部活バスの闇
ゴールデンウィーク最終日の6日、磐越道でマイクロバスが事故を起こしました*1。ガードレールにぶつかってバス前部から後部へ貫通しているさまは2012年の関越道ツアーバス事故を思い出させます*2。当時のエントリーではツアーバスによる乗合類似行為問題として取り上げました。当時からレンタカーによるドラーバー付バスレンタルが貸切類似行為ながら、借り手の廉価志向から黙認状態だったこともあり、そうしたレンタカー会社に貸切バス免許を交付して正規の貸切バス事業者にすることで競争条件を整える規制改革が実施されました。その結果貸切バス事業者が増えて競争激化の結果、旅行会社がツアー募集の形で安値で仕入れた貸切バスを用いて催行するツアーバスが都市間運行で乗合バスである高速バスと競合することになり、両者の競争条件の違いから廉価なツアーバスへの批判もあって、高速乗合バスへ寄せる形の規制改革が進められていた時期でもあります。そして関越道でツアーバスが事故を起こしたことから議論が進み、所謂新免事業者による高速バス参入へと繋がりました。
今回の事故は新潟県のバス事業者である蒲原鉄道がレンタカーを手配したもので、学校側から予算を抑えたいとの要望があり、同社名義でレンタカーを手配したものです*3。レンタカーによる貸切類似行為という所謂白バス行為が疑われる案件ですが、幾つか疑問もあります。蒲原鉄道はオールド鉄ちゃんにはおなじみの五泉~村松~加茂を結ぶローカル私鉄が鉄道廃止後バス専業となった会社ですが、ご多分に漏れずのドラーバー不足もあり、自社貸切バスを値引きすることも難しい中で、レンタカー手配を選んだのでしょう。但しレンタカー会社には当該の営業担当者の免許証しか提示しておらず、手配したドライバーは知り合いの紹介で面識はなかったなど杜撰です。しかしレンタカー会社からすればバス事業者の手配だから、本来厳しくチェックされる筈のドライバーの免許証確認をスルーしたかもしれません。
実は部活関連のバス事故は結構起きています。21年悪神奈川県山北町でトレーラーに追突とか、鹿児島県では23年に横転事故を起こしたりということもあります。そして学校の部活では顧問教諭が部活のために大型免許を取得してハンドルを握ることもままあり、その場合はレンタカー利用は出費を抑えられるものの顧問教諭の責任は重くなります。また文科相の部活ガイドラインでも輸送中の安全に関しては記載がなく、この面からもグレーゾーンになっています。背景には文教予算の縮減による学校経営の困難があるかもしれません。
今回は北越高校軟式テニス部の遠征ということですが、名門ということで大会出場や対外試合の機会も多いでしょうから、果たして今回だけの特殊事情なのかもわかりません。少なくとも正規のバス事業者の貸切運賃を負担することは難しかったんじゃないかと思います。そうすると安価なレンタカーで済ませることが常態化していた可能性もあります。そしてバス事業者と学校との間で説明が食い違っていることも、双方の責任回避の姿勢が垣間見えます*4。書面も交わさず事業者は手数料も取らず、学校側も引率教員を添乗させていなかったなど双方に落ち度がありますし、ドライバーは二種免許保持者ではなく事故歴もあったなどいろいろ問題だらけですが、事故が起きて発覚しただけで学校の部活では常態化している可能性はあります。
似たような話として辺野古の転覆事故で修学旅行生に犠牲者が出た事故がありました。こちらはさらにややこしく、部活ではなく修学旅行中の平和教育の一環という学校側の説明があり、また事故船のは元々辺野古の抗議活動船ですが、NPO所有で有償運行ではないということで、その面でも法的にはグレーゾーンです。2022年悪知床半島沖観光船沈没事故を受けて制度化された船舶事業登録は既存事業者の3割止まり。有償運航を前提とした制度なのでそのまま適用は難しいところです。とはいえ死者が出ている以上このままとはいきません。そしてこちらは乗船は教員とNPOの個人的関係から出ているもので謝礼として5,000円支払ったという報道もありますが、儀礼的意味合いはあっても繰り返し集客して謝礼を取っていた訳でもありません。勿論だから安全をないがしろにして良い訳ではありませんし、今回の事故で同様の平和学習は禁止事項になってもやむを得ませんが、政治性からか修学旅行を手配した東武トラベルは無関係なのに一部で叩かれたりしてます。
てことで当事者の蒲原鉄道ですが、明治期の私設鉄道の北越鉄道(→信越本線)と岩越鉄道(→磐越西線)の双方から外れた蒲原地区の中心地村松に鉄道をということで難産の末1922年に免許取得し翌23年に建設着手され同年に磐越西線五泉~村松間を新潟県初の電気鉄道として開業したものの、昭和恐慌真っただ中で第二期線は足踏みの末村松~加茂間が1930年に開業したものの、元々の需要が少なく経営は苦しい状態が続きました。テコ入れ策として直営の冬鳥越スキー場を開設して誘客に努めたもののモータリゼーションで誘客には繋がらず、また貨物輸送も秋のコメ収穫期に偏った需要で経営の支えにならず、1984年には国鉄加茂駅の貨物取扱廃止で貨物営業終了。1985年には村松~加茂間を廃止し一時的には営業的には改善したものの、僅か4.2㎞の営業区間では自家用車やミニバイクへの転移が止まらず、1999年に廃止されバス専業となりました。しかし営業エリアは狭く集客の核も乏しく、昨今のドライバー不足も重荷です。しかしまあ地域密着を地で行くような会社ではあります。故にレンタカー手配も法令違反を承知の上でクライアントの要求に応えたという意味では、善意の対応だった可能性はありそうです。勿論だからといって法令違反が許される訳ではありませんが。
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