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Saturday, October 30, 2021

砂を嚙む半導体争奪戦

台湾TSMCの誘致でソニーとの合弁で熊本に工場建設が進められてますが、いろいろ問題があるようです。

TSMC誘致、日本が問われる「良い補助金」:日本経済新聞
記事では中国などの国有企業への補助金問題で批判的な立場にある日本が、TSMCの工場誘致で費用の半額とされる数千億円の補助金を負担することへの違和感と共に、「良い補助金」になるかどうかの不確実性が指摘されてます。前者はWTO違反として提訴される可能性もありますし、中国などの国有企業向け補助金を批判してきた日本政府の立場とも不整合であることから、政府内でも言われていることです。後者は補助金の意味に関わります。

TSMCの工場建設に関してはいろいろ問題がありますが、そもそも最先端の5ナノメートル(nm)レベルの半導体生産ではなく22-28nmレベルの旧世代半導体の生産が予定されているそうで、だとすれば最先端の生産設備という政府の説明はおかしい訳です。ソニーが合弁に名のりを上げた理由は、元々イメージセンサー用の28nmロジック半導体の生産委託をしており、それを国内拠点に移すことでサプライチェーンのリスク管理をやり易くする思惑と見られます。これは同時にTSMCの台湾の工場の生産能力を他へ振り向けられる訳ですからTSMCにもメリットがある訳です。

そして自動車向け半導体も同じ世代のものなので、日本国内の需要を満たすには必要かつ十分なものではあります。しかしそれは最先端半導体をふんだんに使うスマホで国内メーカーが全敗したことと裏腹な訳で、何とも複雑な気分です。そしてこの世代の半導体は国内メーカーでも生産されており、旧世代故に製造装置の減価償却も終わって安価に供給できる訳ですが、逆にそれ故に新たな設備投資を伴う増産体制は取りにくく、故に海外ファウンドリーへの生産委託が進んだという事情があります。

故にTSMCも渋った訳ですが、それを投資の半額補助という破格の条件で何とかまとめようという話です。だったら国内メーカーに補助金出しても良さそうなものですが、この辺は謎です。考えられるのはエルピーダメモリ―の失敗やジャパンディスプレイの迷走で国内メーカー支援に懲りた?それともアメリカがTSMC誘致を強力に進めるから付き合った?中国包囲網の意味から台湾企業を助けたい?いずれにしてもこれ自体で経済成長を狙えるような投資ではないらしいことは察せられます。

韓国サムスンとの技術開発競争で世界最先端の生産技術を身に着け、米インテルやクァルコムなどを追い落としたTSMCとしては今更旧世代半導体工場の建設にメリットは乏しい訳で、その意味でソニーの合弁の申し出は渡りに船ですが、ソニー以外のユーザー企業、特に自動車メーカーの反応が鈍いことに不満があるようです。ただでさえ100年に1度の大変革期と言われ先が読めない業界事情がある中で、24年の生産開始時点での需要動向も不明な中での判断ですから、自動車メーカーへリスク分散を求めるのは尤もな話ですが、自動車メーカーは東南アジアのデルタ株感染拡大による部品工場の操業停止もあり、今はそれどころじゃないってことなんでしょう。

つまり日本企業のガラパゴス化が鮮明になった訳です。電機産業の凋落ぶりはもちろんですが、トップのトヨタを含めて強い筈の自動車産業にも陰りが見えます。そしてトヨタトップの豊田彰男自工会会長が吠えました。

豊田章男会長「敵は炭素、内燃機関ではない」 自工会で:日経クロステック
CASEの時代の自動車産業の未来に対する展望がこれ?脱炭素で電動化は避けて通れない変化ですし、欧米でハイブリッド車が電動車から除外されていることへの苛立ちもあるのでしょうし、内燃機関のアナログなチューニングの技術が自動車メーカーのコアコンピタンス故に簡単に捨てられなものわかります。しかし下請けの雇用問題を質に取って正当化はいただけません。加えてオリンピック選手村内の自動運転EVの事故責任の否定もどうでしょう。「信号があるべき交差点で無かった」ことを言い訳にするんじゃCASE時代を担うメーカーとしての自覚が疑われます。

CASE by MaaSで指摘しましたが、繋がる、自動化、共有、電動化の頭文字を表すCASEは相互に関連してまして、クルマがネットに繋がりソフトのバージョンアップが行われ現在位置や目的地への経路を自動選択するというデジタルな技術革新との相性から言えばアナログな内燃機関動力は相性が悪く電動車に優位性がある訳です。しかもシェアリングを視野に入れれば個人で購入する意味すらも失われ、生産台数は4割減という観測もあります。

つまりクルマを売るという従来のビジネスモデルが否定され、モビリティサービスを提供することが求められる訳です。日本でも住宅地や観光地で試行が始まったMaaSに近づく訳です。そのことは裾野市の工場跡地でウーブンシティ開発を計画するトヨタも理解している筈ですが、どこか唯我独尊と言いますか、独りよがり感が拭えないところがあります。実際地元の裾野市は困惑しています。言い換えれば工業化社会の常識だったプロダクトアウトの発想から抜けられずマーケットインの発想が乏しい訳です。MaaSは公共交通の弱点と言えるラストマイル輸送の改善とシームレス輸送というコンセプトが明確です。実際JR東日本、東急、京浜急行電鉄などで取り組みが進んでいます。これはバッテリー製造過程でのCO2排出問題でも量的に影響が軽減されるという面もあります。

但し言うは易しで自動化にしてもセンサーの性能や通信の遅延縮小など技術的課題はいろいろありますし、ネットに繋がればセキュリティの強化も欠かせません。逆に言えば自動車でもスマホ並みに高微細半導体が必要になる可能性は高い訳で、3年後に生産開始する半導体工場で作る半導体に自動車メーカーとしてのコミットメントを示せないとすると、日本の自動車工業の未来はガラパゴスまっしぐらに見えてしまいます。そんな工場に政府は補助金大盤振舞いしようというんですから、政府が助けた電機産業の凋落を自動車産業が後追いする「いつか来た道」に見えます。

ただ半導体自体は今後とも需要拡大は続くでしょうから、国内に生産工場を誘致することそのものは無駄とは言い切れませんが、3年後生産開始の半導体工場で旧世代半導体を作るってのは戦略不在としか言いようがありません。加えて言えばシリコンやゲルマニウムなどの半導体材料や還元剤に使われるマグネシウムなど中国産のシェアが高い状況からすると、米中摩擦が続く限り半導体供給に制約がかかる可能性があります。そうなると新素材の開発など研究開発を強化した方が遠回りのようで最適解になる可能性もあります。実際太陽光パネル原料がウイグル産80%とも言われ、パネル製造が滞っているという現実もあります。

自動車メーカーが内燃機関を捨てても、風力発電など新たな機械工業の分野は拓けるし、内燃機関に拘るなら寒冷地向けコ・ジェネレーションシステムなど活用できるニッチな分野を開拓という方向性もあります。大手が手掛けにくい小規模なニッチ市場は寧ろ中小企業が取り組み易いと考えられます。ってことで半導体工場を誘致して砂を噛む未来は望ましいものかどうか?

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