リニア60年のウヨ曲折
2022年も間もなく終わります。国鉄が浮上式リニアの開発に公式に着手したのが1962年ですから、今年は60年の節目だったのですが、現実のリニアは暗礁に乗り上げております。サイドバーで紹介している国商 最後のフィクサー葛西敬之:森功著 講談社刊で要領よくまとめられておりますが、静岡県の反対で静岡工区未着工だけではないリニアへの逆風は複雑怪奇な様相を呈しております。詳しくは後述しますが、葛西敬之JR東海名誉会長の死と、安倍元首相の死で流動化している政治状況が先行きを不透明にしています。
葛西氏の政治との関わりは深く、第二次安倍政権以降、官邸官僚の人事を巡って管政権、岸田政権にも引き継がれています。更にNHK人事への介入を通じたメディア支配もあります。加えて大広告主として広告出稿を通じた新聞、雑誌の言論封殺で、リニアを巡る不都合な報道は殆ど見られませんが、コロナ禍によるリモートワーク定着もあってリニアが見込むビジネス需要に陰りが見られる一方、JR東海の強引な姿勢が実現可能性を下げている現実もあります。
例えば大井川の水問題ですが、南アルプストンネルの湧水を全量戻すことで静岡県とJR東海は合意している筈ですが、JR東海の言い分はあくまでも工事修了後の話で、トンネル掘削中の10か月ほどの期間は除外ということで「話が違う」となり静岡県が怒っている訳ですが、それをJR東海は「静岡県が無理難題を言う」として取り合いません。これは南アルプストンネルの構造からくる問題なんですが、山梨坑口から上り勾配で掘削すると、トンネル内の湧水は山梨県側へ流出する訳で、大井川へ戻すことは物理的に不可能ということです。
これは南アルプスルートでの建設を決めたことに由来する問題ですが、東西坑口を水平に結ぶと土被り3,000mにもなり、土圧でトンネル掘削自体が困難なため、東西両坑口から最大40/1,000の勾配をつけて最大土被り1,400mに抑える為です。山岳トンネルとしては大清水トンネルで1,300mの実績もあり、東海北陸道飛騨トンネルが1,000m以上の土被りの難工事の末2007年に貫通したことで、最短距離の南アルプスルートが選ばれたと言われています。しかし中央構造線をはじめ多数の活断層を横切る難工事が予想されていましたし、実際大井川の水問題もその1つではありますが、問題はそれだけに留まりません。
水問題については東電田代ダムで取水して山梨県側へ流す量が多く、その取水量を調整することで対応可能ではあり、実際JR東海からも提案されてますが、経産省の同意が必要で手続き上の難易度は高いです。加えて急岐な南アルプスの地形で大量のトンネル残土が出る訳で、それを運ぶダンプカーが通れる工事用道路の建設も、環境アセスメントをクリアするハードルは高く困難ということもあります。加えてJR東海の高飛車な態度が県民を怒らせてきたということもあります。
加えて都市部の大深度地下工事を巡る不透明さもあります。仲良きことは美しき哉かな?で取り上げた調布市の陥没事故の影響で都市部の鉱区も着工が遅れています。こちらも事業主体の東日本高速道路の不誠実な態度が住民を怒らせており、簡単に幕引き出来る状況ではありません。また岐阜県工区の斜坑の落盤事故で死者も出してますし、神奈川工区など他の工区でも工事は遅れています。実は静岡県の反対がフィルター効果となって報道されていないだけで、巷間謂われるように静岡県知事が代われば解決とはなりません。
国鉄時代から開発が続けられた磁気浮上リニアですが、延長7kmの宮崎実験線で繰り返し試験を続けてきて、次のステップとしてより長い実験線が必要として宮崎実験線の延伸も検討されながら、将来中央リニア新幹線に繋がるという理屈で山梨に実験線が作られた訳ですが、金丸信自民党幹事長の意向が働いたと言われています。
一方で自民党林喜朗議員の後押しで運輸省と日本航空がHSSTという常電導リニア計画を持ち上げました。ドイツのトランスラピートのライセンス契約で目標最高速300km/hで、羽田空港と成田空港を結んで国内線と国際線の乗り継ぎを狙ったものらしいですが、シーメンスへのライセンス料支払い問題は会計検査院に指摘され国会でも問題になりました。日航が政府全額出資の特殊会社だったことからこうなった訳です。
結局日航は事業化を諦め、ライセンスは三菱重工へ引き継がれ、愛知高速交通東部丘陵線(通称リニモ)で実用化されましたが、最高速100km/hに留まります。しかし愛知万博の会場となった海上の森の丘陵地帯を抜けるルートはアップダウンが激しく、通常鉄道では整備が難しかったかもしれません。ちなみに最大勾配は60/1,000であり、磁気浮上でレールと車輪の粘着限界に影響されないからですが、逆に言えば中央リニアも60/1,000の急こう配を取り入れれば難工事は幾らか緩和された可能性はあります。
これ金丸信氏の鶴の一声で決まった山梨実験線をJR東海が引き受けるにあたって、中央新幹線が全幹法の基本計画線であることから、技術開発途上のリニアの実現可能性から通常の徹軌道式での整備も視野に入れた結果、粘着駆動の通常鉄軌道方式でギリギリ許容できるのが40/1,000ということのようです。つまり当初必ずしもリニアには拘ってはいなかった訳で、寧ろ東海道新幹線のバイパス線としてJR東海が一体運営すべきということで中央新幹線の権利を確保する目的だったようです。整備新幹線としてならばJR東日本に持っていかれる可能性があったことをブロックした訳です。
高速試験車300X系は中央新幹線を350km/hで走行する前提で設計されたもので、リニアの実現性への保険だった訳です。その成果は700系以降の新系列車に引き継がれてはいますが、隠れた意図があった訳です。それがリニアに傾いたのは技術開発の進捗が想定以上だったということに留まらず、日本の技術力を世界に知らしめるという葛西氏の右派的な思想によって目的自体がシフトしたことも指摘できます。
東海道新幹線の過密ダイヤは度々話題になりますが、実際には関西国際空港の開港や夜行高速バスの充実で輸送量が停滞した時期がありました。それを突破したのは品川新駅開業とのぞみ大増発によるJR東海自身の需要掘り起こしの結果であり、その原資は新幹線買い取りによる減価償却費の拡大と、その買い取り価格への政府へのイチャモンで認められたのぞみ付加料金の設備更新費用としての無税積み立て金です。
後者は買い取り価格の査定が減価償却されない地価部分が多くなることで設備更新が滞るという理屈で、長期運休を想定した設備更新の費用に充てるとしていましたが、認められると一転、長期運休無しでも設備更新は可能としてテヘペロしたりしております。JR東海の強引さや不誠実さを示す事実は事欠きません。
最後に森功氏の前掲書で示された仮説が、葛西氏が6年前に間質性肺炎で余命5年を宣告された直後に3兆円の財投資金受け入れを決めたのではないかということです。財投資金投入自体は当時の安倍首相の提案で、アベノミクスで中身がないと言われてきた成長戦略の目玉としてリニア大阪延伸の前倒しが検討され、税制優遇、補助金、財投資金提供の3案が財務省内で検討され前2者は法改正を伴い特に黒字企業のJR東海が対象となると批判を浴びるとして財投案に落ち着いたということで、裏付け取材もされており、信ぴょう性は高いと言えます。お陰でJR東海がリニア事業を見直すことは困難になっております。
しかしこれが鈍器法定で取り上げたリニア談合事件のきっかけとなります。財投資金の投入で公共性ありと判断されて民間工事の談合事件として立件された訳です。当初立件は困難と言われましたが、リーニエンシー制度で大林組と清水建設が制裁を回避する一方、この2社と大成建設、鹿島建設とを分離公判で前2社を先に有罪化kていさせるという検察の公判テクニックで一審をクリアしております。とはいえそもそも難工事だらけのリニア事業でゼネコンも利益確保が難しく、こうした事件が発覚するのはある意味JR東海が見限られつつある結果とも言えます。日航HSSTの失敗とも通じます。
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