製造業の壁
一時4万円越えしたものの2日続落で結局日経平均4万円越えはならず、壁―Nイノセ氏の誤算、以下略の最後に記したように、4万円の壁は強固なようです。そんなことを踏まえつつこのニュース。
日本製鉄「労組・競合と結託」主張 米国のバイデン大統領ら複数提訴 - 日本経済新聞日本製鉄によるUSスチール買収をバイデン大統領が大統領令で停止命令を出したことを受けての提訴ですが、日本企業が米大統領を提訴する異例の展開です。米側の言い分としては安全保障上の懸念ということですが、バイデン政権で製造業復活を謳い、同盟国資本の米国内投資を奨励していた立場を覆したという意味では日鉄の提訴は理にかなったものです。
とはいえ実際は大統領選で労組票を取り込みたい意図は隠しようがありません。全米鉄鋼連盟(USW)の反対姿勢の前には、労組票を逃す訳にはいきませんし、共和党トランプ候補が反対表明していたから尚更ですが、こうして政治案件化した結果、米当局の官僚に判断を巡るプレッシャーがかかり、バイデン大統領に政治判断を仰いだ形になりました。既に大統領選の結果は出てトランプ次期大統領体制の中で判断しきれなかったとはいえ、バイデン大統領も今さら覆してもどうにもならないし、今後の選挙の票を考えたら労組の意向を無視できなかったのはやむを得ないところでしょう。
しかし日鉄も米国の労組の政治力を過小評価して労組の取り込みを十分に行わなかったとは言えます。米労組は企業横断の産業別組織ですが、週によっては州法で活動が制限されていたりするので、欧州の産別労組ほどの力はないとはいえ、日本の企業別組合のようにはいかない訳で、そこを甘く見たと考えられます。だからUSWも提訴対象となっています。
確かに組合員にはライバルのクリーブランド・クリフスの従業員もいて、クリフスは過去にUSスチールに買収提案したものの、反トラスト法に抵触するとして差し止められた過去があり、トランプ政権での規制緩和を睨んでクリフス経営陣とUSWが通じている可能性はありますが、そこまで公判で明らかにするとなると、公判自体が長期化することになり、日鉄にとっても得るものは少ないと思います。まして退任するバイデン大統領への提訴は意味があるのかどうか?
日鉄のUSスチール買収にいろいろな狙いがあるようですが、USスチールの電炉事業へのアクセスが大きいようです。コークスを還元剤とする高炉製鉄は脱炭素の観点から見尚祖が避けられないとはいえ、次世代製鉄と言われる水素製鉄の技術開発はこれからで、当面は電炉製鉄で凌ぐことになりますが、電炉の場合原料の回収鉄製品から不純物を排除することが難しく、自動車用高張力鋼板のような高付加価値品には不向きとなりますが、USスチールは電炉投資で先を行っていてそれを取り込みたいということのようです。しかも労働規制の緩いテキサス州に立地していて、実はUSWにとってはセンシティブな問題です。つまりいずれペンシルベニアの高炉を廃止してテキサスに電炉作るんだろ、という疑念です。だから単なるナショナリズムの暴走とも言い切れない訳です。
また中国の不動産バブル崩壊で国内需要が冷え込んでおり、中国国内の鉄鋼事業が過剰供給力を抱えて輸出攻勢に出ていて鉄鋼製品の国際価格が下落しており、規模の拡大で対抗することが急務となっているということもあります。そして米国内に製造拠点を持つことはもしトラのトランプ関税回避の狙いもあったでしょう。もしトラは実現しちゃいましたから、バイデン政権のうちに進めたかったけれど、頼みのバイデン大統領が停止命令を出すという皮肉な結果となりました。中国はEVでも攻勢を仕掛けており、製造業の中国プロブレムは共通しています。
例えば自動車ですが、中国は外資導入の条件として単なるノックダウン生産ではなく技術移転を重視してきましたが、外資側は中国の労働力の低廉さは魅力ですし、人口大国で工業化に伴う内需の伸びも期待していたからこそ中国事業に熱心だった訳ですが、工業化した中国がライバルになることはあまり考えていなかったようです。特にEVに特化した中国政府の産業政策もあり、バッテリーやパワー半導体やモーター用永久磁石に必要な希少資源も多くが国内調達可能という優位性を活かした戦略性があり、米テスラでさえ中国事業は重要な位置づけです。
自動車に関してはCASEと言われ、Conekuted,Autonomy,Shareing,Electric の次世代車開発に世界中のメーカーが動きましたが、結果的にテスラと中国メーカーが勝者に名乗りを上げているのが現在です。そして今Software Defined Viecle が主戦場になっています。ハードとしての車本体はシンプルな構造で量産効果を最大化した上で、ソフトウェアのアップデートで機能の追加や性能向上を図るビジネスモデルが出現した結果、テスラと中国EVを除く世界の自動車メーカーが置いてけぼりになっている現状です。
わかりやすく言えばテスラをアイフォン、中国EVをアンドロイド、その他の自動車メーカーはガラケーメーカーに喩えることができます。自動車メーカーはクルマを高く売りたいからハードの作り込みをしがちで、ハイテク技術も機能を内蔵することで、高機能だけど使い勝手は必ずしも良くない上に、それを付加価値と見て値付けするから値段も上がり買い替え周期が伸びてしまいます。その点SDVはソフトウェアの有償アップデートで販売後の収益化が実現している訳です。
加えて内燃エンジン車と比べて技術革新のスピードが早く、その分陳腐化が避けられず、リセールバリューが期待できないというパソコンやスマホと同じ傾向が顕著なため、時間をかけて作り込む自動車メーカーの対応が後手後手になるということもあります。故にテスラが典型的ですが、車本体はシンプルな作りでロボット多用の量産技術もあり、クルマ作りの思想自体が異なる訳です。壁は成長する?の日産ホンダの経営統合も追い込まれた結果です。
日産株を保有するルノーもEV開発に注力したものの単独では苦しいようで、ステランティスとの統合話が出ています。そのルノーに鴻海が日産株譲渡を申し入れたという報道もあり、鴻海もEV事業進出を狙っているということです。ゴーン氏も指摘してますが、日産とホンダでは日米欧中国と市場が競合している上、売れ筋のセレナとステップワゴン、ノートとフィットの競合関係があり、統合のシナジーを見出しにくいということもあり、特に日産の救済ではなく日産は自前再建が統合の前提とされ、工場閉鎖や人員整理を迫られることを考えると、工場が欲しい鴻海の方がパートナーとして理に適っているかもしれません。この辺USスチール買収に拘る日鉄にも言えますが、判断の基準がズレている気がします。で。ズレている鉄話を最後に。
福井県知事、北陸新幹線敦賀―新大阪間で小浜先行開業を提案 - 日本経済新聞一言「論外」そもそも大阪に繋がらない小浜部分開業ではJR西日本の受益は殆どなく、ほぼ全額公費負担となりますが、B/C比も当然悲惨なものとなり、少なくとも国の予算はつかないでしょう。福井県など地方だけで負担するなら可能ですし、原発で潤っている税収を充てるなら議会も通しやすいかもしれませんが、それで既成事実作ったところで京都の環境問題の壁で大阪延伸はほぼ不可能。誰も喜ばない寝言の初夢です。
政府が原発活用を打ち出していることから、国交省ではなく経産省の方の産業政策としての国庫金投入を裏金議員がまとめるとかの流れは可能性としては皆無ではないけどもちろん論外です。そもそも製造業の衰退で電力需要が減少している中で、EVやAI関連の大型データセンターで電力需要が増えるという前提で原発活用を言う訳ですが、そのEVもAIも世界に劣後している今の日本ではたわごとの域を出ません。そもそも人口減少の中で熱源となるデータセンターぶん回してまで対応が必要な需要がいかほどあるのか?またこの辺の発想もハード重視の日本的発想の域を出ておりません。五輪や万博に匹敵する時代錯誤です。
| Permalink | 0
| Comments (0)
Recent Comments