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Saturday, June 22, 2024

イノベーションを阻むもの

不正を生む会社の掟の自動車検査不正ですが、豊田彰男トヨタ会長の記者会見での検査基準の不合理性に言及したことが不評です。三部ホンダ社長が法令違反の不正を率直に謝罪したことに対して、何だか言い訳がましいということです。もちろん現場を庇いたかったということでしょうけど、謝罪会見でのこの差は意味深です。というのは元々2015年に発覚した三菱やスズキの燃費不正の構造と酷似しているからです。

三菱とスズキは共に当時のJC08モードという日本独自の燃費基準に則った試験ではなく三菱はアメリカ基準、スズキは欧州基準の検査方法を採用していて、惰行法と呼ばれるクルマの走行抵抗を実測して試験ローラーを踏ませるという手間のかかる方法でしたが、テストコースの立地条件や天候次第で実測データのばらつきが大きくなる不都合があり、より厳しい海外基準に準拠した形で試験していたものです。そして海外基準に比べると緩い基準だったこともあり、2016年に見直され燃費基準は国際基準に準じたものに改められました。つまり今回の型式指定検査と同じ構図で既に見直されていた訳ですが、燃費以外の日本独自基準は一部に残って放置されていた訳です。

つまり自動車工業会的には日本基準の不合理性はある程度共有されていたのですが、国に改善を求めるでもなく放置されました。そして基準見直しに最も後ろ向きだったのがトヨタです。検査が不合理で余分なコストがかかると生産台数が少ないメーカーほど負担が大きくなるからトップメーカーのトヨタには有利ですし、まして輸入車にも同じ検査を義務付けられている訳ですから、非関税障壁でもある訳です。国内シェアトップのトヨタとしてはやりたくない訳です。つまり謝罪会見での豊田会長の発言は身勝手ですし、一方海外市場に強いホンダの三部社長は日本基準の見直しは求めるけど、それを言うのはここじゃないという自覚があったということですね。国内市場に対する両社のスタンスの違いが出た訳です。

その国内市場も人口減少で縮小は避けられないから、トヨタも海外進出は活発に行ってはいますが、国内の強さが土台になっており、そこを明け渡す気はないってことですね。また完成車メーカーが乱立して競争が激しかったかつての日本と違って今やダイハツ、日野、スバル、スズキ、マツダとも資本関係を持つ巨大企業グループとなり、かつてのライバルの日産は落ち目、世界のホンダも国内で売れるのは軽ばかり、政府も御用聞きに来ると我が世の春を謳歌するトヨタ。現状を変えたくないイノベーションのジレンマを地で行く存在になっているということですね。これかつてのビッグ3時代のGMの立ち位置に酷似します。

そしてそのアメリカでバイデン政権肝いりの反インフレ法(IRA法)でEV普及促進をしているけど、売れるのはテスラばかりで多数のEVスタートアップは現れては消えで定着せず、そのテスラもEVの普及が進んで市場独占が進んだ結果足踏みしています。そこへ中国メーカーが参入を狙ってメキシコに工場を建ててアメリカ輸出を目論みますが、バイデンでもトランプでも関税がかけられること確実と見られています。とはいえテスラの1/3の価格の新型小型EVなら仮に200%関税かけられても競争力はある訳で、EVの世界でも早くもイノベーションのジレンマが起きつつある状況です。

中国の強さはBYDに留まらず多数のメーカーがしのぎを削る過当競争状態で、かつての日本市場を凌ぐ国内競争市場で鍛えられた競争力は、すでに東南アジアでは存在感を増し、例えばいすゞのピックアップトラックが席巻するタイ市場でも異変が起きています。日本でも大型中型小型のラインナップを揃えた中国製EVバスが増えており、乗用車でもBYDが既に国内ディーラーを立ち上げています。中国は今不動産バブル崩壊や習近平体制で民間企業を圧迫するなどして経済は順調とは言えませんが、EVブームでイノベーションを先導しています。欧州で中国製EVの補助金によるダンピング輸出の認定も、それだけ中国製EVが売れている結果の市場防衛であって、右派の台頭もあってEUとしても動かざるを得なかったものですが、イノベーションの波に乗れていない訳です。、

とはいえ中国も既に人口減少が始まっており、日本を含む先進国と同じ成長力の低下に直面している訳ですが、それでも人口規模が大きく、農民工などの廉価な労働力のボリュームがあり、加えて海外企業との合弁による技術移転もあって最新技術+廉価な労働力という強みは健在です。そしてネックの先端半導体分野でも独自技術でキャッチアップに動いており、台湾や韓国にはかなわないかもしれませんが、日本よりは強くなると見られます。もちろん製造装置その他日本の強い分野はありますが、逆に中国デカップリングが進めばその日本の強みも薄まります。

という訳でマクロ経済的には経済減速が見込まれる中国が強いのは、国内市場規模が大きくそこへ多数の事業者が参入して熾烈な競争を展開しているからで、その中で例えばBYDのような企業が勝ち上がって世界を目指すというかつての日本の自動車産業のようなミクロの競争環境があり、それがイノベーションを生んでいる訳です。イノベーションを唱えたシュムぺーーターもイノベーションはあくまでミクロの現象であり既存のリソースの組み合わせによる新結合による価値創造としており、日本でイメージされる技術革新とはニュアンスが異なります。寧ろ国のマクロ経済政策に経済成長の要素はなく、経済成長は企業家のアニマルスピリットと述べたケインズと同じことを言っています。故に補助金でTSMC誘致とかラピダス支援とか、その他スタートアップ支援とかしても意味はない訳です。

その意味ではJR東海の中央リニアへの挑戦はアニマルスピリットと言えなくもないですが、本音は東名阪の三大都市圏の都市間輸送の市場独占に狙いがあります。だから東海道新幹線の二重化による東海地震対応とか東海道新幹線の老朽施設更新のための長期運休の必要性とか、もっともらしい理由を並べますが、既に東海道新幹線はのぞみ大増発で対航空で優位に立っています。航空便は便数こそ維持してますが、機材の小型化で提供座席数を減らしていますし、さらに国際線のコードシェアで座席を埋めるとかしている訳で既に勝負はついています。加えて二重化ならば東海道新幹線と共通の鉄軌道方式の方が合理的ですし、中央リニアのルートも東海地震警戒エリアが被ってます。東海地震対策ならば地震減の異なる北陸新幹線の大阪延伸こそ本命の筈です。

加えて言えば国土の均衡ある開発という全幹法の趣旨から言えば新幹線ネットワークの形成こそ求められる訳で、取ってつけたような小浜京都ルートではなく米原ルートこそ本命です。何故ならば距離が短く少ない事業費で短期間に整備が可能であり、既に関西広域連合で合意されており、費用便益比(B/C比)2.2と優秀です。

それに対して東海道新幹線の過密ダイヤに乗り入れは不可能とか、米原駅周辺の土木工事の困難さや保安装置の違いや脱線防止システムの違いといった重箱の隅つつきがされてますが、全て解決可能です。そもそも米原ルートもとりあえず米原乗換をベースにB/C比を算出しており、それでもこれだけの経済効果が見込めるという意味ですし、乗入れの為の米原駅の構造とかはJR東海を含めた協議を経なければ決定できませんし、その場合B/Cは悪化するでしょうけど。それでも1.8程度には収まるでしょう。東海道新幹線の過密ダイヤといってもこだまの退避で列車間隔が空くところへ滑り込ませれば可能です。この場合事故や悪天候時の運転整理が複雑にはなりますが、不可能ではありません。あと保安装置や脱線防護システムの違いを言い訳にするのは笑っちゃいます。初代ユーロスターはDC660v,1.5kv,3kv,AC16・2/3hz15kv,50hz25kvの5電源で架線集電とサードレール集電両対応、英仏ベルギーで異なる信号装置やホーム寸法に対応した可動ステップなどのギミックてんこ盛りでした。全幹法で規格が決められている新幹線同士の直通運転はそれよりはるかに容易です。技術的課題を回避する姿勢はイノベーションを阻害します。

まあとかく孤立主義のJR東海との協議をJR西日本が嫌った可能性はあります。例えば北へ届かなかったひかりで取り上げた東北新幹線の東京延伸に伴うJR東日本の東海道新幹線直通要請をJR東海は断りました。国鉄時代の計画では東北新幹線開業時に6番ホーム(12,13番線)を在来線から転用するほか、7番ホーム(14,15番線)を東北新幹線と繋げて東京をスルーする運転形態が考えられていた訳ですが、J国鉄分割民営化時に財産区分として7番ホームはJR東日本と東海の共用とすることになっていたものをJR東海が拒んだ形です。こうした前科があるからJR西日本がJR東海との協議を嫌った可能性はあります。それもこれも国鉄分割民営化に合わせて全幹法を見直さず、法を読み替えて対応した結果、国の事業なのにJRにイニシアチブを握られるという不都合が生じた訳です。こうしたことをきちんと見直さないから、後になって揉める訳ですね。ああイノベーションはいずこに?

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