比率が高い日本は、戦後の大量植林と林業の衰退で炭素吸収能力が低下する森林の老化で吸収源としては当てにできない状況ですが、テコ入れ策は議論されておらず森林法改正で皆伐される可能性があるなど逆行することばかりやっています。間伐と樹木育成をによる持続的林業へのシフトが必要です。
てな中で、手付かずなのが航空燃料問題で、今のところ決定打はありませんが、航空各社は対応を迫られます。幸いというかコロナ禍で航空需要が著しく減っている訳で、その面でも対応を迫られます。JALが空飛ぶ車によるタクシー事業参入を検討してますが、どちらかと言えば収益機会の確保以上の具体性は無いようです。ドイツやフランスでは鉄道によるコードシェア便運航が取り組まれておりますが、日本でも考えるべきでしょう。特に整備新幹線に関しては乗客減は固定費であるリース料負担の増加となる訳ですから、航空と鉄道の双方にとってのwinwin関係になる筈です。縦割りの現行法の改正は必要ですが。
あとリニアの見直しも必要です。そもそもリニアは鉄軌道式の在来型新幹線の3-4.8倍という電力消費で省電力に反します。JR東海は座席当たりのCO2排出量で航空機より優位という試算をしていますが、1列車1,000人定員のリニアと1機200-300人定員の航空機との比較はあまり意味がありません。また大電力をカバーするには原子力か石炭火力の大出力に頼る必要があり100%再生エネ電力は無理ですから、その意味でも脱炭素の逆光になります。やっぱリニアやめよう。
うーん村上春樹のオマージュにはなってないよなあ。
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