令和の秩禄処分
漂流する世界と日本で株価の上昇を好感すべきではないことを述べましたが、こんなニュースの後でも基本的な見解は変わりません。
日経平均最高値、「34年で株価10倍」142社 ゼンショーなど - 日本経済新聞22日の東証終値で日経平均株価の終値が34年ぶりに最高値を更新しましたが、記事にあるように値上がりを主導したのは新興勢で伝統的大企業は寧ろ足を引っ張っている現実があります。34年間に米NY株は10倍、独DAXも6倍に上昇していて、日本だけが株価の低迷から抜け出せなかった現実が寧ろ明らかです。
日経平均株価は225の指定優良銘柄の単純平均であり、採用銘柄は定期的に入れ替えられますし、合併や上場廃止による入替もありますから、連続性のある指標とは言えませんが、その時点の日本の優良企業の成績表という側面はある訳です。そして新興勢は米国並みの値上がりがある一方、伝統的大企業の多くは株式の持ち合い解消もあって値上がりとは縁遠く、最近になってやっと事業の見直しが進んできたものの、未だ将来展望を描けていないってことですね。逆に言えば米株式市場は出入りが激しく、結果的に新興勢が相場の主力になっている訳で、古い企業の淘汰が進んだ結果とも言えます。つまり日本の産業構造の改革が停滞した結果です。
あと直近の動きとしては米エヌビディアなど半導体主導は相変わらずですし、大型株の値上がりで平均値を上げており、おそらく新NISAで株式投信が売れた結果と考えることができます。加えて言えばウクライナ、ガザ、政治家裏金問題などのバッドニュースが多い中で、受けの良いニュースというメディア側の事情もあって大きく取り上げられているということは言えます。加えて広告主としての金融業界への忖度ですね。
とはいえ株価水準としてはやはり高すぎるというのが正直なところ。エヌビディアの株価収益率(PER)30倍は異常です。PERとは株価が1株利益の何倍に当たるかを示す指標で、平常値は14-16倍程度と言われ、全てが株主に還元される訳ではありませんが、成長投資の継続を前提に投資回収にザックリ30年ということになりますが、当然ながら30年先を予測することは困難ですから、実演可能性は疑われます。AIブームによるGPU需要の上振れという意味でバブルの水準です。
また「貯蓄から投資へ」の掛け声で過剰と言われる家計貯蓄を株式投資へ振り向ける政府の政策誘導もあります。日本でも新興企業には勢いがある訳で、その流れを作る意味でスタートアップへのリスク資金提供の狙いは以前から言われていましたが、所謂ベンチャーキャピタルのようなものは育たずうまくいきません。それ以前にスタートアップ自身が株式公開で資金を集めたら上がりで継続的な投資を止めてしまう傾向もあり、うまくいきません。
そして岸田政権では「新しい資本主義」とやらで「資産所得倍増」「資産運用立国」という言葉が躍ります。これ意味合いとしては資産運用で公的社会保障のバックアップとすることで「分配重視、自己責任で、テヘペロ^_^;」ってところに重心が移っているようです。つまり社会保障を充実させるには増税や社会保険料値上げなどの受けの悪い政策で「増税メガネ」と言われるから、自分で資産を増やす方向へ誘導したいってことでしょう。高齢者の資産取り崩しの意味するところで取り上げた老後資産2,000万円レポートの流れという訳です。国民の不評でレポートは撤回されましたが、ゾンビ的な復活劇です。
という訳で、新NISAはタイトルの秩禄処分の令和版じゃないかってことになります。秩禄処分とは1871年(明治4年)の版籍奉還、廃藩置県の後の明治政府の政策です。明治維新で明治政府が成立した後も諸藩の統治は続いていた訳ですが、勅令によって大名に版籍奉還を求めたもので、大名と武士が地位を失い、藩に代わって地域を統治する国の出先機関として府県が設置されました。その際藩の負債は明治政府が引き取る一方、米切手支給による禄に代わる給付金を華士族に禄高に応じて支給するようになります。これが秩禄です。
しかし当然ながら継続的に支給すると政府財政を圧迫しますから、どこかで止めなければならないですが、支給金を元手に事業を興して経済的に自立することを狙ったけれど、元々支配階級として頭の高い武家の商法がうまくいく訳もなく、特に禄高の低い下級士族ほど支給金を蕩尽するだけの厄介者となります。そこで秩禄5年分相当の公債を交付して、かつて武士たちが米切手を売りに行った米市場のような公債流通市場を整備して自由に売買させることで、まとまった資金を持たせて起業を促そうとしたようです。つまりインフレで実質賃金が減ってる一方で資産運用、自己責任で何とかしろという令和の今の新NISAは当時をなぞっているように見えます。
しかし当然ながら下級士族の不満は大きく、それが爆発して西南戦争のような内戦に発展します。明治政府はその制圧に財政を浪費してしまいます。列強の植民地支配を逃れるための富国強兵、殖産興業政策が立往生します。特に文明開化の分かりやすいシンボルとしての鉄道事業への資金配分の不足は顕著でした。特に東と西の両京連絡鉄道構想のとん挫は避けたいところですし、軍部からの要請で艦砲射撃の標的になる海岸沿いの東海道鉄道ではなく中山道鉄道を優先するということになり、そのためには東京―横浜間の官営鉄道はルートから外れ、別途東京から北へ向かう鉄道を建設する必要に迫られますが、西南戦争などで財政が疲弊してとても資金を賄えないということで、井上勝などの鉄道国有方針を退けて民間資本の活用に舵を切ります。
その結果岩倉具視をはじめとする有力華族や裕福な士族が秩禄公債を売却した資金を出して日本鉄道株式会社を設立し、中山道鉄道の一部となる東京―高崎間の建設に乗り出します。資金拠出した華士族は株主となって配当やキャピタルゲインを得られるという意味で誘導して士族の不満を抑える効果も期待できます。とはいえ交付公債由来の資金で出所は政府ですから、ある意味今に至る借金財政の始まりとも言えます。また資金こそ民間に依存しながら官営鉄道の工事部門が施工したり、借入金の利子補給したりと実際は半官半民的な企業でした。TSMCの誘致に補助金大盤振舞いみたいなことやってた訳です。
当時の両毛地区は養蚕が盛んで、官営富岡製糸場が作られて絹織物の加工業が両毛地区で盛んになります。当時の日本の外貨獲得は専ら絹織物の輸出に依存しており、故に日本鉄道は利根川対岸の前橋仮駅まで延伸し、赤羽から品川への山手線で官鉄に接続して横浜港から海外へ出荷という流れが出来て、客貨ともに好調で民間の鉄道投資熱を誘発し、山陽鉄道や九州鉄道などの長距離私鉄の出現に繋がります。所謂第一次鉄道ブームです。
とはいえ鉄道国有方針は撤回した訳ではなく、民間による鉄道建設に法律の網をかぶせます。後に私設鉄道法となる条例制定で、鉄道は国の権限で建設運営される原則を維持する意味で、民間の鉄道事業に対して国が事業の適格性を審査して免許を交付する形で制度化されます。故に官営鉄道との接続と車両直通とか、資金の確実性、事業採算性などが審査された訳ですが、この仕組みは法令のアップデートで細部の変化あるものの基本的に現行の鉄道事業法に至るまで続きます。
そして大正期の鉄道国有化によってほとんどの私設鉄道は官営鉄道に統合される訳ですが、鉄道国有原則は貫徹されます。国の組織も鉄道院から鉄道省と変化し、鉄道省は事業主体としての現業部門と陸海空の民間等の交通事業の監督行政の双方を担う存在になります。故に現業部門は監督部門と並列の存在で監督権限が及ばず、寧ろ地方鉄道法で国の買収提案を事業者は断れない建付けになっていました。これが後の戦時買収の根拠となります。
そして戦後にGHQ命令で現業部門を公社として切り離して日本国有鉄道とし、独立採算の義務を負わせる制度改革が行われましたが、鉄道国有原則は維持され、監督部門の運輸省の監督権限は及ばない存在となりました。こうして見ると国鉄分割民営化に合わせて成立した鉄道事業法でJR各社も国から免許交付を受ける事業者となった訳ですから、鉄道国有原則の廃棄という意味で大きな改革ではありました。故に赤字ローカル線存続で揺れる現状ですが、地域公共交通活性化再生法などで地方と事業者の合意の下での国の関与という形になるのはある意味必然ではあります。
という訳で、長くなりましたのでまとめますが、帝都電鉄物語で取り上げた電鉄ブームもそうですが、鉄道事業は今で言えばデジタル関連のような熱狂の中にあって民間資金を集めやすい事業だったってことですね。ゼロ年代のITバブルや10年代のweb3、昨今のDXやAIブームなど何度かの波が来て民間資金が大きく動いたものの、成熟産業になる将来の姿は現時点では見えません。当然淘汰される流れもありますから、人口減少による需要減や人手不足、ローカル線存続困難など鉄道が直面するようなことがデジタル界隈でも起こり得るということは肝に銘じておきましょう。
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