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Saturday, October 16, 2021

分配の経済的な意味

岸田新総理の施政方針演説に有権者の失望が広がっているようです。元々低かった内閣支持率が下がり、与党にとっては誤算でしょうけど、それでも野党の選挙協力が道半ばの今のうちということですね。終わらないアベノミクスで指摘したように。誰が選ばれても同じという現実が早くも明らかになった訳です。特に分配重視を掲げていた筈の岸田氏が「成長なくして分配なし」と言って前言を翻したことは野党からの指摘を待つまでもなく国民に深く印象付けられました。

そもそも分配の意味が分かってんのかな?という疑問が湧きます。経済成長というのはマクロ経済指標のGDPの拡大を意味しますが、GDPは生産の指標であり、算出には産業別の政府統計から産業連関表に基づいて重複部分を取り除くというややこしい計算をする訳ですが、マクロ経済学では三面合一の原則というのがありまして、生産と分配と支出はイコールとなるという原則です。故に分配と支出を定義する2つの恒等式からGDPを推計することも可能な訳です。実際速報値などで活用されます。

分配:GDP=雇用者報酬+営業余剰+固定資本減耗+間接税-補助金
支出:GDP=消費+政府支出+設備投資+在庫投資+輸出-輸入
分配は企業会計と同じ仕組みで、雇用者報酬は人件費、固定資本減耗は減価償却費、間接税は消費税などの物品税の他にも固定資産税などの資産税、印紙税などの取引税、事業税など幅広く企業が担税者となる税一般を指します。但し補助金や税控除などを受けている場合はそれを引く必要があります。そしてそれらを引いた残余が営業余剰です。企業で言えば最終利益に相当するもので、元々GDPが1国で生み出された付加価値の合計で、これは企業の営業総利益(粗利)の相当する訳ですから、企業会計の原理で分配の実相を示すことになります。

支出の方は所得と言い換えた方がわかりやすいですが、生産によって生み出された付加価値がどう使われたかを示します。消費は最終消費支出、所謂個人消費を意味しますが、先進国では多少のばらつきはあるもののおおむね6割程度あり、残りは貯蓄に回ります。つまり家計に視点を合わせた分析となる訳ですが、貯蓄は金融仲介を経て政府支出や企業の投資活動に使われる一方、国内で消費できない分は貿易を通じて外国との間で調整されます。つまり右辺の第2項位以降は貯蓄でまとめられ、貿易黒字は生産に対しての過少消費を、貿易赤字は過剰消費を意味します。

ザックリ言えば雇用者報酬と消費には深い相関があるというのは直感的に理解できると思いますが、故に分配重視は消費低迷の日本の現状から導き出される最重要な課題ということは自明でしょう。そして分配をいう場合、必ずと言っていいほど成長して分配の原資を得るということが言われますが、人口問題を取り上げた過去エントリーで書いたように、2002-2008年のGDP+2.7兆円に対して雇用者報酬-1.5兆円、固定資本減耗+1.5兆円ということで、リーマン前の景気回復基調の時代ですが、雇用者報酬が減って固定資本減耗が増えて、成長の果実は残余である営業余剰にすべて取られている訳ですね。この傾向はアベノミクス時代も基本的に変わりません。

つまり分配自体に歪みが認められる訳で、これを是正することが必要なんです。加えて言えば2009年と2020年にはマイナス成長となった訳ですが、前者はリーマンショック後の低迷、後者はコロナ禍で流石に営業余剰は減少したものの、それ以上に雇用者報酬は減っている訳です。これも非正規雇用者の雇い止めや正社員の希望退職、企業倒産や廃業による失業など複数の経路がある訳ですが、今回のコロナ禍ではそれに留まらず雇用調整助成金を受け取った企業による助成金の着服も幾つか報告されております。

具体的には支給された助成金よりも従業員への休業補償が少ない事例ですが、これ上記の分配の恒等式に照らせば、本来雇用者報酬と相殺関係にある補助金の一部が企業に内部留保されたことを意味しますので、その分営業余剰が増えている訳ですね。典型的な焼け太りですが、こうしたことが許容される制度自体に問題がある訳です。しかし政権からは11月に期限を迎える特例給付の延長だけで、問題点を洗い出して改善する意志は見られません。加えて本来失業給付に使われる筈の雇用保険料の積立金の取り崩しで積み立て不足となり、雇用保険料の改定が検討されております。社会保険料は消費税以上に逆進性が高い訳ですが、消費税で騒ぐならこちらの方が問題です。

結局分配の問題は制度上の歪みをどう是正していくかという議論になる訳ですが、こうした議論が与野党ともに希薄なのが気になります。またメディアがこうした問題を指摘しないから「成長なくして分配なし」みたいなツッコミどころ満載なフレーズを何の衒いもなく政治家が口にする訳ですね。

他方減耗する固定資本エントリーで指摘したように、公共と民間とを問わず投資はある程度活発に行われている訳ですが、その結果固定資本が増えるとその維持費となる固定資本減耗は増える訳です。つまり投資主導の経済成長は分配を圧迫する要因となる訳で、そうなるとますます雇用者報酬に回せる原資が減る訳ですね。つまり「成長なくして分配なし」は大ウソってことです。私がリニアに疑問を持つ理由の1つでもあります。

生産年齢人口の減少に伴って主張される生産性向上も要注意です。生産性の指標とされる全要素生産性(TFP)はGDP成長率を設備投資などの資本要因と労働力の投入量という労働要因で説明される部分を控除した残余であって直接計測は不可能です。あくまでも成長の結果の残余なので、コロナ禍のような経済減速下では意味のない話です。確かに資本と労働には一定の代替性が認められ、故に省力化投資で労働人口の減少を補う余地はあるのですが、資本の増強は維持費の増加を伴うので、一部で言われるシンギュラリティで汎用AIが実現すれば人類は労働から解放されるってのもウソッパチってのがわかります。労働によって賃金を得られないのに維持費は負担せよってディストピア以外の何物でもありません。

話が拡散してきましたのでまとめますが、豊かさを維持するための省力化投資によるある程度の資本による労働の代替は必要ですが、それは慎重に進められるべきことであって、成長のネタじゃないってことです。そんなことを考えたのはこのニュースに接したからですが。

JR東日本の変電所火災、機器トラブルが原因か:日本経済新聞
JR東日本蕨基幹変電所の火災で長時間運休が起きました。日曜日だったこともあって混乱は限定的だったとはいえ、駅間に停止した列車内で長時間閉じ込められた人も相当数いた訳ですが、メディアでは復旧の遅さや情報提供の的確さなどに報道の重点があったよう見見受けられ、乗客を線路に降ろして徒歩避難をもっと早くすべきだったとか、電車にバッテリーを搭載して最寄り駅まで運行継続できなかったかという視点は見られましたが、そもそもJR東日本の電力トラブルは今回が初めてじゃなく、過去にも繰り返されてきたことを取り上げた報道は無かったように思います。

JR東日本の電力トラブルは結構頻繁に起きてまして、直流饋電区間境界のエアセクションに絡む事故では2015年8月4日の桜木町での事故では断線した架線が車両に触れで火災まで起きています。みなとみらい祭当日ということで大きな影響が出ました。また2006年には東京駅地下の変電所でブレーカーのトラブルで火災が起き、京葉線が長時間停まって振替輸送で地下鉄東西線が大混乱した事故もあります。そして2015年3月15日の高崎線籠原駅構内の火災事故では、碍子の劣化で動力用のDC1,500V電流が漏電したもので、不幸なことに高崎線の運転上の重要拠点の籠原駅構内だったこともあり、復旧が遅れ3日後に再開というトラブルです。

他にも多数あってJR東日本のに集中している理由ですが、これは日常的に大電力を扱うが故の問題と考えられます。特に籠原の事故では直接の原因は碍子の劣化だったんですが、絶縁不良で架線を吊るビームを通じて架線柱から地絡したと考えられますが、鉄製の架線ビームからコンクリートの架線柱を経てとなると相応に電気抵抗の大きい経路で地落した訳ですが、とにかく同じ饋電区間で15連2列車が同時に力行すれば10,000Aを簡単に超えてしまう大電流を扱っているため、異常電流を検知して回路を遮断するブレーカーが働かないし、メーター目視の係員の目にも異常が見えないという不幸な偶然が重なったということで、首都圏輸送を担うJR東日本がDC1,500Vの饋電システムを用いる限り避けられないトラブルではあります。路線立地の特性と過大な社会的役割がもたらしたトラブルということができます。

また東京地下駅の変電所火災ですが、元々変電所などの電力系設備は省力化が進んでいて通常無人で稼働している訳ですが、その分トラブルが起きた時の対応遅れの可能性はある訳で、逆にそれ故に火災時の延焼を防ぐ防火システムが組み込まれ、正常に作動した為に人が入れず消火活動に支障して復旧を遅らせました。動力用電力の制御はJR東日本にとっては大きな課題なんです。

蕨基幹変電所は東電からの受電設備を持ち他の変電所へ分配する役割を担っていたため、当初広域で運行停止に追い込まれましたが、他変電所は順次別系統に切り替えて運行再開したものの、直接饋電区間の京浜東北線赤羽―大宮間他の再開が遅れた訳です。そして人が侵入したりサイバー攻撃を受けた痕跡はなく、機器トラブルと見られるというのが現時点で分かっていることです。

一つ考えられるのが7日夜の地震の影響です。震源地から少し外れた埼玉が震度5強で震源地より揺れが激しかったことから、その影響は考えられます。また籠原事故のように元々巨大すぎる上に負荷も大きい饋電システム故に機器の劣化や日常点検での見落としの可能性もありますし、マンパワー的に補修が間に合わない可能性もあります。車載バッテリーに関してはE235系から搭載されるようになっており、置き換えの終わった山手線はとりあえず安心です。横須賀線・総武快速線はE235を選んで乗るか^_^;。

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Comments

一から作るのであれば、デリーメトロのように交流25,000Vで電化することもできるでしょうが、踏切あり関連路線多しだと後付けで高電圧交流電化にするのは限りなく困難なのでしょうね。直流3,000V電化とすれば10,000Aが5,000Aになるでしょうが、それでも大電流ですよね。あちこちの直通用に複電圧車にする必要が生じてこれも実現性は低いんでしょうか。

Posted by: 海手線 | Sunday, October 17, 2021 03:18 PM

DC3,000v饋電で絶縁不良が起きるともっと大きなダメージが出そうですね。長い歴史の中で積み上げられたインフラの維持は困難が伴います。高圧交流では碍子だけでなく絶縁空間も取らなければならず新規インフラであってもコスト面の課題がありそうです。DC3,000Vのような高圧交流では絶縁不良のダメージも大きくなり、日常メンテの精度も問われます。加えて他社線との直通にも支障する訳です。ただJR東日本で電力トラブルが多いことは事実であり、インフラ維持の負担が大きいことも確かです。あとは蓄電ですかね。車両に留まらず変電所にも蓄電設備を持たせることで、回生電力を吸収しピークカットに使うとかですかね。京急のフライホイール装置とか西武秩父線のキャパシタによる回生失効対策とかが参考になりますが。

>海手線さん
>
>一から作るのであれば、デリーメトロのように交流25,000Vで電化することもできるでしょうが、踏切あり関連路線多しだと後付けで高電圧交流電化にするのは限りなく困難なのでしょうね。直流3,000V電化とすれば10,000Aが5,000Aになるでしょうが、それでも大電流ですよね。あちこちの直通用に複電圧車にする必要が生じてこれも実現性は低いんでしょうか。

Posted by: 走ルンです | Sunday, October 17, 2021 04:28 PM

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